素晴らしき青春の日々よ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
釣瓶落としの秋の暮れ。肌を撫でる風も冷たく感じてきた今日この頃。放課後、普段ならさっさと帰路につくところ、私は校舎の裏で焚火で暖を取っていた。エアコンやストーブで温まった室内でぬくぬくと過ごすのも良いが、たまにはこうやって外で火に手を翳すのも悪くない。
「どうかね?寒さの中、こうやって焚火にあたるのも悪くはないだろう?」
まるで心の内を見透かしたような声に振り返ると竹箒と塵取りを常備したなかなかシュールな松永先生が居た。こんな先生を他では見ることは出来ないだろう。
「いえ!お役に立てて何よりです!」
溌剌と答える私を見て穏やかに微笑んだ松永先生。
ことの初めは先生が私に掃除の手伝いを頼んだことからである。連れて来られた掃除場所の校舎裏には大量の落ち葉が散乱していた。それを渡された竹箒でせっせと手が痛くなりながらも掃いて、山のように集まった落ち葉は本来なら焼却炉へと持って行くはずなのだが、先生の「折角なら焚火でもしようか。」の発言にそんなことをしても良いのか、と思ったが先生が言うなら良いんだろうと自己解決をして今に至る。
先生方の中でも松永先生は結構好きだったりする。だから、校舎裏の掃除の手伝いを頼まれた時は喜んで引き受けたのだが、一部の生徒からは苦手なのか何なのか、あまり評判は芳しくないようだ。
先生は持っていた塵取りの中にあった落ち葉を焚火の中へと入れた。
「火はいつか消える、燃えた木々は戻らない。…世の構造とは、不思議なものだな。」
こういうことを言うからだろうか。こういう変なことを言うからいけないのだろうか。別段、私は気にはならないけれども。
「焚火をすると焼き芋をしたくなりますよね。」
「はは、食欲の秋とはよく言うものだが、残念ながら芋はないよ。」
「あるとは思ってないですよ。」
「卿が望むなら、今度は芋を用意しておこう。」
「本当ですか!?」
「ああ。約束しよう。」
さりげなく、焼き芋と一緒に次の掃除の約束も取り付けられた気がするが、悪い気なんてするはずもなく、寧ろ、私は次の機会が楽しみで仕方なかった。
《松永先生、松永先生。至急、職員室までお戻り下さい。》
大半の生徒が下校して騒然とした雰囲気が失った放課後の校内にはその放送はよく響いた。私には何だかそれが少しだけ侘しく感じた。
「…呼ばれましたね。」
「ああ、そのようだ。悪いが少し行ってくるよ。」
「あ、はい!お気をつけて!」
気をつけて、なんて言ったが一体何を気をつけるというのか。自分で言っておきながら些か疑問である。いや、この学校は危険で溢れ返っている。何故なら人間の皮を被った魔物がもれなく在学中だからだ。今日はすでに自分達の塒に帰ったかもしれないが用心するに越したことはない。須らく、気をつけてほしい。
放送で至急と言われたにも関わらず、松永先生は急ぐことなくゆっくりと歩いて職員室へと向かわれるのを私はマイペースな人だな、と思いながら見送った。
その場に一人残された私はパチパチと音を立てて火の粉を舞い上がらせながら燃え盛る火をぼんやりと見つめて、出し抜けに良からぬことを思いつく。
鞄の中をごそごそと探り、取り出したのは今日返されたばかり数学のテスト。赤く記されたその数字は悲しくも赤裸々に私の今の実力を物語っている。いけないこととはわかっている。だから少しだけ迷った。過去を消せるわけではない。消すことなど不可能だ。だが、今私がやろうとすることによってまた明日から頑張れる、そんな気がした。
意を決して、私はテストを燃え上がる火へと差し延べる。
火に触れそうなところでテストは何の前触れもなく横から出てきた手によって間一髪で焚焼されるのを免れた。罪悪感が否めない私は驚きながらもテストの攫われた方を見やる。
「4点!?unbelievable!」
「うっわ、こいつはひでぇな!」
何故ここにいるのか、テストを奪ったのはとっくに塒に帰っていたと思っていた政宗で、その隣には元親、二人の後ろには就さんと佐助までもがいた。度重なる驚きと羞恥心以上に他人のプライバシーを平気で侵害する非常識眼帯達に激しく憤慨した。
「な!何でここにいんの!?ちょっと!返してよ!返せ!返さんかい!」
取り返そうと躍起になるが政宗はテストを私の身長では届かないところにまで掲げる。そんなことをすれば後ろの就さんと佐助にまで見られるではないか、という心配はどうやら不要だったみたいで、佐助はうわぁ…、と漏らした口が開いたまま、まるで悲惨なものを見るかのような反応をした。事実、悲惨なものであるのだが。就さんは何も言ったりはしなかったが、信じられないと言わんばかりに眼を見開いて凝視していた。こんな就さんを私は嘗て見たことがない。実に貴重である。しかし、それは秀才の中の秀才である就さんが私のテストの点数を見たからだと思うと悲しくてならない。
一体、私に何の恨みがあるのか。アンビリーバボーと酷いというその言葉を眼帯二人にそっくりそのままお返ししよう。
「Ah?ずっとお前を探してたっつーの。それよりお行儀の悪い奴は勉強以外にも色々とlectureしないといけないみたいだな。」
「個人情報を漏らすなんてプライバシーを侵害する奴に教わる事など何もない!」
「いや、でもよ名前。この点は酷いわ。」
「うるさい!0点チャンピオンのあんたに言われたくないわ!」
「言っとくが、俺、お前より点は高いぞ。」
「嘘だ!」
「嘘じゃねぇよ。」
「信じない!」
「何でそんな全力で否定すんだよ!」
論より証拠と元親はポケットの中から取り出したくしゃくしゃになった紙を広げて私に見せてきた。提示したそれに私は驚きを隠せなかった。
「は、8点だと!?」
「な、だから言っただろ。」
「嘘だ!」
「まだ言うのか!」
「元親が八点なんて私より高い、まして二倍の点数を取るなんて砂漠に花が咲き乱れるよりありえない!」
「ちゃんと授業で話を聞いてりゃあ、砂漠にも花は咲き乱れるんだよ!」
「二倍とか言うけど大差ないしね、名前ちゃん。一桁なのは変わらないし。長曾我部の旦那もそれその点数で言う台詞じゃないよね。それに旦那、授業出ないし出たとしても寝てるじゃん。」
余程うずうずしていたのか炸裂する佐助の独り言程度の音量の突っ込みを私は聞き逃さなかった。今日も佐助の突っ込みは冴えていた。
「うぅ…元親よりも点が低いだなんて…人間失格だわ。」
「恥の多い生涯だと感じるのはまだ早いぜ。こいつは人間失格だが、Honeyはこの俺が幸せにしてやるよ。これから恥じらうことがあるとすれば、それはBedの上だけだ。」
「何の話をしているかわからないけど、あんたも人間失格よ。」
「とりあえず、お前ら二人、今すぐ俺に謝れば良いと思うわ。」
勉強は決して得意ではないがまさかあの元親に劣るとは微塵にも思っていなかったことなので相当ショックである。4点なんて数字も不吉ではないか。4ですよ4。死を連想しても致し方ないではないか。低い上にこの追い打ち。そもそも全ては私のせいなんですけどね。4点によって誰がこんな展開を予想出来たと言うんですか。いや、まぁ、次から頑張ろうと思います。
「ていうか、早く私のテストを返そうよ政宗君。」
「どうせならもっとCuteにお強請りしてみろよ、名前ちゃん?」
「いいから私のテストを早く返しやがれ人間失格眼帯が。」
「燃やそうとしてたってことはいらないってことなんだろ?」
政宗が言わんとしてることが私には理解出来なかった。こいつの思考を今まで理解したことなど一度もないが。理解したくもない。しかし、若気たこいつの目を見ると何か良からぬことを企んでいるように汲み取れる。
「伊達よぉ。お前まさかそのテスト掠めて、名前の苗字を消して自分の苗字書くんじゃねぇだろうな?」
「何言ってんの元親。そんな馬鹿みたいなことするわけないでしょ。」
「Oh!俺、小十郎に使い頼まれてたの忘れてたわ。そういうわけでGood luck!」
「ちょっ!マジかよ!何がグッドラックだ!小十郎さんがお前にお使いを頼むわけないだろうが!私のテストを返せ泥棒眼帯!」
「てっめぇ、そうはさせるかよ!伊達より長曾我部の方が良いに決まってんだろうが!」
「お前は何を言ってるんだ!?てか、長曾我部なんて面倒臭い!色々と面倒臭い!それ以上にお前がまさに面倒臭い!」
言うや否や、私のテストを所持したまま、颯爽とこの場から去って行く政宗を元親が追いかける。あいつらのせいで私の中での眼帯のイメージは最悪である。取り返そうと追いかけたくても私はここから離れることはできない。それにあの二人に足の早さで勝てはしない。
「さ、佐助!」
「あいよ、わかってるよ名前ちゃん!猿飛佐助、いざ忍び参る!」
「やっぱり、持つべきものは佐助よね!」
「いやぁ~、そう言われると俺様照れちゃうな。」
「頼りにしてるから!君まで変な気を起こさないでね!」
「……………………………………………テヘッ!」
「何だ今の意味深な間は!てか、テヘッ!ってなんだテヘッ!て!お前もか!お前もなのか猿!」
信頼した猿は裏切り者だった。一瞬でも信じ、4点をとった私が馬鹿だったのだ。多分、奴等はもうここには戻っては来ないだろう。もし、戻って来たら殴る。戻って来なかったら明日殴る。ついでに政宗は小十郎さんにチクる。すでに三人が走り去った方を涙ぐみながら見ていると、ぽんと頭に何かが乗っかったと思えば優しく撫でる感触が伝わる。
「………就さん…。」
振り返ると頭を撫でていたのは事の経緯を沈黙を保ちながら見ていた就さんだった。その私に触れる手は慰めが込められいるのだろうか。意外にも就さんの手は温かくて、逆にそれが私の涙腺を緩ませた。
「案ずるな。我が彼奴等からそなたのテストを奪還してこよう。」
「…いや、でも……。」
「阿呆の考えは理解出来んが、推し量るのは容易い。」
頭から撫でてた手を下ろすと就さんは三人が消えた方へと小走りで駆け出した。全力ではないとはいえ、就さんが走る姿もなかなか貴重ではないだろうか。今日は何だか貴重な就さんが良く見れる日だ。それは私が馬鹿だから故なのだけど。走り去る就さんの背中が何だかいつもより広く見えた。
「な、就さん!信じて良いんですよね!?就さんは私の名前を変えるなんて変なこと考えてないですよね!?」
「…………。」
「な、就さん!?!?」
心做しか就さんの足の速度が増したような気がする。そして、振り返ることなく走り去った就さんの姿はあっという間に消えてしまった。就さんまでもが。信じられない。でも、就さんに無視をされた事がないのでどっちかと言えばそっちの方がショックだったりする。本当に今日は貴重な就さんが見れる日である。しかし、あの三人に取られるより就さんに取られた方が断然マシである。私は喜んで毛利名前になろう。
それにしてもそんなに私の苗字を変えたいのだろうか、なんて思っていたら何かに背中を押されて、私の体は重力に逆らうことなく未だに燃え続ける焚火の方へと傾く。状況も把握出来ずに訳もわからず、回避することもままらないで、脳裏に過ぎるのは最悪の事態であった。
だが、間一髪で私の体は焚火の中へ飛び込むという惨事は避けられた。私の腕が何者かに掴まれることによって。
「…ま…魔物!」
「なんだって?」
「いえ、な、何でもないです。すみません。」
私が焚火に入らないように腕を掴んだのは半兵衛さんだった。ただし、それは救済なんかではない。この場には私と半兵衛さんしかいない。つまり、私の背中を押して身の危険に曝そうとしたのもこの人自身なのである。ちなみにこの体勢は色々と辛い。
「今日、委員会の日だったことは知ってるよね。」
「い、いえ……そんなの、初耳でございますが。私、委員会に、…入って、ないんで。」
「君は入ってないかもしれないが僕は違う。委員会があるということは遅くなる。委員会が終わるまで教室で僕を待つのが道理じゃないのかい、名前?」
「ま、待っててほしいならほしいと、……そう、言ってくれれば…。」
「君が僕を待つのは当然のことだろう。それなのに君が大人しくしないせいで時間を無駄にしてしまったよ。謝ってくれないか。」
「…仰ってる…意味が、わからないのですが……。」
「謝ってくれないか。」
「ごごごめんなさい!すみません!すみませんでした!!だから、手の力を少しずつ緩めていくのは止め、や止めて下さい!」
危うく荼毘に付されそうになるところであったが、理不尽にも私が謝り、腕を引っ張ってもらい体勢を立て直すことによりそれは逃れられた。4点が死を招きかねなかった。
「さぁ、帰るよ。」
「え、いや!ちょっと待って下さい!」
私の手を引き、校門へ向かおうとするのを制止すると半兵衛さんは訝しい表情をした。
「あ、松永先生に掃除の手伝いを頼まれて、集めた落ち葉で焚火をして、でも先生が放送に呼ばれて、…まだ帰って来なくて……それで…。」
松永先生の名前を聞いた途端、半兵衛さんは明白に眉を顰める。半兵衛さんは松永先生にあまり良い印象を持ってない生徒の一部に含まれている。実を言うと政宗達もそうだったりするのだ。苦手なのか嫌いなのかはわからない。佐助は苦手みたいなことを前に言っていた気がする。他の四人は直接聞いたことはないが、何というか、そんなオーラを醸し出しているのだ。
「僕の時は待たなかったのにあの人だったら君は待つのかい?」
「いや、それとこれとは…てか、火どうするんですか?」
「そのままにすればいい。都合良く小火騒ぎにでもなればあの人は何かしらの処分を受けることになる。事が上手く運べば、辞職せざるおえない状況になるかもしれないしね。」
「なんて恐ろしいことを!犯罪!もう犯罪!すでにその思惑が犯罪の領域に足を踏み入れている!てか、事が上手く運べば、私も何かしらの処分を受けるじゃないですか!」
そんなことをしたら顔と名前こそ出ないかもしれないが、松永先生と私は小火騒ぎを起こした教師と女子生徒としてニュースで全国津々浦々に放送されるではないか。直接には言わないが、あまりにも恐ろしい発言から察するに多分、半兵衛さんは松永先生のことが嫌いなんだと思います。
半兵衛さんは軽く溜息をつくと予め用意してあった水の入ったバケツを手にするとまだ消える気配のない焚火に少しずつ水をかけて鎮火した。中途半端に燃え残った落ち葉がぷすぷすと音を立てる。処理が面倒臭そうになったこれをどうするのかと思いきや、半兵衛さんは再度、私の手を引くのでどうやら放置するようだ。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って下さい!」
まだ何かあるのかと言いたげな表情で凄む半兵衛さんに怯みながらも私は口を開く。
「せ、せめて紙かなんかで先生に帰ることを知らせたいんですが…。」
表情は変わらずに少しの間を置いた後に半兵衛さんが鞄を探って取り出したのはノートとペン。手にしたペンでノートにすらすらと何かを書き上げると丁寧にその頁を破った。
この人は何でも常備しているのか、更に鞄から取り出したセロテープで紙を近くの窓に貼付けると三度、私の手を引き始めた。
「これでいいだろう?さぁ、帰るよ。」
何を書いたのかが気になって通り過ぎ際に窓に貼付けられた紙を私は見た。用事が出来たので
先に帰ります。
苗字名前
PS くたばれ
「駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目!!!!!!!!!!!!!!!!!!本気で駄目!!!!良くない!!!!何か追伸に書いてあった!!!!くたばれって書いてあった!!!!嫌いなんだろ!?!?先生のこと絶対嫌いなんだろ!?!?」
「気のせいだよ。」
「いやいやいやいや!絶対に違う!確認!確認させて!寧ろ、消させて!今ならまだ間に合う!」
「これ以上無駄に費やす時間はもうないよ。駅前の本屋に寄った後に僕の家で勉強するから。僕が教えるからには4点なんて恥晒しもいいところな点数はとらせないから。覚悟するんだね。」
「な、何故そのことを知っている!それに何で勝手にこの後のプロジェクトを画策している!もうちょっと暗いんですけど!日が暮れかけてるんですけど!」
「僕の家に泊まりたいのなら泊まりたいとはっきりそう言いたまえ。
「何故そうなる!何故そうなった!てか、紙!紙の追伸のところを消させて!私に対する先生の印象が最悪になる前に!手遅れになるその前に!」
「君の頭が手遅れになる前に早く帰って勉強するのが先決だ。これはすべて君のためなんだよ、名前。」
「あぁぁあああぁ!!!!先生ええぇえ!!!!違うんですうぅううう!!!!私じゃないんですうぅうぅううう!!!!信じて下さあああぁあい!!!!!!」
哀愁漂う茜色の秋空に私の悲嘆が響めいた。
素晴らしき青春の日々よ
(寝る時は僕のベッドでいいよね。)
(本気でだったんですか!?)
(君が言ったんだろ。)
(言ってませんけど!)
MANA3*100220