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安芸・厳島にて。戦国屈指の頭脳を持ち、同時に慈悲や倫理といった人道的な概念を悉く削ぎ落とし、常軌を逸したドサディスティックな気質を併せ持つ、見た目は端麗無比、心は化け物である二人の智将が対峙していた。
「我に辿り着いたとて、貴様が智で勝るわけではない」
「知恵比べは一先ず置いて、肉弾戦で決着といこうか」
何だって。今、この人は何と言ったのであろうか。この頭は良いが心はない天才軍師こと半兵衛さんの口から、凡そその華奢な体躯には似合わない、極めて知性から遠ざかった単語が飛び出さなかっただろうか。気のせいだろうか。いや、私の耳は確かに捉えた。肉弾戦と。
「に、肉弾戦!?頭脳戦ならともかく肉弾戦ですか半兵衛さん!?」
私の脳内にある竹中半兵衛の定義に、そんな脳筋ワイルドワードは存在しない。思わず裏返った大声を上げてしまった私に対し、半兵衛さんは心外極まりないといいった表情を浮かべた。
「何か問題でも?」
「大ありですよ!毛利さん、体の線は細くは見えますが、あの武器、女性一人分の重さがあるんですよ!そんな重量がある武器をあんなに軽々と片手で扱う相手に!半兵衛さんみたいなヒョロガリなんて一溜りもありませんよ!」
一気に捲し立てた私を半兵衛さんはじっと見つめていた。その切れ長の目の奥で、じわり、じわりと昏い情念が鎌首をもたげ始める。それは私を執念深く追い詰め、徹底的に甚振ることを確信させる暗黒微笑。あ、やらかした。これやばいやつだ。完全に地雷を踏んだ。そう後悔しても時既に遅く。
「ヒョロガリの意味は知らないけど、何故だか無性に腹立たしいね」
「何言ってるんですか!この上ない誉め言葉ですよ!」
「では、是非ともその意味を教えてもらえないだろうか?」
「ともかく!私はただ半兵衛さんのことが心配なんですよ!不要な戦闘は避けるべきです!」
これ以上はいけない。不要な戦闘と無用な暴力、制裁、拷問、折檻、粛清、殺生は避けるべきだ!死んでしまいますよ!私が!私だけが死ぬ!順当にデッドエンドを邁進していると直感した私は必死に軌道修正を試みるが、半兵衛さんは小さく、わざとらしい溜息を吐いて首を振った。
「露骨に話を逸らそうとするのは自分の首を絞めているとは思わないのかい?しかし、残念だな。僕の強さは君がよく理解していると思っていたのに。そんなに信用されてないとはね」
いかにも傷ついたような台詞だが、その声には悲哀の欠片すら混ざっていなかった。あるのは、計算され尽くした純度100%のサディスティックな愉悦だけだし、何ならこれは、これから始まる責め苦のプロローグに過ぎない。
「いや、強さというか、恐ろしさというか、その点は嫌というほど、信用してますけどね」
一度目を付けた獲物を盤上でじわじわと追い詰め、精神的にも肉体的にもすり潰していく冷酷極まりない恐ろしさ。その天才的な手腕に関しては、私の人生において他の追随を許さないほどお見逸れいたしている。嘘ではない、本当である。お世辞抜きで、これほど効率的かつ優雅に、他人の尊厳を蹂躙できる人間を私は他に知らない。陰湿さで天下が獲れるなら、今すぐあなたが天下人だ。おめでとう。
「どうやら君は僕を信用するに値しないと評価しているようだね」
「…………そんなことないですよ!」
「今の一瞬の間が本音ということだね。わかった。君に僕の強さを思い知らせてあげるよ」
「大丈夫です!間に合ってま、ぐふ!」
拒絶の言葉を最後まで紡ぐことは許されなかった。次の瞬間、私の喉元に凄まじい圧迫感と衝撃が走る。気がついた時には、私の身体は宙に浮いていた。
「ほら、僕だって君一人くらい持ち上げられないなんてこと、ないんだよ」
「も、持ち上げ方がまさかのネックツリー…。さっきの首を絞めるがまさか伏線だったとは…く、苦しぃ…」
私の首に容赦なく両手を食い込ませ、涼しい顔で私をリフトアップしている半兵衛さん。その腕は確かに細いが、内側に秘められた筋力は間違いなく戦国に生きる武士のそれだった。ヒョロガリなんて言って本当に申し訳ありませんでした。前言を撤回させてください。あなたは知性派を装ったゴリラの悪魔です殺さないで下さいお願いします。
「どうしたんだい名前。お気に召さないのかい?」
「これでお気に召すような特殊な人間だと思われていたのですか私は」
「やれやれ、仕方ないね」
白目を剥きかけて涙目になる私を見て、半兵衛さんは呆れたように、しかし楽しげに喉への力を緩めた。ストンと地面に足が着くと思った瞬間、私の身体は別の浮遊感に包まれる。
「わっ!?」
ふわりと浮遊感が走り、今度は背中と膝の裏に先ほどよりも格段に優しい、しかし絶対に脱出を拒絶するような強固な力が添えられた。
「これで満足かい?」
「…よ…横抱き…」
現代で言うところのお姫様抱っこである。あまりの落差と急展開に頭の処理が追いつかない。つい数秒前までネックツリーで処刑されかけていたのに、今は少女漫画のワンシーンのような格好になっている。何これ。いや、どこの世界にネックツリーから始まる少女漫画があるというのか。このとんでもジェットコースターのような展開。どういう方向性の嫌がらせなんだこれは。
「何だい。何か文句でもあるのかい」
「…半兵衛さんも男の人だったのだと…」
「なるほど、やはりさっきの方が君の好みというわけだね」
目の前にあるのは、引き締まった男性の骨格と至近距離で触れ合いそうなほど均整の取れた美しい顔立ち。中性的ながらも鋭さを秘めたその容姿は、非の打ち所がない。本当に、顔面だけは奇跡的な仕上がりなのだ。中身が邪悪でさえなければ。しかし、今はその皮一枚隔てた悍ましい本性を一瞬忘れてしまうほど、至近距離の接触に鼓動が激しく跳ね上がる。
「…いや、何か…」
「何だい。はっきり言いなよ。場合によっては叩き落すけど」
「めちゃくちゃドキドキしています」
「………」
私のカミングアウトに半兵衛さんも予想外だったのか、小さく目を見開いた。その時だった。
「いつまで我をなきものとして、戯れ言を続けるつもりだ」
「うわっ!」
凄まじい速度で接近していた手が、私の自由な手首を容赦なく掴み取った。その力はまさに万力ようで、強引かつ圧倒的な力で、私は半兵衛さんの腕の中から引き剥がされてしまう。
「名前。貴様の言う通り、知略においても、武力においても、我はあの男よりも勝っている。貴様が望むのであれば、豊臣からすぐにでも奪ってやろうぞ」
「毛利さん。今、私、凄くドキドキしているのですが、それが毛利さんからの有難いお言葉になのか、それとも片手で顔面を鷲掴みされて体を持ち上げられているせいなのかわからないです。客観的に分析して、九割九分九厘、後者かと思います。後、奪うってもしかして命のことなのでしょうか」
「前条以外認めぬ」
「それ私の人としての諸々の権利も認められていないってことですか」
女の子なら誰しも憧れるロマンチックなお姫様抱っこから急転直下、まさかの顔面鷲掴みによるリフトアップである。おいおい、ネックツリーといい、アイアンクローといい、この時代の男たちの、私を持ち上げるバリエーションはどうなっているんだ。世界観がホラー映画過ぎる。なぜ彼らは知性派でありながら、こうも速やかに暴力を選択するのか。彼らの言う、知とは一体何なのか。今にして思えば、さっきの半兵衛さんへのドキドキもときめきではなく、未確認生命体を前にした生物としての防衛反応だったに違いない。
「認めているわけないだろう」
「どわっ!」
毛利元就の無慈悲な宣告と同時に、空間が引き裂かれるような鋭い風切り音が響いた。 半兵衛さんの関節剣が、蛇のようにうねりながら伸びて来て、私の腕へと絡みつく。
「元就君。うちの子を誑かすのは感心しないね。早くその手を離してもらおうか」
笑顔のままの半兵衛さんだが、その凛々しい声からは完全に温度が消えていた。
「は、半兵衛さん…腕に巻きついた関節剣が痛いのですが…切り落とすつもりなのですか…私の腕を…」
「竹中。名前が痛みを訴えておるぞ。即刻、解放せよ」
「毛利さんの掴んでいる私の腕がミシミシ悲鳴をあげているのですが…もぎり取るつもりですか…」
右腕は半兵衛さんの関節剣が、左腕は毛利さんの剛腕が。私の体を境界線にして、戦国屈指の二大知性がしょうもない諍いを起こしている。そして、そのしょうもない諍いによって最初に死ぬのは紛れもなく、その狭間にいる私だ。決着の瞬間、そこに転がっているのは私の無残な残骸に違いない。
「いい加減にしたまえ元就君。往生際が悪いよ」
「貴様が離せば済む話よ、竹中」
「痛たたたたたたたたたたた!痛い痛い痛い!二人とも痛いです!何の拷問なんですかこれ!離してください!」
私の悲痛な叫び声が、夕暮れの厳島に虚しく木霊する。しかし、私の懇願など彼らの冷酷な方程式には組み込まれていない。視線を交わしたまま一歩も退かない二人の手と鞭状の剣が、さらに深く私の腕に食い込んでいった。
「おや、僕が手を緩めたら、そのまま元就君に連れ去られてしまうじゃないか。それは困るね」
「それはこちらとて同じよ。我が引き下がる理由など、天地が覆ろうとも存在せぬ」
「誰も私の痛みを汲んではくれない!あ、そうだ! 聞いてください二人とも!とある賢いお奉行様が、一人の子供を巡って争う二人の母親に子供の手を引っ張り合えと命じたお話があるんですよ!」
このままでは私の体が物理的に紙のように真っ二つに引き裂かれてしまう。私は残された僅かな脳細胞の全電力を起動し、未来の知識から、この理不尽な状況を打開しうる至高の美徳の逸話を引っ張り出した。
「…何の話だい、唐突に」
「いいから聞いてください!二人の母親が子供の手を引っ張った結果、子供が痛がった。すると本物の母親は子供がかわいそうだと思って、すぐに手を離したんです!お奉行様はそれを見て、身を引いた優しい女性こそが本物の母親だと見抜いた!これぞ有名な大岡裁き!つまり、本当に私のことを大切に思ってくれているなら、痛がっている私を見て、真っ先に手を離すのが真の勝者であり器の大きい人間ということですよ!さあ、どちらが本物の愛を見せてくれる母親ですか!」
勝った。完璧なロジックだ。相手を思いやる心こそが至高という、未来の洗練された倫理観の鉄槌。これを聞けば、いくら血も涙もない戦国の智将といえど、己の器の小ささを恥じて、一時的に手を緩めざるを得ないはず!
「僕は君の母親になるつもりはないよ」
「我もだ」
「いや、物の例えですがな!わかるでしょ、それくらい頭いいくせに!」
一秒の躊躇もない、冷酷なシンクロニシティ。食い気味の全否定である。感動の逸話が、瀬戸内の潮風に吹かれて木っ端微塵に砕け散った。
「それで?それが僕たちと何の関係があるんだい?」
「え?」
半兵衛さんの冷ややかな声に追従するように、毛利元就が、ふんと鼻で嗤う。その瞳には、憐れみすら浮かんでいた。
「大体、その逸話は根本的に間違っている。我が本物の母親の立場であるとするのであれば、子供を引っ張る邪魔立てをする不届き者の首を、即座にその場ではねている。痛みの原因を根絶やしにするのが智将の戦よ」
「それただの殺戮と暴力じゃないですか!智将関係なくないですか!?」
「そんな子供騙しの逸話に付き合うほど、僕は優しくないんだ。むしろ、先に手を離した方が負けを認めたことになる、という解釈もできるよね?」
「こっちはこっちでお奉行様の感動エピソードが台無しにするが如くの暴論解釈!」
未来の偉大な司法の知恵が、戦国の歪んだ二大英知によって、ものの数秒でディストピア思想へ書き換えられていく。絶望的だ。この人たちに倫理とか良心という概念を説くだけ時間の無駄だった。何だったら、このままでは私と脳筋智将のせいで大岡裁きの前に逆大岡裁きというパラドクスが発生してしまう危険性さえある。
「元就君にしては物分かりが良いじゃないか。僕も同感だよ。ここで手を離したら、君を諦めたことになってしまうからね。絶対に離さないよ」
「弱者の綺麗事など、我が前では何の意味もなさぬ。我はただ、我が欲するものを力ずくで毟り取るのみよ」
「申し訳ございません大岡様!この時代にはあまりに早過ぎた倫理観だったようです!」
心の中で未来の偉人に涙ながらに土下座する。倫理どころか、人の心すら持ち合わせていない愛を知らぬ化け物に慈愛の精神を説くという一生の不覚。これについては私が全面的に謝罪させてほしい。今のこの仕打ちは咎とは思いたくはないのだが、私が絶望に打ちひしがれるのを置き去りにして、二人の独占欲とプライドはますます加熱していく。
「我は貴様の親でもなければ、慈悲深い聖人でもない。力ずくで奪うと決めたものを、痛みの弾みで手放すなど有り得ぬ」
「流石、黒幕が言うと説得力が違いますね!」
「元就君の言う通りだね。僕も手を離す気はさらさらないよ」
「私としたことが、ここにも黒幕の適性を持つ者がいたことを忘れていた!」
「ここで僕が手を離したら、君は元就君のものになってしまうじゃないか。君が痛がっているのは可哀想だけど、僕の手から永遠に失われる苦痛に比べれば、その程度の痛み、君なら耐えられるよね?」
「同意を求められても!私は痛みも苦しみも悲しみもない、みんなが笑顔になれる世界で生きたい!」
「ええい、埒が明かぬ。竹中、貴様が手を離せ」
「断るよ。元就君こそ、その無骨な手を退けたらどうだい?」
互いを睨みつけ一歩も引かない二人。その中心で愛ではなく苦痛を叫ぶ私。限界まで引き絞られる私の靭帯と関節。
「だいたい、貴様がどちらにつくか、その曖昧な態度を続けているからこのような事態になるのだ」
「おや、珍しく元就君と意見が合ったね。そうだよ、名前。そもそも君が最初から僕だけを選んでいれば、そんな痛い思いはしなくて済んだんだ」
「ここに来て絶対的被害者である私へのなすりつけ!恐ろし過ぎる!」
理不尽極まりない責任転嫁。いがみ合っていたはずの智将たちの突然の連係プレー。その選択って実質、右の地獄に落ちるか、左の奈落に飛び降りるかを選ばせるという脅迫ですよね。私の運命がまるで変わっていないですよね。
「そうだ。いい加減、貴様が決めろ。我か、豊臣か。生か死か」
「さあ、選んでごらん。僕の手を握るか、そのまま元就君に握り潰されるか」
「我を選べ、名前。貴様の涙も絶望も、我が至高の采配で極上の悦びへと昇華してやろう。我への依存こそが、貴様に許された唯一の救いだ」
「名前、僕を選びたまえ。君の欲する本物の愛で優しく身も心も溺れさせてあげる。僕を拒絶するのであれば、それはそれで首輪をはめて、繋ぎ止めて、優しく壊してあげるよ。そもそも君はすでに、僕なしでは生きられない身体になっているはずだろう?」
「揃いも揃ってヤバ智将過ぎる!愛や優しさを脅迫に使う時点でそれは愛でも優しさでも何でもない!」
戦国の智将と名高い二人がこれでは日本の行く末は絶望的だ。そしてさらに絶望的なのは私にこの先、生き延びる未来などないことが確定している現実である。誰にも届かない私の絶叫、骨が軋み、肉が潰れる音が厳島に響く。
フィジカルタクティカルコンバット
―――
元々、会話オンリーでしたが、多少強引に短編にしました。
戦国BASARAシリーズにおいて、天才軍師として冷徹かつ知的な振る舞いが印象強い半兵衛サンですが、シリーズを経てそのキャラクター性、ひいては精神状態には興味深い変化があり、その例として一つ挙げられるのが、戦国BASARA4皇の就サンが敵大将の合戦場である安芸・厳島にて半兵衛サン放つ、「知恵比べは一先ず置いて…肉弾戦で決着といこうか」という台詞です。この台詞単体を見れば、戦況に応じた合理的な判断のようにも聞こえます。しかし、半兵衛サンの病を抱え、限られた命の中で豊臣の未来のために冷徹に策を巡らせるという人物像から鑑みると、この発言は少々異質であり、同時に非常に好戦的なニュアンスを孕んでいます。本来であれば肉体的な消耗を避けるべき半兵衛サンが、敢えて自ら肉弾戦を提案し、泥臭い直接対決を望む姿勢には驚きを禁じ得ません。さらに特筆すべきは、戦国BASARA4で復活を遂げた半兵衛サンの全体的な雰囲気です。過去作の台詞と比較すると、本作の半兵衛サンは全体的に楽しそうな雰囲気が見受けられます。このテンションの高さや充実感が相乗効果となり、件の台詞をより一層、好戦的かつ魅力的なものへと昇華させているのです。特に、台詞の締めくくりである「~といこうか」の《か》の声音に宿るニュアンスが凄く良いです。とても良いです。内から湧き出るような昂揚感や、微かな愉悦が滲み出ており、石田彰サンの演技も含めて白眉の出来と言えます。ありがとうございます半兵衛サン。ありがとうございます石田サン。このように少しテンションが高く、戦場においてどこか楽しそうな表情を見せてくれる戦国BASARA4の半兵衛サンの姿は感慨深いものがあります。半兵衛サンの幸せを願う身としては本当に嬉しいです。半兵衛サンが幸せなら私も幸せです。半兵衛サンの幸せは私の幸せ。半兵衛サンの幸せは私の幸せ。半兵衛サンの幸せは私の幸せ。半兵衛サンの幸せは私の幸せ。半兵衛サンの幸せは私の幸せ。半兵衛サンに幸あれ。
MANA3/260630
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