純粋と狂気の狭間で
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最近、私には悩み事があった。悩み事と言うならばこの世界に来てから悩みがないのが悩みと言う人間が羨む程に無尽蔵にあるし、それ自体も悩みと言えるのだがそうではない。事に因っては死活問題かもしれないのだ。私が言う目下の悩みは何処からともなく感じる突き刺さる様な痛い視線である。気のせいならそれで良かったのだが日が経つにつれ、どうにも思い過ごしとは思えず、恐怖が募るばかりである。現状に耐え兼ねた私は誰か頼れる人は居ないかと考えてみたが駄目だった。想像とは言えこちらを邪悪な顔付きで見下す今までもこれからも悩みの種であろう人達がとてもじゃないが私を救ってくれるとは思えず、どうしたものかと、考え倦ねた所、博打中毒のちゃらちゃらしている甲斐性なしではあるが左近さんがいるではないかと、早速、座り込んでいた大きな池がある庭から左近さんを探そうと足早に進もうとしたのだ。しかし、何かが迫る音と気配に気付いて、その何かを視認しようとしたと同時に私は全く身動きが取れなくなった。後ろには壁、前に半円の刃物の様な物の両端が壁に突き刺さり私を逃がさない様に取り囲んでいた。長く長く感じた寸秒の間、停止していた心臓と呼吸が再開し、何がなんだかわからない私の目の前に躍り掛かった黒い影。獣かと思った黒い影は人であった。獣ではないが獣の様な見知らぬ男の人だった。ギラギラと光る目はゆらゆらと揺れて、だらりと開かれた今にも噛み付いて来そうな口からは荒い息が漏れていて、姿こそ人であれどその一つ一つの挙動は腹を空かせた獣そのものであった。生死の境目に立たされ、命の危機しか感じない私もどくんどくんと心臓が煩く脈打ち、息も浅くなる。それでどうなったかと言うと、現在進行形で目と目が合ったままの膠着状態です。誰か助けて下さい。
「…あ、あのぅ!」
「は、はいぃ!」
初めて聞いた男の人の声は多少裏返っていた。私は思わず盛大に裏返った返事をした。物理的にも精神的にも追い詰めて、何を対話しようと言うのか甚だ理解は出来ず、心拍数と呼吸が上昇するばかりの私の目の前に差し出された一枚の紙。な、何だこれは。一体これで私をどうするつもりなんだ!
「ここ、これぇ!受け取って下、さいッ…。」
上擦った声はどんどんと小さく萎んでいく。挙げ句、紙を差し出したまま男の人は面を下げた。紙を持つ手は微かに震えていた。受け取れば良いのか。受け取って良い物なのか?見る限りは普通の紙の様だが、本当に受け取っても害はないのだろうか。受け取った瞬間、触れた箇所から体が腐食していかないだろうか。しかし、受け取らなければそれはそれでどうなる事だか。選択肢はない。恐る恐る手を伸ばし、紙を受け取った。
「へ返事ぃ!いつでも良いんで!待ってますんで!」
言うなり、赤くした顔を隠す様にしてその人は鋭利な刃物を壁から抜いて風の如く去っていた。頭の中では何が起こり、何が終わったのか、あまりにも突然過ぎて、あまりにも事柄が多く、ごちゃごちゃで整理を始めるのにさえ時間が掛かりそうだ。私は手に残された紙を見た。見れば見る程、それは普通の紙であった。いや、紙と言うよりは文だろうか。返事、と言っていたが、思うにそれは、もしかしてもしかすると果たし状ではないのか!駄目だ!果たされてしまう!今し方、助かった私の命が果ててしまう!
待て待て待て待て落ち着け私。まだ果たし状と決まった訳ではない。紙の中身を読んでからでも遅くはないんだ。そう自分に言い聞かせ、警告音の様に未だ静まらない心臓を尻目に私はゆっくりと紙を開けた。
「…………読めない。」
紙には文字がびっしりと書いてあった。怨恨か忿懣か、白い紙を染める一文字一文字の黒々さが読まずとも書いた人間の思いがひしひしと伝わってくる。読めないと言うのは字が汚いからではない。寧ろ、達筆過ぎて読めないのだ。私がこの時代の文章について疎いと言うのもあるのだろうが。辛うじて、私の名前が掛かれている事は理解した。つまりは間違いなくこれは私宛の手紙、と言う事なのだろう。あの人は私の事を知っているのか。だが、私はあの人の事を知らない。訳が解らない。怖い。
「何だいこれは。」
「私にもわからないです。」
「ふざけているのかい。」
「至って真面目です。死活問題です。」
文字が読めなかったので読める人に読んでもらう事にしました。しかし、早速人選をミスってしまったかもしれないと後悔しています。とは言え、文字を読み書きする人も限られていて、人選なんてあった様でない様なものだが。
「知らない人から頂きました。死ぬかもしれないです。」
「君の説明力が死んでる事だけはわかったよ。」
私の身に起こった出来事は伝わらなくても何となく頼みたい旨は伝わった様で、読めば良いのかい?と尋ねる半兵衛さんにこくりと頷く。半兵衛さんはぱらりと紙を開けるとそこに書かれた文面を静かに眺めた。今思えば、これは不幸の手紙の類なのではないのか。だとしたら、悪意はなかったと言えど私は半兵衛さんを地味に巻き込んでしまったのではないか。申し訳ないと心を痛めるもこれまでの事を考えると不思議と罪悪感は消え去った。寧ろ、不幸がさんざめけと何処ぞの神輿に乗って浮いている人の様な事を思ってしまう程だった。
紙を広げてから少し経ったが、いつまでも静寂が保たれたままで、一向に内容が読まれる気配がない。まさかとは思うがこの人、貰った当人を差し置いて内容を把握しようとしているのか。だとしたら許されざる越権行為に他ならない。自分は変な仮面で素顔を隠して、その癖、他人の領域には土足で踏み込むどころか蹂躙するのだから堪ったものではない。その行為に対し糾弾してやろうと開いた口からは何も言葉が出なかった。何でもなかった半兵衛さんの顔容が見る見る内に仏頂面に変わっていく。何をそんなに怒っていらっしゃるのか。文の内容ならば私宛てのはずなのだが。まさか本当に不幸の手紙だったのだろうか。
「名前。」
不機嫌が継続されたままの顔をこちらに向けられて、体が強張る。
「君は又兵衛君と知り合いだったのかい?」
「またべえ?」
「後藤又兵衛。この文を書いた人間のことだ。」
あの人、後藤さんと言うのか。口振りから察するに半兵衛さんは後藤さんを知っているのだろうか。先程も言ったが私はその後藤さんとはあれが初対面である。何ともショッキングなファーストコンタクトである。忘れる事は決してないだろう。名前だって今初めて知った。半兵衛さんの機嫌は芳しくない。答えを間違えれば何をされるかわからない。が、間違った答えなど持ち合わせていないし、例え持っていたとしても出すはずがない訳だが。
「し、知らないですって。それより、手紙に何て書いてあったんですか。」
そう言い終わるか終わらないかの所で半兵衛さんは手に持っていた紙をびりびりと破り、四散させた。破られた紙は花弁の様にひらひらと足元に落ちる。
「あああああああああ!!!!!!何やってるんですか!」
「何だい?何か文句があるのかい?」
「何で文句がある可能性に文句を言いた気なんですか!ありますよ!私が貰った手紙なんですけど!何て書いてあったんですか!」
「君が知る必要はない。」
「それを何故あなたが決める!そして、何故破った!!!!」
しゃがんで足元に散らばった紙片を二つ取ってみるもこれは修復するのは不可能だとがくりと肩を落とす。何故だか半兵衛さんは手紙の内容を教えてはくれないし、その上、何を血迷ったのか手紙を破ってしまうし、このままでは手紙に何が書いてあったのかわからない。次に後藤さんとか言う人が返事を聞きに来たら、私は何て答えれば良いんだ!私はどうなってしまうんだ!
「ど、どどどうしてくれるんですか!返事頼まれてたんですけど!」
「何と返すつもりだったんだい?」
「きいいい!何て白々しい!」
本当にお見逸れ致す驚きの白々しさである。せせら笑う相手に思わず、平手の一撃でもお見舞いしたい所だが、仕返しが怖いので止めておく。だからと言って私が大人になった所で根本的な解決には何もなっていない。暴力は振るわずとも責任を追及せずにはいられない。何せこちらは命懸けなのだ。
「次、その後藤さんが来たらどうするんですか!私、殺されるかもしれないんですよ!」
「正直、僕が今そうしたい程だよ。」
「な、何で!!!!」
相手の過失について責めたら何故か殺意を向けられ、燃え上がる様な怒りが理不尽窮まりないたった一言で鎮火させられた。何でこの人急に殺人衝動に駆り立てられてんの!怖いわ!理由が不透明なのに対して殺意がクリア過ぎて怖いわ!何なんだこれは。何だこの選択肢は。今死ぬか、後で死ぬか。どの道、私は死ぬしかないのか。嫌だ!
「返事についてなら君が僕のものである事を伝えれば良いよ。」
そう遠くはなさそうな自分の命日について体を震え上がらせながら考えていると半兵衛さんは怒るでもなく、喜ぶでもなく、いつもの様に淡々とそう言った。急にどうしたと言うのか。てか、本気で梃子でも手紙の内容を言わないつもりなのか。
その提案は私にとって良いものなのか悪いものなのかが判断出来ない。事によっては問題があり、その答えを導くのは容易ではないかもしれないが、先に答えを言われても意味がない。寧ろ、そちらの方が難しい場合だってある。その事にこの人は気付いているのか。気付いているだろうな。気付いた上で言っているのだろうな。くそう。
「…私が後藤さんにそう言えば私は幸せになれますか?」
「ある意味では僕が幸せになるね。」
何でだよ!何で関係ないあなたがある意味で幸せになろうとしてんだ!ある意味って何だ!経験から基づいて推理するとあなたの幸せそれ即ち他人の不幸なんですけど!そして、その他人は十中八九私なんでしょ!私が不幸になるんだろうが!許さんぞ!絶対に許さんぞ!半兵衛さんの提案に半信半疑どころか猜疑しか抱けない。
「……本当にそう言えば良いんですか?」
「僕を疑っているのかい?」
「疑っていると言うか―――」
「何なら又兵衛君と接触しない様に君を幽閉すると言う手もある。死ぬまでね。僕はそれでも構わないよ。」
「すみません。何でもないです。」
それは残念だ、なんて微笑む半兵衛さんに私はそれ以上何も言えなかった。本当に私としても残念ですよ。半兵衛さんは冗談だよとは言ってくれず、なるべく、いや絶対に後藤さんと出会す事がない様にしようと決めました。
純粋と狂気の狭間で
(知らぬ間にトライアングル。)
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後藤サンが主人公に恋文を渡して半兵衛サンが邪魔をする話。後藤サンが好きで思い付いたものです。とは言え出番が少ないですが。後藤サンが好きです。
MANA3*140511
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