降り積もる惨憺
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肌に突き刺す様な寒さで目が覚めると外には真っ白な雪が辺りに降り積もっていた。どうりで寒いわけだ。
「わあ!凄い、雪だ!!」
一面に広がる銀世界。それを目の当たりにした私は弾む気持ちを抑えられず、帽子に耳当て、手袋にマフラーにコート、そしてブーツと完璧な重装備を施し、いざ白銀の中へと飛び出す。冷たく柔らかな雪にダイブし大興奮する私は端から見れば子供そのものであろう。何とでも言うが良い。いつまでも童心を忘れないのは素晴らしい事だと思う。それに良い歳をして雪を見てはしゃぐのは私だけではないはずだ。きっと。
城の敷地に積もる雪は今まで見た事がない程の積雪量であった。こんなにあれば三段重ねの雪だるま、鎌倉だって余裕で作れそうだ、そんな事を考えていた時。
「何をしている。」
雪に負けず劣らずな冷ややかな声に反応すれば、廊下で私を見下す様に仁王立ちをする石田さんの姿が。今日も今日とて世界一怖いアーモンドの名を欲しいがままにしていらっしゃる。
「石田さん石田さん!見て下さいよ、雪ですよ雪!!!!」
「見ればわかる。」
「凄い積もってますよ!!これだけあれば色々遊べますよ!」
「そんな事で一々はしゃぐか。私を貴様と同一にするな。」
童心を忘れてしまった石田さんはやはりただの怖いアーモンドである。
「石田さん寒くないんですか?」
「嘗めるな。これしきの寒さ、何でも……は……はっくしょん!!!!」
「………。」
「………。」
「………。」
「……何でもない。」
何と説得力のない事か。そんな盛大に嚔をされて信じられるはずもない。童心はないくせにこういう所は子供の様だ。ただでさえ、全体的に寒そうな色を纏う石田さんが更に寒そうに見える。見兼ねた私は自分の首に巻いていたマフラーを特に寒そうな石田さんの白く晒された首に巻き付けた。
「何をする!貴様、私を縊り殺すつもりか!」
「誰が殺すか!寒そうなんで少しでも暖かい様にしてあげているだけですよ。…はい、出来ました。これで少しは寒くはないでしょう?」
マフラー自体はそう似合わない事もないのだが、マフラーの柔らかく淡い色は石田さんには不釣り合いで笑いそうになるのを誤魔化す。石田さんはと言えば、マフラーの未知なる感覚に戸惑っているのか黙りだ。どうだ、決して味わう事がなかったはずの初体験のマフラーの感触は!未来の防寒具の温もりを思い知るが良い!と何故か私は優越感に浸る。
「……貴様の、」
「はい?」
「貴様の、匂いがする。」
「………………石田さん。」
「何だ。」
「変態っぽいです。」
「なっ!き、貴様!!!!この私が変態だと!?!?」
今日の石田さんは何だかテンションが高い様だ。これもやはり雪が織り成す奇跡に違いない。
「雪だるまを作りましょう!と言うか雪像を作りましょう雪像!」
「拒否する。何故私がそんな戯れ事に付き合わなければならんのだ。」
「じゃあ折角なんで秀吉さんを作ってみましょうか。」
「何をしている!もたもたするな、死に物狂いで雪をかき集めて来い!」
あなた秀吉さんだったら何でも良いのか。まあ、良いか。乗り気になってくれたのならそれで。いそいそと雪を集めていたら、石田さんが「私は秀吉様の英姿を造形する。貴様は半兵衛様の凛然たる御姿を作り上げろ。」と言われ高かったテンションが若干下がった。全力で拒否をしたかったのですが、理不尽に斬滅され兼ねないので渋々雪像製作に着手する。夢の三段雪だるまを作りたかったのに。誰も好き好んで純白の雪で腹黒鬼軍師の半兵衛さんを作りたくなどはない。折角、半兵衛さんが居なくて平和なのに何故、態々雪像とは言えどご本人を召喚せねばならんのだ。暴君の独裁者に自分の姿を模造した石像を作れと命ぜられた奴隷の気分である。そもそも、あの恐怖と悪の象徴を雪で表現出来るはずがない。何が凛然たる御姿だ。現実を見ろ現実を。あー、雪兎作りたい。こんなものを作るくらいなら雪だるまとは言わないから雪兎を作りたいわマジで。
「……って、凄ッ!!!!気付いたら何か凄いものが出来ていた!」
シャシャシャシャと横から聞こえる何かを削る忙しない音に石田さんを見て見れば、繊細でありながらも雄々しく細部まで忠実に再現された秀吉さんの姿を象った雪像が恰も本人がそこに存在するかの如く威圧感を放ちながらその場に君臨していた。石田さんは集めた雪を愛刀を使い、目にも留まらぬ速さで削って、見事、雪に命を吹き込み秀吉さんを作り上げている。ちょ、マジかよ!!!!本気過ぎるだろ石田さん!!!!不器用な生き方してるくせしてめちゃくちゃ器用じゃないですか!!!!どんだけ秀吉さんが好きなんだよこの人!!!!
「ふん。これくらい、秀吉様の左腕である私には造作もな、…貴様あああああ!!!!!!」
「な、何ですか。」
「貴様は一体何を作っている!!私は半兵衛様を作れと言ったのだ!なのに何だその見た事もない得体の知れぬ化け物は!!!!よもやそれが半兵衛様だと抜かすのではあるまいな!?!?」
「何言ってるんですか!半兵衛さんに決まってるでしょう!石田さんが作れって言ったんでしょう!」
「私はその様な不気味で醜悪な化け物を作れと言った覚えはない!!」
「尊敬とか何とか言って、石田さんが半兵衛さんの事をそんな風に思っていたんとは。」
「私が言ってるのは半兵衛様の事ではなく、貴様が産み出したその魔物の事だ!!!!」
「だからこれは半兵衛さんですってば!!」
「貴様ぁ、今すぐそこに直れえ!!!!深々と頭を垂れ、その醜い化け物共々私に斬滅されろおおおおおお!!!!!!」
「嫌です。」
私が頑張って雪で作った半兵衛さんを石田さんに醜悪なモンスターと言われてしまった。そこそこの力作なのに。しかし、そう思われてしまったのであれば、私にはあの人が人間ではなく醜悪なモンスターに見えると言う事なのであろう。
「雪か。」
「秀吉様!」
「あ、秀吉さん、おはようございます!」
いよいよ石田さんが抜刀しようとしたその時、秀吉さんご本人が登場した。半兵衛さんではなく秀吉さんで良かったとは思っても口にはしない。この雪でこの寒さだ。もしかしたら半兵衛さんは未だに布団から抜け出せずにいられるのかもしれない。そのまま布団と友達になってしまえ。そして、悠久なる眠りに就くが良い。
「これは、我か。」
「そうですよ!石田さんが作ったんですよ!無駄に凄くないですか!」
「おい、無駄とはなんだ。」
「見事な手前だ。これ程の技量を持つ者はそう易々とは見付からんだろう。三成よ。お前は我が見定めた以上の男。お前が我が軍に所属し、我が左腕である事を誇らしく思う。」
「ッ!何と勿体なきお言葉…!秀吉様!!この石田三成、あなた様のお役に立つ事が何よりの喜び!!」
異常なまでに崇拝する秀吉さんから称賛の言葉を頂戴した石田さんは目を閉じて胸の前でぐっと拳を握り、喜びを噛み締めながら身を震わせる。おお、泣くの?泣くのですか石田さん?喜びのあまり血涙を流すのですか?止めて下さいよ。主に私と秀吉さんが困り果てますんで。それと確かにこんな雪像を作れるのは凄いですが戦いの場でこんな技術は要らんだろ。うん。石田さんに斬滅されるだろうからやはり口にはしませんけどね。
「名前のそれは物の怪……いや、半兵衛か。」
「ほら、石田さん!秀吉さんはちゃんと当てられましたよ!流石は半兵衛さんの唯一の友達!」
「半兵衛様の名よりも先に物の怪と仰ったではないか!それでも尚それが半兵衛様などと謗るのか!」
「わかりましたわかりました。そこまで言うのなら物の怪であり半兵衛さんであるって事で構いませんよ!これで良いですかこの贅沢者め!」
「 良 い 訳 あ る か あ あ あ あ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
この後、あわや恐湟モードに入ろうとする石田さんを秀吉さんが宥めた。
「石田さん。動いてもう寒くはないんじゃないですか?良かったら首に巻いてる物を返して頂けませんか?」
「断る。」
「断るって、それ私のなんですけど。」
「この手拭いは私の物だ。」
「何さも当然と言わんばかりに!さも当然と自分の物と言い張り、さも当然とマフラーの事を手拭いと言ったよこの人!違いますよ!それは手拭いでもなければあなたの物でもないですか!私のですから!返して下さい!」
「諄い!何度も言わせるな!」
「ええへえぇ…何か知らないけど叱咤された…。」
何だか最近、石田さんも何処かの誰かさんに似てきたな。誰かとは言わないが。悲しい事だ。部下にまで悪影響を及ぼすなんて。何であなたまでジャイアンになってしまうんだ。せめてスネ夫になってくれよ。何でこんなにジャイアンが人気なんだ。いつか、私の周りはジャイアンの異常繁殖によりパンデミックが引き起こってしまうのではないだろうか。のび太は誰だ。私だ。私しかおらんではないか。私がのび太だ。じゃあ、ドラえもんは何処に居ますか。私に味方してくれる猫型ロボットは何処に居ますか。居ないし。ドラえもんは居ないし、のび太一人に対してのジャイアンの比率半端ない。何てアンバランス。地球崩壊へのカウントダウンが早まるばかりだよ。秀吉さんは味方だと思うけれど、ドラえもんではなくしずかちゃんのポジションだと思う。うん。しずかちゃんは優しいけれど問題は何一つ解決しないんだ。しずかちゃんでは駄目なんだ。
私の中でヒロインの座を見事ゲットした秀吉さんは寒いとは言わないものの鼻先と耳が赤いのが目につく。やはり、寒いのだろうか。しかし、私の手袋や帽子では小さ過ぎる。手は籠手をしている様なので大丈夫だと思うが。だから、石田さんからマフラーを返却してもらおうかと思ったのだが、もう恐らくマフラーは返って来ないだろう。お気に入りだったのに。精々、血生臭くなるんじゃないよ、無理だろうけど。調整すればどうにかなるかと、耳当てを外し限界まで幅を広げる。
「秀吉さん、ちょっと屈んでもらっても良いですか?」
「む。」
私の言葉を逆らう事も疑う事もなく受け入れて大きな身体を低くする秀吉さん。それでも目的の場所に若干手が届かなかった私は背伸びをしてやっとこさ耳へと耳当てを装着する。耳当ては秀吉さんでも何とかぎりぎり着ける事が出来た。絶対に似合わないと思っていたのが所がどっこい、ちょっと似合っていたのに吹き出しそうになってしまう。
「どうですか?」
「うむ。悪くはない。」
「良かった!可愛いですよ秀吉さん!」
「訂正しろ。秀吉様にそんな軟弱な形容は相応しくはない。」
「何ですか。石田さんも可愛いって言ってほしいんですか?」
「いつ私がそんな事を言った!」
「はいはい。可愛い可愛い。」
「 殺 す ッ ! 」
「と言うか、石田さんは可愛いと言うより格好良いですよ。」
「ばっ、ばばば馬鹿貴様は!!!!何を言うか!!!!馬鹿か貴様は!!!!この馬鹿が!!!!」
めっちゃ馬鹿と言われてる。石田さん、顔が赤いですけど、暑いなら私のマフラー返して下さい。返せ。
「そうだ!雪合戦をしよう!」
「何だその何処かで聞いた事のある様な言い回しは。」
「私と秀吉さんとで同盟組みます!」
「なっ!!!!卑怯だぞ!」
「じゃあ、石田さんはそれが味方って事で。三対二でそっちが有利だからそれで良いでしょう?」
「私が作った秀吉様と貴様が作った化け物ではないか!何が三対二だ!その化け物は兎も角、私に秀吉様を壁にしろとでも言うのかこの不埒者め!許さんぞ!」
「ええい、うるさい早い者勝ちだい!そして先手必勝どりゃあああ!!!!」
手早く雪を両手で丸めて即席で拵えた雪玉を不意を突き、石田さん目掛けて投球。しかし、それを石田さんは素早く避ける。やはり、不意打ちをした所で暫定日ノ本最速の武将を討ち取るのは一筋縄ではいかないか。
「ちっ!し損じたか!」
「くそっ、何処までも卑怯な奴め!」
「何を言いますか!私相手なんだから当然でしょう!それにこれくらいの逆境を乗り越えられなければ秀吉さんの左腕とは言えないですよ!」
「貴様にそれを独断する資格があるものか!」
雪玉を作るのを阻止しようと雪玉を投げ続ける私に対して石田さんはひたすらそれを回避するのに専念する。刀を抜いて斬り掛かるのは簡単なのだろうがそれをしない辺り石田さんは純粋と言うか律儀である。しかし、当たらない。掠りもしなければ惜しくも何ともない。私がノーコンなのではなく、石田さんが速過ぎるのだ。畜生、日ノ本最速のアーモンドは伊達ではないと言う事か。このままでは私の体力が尽きてしまう。何か手はないものか、そう考える私の視界に入ったのは秀吉さんの雪像。私は標的を石田さんから雪像に変更し、雪玉を力の限り投げる。雪玉は狙い通り雪像へと一直線に飛んだが、怒りを孕んだ紫色の一閃に眩さを感じれば雪玉は儚くも元の雪の中へと帰る。無傷のままで先程と変わりなくそこに存在する雪像の前には歯をぎりりと食い縛りながらも焦燥が滲む表情でこちらを睨み据えて刀を抜いている石田さんが。
「貴様ぁ…秀吉様を狙うとは…。己の愚行を呪え!非礼を詫びろ!そして私に斬滅されろ!」
「秀吉さんじゃないでしょうが!」
「黙れ痴れ者があ!秀吉様!どうかこの者を斬滅する許可を私に!!!!」
「ならぬぞ、三成。」
秀吉さんの雪像を狙う作戦に微かな勝機を見出だしたものの、刀を抜いた石田さんの前に次々と雪玉が斬滅されていく。勝機を見出だしたと言ったものの何が勝ちで何が負けなのか正式な雪合戦のルールを知らないし、それに則ってるとも思えないし、突発的に始めたものだから基準がわからない。わからないが、私は石田さんに雪玉を当てたい。石田さんの顔面に雪玉をジャストミートさせたいのだ。何か良い手はないものか。
「これを使うと良い。」
半ば躍起になっている私に味方の秀吉さんが差し出す手の中には巨大な雪玉が。でかっ!!!!何この雪玉でかっ!!!!傍らで黙々と何かしてるなぁ、とは思ってましたがこんなアルテマウェポンを作っていたとは!正直、こんなもんをひょろい石田さんの顔面に当てたら首の骨を折ってしまうのではないかと思う。しかし、まあ、大丈夫だろう。石田さんだし。石田さんに限らずこの世界の武将は皆可笑しいし。人間じゃないし。秀吉さんお手製の雪玉で首を持っていかれたとしても石田さんからすればそれは本望であろう。本望過ぎて「有り難き幸せ!」とか言うのであろう。それに秀吉さんの好意を見す見す無下には出来ないとこの問題については自己完結した。
「おおおお!!!!流石は秀吉さん!じゃあ、これで石田さんを仕留ぐほおおお、重おおおおおおおおっ!!!!」
わかりきっていたのだが、見た目通りの重量感に石田さんの首より先に私の腕と肩が持っていかれそうだ。てか、これ秀吉さんが投げれば良かったんじゃないの。私が投げる必要なかったんじゃないの。しかし、こんな所で負ける訳にはいかない!雪の重みにぶるぶると堪えながら雪玉を頭上まで持ち上げる。
「っぐぬぬぬぬぬ!!!!!!!!」
「馬鹿が。脚も腕も震えているぞ。」
「何を言いますかっ!これは武者震いですよ!」
「そのまま自滅しろ。」
「…石田さん。この雪玉は秀吉さんが石田さんの為に作った様なもの。それに当たらなくても良いんですか?」
「…何を、私が貴様のほざく譫言に耳を貸すとでも思っているのか?私の敗北は秀吉様の敗北、負けは許されん!」
「だったら、尚更、秀吉さんに負け戦と言う辛酸を嘗めさせたくなければ当たるべきですよ!これも接待試合だと思って!」
「っ!おのれぇ…貴様と言う奴はどこまでも下劣な!」
「ぬおおおお!地球の皆!!!!オラに元気を分けてくれええええ!!!!!!」
終幕へ向け、どっせいと全身全霊の力を込め巨大雪玉を石田さんに投げた。が、やはり重さのせいで安定しなかった為か雪玉は石田さんの方へ向かわず、軌道は逸れに逸れた。
ドグシャアッ
そして、それは廊下に腕を組んで立っていた人間の顔面にクリーンヒットしてしまった。その瞬間、空気が絶対零度と化し、私は肝を冷やした。それは相手に重傷、若しくは殺してしまったからと言う理由ではない。寧ろ、その逆。私が殺されてしまうかもしれないと言う底知れぬ恐怖からだ。あの巨大な雪玉を喰らっても微動だにしない人間の顔は雪によって見えないが服は酷く見覚えのある白と紫であった。願わくば間違いであってくれと言う切なる思いは雪がぱらぱらと落ちてその下から現れた、仮面を着けてても容易にわかる笑っているけど笑ってない表情に儚く崩れる。その姿は私が作った雪像そのものであった。
「随分と楽しそうだね。僕も混ぜてくれないか。」
ラ ス ボ ス と 言 う 名 の リ ア ル モ ン ス タ ー が 現 れ た … ! ! ! ! ! !
「あばばばばばば!!!!はは、はははは半、半兵衛さん!!!!!!!!だ、大丈夫ですか!!!!!!すみません!ごめんなさい!!本当にすみません!!!!すみませんすみませんすみません許して下さい!!!!!!この通りです!!!!!!どうか命だけは!!!!!!どうか御慈悲を、お助けを…!!!!!!!!」
恐怖のあまりに直ぐ様、その場で土下座をしながら謝罪を捲し立てる私。体がこんなにもがたがた震えるのは寒さのせいではない。例え寒さだとしてもそれは雪が振り積もるこの冬の季節のせいではないのであろう。何たる不運!まさか、眠りから目覚めた化け物が直ぐそこまで忍び寄っていたとは!災厄と言うものは足音を立てず何の前触れもなく訪れる。そう、まさに今がそれ!!嗚呼、平和の何たる儚さよ!!!!嫌に静寂が続いた。言葉も痛みもない。一体どうなっている。何かが可笑しい、そう思った私は雪に押し付けていた顔を上げる。すると眼前には凜刀を振り翳す悪魔の姿が―――――
「ぎゃああああああああ!!!!!!!!!!」
咄嗟に横へと体を回転させながら避けると同時にざくりと雪に何かが突き刺さる音。脇目も振らずに私は這い蹲って逃げ惑い、石田さんが作った秀吉さんの雪像の背へと隠れ、未だに震えが止まらない身を萎縮させる。や、奴は本気だ!!!!こ、殺される!殺されてしまう!体を抱き竦めながら歯をがちがち鳴らせていると首筋につうっと伝わる感覚に手を這わす。すると私の手には赤いものが付着しているのに全身が粟立つ。ち、ちち、血だ!!!!血が出てる!流血してるよ私!あの人、的確に人間の急所を狙ってるよ!そして的確に私の命を摘もうとしちゃってるよ!どうかしてる!ただの戯れで流血沙汰とか無法地帯にも程があるわ!笑えねぇよ!
どうにかこの生命の危機を脱せねば、そう思考する私の頭上で何やら重量感がある音が。嫌な予感がしつつ、見上げみれば大量の白い雪の塊が重力に抗う事なく、私に降り注ごうとしていた。
全てを理解した時には遅かった。圧迫されていく光景に白い雪が私の視界を奪い、悲鳴と共に黒で埋め尽くす。寒ッ!死ぬッ!寒ッ!寒死ぬッ!死ぬ死ぬ死ぬッ!そして息が出来ん!死ぬッ!!!!必死に藻掻いて足掻いて雪の中から這い出る。久々の娑婆の空気に顔面蒼白でぜえぜえと呼吸を繰り返す。涙が出そうだ。ついでに鼻水も出そうだ。そんな私を追い詰める様に目の前には仁王立ちする半兵衛さん。逆光が輪を掛けて恐ろしい。最早、声も出なくなった私に悪魔は容赦なく背中を踏み付けて言った。
「捕まえた。」
私の上に覆い被さる様に落ちて来た雪は石田さんが作った秀吉さんの雪像の上半身だったものだ。あろう事か半兵衛さんは自分の主君である秀吉さんの姿を象った雪像を何の躊躇いもなく斬って私を捕まえたのだ。最早、クーデターであるその行為を秀吉さんを含め誰も咎めない。奴は島流しにするべきである。
あの後。悪魔に捕獲されてしまった私は人間雪だるまにされて雪合戦(個人戦)で一方的にぎりぎり雪玉が耐えられる速さで剛速球の雪玉を投げ付けられる責め苦を受けた。逃げたくとも首から下を雪でがっちがちで固められている為に身動き一つとれない。雪玉による撲殺で死ぬか、寒さによって死ぬのか。残された道は二つに一つ。その惨たらしい事この上ない光景を秀吉さんと石田さんは半兵衛さんの後ろで見ていた。石田さんに至っては雪玉を作ってはそれを半兵衛さんに手渡す始末。お前は半兵衛さん共々島流しにされろ。そして、私の全身全霊の憎悪が込められた呪いにかかってしまえ。禿げてしまえ。そんな事を考えていたら半兵衛さんが投げた死球が額にクリティカルヒットした所で私の意識と視界は闇に包まれた。
目を覚ませばそこは寒い外ではなく、何処かの部屋だった。そこで私は布団の中で横になっている。見覚えのある部屋。はて、ここは何の部屋であっただろうか。朧気な記憶の糸を手繰っていると耳元で聞こえる吐息。必然として首を動かせばそこには私を半殺しにした罪人、半兵衛さんが布団の中で一緒に眠っているではないか。口から心臓が飛び出る程に吃驚した私は咄嗟に起き上がろうとするも腕をがしりと掴まれてはそれは適わない。予想外の連続に驚いて困惑するばかりの私の姿をあの紫色の瞳が捉える。
「おはよう、名前。何処へ行くんだい。」
「な、ななな何で半兵衛さんが!!!!」
「凍傷しかけていた君の冷え切った体を僕が温めてあげたんだよ。」
「誰のせいでそうなったと思っているんですか!」
「そうだね。君が僕に雪を投げ付ける愚行を働かなければこうはならなかっただろうね。」
そう言われては何も言い返せず口をぐっと閉ざしてしまう。確かにあれは私の過失に他ならないだろう。しかし、どうだろうか。あの元気玉を喰らって傷一つなく平然としてる半兵衛さんに対し私のこの姿。今気付いたんですけど、全身が包帯でぐるぐる巻きなんですけど。動く度にあちらこちらが痛みを主張してくる。誰がどう見たってやり過ぎだろうが。暫く床に臥せる程の重傷ですよ。とても雪遊びしてて負った怪我とは思えない。宛ら戦争に行ったまま死んだと思われていたけど数年後に命からがら生き延びて故郷に帰って来た兵士ですよ。戦争とは何て虚しいんだ。
「わかってますよ。私が悪いって。」
今回に限ってはな。
「そうだね。君が悪い。」
そう改めて言われるといらっと来る。半兵衛さんに言われたら尚の事。しかし、やはり私の過失には変わりないので何も言い返す事は出来ない。すると、腕を引き寄せられ傷だらけにした私の体を半兵衛さんは抱き締める。あまり力は込めてなくとも私にはそれが少し痛い。
「君が悪いんだよ、名前。」
「…半兵衛さん?」
その抱擁に私はただただ狼狽するばかり。冷えた体を温めようとする両の腕。優しいはずのそれはまるで私を何処にも逃がすまいと閉じ込める檻の格子に思えた。そんな事をせずとも私はどうせこの人から逃げられるはずもないのに。
「嗚呼…苛々する。」
聞こえた。確かにそう聞こえた。ぼそりと呟かれた感情を抑圧した囁き。十分に温められたはずの体がぞくりと震える。これまでの経験からして危険を頭よりも先に感知した体が無駄な抵抗と知りつつも半兵衛さんから逃れようとしたがそうはさせないと一層、私の体を抱く腕に力を込める。痛い。
「何故逃げようとするんだい。」
「い、いえ。ただ何だか半兵衛さんの機嫌が宜しくないので私なんぞの痴れ者は視界に入らない方が良いのではないのかと。」
「君が離れたら僕の機嫌は今よりも損なう事になるだろうね。」
何たる八方塞がり。どの道、私が地獄を見るのには変わりはないじゃないか。もう良いですよ。地獄など見飽きたわ。いっそ殺してくれと言うレベルで見飽きたわ。相当重症である。いや、死にたくはないですけどね。
「そう言う訳だから君で遊ばせてくれ。」
「一体どう言う訳だ!訳がわからん!私でってなんですか!私ととの間違いではないんですか!」
「間違っていないよ。」
「間違いですよ!間違いしかないですよ!あなたのその思考が何よりの間違いなんですよ!それに外で十分私を痛め付けたじゃないですか!」
「あれで僕の気が済んだと思っているのなら大間違いだよ。」
「大方間違ってる人に大間違いと言われてしまった。もうお終いだ。」
「まあ、薬師からはこれから暫く絶対安静しろとの事だ。それにどうせその体では平常に過ごす事はままならないだろう。今日から君は僕の部屋で生活してもらう。安心したまえ。僕が付きっ切りで看病してあげるのだから。」
「絶対安全じゃない場所で絶対安心出来ない人の監視の下、絶対安静だと?すみません、紙と筆を用意して私に遺言を書かせて下さい。未来の私に希望と私の想いと切なる願いを託させて下さい。どうか君に幸あれと。」
「馬鹿な事を言うものではないよ。」
「それを言うなら絶対安静と知りながら私で遊ぶと言う半兵衛さんも絶対安静した方が良いですよ。私は至って本気です。」
「思いの外に君の容態は深刻なのかもしれないね、名前。」
「マジですか。そう思うならもう私に構わないであげて下さい。それが最善にして最短の療法です。」
「それは無理な相談だね。」
「無理だった。もうお終いだ。」
「今日は何もしないから、今はゆっくり休みなよ。」
聞き捨てならぬ。今日はと言う当たりが聞き捨てならぬ。明日からの夢と希望が見当たらぬ。もうずっと何もしないで下さい。半兵衛さんを見るだけで傷が疼いて治るものも治りません。私の全身の傷がまるで妖怪アンテナの様な役割を果たしている。竹中半兵衛と言う妖怪にだけ反応するアンテナである。何で半兵衛さんはこうも私に構うのか。寂しいのなら秀吉さんや石田さんに構ってもらえば良いじゃないか。看病すると言う優しさがあるのなら私を解き放ってはくれないですかね半兵衛さん。
私を抱き締めながら頭を撫でてくれる半兵衛さんの手つきは私を半殺しにしたとは思えない程に優しかった。
降り積もる惨憺
(半兵衛さん。好い加減離れてもらえませんか。)
(何だい名前。照れているのかい?)
(ち、違っ、ちょ、ぎゃああああ!どこ触ってんですか!)
――――――
拍手にしようと思っていたものですが、拍手にしては長いし、拍手にしたとしても季節が過ぎ去ってしまいましたし、長くは置けないので結局短編へ。主人公のテンションが高い。石田サンのテンションも高い。テンション高い時の主人公の石田サンに対しての反骨精神。でも、やっぱり半兵衛サンには逆らえなかった。
MANA3*120415