それは死と同じである
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は実におめでたい日である。
近江の浅井さんとお市さんが結婚式を挙げるそうです。その晴れの舞台に何故か招待された私達。他にも全国の武将の皆様方が集っていらっしゃるのですが場違いではないのだろうか。一触即発の状態である。何で身内だけでひっそりやってくれなかったんですか。来る方も来る方ですけどね。いや、でも今日限りは皆さんも野蛮なことは抜きにしてくれるとは思うのですが。
思っていたのですが、先程、酒が入ったのか、前田さんの所の風来坊さんが無謀にもへらへらと笑いながら半兵衛さんに絡んでいました。もう、あの時の空気の悪さときたら。一触即発というか爆発してましたからね。何が爆発したって半兵衛さんの逆鱗がですよ。最初は軽くあしらっていた半兵衛さんだったが、「いい加減この変なの外せよぉ~。」と仮面の真ん中を引っ張られた瞬間、半兵衛さんのバサラ技が発動した。私はその場から逃げた。そして、全力疾走したせいで息切れして心身共に疲労した体を手を膝に付けた中腰の体勢で休んでいた時、事件は勃発した。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ…はぁ……っここまで来れば、もう、安心―」
「悔しいいいいい!!!!麿も可愛い嫁さん欲しかった!……ん?」
「………へ?」
「おじゃ。」
「……え、あ……どうも……。」
「嫌ああああ!!!!やめて!離して!離して下さい!」
どうしてこうなってしまったのか。どなたか親切な方が居たら教えて頂きたい。ただいま、私は風貌も一人称も麿な人に拉致されています。しかも、何故かこの世界の時代設定では明らかに隔たりのあるウエディングドレスなるものに着替えさせられて。
「は、ははは早まらないで下さい!もも目的は何ですか目的は!??私を攫ったところで何の得にもならないですよ!」
「娘よ、喜べ。今日からそなたは麿の正室でおじゃ。苦しゅうない、近う寄れ。」
「お断りします!」
「な、何故でおじゃ!?麿のどこがいけないというおじゃ!」
「非常に申し上げ難いのですが、すべてです!」
「申し上げ難いと言いつつ、はっきりと傷付くことを言ってるではないか!」
「生理的に無理です!」
「もうよい!これ以上、麿の繊細な心を傷付けるでない!可愛い顔をしておきながら、存外えげつないことを言う娘おじゃ!こうなったら是が非でもそなたを駿河に連れ帰るおじゃ!」
す、駿河って何処ですか!愛と平和な所ですか!?いや、この世界にそんな場所など存在しない!それは私が嫌というほどに良く知っているではないか!それにこの人の妻になるのは真っ平御免だ!将来、添い遂げるのなら優しくて包容力があって私を全てから守ってくれる人が良いです!
「―散れ。」
麿の人の足元が光出したと思ったら、勢いよく爆発し、思わず腕で顔を庇うようにして眼を閉じる。少ししてからゆっくりと眼を開けると麿の人は消えていて、代わりに別の人物が立っていた。
「何事かと思えば。呆れて物も言えぬな。」
「!?毛利さん!」
意外な場所で意外な人と出会した。あの冷徹無慈悲な智将で有名な毛利さんがまさか他国の結婚式の場に居るだなんて誰が想定出来ようか。まあ、冷徹な無慈悲な智将、というのは周りがそう言ってるだけで何度か逢ったことがあるが、私にはその印象はこれっぽっちもない。この称号がお似合いの人が他に居るはずだ。名前が“た”から始まって“え”で終わる人とか。
「無事か?」
「は、はい。お蔭様で。」
「そうか。」
心做しか、毛利さんが微笑んだ気がした。錯覚かもしれないが。この人は滅多に表情を変えない。折角、端正な顔をしているのだからもう少し、笑った方が良いと私は思う。
「それはそうと、意外ですね。こんな場所に毛利さんが来るだなんて。」
「……それは―」
何かを言いかけた毛利さんは私の方をただじっと見ていた。顔に何か付いてるのかと思って、顔全体を手で拭うようにして触って掌を見たが何も付いてない。もう一度、毛利さんの方を見たが、未だにこちらをじっと見詰めていた。
「えぇーと……どうかしましたか?」
「!いや、思わず見惚れてしもうた。」
「へ?」
「何だ、…きょ、今日のそなたは一段と美」
「よお!名前じゃねぇか!元気してたか!」
毛利さんの台詞を遮り、どういう原理でそうなっているのか全く理解出来ないご自慢の錨に乗って颯爽と現れたのは西海の鬼と恐れられている長曾我部さんであった。
「おっ。えらいめかし込んでるじゃねぇか。」
「え、いやこれは、まぁ、色々ありまして…。」
「ほぉ。よくはわかんねえが、別嬪に見えるぜ。まっ、お前さんはいつも別嬪だけどな。」
「いやいや、そんな、お世辞が上手ですね。」
「世辞なんかじゃねぇよ。何なら俺の所に嫁ぎに―」
「ほざくな、この歩く恥晒しが。」
先程の仕返しと言わんばかりに毛利さんが長曾我部さんの台詞を遮り、輪刀を上から振り下ろした。それを寸での所で長曾我部さんは避け、危うく真っ二つになるのを免れた。
「うおっ!何しやがんだ、って毛利じゃねえか。何であんたがここに居んだよ。」
「貴様こそ何故ここに居る。貴様のような奴がこの世に存在して良いと本当に思っているのか?」
「あれ!?この場に居るのが意外だったから聞いただけなのに何で俺、存在を否定されてんの!何でだよ!?」
「喜べ。貴様は直々に我の手で葬り去ってくれよう。有り難く思え。」
「重ね重ね何でだよ!?」
また始まってしまった。あの二人は本当に仲が悪い。毛利さんが一方的に長曾我部さんを嫌っているようにも見えるが。逢えば、いつもこうなってしまう。さて、取り残された私はどうするべきか。とりあえず、諍いに巻き込まれないためにここから離れることにした。
「お久しぶりですね、名前。」
移動しようとした足は不意に後ろから声をかけられて動かなくなり、肩がびくりと跳ね上がった。聞き覚えのあるその丁寧な敬語と声に私はぎこちなく首を後ろに向けた。そこには残念ながら想像通りの人が居た。
「あ、…明智さん…。」
「奇遇ですね。このような機会にあなたと逢えるだなんて。」
そうか、織田さんの配下であるこの人がお市さんの結婚式に居てもおかしくないはずだ。私は冷汗を掻きながらあの時のことを思い出していた。
以前、いつものように半兵衛さんに強制的に戦場である山崎に連行された私はそこで明智さんと出会った。目が合った瞬間に笑いながら追いかけ回されました。その恐怖から私は泣きながら必死に逃げました。
あのリアル鬼ごっこは今ではいいトラウマです。リアル鬼ごっこは半兵衛さんが助けてくれたことによって終わったが、「何で僕以外の奴に虐められているんだい?君は自分に苦痛や凌辱を与えてくれるなら誰でも良いと言うのかい?まったく、節操がないね。これからは僕でなければ満足出来ないように調教してあげるから、覚悟したまえ。」とまるで私にそっちの趣味があるみたいな設定に仕立てあげられてる訳がわからないことを言われた。あの人は誰のせいで私があんな酷い目に遭ったと思っているのだろうか。言っておくが、私には断じてそんな趣味はない。
「おや、今日はいつもとは違ってまた変わった格好をしてますね。」
「いや、まぁ、…はぁ…色々とありまして……ははっ…。」
「そうですか。とても艶やかですよ。その無垢な白もあなたにはよく似合う。」
「へ?……あぁ、あありがとうございます…。」
「ですが―」
明智さんが眼を細めて笑みが絶えない口元をニヤリと吊り上げるのを見て、私は嫌な予感しかしなかった。
「あなたには白より赤の方がよく似合う。」
や っ ぱ り 、 そ う な っ て し ま う の か !
明智さんは鋭く光る鎌を構える。どうやら、リアル鬼ごっこラウンド2は必至のようだ。しかしながら、私の今の格好では走って逃げることは出来ない。絶望的である。
「まっまま待って下さい、明智さん!よく考えてみて下さい!わたわわ私を殺したところで何の得があるというんですか!?」
「まさか。私があなたを殺すはずないじゃないですか。」
「じゃあ、その手に持ってるのはなんですか!?何にせよ、それを私に振り翳すつもりなんでしょう!?殺さないとしても殺さない程度に斬るってことなんでしょう!?」
「ふふふ。」
「いや、ふふふて!ふふふてえ!何がおかしいんですか!?!?全然、面白くないんですけど!」
今度こそ私はおしまいだ。諦めるように眼を閉じた。
「おっと!お取り込み中のところ失礼するよ!」
痛みは襲って来なかった。その代わりに抱き抱えられる感覚。何が起こったのかと、ぱっと眼を開く。
「猿飛さん!」
「やぁ、名前ちゃん!猿飛佐助がお姫様の窮地にただいま馳せ参じましたよ、な~んちゃって!」
今一、締まりのない台詞をこれまた締まりのないへらりとした笑顔で言う猿飛さん。どうやら、あの絶体絶命の場面から私を救ってくれたみたいだ。私を抱えたまま軽快で安定感のある動きで移動をする。
「猿飛さんも来てたんですね。」
「そりゃあね。名前ちゃんが来るってわかったら行くさ。」
「は?」
「俺様だけじゃないよ。他の奴等も同じ理由だと思うぜ。じゃなきゃ、こんなところ好き好んで来るわきゃないっての。」
「は、はぁ…。」
「こんな機会滅多にないからねぇ。君ん所の軍師様はおっかないからさ。」
「そうですね。それは私も常々思っています。」
「ねぇねぇ!このまま俺様の所に来ない?炊事洗濯掃除に何でもござれ!何不自由はさせないし、それにほら俺様って強いし、優しいし、その上顔も結構いけてると思うんだ!……暑苦しい人達が二人ほどいるんだけど、……まぁ、…きっと、楽しいと思うよ!どう?」
「あはは。冗談が上手いんですね、猿飛さんって。」
「……冗談じゃないんだけどなぁ、とほほ。」
私を抱えて移動しながら猿飛さんはよく喋るなと思う。よく喋るというのは忍としてどうなのかとも思うが。猿飛さんは落胆の表情を浮かべているのだが一体どうしたのだろうか。今日の晩御飯の献立について悩んでいるのなら私も一緒に考えてあげるのに。
そんなことを考えていたら後ろから青い稲妻が襲って来た。咄嗟にそれを避ける猿飛さんだったが、油断していたのかうっかり私を落としてしまわれた。
「しまっ…!」
「どわああああああああ!!!!!!」
落ちた所が猿飛さんがなかなか高く飛んでいた時なので、この調子だと私は死ぬ。間違いなく死ぬ。あ、このスカートで浮くことは出来ないだろうか。いや、駄目だ。とてもじゃないが体勢をどうこう出来はしない。それにそんな漫画みたいなことが出来るはずない。多分、そんなことをしたらスカートで上半身が覆われ、下半身が丸出しのあられもない姿を晒すことになるだろう。
現状とは裏腹に、頭ではそんな呑気なことを考えていた。冷静に見えるかもしれないが混乱して逆に冷静なのだ。つまり、混乱してるのだ。
そろそろ、走馬灯が見えると思えば、腰に衝撃が走る。しかし、それは地面と衝突したものではなく、意外にも軽いものだった。
「phew~♪危ないところだったな。」
「あ、あなた!」
「Hey!Honey!Your prince rushed to your pinch!」
「何を言ってるかわからないですが、多分、猿飛さんと言ってたことと丸被りですよ。」
落下する私をナイスキャッチしてくれたのは馬に乗った奥州筆頭の伊達さんでした。この人とも何回かお会いしたが、明智さんとは違った意味でトラウマな人である。正直、この人は苦手だ。
「てか、さっき攻撃して来たの伊達さんですよね!?私、あなたが来るまでピンチじゃなかったですからね!?あなたがピンチにしたんですからね!?寧ろ、あなたの存在がピンチそのものなんですけど!」
「Ah?危うくあの猿に誘拐されそうになってただろうが。」
「伊達さん。誘拐というのはですね、今まさにあなたがしてることですよ。」
「それにしても今日は珍しい格好してんだな。」
「おい、話を逸らすな誘拐犯。」
「勿論、このDressは俺のためなんだろHoney?」
「違いますけど!?」
「やっと俺の所に嫁ぐ気になったんだな。名前、俺は嬉しいぜ。必ず俺はお前を幸せにしてみせるからな。You see?」
「No!!ちょ、誰か!誰か近くに通訳の人居ませんか!?と言うか、誰か助けて下さい!」
一難去ってまた一難。今日はめでたい日だったはずがとんだ厄日になってしまった。私は誘拐犯の拉致宗さんに奥州にお持ち帰りされてしまうのか。もう優しくて包容力があって私を全てから守ってくれる救世主はいないのか。
今度こそ本当に絶望的だと思われた時、視界に何かがサッと通るのが見え、その瞬間に馬が前脚を高く上げ嘶く。
「Waht!?」
「ちょっ!な!?」
その拍子に私は馬から落ちてしまう。さっきより高くはないとはいえ、大怪我の可能性は十分にある。打ち所が悪ければ最悪死んでしまうのではないか。景色がゆっくりと流れるように見えていく中で誰かに腕を強く引っ張られた。
「うちの子は返してもらったよ、政宗君。」
「竹中!お前、いつの間に!?」
「沈黙の名は伊達じゃないんだよ。You see?」
「てめっ!俺の台詞パクってんじゃねえ!!!!」
伊達さんの方を見ると、馬が転倒していて立ち往生していた。半兵衛さんも馬に乗って来たから追い付くことは不可能であろう。
「何処へ行ったのかと思えば。随分と探したよ、名前。」
仮面を付けていても何処となく不機嫌なのがひしひしと伝わって来る。しかし、元を正せば半兵衛さんにも多少の責任があるような気がするがそんなことを抗議すれば明日を迎えることが出来ないので止めておいて、ここは素直に謝っておく。
「それは、す、すみませんでした。」
「また懲りずに僕以外の奴に虐められに行ったのかい?ふっ、どうやら僕が甘かったようだ。帰ったらお仕置きも兼ねて調教してあげるから覚悟したまえ。」
「あれ!?!?これなんか既視現象なんですけど!」
「それはさておき、何だいその珍妙な格好は。」
「あぁ、これは、その、私の世界での結婚式の衣装でして…。」
すると、半兵衛さんは急に押し黙って私を眺め出した。その視線に自然と私の体は緊張してしまう。これもこの人の為せる洗脳の技なのか。
「…あ、あの何か…?」
「いや、綺麗だと思ってね。」
「なっ!?!?!?!?」
「冗談だよ。」
「なっ!?!?!?!?」
「嘘、嘘。冗談だよ。」
「ど、どっち!?!?!?」
普段、半兵衛さんの口から聞けない発言にテンパる上に何故だか照れてしまう。いや、油断はするな。この後に落とし穴がないとは限らないのだから。
「綺麗だと言っているじゃないか。穢したくなるほどに。」
「あれ、何か最後に聞き捨てならない一言が聞こえたんですが。」
「それより、そんな格好をしているというのは僕に貰ってほしいと言っているのかい?」
「いや、言ってませんけど!?!?」
「名前。君は優しくて包容力があって自分を全てから守ってくれる人間が好きなのだろう?」
「な、何故それを!あまりにも私の好みを正確に知り過ぎなのでは!?」
「それでそれらは全て僕に当て嵌まってると思うのだけれど。」
「な、何故そうなった!?!?」
まず優しくてって最初の時点で違うじゃないか。それから包容力があってというのも有り得ないし、全てから守ってくれるっていうのも寧ろ、全てにおいて脅かしてくれる真逆の人だ。あれ、全然、駄目じゃないか。何言ってるんだ、この人。私の好みとは相反する人じゃないか。光と闇じゃないか。なんてそんなことを言えるはずもない。
そしたら、半兵衛さんがいつもの他人を貶める笑いではない、至って穏やかな表情でこう言った。
「だから僕が名前を貰ってあげても良いよ?」
それは死と同じである
(多くの短い愚行を終わらせる。)
(一つの長い愚鈍として。)
MANA3*100716