盲信、身を滅ぼす
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とある休日。
いつもより遅く起きた頃には時計の針はすでに11時に差し掛かろうとしていた。家族は全員出払っているが、私には特にこれと言った予定はない。だから今日はのんびりと家で一日を過ごそうと思う。
着替えてからリビングに行ってソファに腰掛けてから何となくテレビをつける。朝ご飯にしては遅いし、昼ご飯にしては早い。ここはお昼になるのを待つとして、何を食べようかとぼんやり考えていた時だ。
―ピンポン
家中に高らかなインターホンの音が鳴り響く。誰だろうと思いながら、外に居る人物を待たせてはいけないと小走りで玄関に向かった。忙しなく適当に靴を履くと確認もせずに急いでドアを開けた。
「はい。」
ドアの向こうには端正なお顔立ちの男の人が立っていたのであまり美人な方とは縁もゆかりもなく、免疫がない私はぎょっとしてしまった。フォーマルな格好をしたその人は用事があったからこの家に来たのだろうが、一向に喋る気配がなく、切れ長の眼でただ静かに私のことを見ていた。
沈黙に耐え兼ねた私は恐る恐る口を開いた。
「あの…何かご用でしょうか?」
「愛とはなんであろうな。」
「……………はい?」
「眼に見えなければ触れることも出来ない。しかし、それは確かにそこにある。」
初対面で失礼だとは思うが何言ってんだこの人。変な人が確かにそこに居るのはわかるのだが。やっと口を開いたと思えば、突然、愛がどうだのと言ってきた男の人に少なからず私は危険を感じていた。早急に用件を済ませてもらいお帰り頂こう。
「すみません。ご用件は何なのでしょうか?」
「我は夢光会参謀長兼戦略情報部隊長毛利元就。」
おいおい、何なんだその如何にも怪しそうな名前は。神や仏など人間の力を超える絶対的なものの存在を信じ、それを信仰しそうな宗教の匂いが漂うのですが。これはいよいよ危険だと感じた私は一刻も早く、この危機的状況から解放されることを望んだ。
「あの、勧誘か何かでしたら申し訳ないんですが…。」
「案ずるな。我とそなたの間には確固たる愛は存在する。」
「…………。」
「恐れることは何もない。いざ、二人だけの薔薇色パラダイスに参らん!」
ガチャン
私は黙ってドアを閉めた。そして、鍵をしっかりとかけてリビングへと戻った。大きな溜息を吐きながらどさりとソファーに座ると一気に緊張を緩める。
一体、さっきのは何だったのだろうか。宗教の勧誘なんて生まれて初めてされた。いや、勧誘だったのかよくわからないが。まぁ、そんなことはあの人とは今後、関わることはないだろうからどうでもいいのだが。薔薇色パラダイスには一人で行って頂こう。
―ピンポン
安堵していたのも束の間、再び鳴り響くインターホンに思わず顔を顰める。まさかとは思うのだが。私はゆっくりと玄関に向かった。その間にもインターホンがもう一度鳴る。玄関に辿り着き、ドア穴から外を覗くと私の思惑は杞憂に過ぎなかったことを知る。ドアの向こうにはさっきの人とは別の人が立っていた。それに警戒心が緩んだ私はガキを開け、ドアを開いた。
「はい。」
「どうも、こんにちは。」
今日はビューティフルヒューマンデイズなのか。家に訪問して来たのはまたしても美人な人だった。さっきの人と違いと言えば、笑顔が好印象なことと常識がありそうなことである。
「ご家族の方はご在宅かな?」
「あ、すみません。今、家族は出かけているので誰も。」
「そうか。いや、いいんだ。その方が都合がいい。」
「はい?」
「ああ、申し遅れたが僕はこういう者だ。」
そう言って差し出され、両手で受け取った名刺を私はまじまじと見る。真ん中にはこの人の名前であろう『竹中 半兵衛』の文字が印刷されている。名前のすぐ上の方に視線をやると目についた『夢光会参謀副長』に私は素早くドアを閉ざそうとしたが、それより早く、ドアの隙間に参謀副長の足が差し込まれ、それは敵わなかった。
「いきなりそれは失礼じゃないのかな?」
「ちょっ、借金取りみたいなことすんの止めて下さいよ!」
「ふっ、心配をしてくれてるのかい、名前君?大丈夫だよ、この靴は普通とは違う特別な素材で出来ていて尚且つ高級な物だからね。ドアに挟まれたくらいじゃ痛くはないよ。それに君から受ける痛みなら僕は本望だ。」
「あなたは何を言ってるんですか!?誰も心配なんてしてないですし!てか、何で私の名前を知ってるんですか!?!?」
「君のことならなんだって知っているさ。名前は勿論、年齢、誕生日、血液型、身長、体重、スリーサイズ、好きな食べ物から生理周期、何から何まですべてね。」
「お巡りさーん!!!!お巡りさん助けて下さい!今まさに一人の一般市民の平和が脅かされています!助けて下さい!」
「たかだか国家権力ごときに僕と君の愛を阻めはしないよ!」
「そんなものはこの世に存在しない!あなたは国家の名の下に裁かれればいい!国家権力を嘗めんなよ!」
この人もさっきの人の共謀者だったとは!油断した!まさかダブルトラップを仕掛けられるなんて!私と参謀副長のドア越しの攻防は続く。差し込まれた足が退かない限りドアは閉まらない。
「くそっ!これでも喰らえ!」
ならばと私は参謀副長の脛を蹴り始めた。
「ちょ!痛い!痛いよ、名前君!それは反則じゃないのかい!?」
「私からの痛みなら本望何でしょう!?痛いなら早くこの足を退けて下さい!そしてここから立ち去れ!」
私はこれでもかと言わんばかりに脛を蹴りまくる。完全にノーガードだったようで脛に痛みが蓄積されていく。この調子だと参謀副長が足を退けるのも時間の問題だ。この勝負、私がもらった!
「今なら入信を条件に許してやろう。」
「どぉわ!まだ居たのか!?!?ってうわっ!」
てっきり、帰ったかと思った共謀者がドアの隙間から顔を見せて来たので驚いた私はその隙に奴等の侵入を許してしまう。最後に入って来た参謀長がご丁寧にドアと鍵を閉める。参謀副長は蹴られた脛を摩りながら私を見た。
「よくもやってくれたね、名前君。」
「よくも入って来たな、不審者共。」
「今回は許してあげるけど、次やったら僕は君にお仕置きをしないといけないから覚えておくんだね。」
「私は不法に家に侵入して来た不審者共を許さない。次なんてものはないから帰れ、今すぐに。」
何なんだこの人達は。何て招かれざるストレンジャーズなんだ。どうしてこうもしつこいのか。狙いは何なんだ狙いは。折角の休日を無駄にしてしまうかもしれないことに私は憤慨し、苛立ちを感じずにはいられなかった。
「そう険悪な態度をとるな。ただ我等はそなたに夢光会に入―」
「お断りします!」
「何故だ!?」
「色好い返事がもらえると思ったのか!?何、返答が意外だったみたいな反応してるんですか!当然でしょうが、誰が入るものか!」
「この我が居るのにか!?」
「だからどうした。寧ろ、入りたくない理由ベスト3にあなたが食い込んでますよ。」
「名前君!この僕が居るとしてもなのかい!?」
「お前もだよ!お前も見事、ベスト3に食い込んでるよ!何、自分は例外だとか甚だしい思い違いをしてるんだ!そもそも何なんですか、その夢光会とかいうのは!」
「立ち話も何だ。詳しいことは上がって話そう。」
「そうだね。じゃあ、名前君の部屋に行こうか。」
「そうだな。色々と物色もせねばなるまい。」
「行かないですよ!上がって良いか否かは私が決めることだよ!てか、何堂々と物色とかぼざいてるんだよ!」
家に上がろうとする二人を私は必死に制止する。何故、この二人はこんなにも烏滸がましく、神経が図太いのだろうか。顔が良いだけに至極、残念である。事が済んだら通報してあげよう。これは私なりの優しさである。
参謀副長がやれやれと言った仕種をしながら鞄から小冊子らしき物を取り出す。やれやれなのはこっちだよこの野郎が。
「これが僕達が所属する夢光会のパンフレットだよ。」
渡された小冊子の紙の表面は滑らかで光沢があり、表紙の上には達筆な筆字で夢光会と書かれていて、真ん中にはシンボルマークらしきものが描かれている。中身が気になるものの、怖くて見られない私はただじっと表紙を眺めていた。
「夢光会とはこの世界をより良いものとする為の理想や理念を持つ者達が集い活動する組織だ。」
「それで世界をより良いものとする為に休日の人様の家を奇襲ですか。ご立派ですね。」
「ふっ、そう褒めるな。」
「褒めてねぇよ、戒めてるんだよ。」
「そう言う訳だから、君には是が非でも入信してもらいたい。」
「どう言う訳だ。」
こんな訳がわからない集団が世界をどうこう言うのは世も末なのだろうか。いや、逆にそれは平和の証なのであろうか。しかし、今確実に私の平和は脅かされている。
「そなたには参謀長補佐の席を用意しておる。入信した暁には純然たる処遇を約束しよう。」
「まず、参謀長補佐というのがこの上なく疑念と嫌悪しか抱けない処遇ですね。」
「何を言うんだ。名前君にはこの僕の補佐、そして恋人になってもらう。」
「お前が何を言ってるんだ。」
「ならば、名前には参謀長補佐兼我の妻になってもらう。」
「ならねぇよ!」
「元就君。最初に彼女に目をつけたのは僕だ。それを横から分を弁えず出しゃばるような無粋な真似は止してくれないか。」
「何を言う。我は貴様が見定める疾うの前から名前を我がものにすると決めておったわ。」
「ストーカー疑惑が湧く自白をありがとうございます。今すぐ、警察に行け。」
話が飛躍してるではないか。本当にこの人達は世界をより良くする気があるのか。私から言わせれば世界をより良くする為ならまずこの人達が変わるべきだ。変われないなら世界をより良いものとする為に消えるべきだ。
「百聞は一見に如かず。一度、夢光会に訪れればよい。そなたもザビー様に謁見すれば心も変わるだろう。」
「ザビー様?」
「はっ、あんなパチモン外国人に何が出来ると言うんだい?」
「パチモン外国人!?」
「名前君。パチモン外国人より秀吉に逢うべきだ。彼に逢えば必ず、」
「ただのゴリラであろう。」
「ゴリラ!?!?」
「秀吉はゴリラではない!」
「逢う以前に会話が成立するかさえ疑わしいものよ。彼のような者と遭遇するとなれば名前が怯えるではないか。逢うだけ無駄だ。」
「君の言うパチモン外国人こそ、先日、バズーカを振り回して施設一つを危うく焼失しかけたじゃないか。」
「バズーカ!?」
「貴様のゴリラこそ、ちゃんと首輪はしておるのか。この間、檻から脱走しておったぞ。」
「檻!?!?脱走!?!?!?」
二人の論争から飛び出すワードが危険で畏怖なものでしかない。本当にその組織は世界をより良いものとする気があるのか。いやないだろう。寧ろ、世界を恐怖に陥れる気ではないのか。だとしたら、出る杭は早めに打つべきだ。これはもうやはり通報しかない。私の電話一本で世界がより良いものとなるのだ。
「と、兎に角!私は入信はしません!帰って下さい!」
私の一喝で口が閉じた二人が一斉に私を見る。暫く真顔で変わらなかった表情か綻びた。
「ふっ、怒った顔も可愛いね。流石は僕の嫁。」
「違う、我の嫁だ。それに名前が可愛いのは当然であろう。」
「違う、僕の嫁だ。」
「違う、我の嫁だ。」
「嫁じゃねぇし!早く帰れ!」
嫁とか悪夢だよ。あなた達の嫁に何かなったらもう私に未来はないよ。何て悍ましい。私の自由を縛る枷でしかないよ枷でしか。私はあなた達の居ない何処かで幸せに暮らすんだ。永遠にな。
「ふぅ、仕方ないね。今日は大人しく退散するよ。」
「今日はって何だ今日はって。次なんてものはない。それでも、もし逢うことがあるならそれは裁判所だよ。」
「今度は婚姻届を持って来るからな。」
「資源の無駄です。その行為もあなたの存在も地球に優しくないので止めて下さい。」
「今回はこれで御暇させてもらうよ。でも、諦めた訳じゃないから。」
勘弁してくれと思いながら、私は二人の背中を見送る。まぁ、諦めるも何もないだろうが。忘れた頃にこの二人がニュースで出るのを画面越しからざまあ見さらせと嘲り笑ってやろう。
参謀副長の手がドアの取っ手にかかったまま止まる。早く出て行けと念じていたら、急に振り返って、真剣な面持ちで私に向かいあった。今までない表情に一瞬だけ怯んでしまう。
「……まだ何か用ですか?」
「ああ、一つ大事なことを忘れていた。」
「僕は君のことならなんでも知っているつもりだ。」
「そうですか。そんなに通報してほしいんですね。」
「ただ、一つ。そう一つだけ教えくれ。」
「「今日の下着の色を。」」
盲信、身を滅ぼす
(我としては白が、いや黒も捨て難いな。)
(あ、何なら直接脱いでくれてもいいよ。)
(もしもし、警察ですか。家に変態が二人居るので今すぐ検挙しに来てもらえますか。)
MANA3*100810