石田三成
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
圧倒的な力によって、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉であったが、暴走した武力による征服に異を唱えた徳川家康の謀反に遭い、この世を去った。心酔し、忠誠を誓った主君が討たれ、共に同じ道を歩むと信じていた友が裏切り、石田三成の心には決して癒えることのない深い傷が刻み付けられることとなった。その傷から生じた狂気は彼の純粋さ歪ませ、蝕んだ。復讐の念に取り憑かれ、悲しみと怒り、そして一途な殺意が今の三成を突き動かしていた。その果てに得るものは怨嗟の鎖からの解放か、身を滅ぼすほどの空虚か、それとも。この世で最も憎むべき姿しか映さない純粋に濁った瞳には己が行く末など見据えていなかった。
上段の間に巨大な籠手が供えられた大広間。戦がない時、三成はこの大広間で大半の時間を過ごしていた。主君を守ることができなかった自分の無力さへの懺悔を。あるいは仇敵となったかつての友を必ずや討ち果たすという誓いを。常習となってしまったそれらは相手の首を刎ね落とすまで続くのであろう。いつしか凶王三成と恐れられるようになった三成の傍らには参謀であり、友であり、全幅の信頼を置く大谷吉継の姿がいつもあった。今もこの広い空間で静かに座る三成の背中を後ろからただ見守っていた。この二人だけならこの広間の静寂は保たれたのであろうが、それはもう一人の存在によって大いに乱されていた。
「………ぐずっ…ずず…。」
広間に居る限り嫌でも聞こえて来る泣き声。勿論、二人の耳にも確かに届くそれは幽霊などではなく生きてそこに存在する人、名前のものである。自分の存在を隠すように部屋の片隅で膝を抱えて丸まってはいるが、如何せん、その泣き様がさめざめとした女性らしいものとは程遠く、男が二人居るのも憚らず、容赦のない嗚咽と鼻を啜る音が彼女の存在を明確に示す。名前がこの広間でこのようにみっともない姿を見せるのは今に始まったことではない。その切っ掛けは三成がここに来るようになったのとほぼ同時期で、それはつまり三成がここで懺悔やら誓いやらを繰り返している時には彼女の嗚咽と鼻を啜る不協和音が漏れなく耳に入ってくるということだ。彼女が涙する理由を三成は知っており、理解もしていた。しかし、元来、石田三成という男は気が長い性分ではない。況してや自分の周りで、耳障りな雑音を立てられては煩わしいことこの上なかった。
「名前。いい加減にしろ。いつまでそうやって泣いているつもりだ。」
三成にしては相手に配慮した言い回しだったが、言い聞かせて収まるのであれば、名前は疾うの昔に泣き止んでいただろう。三成自身もこれで泣き止むとは初めから一片の期待も抱いていなかった。戦場で苛烈に敵を斬り捨て、薙ぎ払い、切り刻み、畏怖される凶王に、女一人を宥める術など持ち合わせていないのだから。何ならそう言った役目であるのならば、後ろに控える大谷の方が断然、長けているのであろうが、当の本人は一切口を挟もうとはせず、ただただ静観を決め込んでいるのであった。
「貴様がいかに涙を溢そうとも、事実は何も揺るがない。過ぎし過去は決して変わりなどしない。変わり得るのは貴様の心のみだ。」
「……ぐす…ぅぐ…。」
やはり、名前が泣き止む気配はない。伏せて顔は見えないが、止め処なく涙を流し、鼻を垂らしているのは容易に想像できる。三成は彼女が抱える物を視線に捉えた。変幻自在の太刀筋で敵を翻弄する刀。竹中半兵衛の愛刀である関節剣。秀吉の籠手と共に上段の間に供えられていたが、いつの間にか名前の手元に移っていた。恐らく、添えられていた刀を彼女が勝手に拝借したのであろう。泣き疲れて寝ていても片時もそれを離すことはなかった。
半兵衛の死は結核による病没だった。自分の死期を悟っていた半兵衛は残された時間が僅かであるのを知りながら、体に巣食った病魔が容赦なくじわじわと、しかし確実にその命を蝕んでいったとしても夢のために最後まで豊臣の軍師としてその務めを果たそうとした。奇しくも半兵衛の死は秀吉が討たれ同日に訪れ、それを境に名前は広間に籠り、今の状態に陥った。本人が語らずとも彼女が泣く原因は半兵衛の死であることは誰が見ても明らかである。しかし、名前がそうまでしてその死を悼むほど半兵衛を慕っていたかというと聊か、いや、かなり疑問が湧く。何せ、名前に対する半兵衛の扱いが酷かった。手伝いと称しては大量の資料、時には武器や甲冑といった重量のあるものを運ばせたり、城内を隈なく綺麗にしろと掃除をさせたり、甘味が食べたいからと遠路を歩かせたりと、これだけでも女一人に担わせる手伝いにしては荷が勝ち過ぎているのだが、それでもまだましな方ではあった。酷い時には一人では絶対に抜け出せない縄の縛り方をしてそのまま放置したり、遠方へ出向く際に拘束して馬で引きずり回したり、言葉巧みに説得しては戦場に放り出しては囮にしたりと後半にかけての拷問染みた行為の数々に一体何の意味があるというのか。ただ、名前が喘ぎ苦しみ、半兵衛が愉悦に浸っていたのだけは確かではあったが、その真意は半兵衛と共に眠ってしまった以上、永遠に解明されることはないであろう。
自分を心理的にも肉体的にも束縛していた男が死んだことにより、ありとあらゆる苦痛から解放された名前だったが、安堵するでもなく、歓喜するでもなく、自由を謳歌するでもなく、大広間の片隅で縮こまって涙と鼻水を流すのであった。今まで幾度となく泣き言を吐いても泣いたことがなかった名前の今の姿は誰も想像しなかったものであった。富国強兵の理念を掲げた豊臣の意志を継ごうする三成にとって武力にも知力にも秀でたわけでもなく、今となっては童以下の脆弱な女など不要でしかない。すぐにでも斬り捨てて殺すことも、そのまま見捨てて勝手に野垂れ死なせることもできたが、三成の頭の中にそのような選択肢は元よりありはしなかった。とは言え、その理由もはっきりとしないのも事実であり、それが耳障りな涙声と鼻水と同じく三成を苛立たせる要因となっていた。
名前にとって竹中半兵衛とはどんな存在だったのか。この戦国の世界に迷い込んだ異質である彼女が今まで生きてこられたのは半兵衛の計らいがあってこそであろう。扱いこそは目を背けたくなるような悲惨なものではあったが、そこに殺意は一切なかった。でなければ、すでに彼女は物言わぬ骸となっていたはずであろうから。逆に言うのであれば半兵衛によって生かされていたとも捉えることができるのかもしれないが。それについては少なからず恩義を感じていたのかもしれない。もしくは畏怖の象徴でありながらもこの世界で頼れる人間は半兵衛だけであったということから依存せざるを得なかったのか。それがすべて仕立て上げられたものであったかは天才と謳われる軍師殿であれば有り得なくもないだろう。何にせよ名前にとって半兵衛は居なくなって悲しみ、涙を流すほどの存在であったのは確かであった。片や半兵衛にとって名前とはどんな存在であったのか。大事な存在であったかと言えば前述のことを踏まえれば、首を傾げる他ない。しかし、半兵衛があのような扱いをしながらも傍に置いておいたこと。更にはそのように接していた人間は名前だけだったこと。良いか悪いかはさておくとして、そういう意味であるのであれば、半兵衛にとって名前は特別な存在であったのかもしれない。
秀吉と同じく崇敬する半兵衛のある種、気にかけていたとも言える彼女が三成の中にある序列の上位に位置付けられ、他と一線を画す崇め敬うに値する者であったかというとそんなことはなく、寧その逆であった。不当な扱いを受けた名前が半兵衛のことを鬼だ外道だ畜生だ鬼畜軍師だ魑魅魍魎だと比喩し、悪態をつくのはしかるべきものではあるが、それを耳にした三成が看過するはずもなく、怒号とともに不忠者の頬に断罪という名の手拳をめり込ませる。場合によっては肌身離さず携えている刀を抜き、斬りかかろうとした時もあったが今の所は未遂で終わっている。自身に命の危機が迫った時でさえ、顔面を蒼白させて辺り構わず喚き散らすことはあっても、決して名前が涙を流すことはなかった。在りし日の情景は昨日のことのように鮮明に浮かぶのに対し、現実の彼女とは同一人物であることへは中々に結び付け難い。器は同じであるのにも関わらず、まるで魂が異なるような変貌であった。しかし、それは紛れもなく三成が知る無礼で浅ましく不埒で愚かな女に違いなかった。
「かつての貴様の野蛮で不愉快極まりない振る舞いの数々は見るに堪えがたいものではあったが、今と重ね合わせれば幾許かましだった。」
「…ずっ…ぐず…。」
「…私は、今の貴様の姿など見たくはない。」
「……ずぅ…ずず……。」
「そのような不甲斐ない為体を見せつけられるとどうにも落ち着かん。」
「……………。」
「…名前。私は―」
「…ぅうッ…はん、…べ…さ…。」
思考するよりも先に体が動く傾向にある男の動きは素早かった。すっと立ち上がったかと思えば、どしどしと広間に反響する荒々しい足音を立てながらの部屋の片隅へと歩みを進める。床を軋ませる重く乱暴な怒りを踏みしめる音が止んだ時、三成の右手は刀の柄を握っていた。血走った両目は眼下の膝を抱えて蹲る元凶を捕捉する。その元凶というと危険がすぐ傍まで迫っているのというのにまるで意に介すこともなく悲嘆に暮れている。全く変わらない光景に柄を握る手に力が込められるが、やはり、その刀身が現れることはない。二人は性格や価値観、それこそ生き方は大きく異なるが、現状、同じ境遇に立たされた似た者同士であった。同じように大切な人を失い、同じように心を傷付き、同じように感情に囚われている。ただ違いがあるのは心をより強く揺らすものが怒りか悲しみかの違いだけだった。同じ境遇の彼女に三成が同情したのかと言えばそうでもない。それでも、刀を抜き、一刀振るって黙らせることもなく、捨て置いて孤独に朽ち果てさせることもない。抑々、この広間に拘る必要はどこにもなく、籠手を別の部屋に移動させるなり、それこそ名前を自室に引き摺っていくなり、厭わしさを排除する方法はいくらでもあるのだが、それすら実行に移すことはなく、三成は態々、自分の精神を消耗させる道を選ぶ。名前に対する三成の言葉は自分自身に反射するようなものであった。泣いていても仕方がない、変わるしかない、感情に囚われるなという諫言は誰でもない己に当てはまることでもあった。自らを差し置き偽りのない矛盾を吐いてでも、再起を望んだ。同じ痛みを共に抱え、故に自分が、自分だけが悟ることができ、そして、ほの暗い悲しみの淵から救える。自分でも気づくことはない心の奥深くでそんな願望がひそかに息衝いていたのかもしれない。同じ痛みを共に抱えていたかもしれない、その傷を、心を、悟っていたのかもしれない。それでも、彼女は今も尚、手が届かない深い深い奥底にて沈んでいた。かつてならその行動の一つ一つに罵詈雑言を浴びせていたものの、実際に今の名前を理解できるのは三成以上の者はいなかった。だが、感情を律することにおいて致命的な欠点があった。ただひたすら無気力に泣くことしかしないできない女も、それを斬り捨てることもなく見捨てられずに宥めようとする自分も、腹立たしいことなのは不可疑であるのに、その苛立ちを覚える理由については依然として不明瞭のままであった。その口から零れた名前が自分ではなく、半兵衛であったとしても何の不自然もないのに、心臓が激しく脈打ち、全身の血が逆流するのを感じたことも。
憤悶に憑りつかれた体が刀を引き抜こうとするのを僅かながらの理性が阻止する。感情と自制の切迫した鬩ぎ合いが全身をわなわなと震せ、鞘の中でカタカタと金属が擦れる音が響く。しばらくして音が止み、部屋に聞こえるのはまた名前の嗚咽だけだった。どうやら理性が打ち勝ち、何とか踏みとどまり、彼女を殺さずに済んだ三成は名前の隣にどかっと腰を下ろすと、腕を組んで胡坐をかいた。されど、心の整理ついたかと言えば、目を鋭く吊り上がらせて、ぎりぎりと歯を食いしばらせる表情から一目瞭然だった。
三成が刀を抜くか否か、名前が生きるか死ぬかの刹那でさえ沈着冷静にその成り行きを見守っていた大谷。大谷にはおおよそわかっていたのだ。三成が決して刀を抜かないことも、名前が殺されることがないことも、我が友がどうして怒りを覚えながらもこの女を見放すことなく諭そうとするのかも。だが、大谷はそれを三成に伝えることはせず、話す気もなかった。第三者からの見解を述べた所で恐らく彼の凶王三成はそれを認めないだろう。ただでさえ厄介なこの状況に一層の混迷を招くことは望ましくはなかった大谷はやはり今はまだ静観することに徹するのであった。
鏡写しに差し伸べる
———
以前、JEを見返したら1話があまりにもクソ鬱だったことと刑部が移動する度に未確認飛行物体みたいな音がすることに吃驚しました。主人公視点の文章ばかり書いているので作者目線、神様視点が本当に苦手です。
MANA3/250317
1/1ページ