ある種の軛
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鮮やかな青紫色は寒そうな色にも関わらず、とても柔らかく、温かそうに見えた。目の前に差し出されたそれはこの季節には欠かせないアイテムの一つ、マフラーだった。首に巻けば、嘸かし温いであろうそのマフラーの出現に私は酷く戸惑った。何故、私にマフラー差し出す、と言うより突き出して来るのだろうか。しかも、マフラーを突き出して来るのが石田君である事が何より私を狼狽させる原因に他ならなかった。ただ無言でマフラーを突き出す石田君は怖かった。私が何も言わないでいると石田君は明白に苛々していて眉間の皴が深く刻まれ殊更、怖かった。怖い。
「な、何でしょうか。石田君。」
「見てわからないのか。マフラーだ。」
いや、それはわかるよ。それくらいわかるわ。馬鹿にしてんのか。私が聞きたいのはそう言う事ではない。思うに石田君は天然の節がある。私が言いたいのは何故、マフラーを私に突き付けて来ると言う事だ。
「えっと、このマフラーは一体…。」
「私が作った。」
「え!作ったの!?!?石田君が!?!?」
「他に誰が居る。」
まだ他の誰かなら頷けるが誰が想像出来ようか。あの石田君が手編みのマフラーを拵えるなどと。全く想像出来ない。石田君が編み物だなんて異様でしかない。限りなくミスマッチである。マフラーは一瞬、お店で購入したものと見紛える程の出来栄えである。後、何かやたら長いのは何でだ。これを石田君が作ったとは俄かには信じ難い。だが、石田君が嘘を吐く様な人間ではなさそうだし、恐らく事実なのだろう。どうにも信じ難いが。だとしても、相手の意図が未然、掴めないのだが。何だ、女子でもないのに女子力アピールか。私にはない隠された女子力アピールだとでも言うのか。そして、私にどうしろと言うんだ。
「えっと…す、凄いね。石田君って編み物出来たんだ。」
「何を嘯く。貴様、自分の発言した事も覚えていないのか。」
何だ、そもそもの事の発端は私にあるみたいなその言い草は。え、私なんか言いましたっけ。記憶を繰っても石田君に何か言った覚えがない。そもそも、石田君と会話する事自体、あまり記憶にないのだが。やはり思い出せない。果たして本当に私が石田君の隠された女子力を促した発言をしたのだろうか。何も言わず、呻吟しながら思い倦ねる私に苛々して来たのか石田君が歯軋りをして今にも握り締めたマフラーで絞殺して来そうな勢いだ。ひい、怖い!ただでさえ怖いのにマフラーと一緒に作られたと思われる目の下の隈のせいで輪をかけて恐ろしい。だが、思い出せないものは思い出せないのだ。
「以前、長いマフラーを恋人と一緒に巻きたいと言っていただろう。」
そう言われて私ははっとする。そう言われればそんな事を言っていた気が。「今時、一つのマフラーを二人で巻くとか引くわあー。きもいわあー。」「そもそも、巻く相手も居ないくせに夢見てんじゃないわよ!」と友達からの容赦ないバッシングを受けて負った心の傷はまだ癒えていない。それにしても今思い出しても酷いバッシングである。あの時の彼女達の私の見る冷ややかな非難の目は忘れられない。私達、本当に友達だよね?そう思ってるのは私だけじゃないよね?
その問題は今はさておき、石田君の言う通り、私は以前、恋人と一つのマフラーを巻いてみたいと言った。友達、にだ。石田君にではない。石田君とはそんなトークをする仲ではない。そんなトークを持ち出してしまえば縊り死ねと言われ兼ねない、それが私の中の石田三成と言う人間像だ。では、何故、石田君はその時の会話について知っているのか。そして、何故、マフラーを差し出すのか。何故、心尽くしのハンドメイドなのか。石田君が最近、目の下に隈を作って今にも誰か殺しそうな表情をしていた理由は何となくわかった。私が友達とその会話をしてから確か一週間も経ってないはず。この短期間でこの長いマフラーを作ったと言うのか。凄いを通り越して身の毛がよだつ。
と言う事はだ。もしかして、もしかしなくとも、理由が今一掴めないが石田君は私の為にマフラーを?益々、謎が深まるばかりだが、ここは受け取った方が良いのだろう。それは教室の外から放たれる禍々しい殺意に身の危険を感じずにはいられなかったからだ。石田君の向こう側にある教室の入り口には石田君のお友達の大谷君が眼光を研ぎ澄まして、手を怪しく蠢かせ、何かをぶつぶつ唱えながらこちらを見ていた。な、何だあれは!怖い!それしか感想が言えん!ここでマフラーを受け取らなければ、石田君に斬滅させられるか、大谷君に呪い殺されるか、兎に角、私は死ぬ。絞殺されながら呪い殺される。とんだオーバーキルである。
「何を呆けている。まさか私が貴様の為に作った物を受け取れないと言うのか?そんな事は許さない。貴様には受け取る以外の選択肢など元よりありはしない!私を拒むな!さあ!」
「ひい!ああああありがとうございます!」
自然と震える手を伸ばしてたら、ひょいとマフラーを遠ざけられてしまう。え、何で。困惑する私の首に石田君はマフラーをぐるぐると巻き始める。ちょ、苦しい!縊り殺されてしまう!されるがままにしているとマフラーを巻き終えた様で鼻を鳴らしながら何処か満足気な表情を浮かべた後にマフラーのバランス悪く片方だけ長くに残った方を今度は自分の首に巻き付けた。おい、何であなたも巻いた。何これ、今私達どう言う状況。客観的に見てどういう状況。石田君との距離が近い。嘗てない程に近い。
「よし、帰るぞ。」
え、帰るの。てか、何がよしなの。ちょっと説明しなさいよ。後、大谷君は大谷君で先程とは打って変わって満足そうに親指を立てる理由は何。どうしてこうなってしまった。そして、校門で早速、石田君と帰る方向が反対と言う問題が発生した。石田君が家まで送ってやると言う申し出をやんわりと断ろうとしたが、裏切る気かと言いながらマフラーを引っ張られ、更には木の影から再びおどろおどろしい殺意を放つ大谷君の姿を見付けてしまったので、丁重に快諾した。翌日、私と石田君が付き合ってるとか、私が石田君に飼われているとかそんな噂が流れた。
ある種の軛
(い、石田君!何か私達付き合ってるとか事実無根の噂が流れてるんだけど!)
(それがどうした。何か問題でもあるのか。)
(うえええ!?!?)
MANA3*130206
1/1ページ