呼称出来ずに欺いて
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毛利さんが恐い。何か変だ。変で恐い。日常的に変で恐いかもしれないが、最近はもっと変だし恐い。理由はわからない。私は何もしてない、はず。だけど被害を蒙るのは私なのだ。
「おい」
「はい、何でしょうか」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「この不埒者め!」
「何故!」
この様に、最近呼び掛けては罵声を浴びせられると言う紛れもない精神的虐待を受けています。漏れなく一緒に暴力を振るう事もあります。屡々あります。何かもう逆に笑いが込み上げてくる辺り、心身共に壊滅寸前だと思います。
でも、救われる道がありません。心の寄り辺も御座いません。これはやはり、死を意味する他ないんでしょうか。
「名前殿」
名前を呼んだのは、毛利軍の兵の人だった。私を心配そうに伺っている。
「近頃、お疲れなのでは?」
「えぇ、まぁ。なかなか疲労困憊ですね」
「…元就様ですね?」
「えぇ、まぁ」
不純物無しの十割、毛利さんのせいです。
「どうか、許してはくれないだろうか?」
「え、」
「元就様は…何と申すのか、…照れておられるだけなのだ」
照れている?あれが?
だとしたら恐ろしい照れ隠しだ。それで人間一人の命が危ぶまれているのだから。あれは『照れ隠し』ではない。『照れ隠し』改め『照れ殺し』だ。
「まぁ、例え照れ隠しとして、あんな風にしてまで何を照れてるって言うんですか?」
「それは恐らく、」
「何をしておる」
会話を遮ったのは会話の話題になっていた本人、照れ隠しで人を殺せる疑惑絶賛浮上中の毛利さん。いつもの仏頂面に眉間に皺が足されている。
「も、元就様、いえその」
「邪魔だ、去れ」
一体、何の邪魔なんですか。それでも兵の人はその一言で逃げる様に去って行く。加害者と被害者を残して。
毛利さんは立ち去らずに佇んで居る。何故かと思って見ると見事に目が合ってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「木偶の坊が」
本当ですか?本当に照れ隠しなんですか?信じられない。もう誰も信じられない。私、人間不信になりそうですよ。その前に死ぬのが早いか。
「おーっす!遊びに来たぜ!」
気まずい空気を破壊して陽気な声で突然現れたのは元親さんだった。不法侵入なんて何のそのでやって来た元親さんの出現に助かったと安堵する。国をほったらかしで敵国に遊びに来るのはいかがなものかと思うが。
「下衆が。今すぐ還れ」
「まぁまぁ、良いじゃねぇかよ」
元親さんは気付いていない。『帰れ』が『還れ』だった事に。知らない方が幸せな事もあった。目前に。
「よぉ、名前!元気にしてたかぁ?」
「まぁ…それなりに…」
「んだよ、何か暗ぇじゃねぇか」
「いやいや。元親さんは相変わらず元気そうですね?」
「海賊だからな!毎日が楽しくて仕方ないぜ」
海賊だから何故元気なのかは疑問だが、その楽観な所は羨ましい。私も海賊になろうかな。
「黙れ、この裸族が」
「ごぶっ」
急にどうなされたのか、決して裸族ではない元親さんの喉を毛利さんが手刀で攻撃した。元親さんは黙った。黙らされた。
ああ!楽しい毎日があ!こうも、こうも容易く!
「な…何すんだよ、テメェ」
声が掠れてる辺り痛々しくて堪らない。
「煩い、消えろ、息をするな、死ね」
「ちょ、こいつ何か機嫌悪くねぇか名前、ぬぶっ」
「貴様ごときが…」
何がお気に召さないのか、何があの人をああも猟奇的にさせるのか。私にはわからなかった。地上にも地獄がある事実しかわからなかった。地上に地獄と言うか目の前が地獄だ。
「貴様ごときが気安く名前を呼びおって…」
「っはぁ!?」
「何故、貴様は姓ではなく名で呼ばれておる?!」
「……あぁ、何だそう言うことかよ…」
「なんだ、その気色の悪い面は。そうか、そんなに殺されるのが嬉しいのか」
「何その解釈!?違ぇよ、協力してやろうかと思ったんだよ!」
「…何?」
さっきから二人で何か話をしているようだが、聞き取れない。何にせよ、元親さんの生きるか死ぬかの瀬戸際なのは変わらない。
なんて思ってたら、命を握っていた毛利さんに解放された元親さんが私の方へやって来た。悪夢から解き放たれたからだろうか、やけに爽やかな笑顔だ。
「何ですか?」
「あのよ、あいつがお前に名前」
「長曾我部元親死ね!」
「ぎゃああああああああ!!!!」
「…………」
「…えー、大丈夫ですか?」
「おう」
「ボロボロですよ?」
「気にすんな」
気にするなと言われても見過ごせない程にボロボロな元親さん。何か言ってはいけない事を言おうとしたのか、鬼の様な形相の毛利さんが後ろから走って来て素晴らしいまでの飛び蹴りを喰らい、その後は口では表現しきれない折檻が行われた。
それが先程終了して、ボロボロになった元親さんがまた私の所へやって来て今に至る。
「えーと、その…何だ……」
元親さんは少し離れた所に居る毛利さんの事をチラチラと気にしながら言葉を探してる様子。
「あー…お前は何であいつの事を毛利さんって呼ぶんだ?」
「え、だってあの人毛利さんですよね?」
「そうだけど…じゃなくてよ。何で下の名前で呼ばねぇんだ?」
「下の名前って、そんな馴れ馴れしいですよ」
「俺の事は名前で呼ぶじゃねぇか」
「それは元親さんが名前で呼べって強制的に呼ばせたんじゃないですか」
「…あー、そうだったな」
ガシガシと元親さんは自分の頭を掻く。さっきの折檻で一部の記憶が飛んでしまったのだろうか。可哀想に。
「毛利さんだってまともに私の名前を呼ばないんですよ」
「それは、だな…あれだ……気恥ずかしいんだよ」
「元親さんも毛利さんが照れてるって言うんですか!?もう嫌だ!信じられない!もうやっぱり人を信じられない!」
「だって本当の事なんだしよ!」
「じゃあ一体何で照れてるって言うんですか!?」
「あ゛ー!!だからよ!あいつはお前の事」
「長曾我部元親死ね!」
「ぎゃああああああああ!!!!」
「…………」
「大丈夫ですか?」
「おう」
「ボロボロな上にボコボコですよ?」
「気にすんな」
いや、無理ですよ。無理無理無理無理。もうだって…無理ですよ。あまりのお姿にちょっと直視するのが困難ですもの。また元親さんは何か言ってはいけない事を言おうとしたのか、阿修羅と化した毛利さんが後ろから走って来て、やはり素晴らしいまでの飛び蹴りを喰らわせ、その後は…うん、取り敢えず折檻が行われた。
それが先程終了して、ボロボロボコボコになった元親さんがまたまた私の所へやって来て今に至る。
「あぁ゛ー!もうめんどくせぇ!」
「のわっ!」
「!?長曾我部!貴様、何を?!」
急に元親さんが私を脇に抱え、毛利さんと距離をとって向かい合う。バイオレンスな折檻が続き、遂にご乱心なされたのだろうか。
「毛利、悪いがこいつは貰って帰るぜ」
「何だと!?」
えぇぇぇ!!!!そりゃ一瞬、海賊になりたいとは思っちゃいましたよ!?思っちゃいましたけど、急には!ちょっと急には!私、突然のハプニングに直ぐに対処出来る程、器用じゃないんです!
「ちょっと元親さんどうしちゃったんですか?!」
「しー、黙ってろよ」
小声で私に話し掛ける元親さん。どうやら乱心されたと思われたが、そうではない様だ。多分。
「な、何で急に…」
「良いから、ちょっとばかし大人しくしてろよ。手荒な真似はしねぇから」
もう既に手荒な真似はされている気がする。これが手荒な真似じゃなかったら、どれが手荒な真似だ。あれか、毛利さんの折檻か?あれはもう手荒な真似所ではないですよ。そんなレベルではない。
「長曾我部!今すぐそやつを離せ!」
「あぁ?何の事だかわからねぇなー」
いや、わかるでしょう。私ですよ私。
「貴様、ふざけおって…」
「言ってみろよ!何を離せば良いんだよ!」
険しい表情の毛利さんは口をつぐむ。その前にあの人は私の名前を知っていただろうか。とっても今更ながら。
私はとっても呑気な事を考えていた。
「…………を……離せ…」
「あ゛?何だって?」
「…っ…名前を離せ!」
…吃驚した。えぇ。知ってましたね。えぇ。いや、吃驚。本当に。
私は少し感動した。たかが名前を呼ばれただけだが感動した。そんじょそこらの泣ける映画よりは感動しますよこれは。後、何かちょっと恥ずかしかった。
「聞こえねぇな!もう一回言ってみな!」
えぇ!?聞こえただろ!今のは聞こえただろ!だって私、聞こえましたよ!何だ!?復讐か!?報復か!?さっきの折檻の仕返しでもしてるんですか!?いや、確実に仕返しだな、これ!復讐からは何も生まれませんよ!
「…っ…貴様ぁ、」
「どうした?言えねぇのかよ?」
心なしか毛利さんの顔が赤い気がする。いや、赤い。そんなに私の名前は恥ずかしいものなのか?え、恥ずかしい名前なのか私?そうだったら改名したい。お洒落な名前に。
「おい、名前。お前もあいつの名前呼んで助けを呼べよ」
「えぇ、下の名前ですか?」
「当たり前だろーが」
えぇ、私何かが呼んで良いのか?てか急に変でしょうよ。うん。でも元親さんが「早くしろ」と煩い。私は諦めて元親さんの言う事を聞く。
「も、も元就さん。出来れば助けて下さい、はい」
やはり呼び慣れない名前に吃ってしまった。毛利さん、あー違う。元就さんも吃驚していらっしゃる。
「長曾我部、っ…名前を離すのだ!」
元就さんの顔が赤い。凄く赤い。後何か汗が流れている。
ああ!もうごめんなさい!恥ずかしい名前でごめんなさい!でも私が決めたんじゃないんです!私に名前の選択権はなかったんです!元親さんももう良いでしょう、これ以上の羞恥プレイは!
「よーし。離してやるよ」
元親さんのその言葉に私はホッとする。
「お前が名前をどう想ってるのか言ったらな」
は?
「長曾我部、貴様ぁっ!!」
「もうこの際だから言っちまえよ」
どの際だ。どの際なのか教えて下さい、元親さん。
それよりも私は何を言われるのか不安だった。私の名前の事についてだったら極力触れないでほしい。言っても優しく指摘して頂きたい。私が傷付くから。もう傷付いてますけど。
元就さんの顔が真っ赤だ。流れる汗も尋常ではない。非常に危険な感じがするのは気のせいだろうか。
「わ、我は…我は……我は…」
「元親さん。あれ何かやばくないですか?顔が真っ赤ですよ。爆発しますよ、あれ」
「まぁ良いから黙って聞いてな」
聞く?何をですか?聞きたくないですよ、人の頭が爆発する音なんて。何で聞かせようとしてるんですか、トラウマになるじゃないですか。お断りですよ。
自分の耳を塞ぎ、眼を固く閉じようとしたら元親さんに止められた。どうやらこの人は私に醜悪な思い出を作らせたいらしい。
「…我は……我は…名前を………」
「ほら、早く吐いて楽になっちまえよ」
何だこの刑事ドラマのワンシーンは。
「、名前を…名前を……」
私は嘗てあんな元就さんを見た事なんてなかった。いや、きっと誰も見た事がないだろう。そして出来る事なら人の頭が爆発する所も見た事がないままでいたいです。
「名前を、……あ…い……あい…」
あいあい?何?お猿さん?
そのまま元就さんは俯いてしまう。
「…か…」
か?
「参の星よ!我が紋よ!」
ぬええええええええ!?!?!?!?
え、何故だ!何でバサラ技発動!?え、何!?照れ殺しですか!?
頭は爆発はしなかったが、何か違う何かが爆発した。
「ちょちょちょちょ、元親さん元親さん逃げて下さいよ!ぐるんぐるんが!ぐるんぐるんが来ちゃいますよ、ぐるんぐるん!」
「わ、わーってるよ!」
迫り来るぐるんぐるんから日輪に捧げ奉られない様に私を抱えたまま必死に逃げる元親さん。
「ちょちょっと元就さんも落ち着きましょう!皆で話し合いましょうよ!」
「この先には、我の夢がある!」
「ちょっと!あの人、他人の台詞平気でパクってますよ!」
何処ぞで聞いた事のあった台詞を容易に盗む程、元就さんは正気ではなかった。
この日以来、元就さんと私は名前で呼ぶようにはなった。余談だが後に正気を取り戻した元就さんは元親さんに正気の沙汰ではない折檻を行った。
呼称出来ずに欺いて
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MANA3*080417