誘発スプリング
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全然知らない子だった。廊下で擦れ違ったのか見かけた様な気はするからして恐らくは同じ学年の子だと、思う。名前も何組なのかも知らない。見た目は今時の可愛い子だと思った。私はその子から手紙を貰った。いや、手紙を託された。彼女ははにかみながら私にこう言ったのだ。「この手紙を毛利君に渡しておいてほしい。」と。一瞬だけ、有り得ないし、実際そうだとしても非常に困るだけなのだが、何だか私がラブレターを貰っているかに思えてどきどきしてしまったがそれも彼女のその一言でそんな錯覚は何処かへと消え去ってしまった。手紙を托すと照れ隠しなのか了承も得ずに走り去る名も知らぬ少女の後ろ姿を呆然と見詰め続ける。えーマジかよっ!!!!どうしてこうなってしまったのか!何故彼女は私にこの手紙を預けたのか!私と毛利君はただのクラスメイトでそれ以上でもそれ以下でもない。あの少女と同じく殆ど赤の他人同然。喋った事など果たしてあるのだろうか。そもそも私、毛利君って何か苦手なんだよね。あの近寄り難い雰囲気とか。噂では自分以外の人間を捨て駒だとしか思っていないそうじゃないか。どう言う事だよ。一体どんな風に生きて来たらそんな風になってしまうんだよ。意味がわからん。わかりたくもない。しかし、任された以上はやり遂げなければ。不本意だけど。やるとも言ってないけど。彼女の恋路は私の手にかかっていると言っても過言ではないだろう。何とも難易度が高いミッションではあるがやるしかない。意を決した私は行動に出る。今は昼休み。もう直ぐで予鈴が鳴るだろう。生徒が賑わう教室で直接渡したり、ロッカーや机の中に入れるのはまずい。誰かに見られれでもして勘違いをされるのは避けたい所。ならば、人目の付かない校舎裏に放課後呼び出す。これで行こう!果たして毛利君が良いと言ってくれるのかは定かではないが。予め私は毛利君に放課後に校舎裏まで来てくれと頼んだ。全く話さないただのクラスメイト、それ以前にクラスメイトと認識されているかも怪しい所だが、そんな奴に突然話し掛けられて驚いたのか、毛利君は目を見開いてこちらを凝視していたが、意外にも二つ返事で承諾してくれた。きっと、お前は誰やねんとか思われたに違いない。甚だ遺憾である。
放課後。呼び出しておいて待たせてはならないと急いで校舎裏に向かおうとしたが、早速、担任に捕まると言う予想外のアクシデントに見舞われてしまう。大量のプリントやら教材やらを一緒に運んでほしいとのこと。先生。理不尽ですが先生の事好きだったけど嫌いになりそうです。男子に頼めよ男子に!でも、いくら悪態をつこうとも、やっぱり何だかんだで優しい良い先生が嫌いにもなれる訳もなく、私は手伝ってしまう。くそっ!今日帰って新妻の奥さんに浮気疑惑をかけられてビンタされろ!念の為、もう一度言っておくが、私は先生は好きだ。でもビンタされろ。往復でされろ。思いの外に時間がかかり、HRが終わってから既に小一時間は経とうとしていた。これは、もう毛利君は帰ってるに違いない。最悪だ。先生は私直々にビンタしてやろう。そう考えながらも私の足は誰も居ないであろう校舎裏へと向かっていた。この機を逃せば次はない。私は微かな望みに賭けるしかなかったのだ。どうか毛利君の心が寛大である様にと縋る思いで息を荒げ、校舎裏に着くと、そこには毛利君の姿があった。き、奇跡だ!
「…ぜぇ、ぜぇ…ご、ごめんっ……ちょっと、先生に…呼ばれて……はぁ…本当に、ごめん…。」
「…いや、構わぬ。」
急いで来たもんだから息が苦しい。それでも何とか謝ろうと乱れた呼吸のまま謝罪をすると私の誠意が伝わったのか毛利君は許してくれた。一時間も待たせたのに!何て良い人なんだ!私、毛利君の事誤解してたよ!ごめんね毛利君!でも他人の事を捨て駒扱いするのはどうかと思うよ毛利君!暫くして呼吸も落ち着いたものとなり、私はさっさと、本題へ入る事にした。
制服のポケットを探り、例の手紙を出すとそれを毛利君の目の前へと差し出す。
「これ。受け取ってほしいの。」
手紙は少しだけ皺が出来てしまっていた。申し訳ないが任務遂行の為だと思い、ここは目を瞑って頂きたい。手紙の中身、思いは変わらないのだから。良い事言ったぞ私。差し出された手紙を見た毛利君は私が話し掛けた時よりもこれでもかと言う程に目を見開く。何だろう、ラブレターを貰った事がなくて感動でもしているのだろうか。毛利君は見た目だけなら非の打ち所がないくらいに格好良い。と言うかどちらかと言えば美人さんと言った方が適切かもしれない。だからラブレターならこれまで嫌と言う程に貰って来たはず。まあ、今時、手紙での告白も珍しいものだが。
「それ、毛利君に渡しといてって違うクラスの子に頼まれたんだけど……………。」
穴が空くんじゃないかと言う程にまじまじと受け取った手紙を見る毛利君の耳にこちらの言葉は届いていない様子。まあ、良いか。私が頼まれたのは毛利君に手紙を届けること。晴れてそのミッションはクリアした事となる。手紙を読めば名前位書いてあるだろうし、これ以上首を突っ込むのは野暮ってものだろう。
「じゃあ、あの私はこれで…。」
そう言って背を向けてその場を去ろうとした私の腕を誰かが掴んだので露骨に肩がびくりと跳ねる。振り向いてみると、腕を掴んだのはやはり毛利君であった。これでは帰るに帰れないのだが、何か用があるのだろうか。すると毛利君は徐に私の両手を自分の両手で包み込んだ。
「あの…な、何でしょう?」
「そなたの想い、我は確と受け取った。」
「は?」
「よもやそなたと想いが通じ合っていたとは。これも日輪の加護あってのこと!」
ちょっと毛利君が何を言ってるかわからないです。ちょっとって言うか大分わからないです。これは、もしかして、もしかしなくとも、勘違いをされているのだろうか?え!何で!?何でそうなったし!何で毛利君こんなテンション高いの!怖ッ!怖いわこの人!兎も角、誤解を解かなければ!偉い事になりそうだ!!!!
「ち、違う!違うよ毛利君!これは他のクラスの子から毛利君への手紙であって私からのではないんです!」
先程の高いテンションは何処へやら。一変して影が落ちる毛利君の表情は蒼褪めて絶望的なものに。これは怖い。益々、怖い。これは所謂、修羅場に突入しそうな勢いだ。これまで平穏を愛し、争い事を避けて来た精神力が紙のヘタレの私には酷な状況だ。思わず白目で泡を吹きながら気絶しそうです。お願いです。お願いですからその手を早くお離し下さい。早く私をこの言い知れぬ未曾有の恐怖から解き放って下さい。
「………何、だと…。」
何だろう。毛利君の体が震えてる気がする。ああ、どうしよう。どうなってしまうのだろう私。何だか良くわからないが殺されてしまうかもしれない。それは嫌だ!絶対に!何とか毛利君には落ち着いてもらい心を鎮めてもらわねば!事は穏便に済ませたい!
「ああ、あああのも、毛利君?」
「………け…な…。」
「……はい?」
「ふざけるな!!!!」
「ひいいいいっ!!!!」
ふざけたつもりなんて全くないのに阿修羅の如く怒りを顕わにする毛利君があまりにも恐ろし過ぎて私は半泣きです。最悪、穴と言う穴から色んな物が垂れ流れそうです。完全に萎縮した私を物凄い剣幕で毛利君は睨み据え、それはまるで蛙と蛇の関係の様であった。
「出逢ったその時から我はそなたを見初めておった!それからと言うものはこの想いを胸に秘め、この三年間、そなただけを想い続けて来たのだ!今日、用があるからここに来いと申した時、我が如何程に胸を高鳴らせ淡い期待を抱いたと思っている!それが、何処の馬の骨とも知らぬ女からの手紙を代理に渡しに来ただと?これが質の悪い冗談と言わず何と言う!それで我が納得出来ると思っておるのか!?」
鬼の形相で捲し立てる毛利君に始終、私はびくびくしているだけでした。もう止めて!私の精神力は疾っくの前に0なんですけど!え、てか毛利君って私の事が好きだったの!?!?三年間って一年生の時から!?!?何で!?成績優秀で生徒会にも属していた毛利君を知らない方が珍しい位で、勿論私も例外なくその存在を知ってはいたがまさかその毛利君が三年前からヘタレで凡才の私を知っていて三年間、ヘタレで凡才の私に好意を寄せていただと?俄かに信じ難い事実だが今の毛利君がとても嘘を吐いている様には思えない。嘘であってほしいが。だって、そんなのド修羅場ではないか。笑えないわ。嗚呼、有り得ない。有り得ないわマジで。
「その…何か…ご、ごめんなさい…。」
「本当にそう思っておるのか?」
「思ってますよ!勿論ですとも!」
「ならば我と交際しろ。」
「何で!?!?」
何でそうなるの!?何その極論!確かに申し訳ないと思ってるよ!何か勘違いさせちゃったみたいだし!でもね、でもね!!それとこれとは話は別なんだよ!それはそれ、これはこれ、他所は他所、うちはうちなんだよ!てか、手紙は他の子からって言ったのに話を聞かなかった毛利君にも非があるのでは?しかし、そんな事を言ってしまえば火に油を注ぐのは明らか。兎に角、私は事を穏便に済ませたいのだ。皆が笑って過ごせる世界にしたいだけなのだ。
「手紙の子はどうするつもりなんですか!?」
「我とそなた以外、所詮は捨て駒。興味など微塵もない故、我の知った事ではない。」
本当に他の人間の事を捨て駒と思っていたよこの人!こんな形で真偽を知る羽目になろうとは!もう今はそんな事はどうでも良いのだ、こっちはそれ所ではないのだ!幾分、落ち着いた毛利君の切れ長の瞳がじっと私を見詰める。間近で顔を拝み改めて毛利君は美人さんだと思った。
「我が生涯愛し、添い遂げるのは名前、そなただけよ。」
「…えぇ……。」
はっきりと自分の気持ちを告げた毛利君が私の手を離し、この場を去ろうとするのでそれを今度は私が呼び止める。解放されたのは良いが問題はまだ解決されていない、と言うより一つの不安がある。
「ちょ、ちょっと待って!手紙の返事は!?ちゃんとしてくれるよね!?してもらわないと、もしかしたら向こうが私に聞いて来るかもしれないんだけど!」
「ありのままの事を相手に話せば良かろう。」
言えるか!!!!誰が言えるか馬鹿野郎が!!!!そんな鋼の心を持ち合わせちゃいねぇよ!私の紙の精神力なめんなよ!くそっ!相手が聞いて来たら手紙は渡した、後は知らんと言おう。そうしよう。残るはあの子が毛利君に返事を聞いた時に毛利君が私の名前を口走らないかが心配だ。凄く心配だ。物凄く心配だ。
「安心するが良い。向こうが我に返事を求めて来たのなら我は名前以外は眼中にない、早々に散れと断っておくつもりだ。」
安心出来ねぇよ!!!!私次の日から靴に画鋲仕込まれるわ!陰湿な虐めに遭うわ!とてもじゃないが私の精神力が持ちそうにない!登校拒否は確定だ!親に迷惑を掛ける訳にもいかないし、どうにか匿名で!そこは匿名希望で!
「も、毛利君!せめて私の名前を出さないでほしいんだけど!」
「何故だ。」
「何故ってそりゃあ…色々と…差し支えるから…。」
「そうか。そなたが難儀するのであれば善処しよう。」
「いや、そこは善処じゃなくて確実に!手堅く確実にお願いしますよ!本当に!頼むから!」
「ああ、だが-」
引き寄せられた体は逆らう事なく相手の腕の中へとすっぽり収まる。耳元で囁かれる台詞。今居る場所が放課後の校舎裏で本当に良かったと私は心底思った。
誘発スプリング
(努々忘れるな。我がそなただけを愛している事を。)
(我は決してそなたを諦めたりなどしない。)
MANA3*111120