毛利元就
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「あれは何だ。」
顰め面をする元就の視線の先には二人の男女の姿が。教室の出入り口で仲睦まじく談笑している様子の二人だったが、元就にとってそれは不愉快極まりない光景であった。あれについて尋ねられた元就の前の席である元親が彼の視線を辿ると特に驚きもせずに淡々とした返事をする。
「あー、あれな。何か男の方が昨日、名前に告ったらしいぜ。」
「…何だと?」
元親から告げられた事実に苛立ちを募らせ、元就の眉間の皺は更に深くなる。これだけで周囲の人間は元就には近付こうともしないが、長い付き合いである元親にとっては慣れたもので、想定内の反応であった。この後の追及も免れないものではあり、遅かれ早かれ耳にすることではあるだろうと元親は自ら口を開く。
「同じ委員会やってて、前から名前が気になってたんだとよ。」
元親は自分が知る最低限の情報だけを元就に伝えた。勝手に知人のプライベートを具に語るものではないという元親なりの配慮であった。とは言え、語るほど詳細を知っているわけではないのも確かである。だが、元就の腸を煮えくり返らせるには十分な燃料だった。
「名前とあの男は交際しておるのか。そもそも何故、貴様がそれを知っている。」
「たまたまだよ。今朝、二人が居るのを見掛けて分かれた時に聞いて初めて知った。名前が考えさせてほしいって、保留中でまだ付き合っちゃいねぇよ。」
「何故、貴様はその時にあの男の息の根を止めなかった。」
「ねえよ、そんな選択肢!まともな倫理観持ってたらまず出て来ねぇよ!」
元就が顔も名前も知らない男に対して、ここまでの殺意を向けるのには理由がある。何を隠そうこの男、名前に好意を抱いている。それも数百年前の前世から続く、未だに報われていない一方的な片思いである。
戦国時代。安芸の安寧、延いては毛利家の繁栄のために必ずや名前を正室に迎える揺るがぬ意志を固めていた元就。彼にとって名前の存在は必要不可欠であり、他の女性を側室に据える気は微塵もなかったが、彼女は不慮の事故により、帰らぬ人となってしまう。愛した女性のあまりにもあっけない最期から訪れた喪失感は彼の有名な心を捨てた智将を絶望させるほどのものであった。そして、元就はしばらく床に臥せた。もしも、どこぞの国が安芸を攻めようものなら容易く侵略されてしまうほどには。これ以上、最悪の事態にならなかったのはすべての事情を知り、長らく敵対している宿敵のあまりの変わり様に見かねた元親の計らいがあったからこそだが、この件について元就からの感謝の一言は今も昔もなく、これからもないだろう。長曾我部元親という男はつくづく損をする性格をしている。再び、表舞台に出るほどには回復した元就は、国と家のために複数の女性を迎えることはあったが、その誰一人、正室として据えることはなかった。
前世で結ばれることは叶わず、長い時を経て、再び相まみえたことは元就にとって運命をも信じさせるようなことではあったが、名前の方は元就のことも、前世のことも、何も覚えていなかった。自分のことすら覚えていなかった名前との再会は、喜びとともに胸を軋ませる複雑なものとなったが、色褪せることのない、何なら時が経てば経つほど、逢えなければ逢えないほど、より一層深く、重くなった己が想いを元就は今世でこそ是が非でも成就させる決意をさせた。来世で再び人として邂逅するだけでも奇跡的であったが、同級生で、更には同じクラスなのは元就にとってこれ以上ない僥倖に他ならなかった。戦国時代であれば国主の立場から有無を言わさず、問答無用に娶ることができたであろうが、今は身分の隔たりはなく、加えて名前は前世の記憶がない。この時代、武力と権力を振り翳すやり方は通用しない。それゆえに元就の名前への接し方は非常に慎重なものだった。言うまでもなく、周りが自分のことをどう評価しようとも、何を失おうとも、彼女にだけは死んでも拒絶されたくはなかったからだ。慎重かつ時間をかけても確実に自分のものにせんとする算段があり、そのための手間も時間も惜しまなかった。その甲斐あって二人は良好な関係を築けていた。他者のことを貴様、捨て駒、無能、屑、虫けら、馬鹿、阿保などなどの呼び名で呼ぶことがデフォルトである元就が名前のことは必ず名前で呼ぶ。それだけのことではあるが、元就の中で明らかに他の人間と彼女の間には一線を画す特別なものが確立していた。それに気付いている者も少なくはない。元就にとって他者は利用できるか、役に立つか、自分にとって有益か否かの盤上の駒でしかなく、名前以外の人間は気に留めることはなかった。だからこそ、高々、駒ごとき些末な存在がそのすべてを無に帰すような愚行を犯すことを元就が到底、承服できないのも当然と言えば当然であろう。彼女には決して見せることのない元就の独占欲は今まさに長年の情愛と計画を阻害しようとする男に激しい殺意となって向けられるのであった。
「高々、ほんの幾許の関わりに過ぎない、どこぞの馬の骨とも知れぬ輩が我の道を阻むなど有り得ぬ。我がどれだけ名前を想い続けたことか。500年、500年ぞ。あの不埒者とは比ぶべくもない。」
「おう、そうだな。それをあの野郎に言えよ。きっと、たまげると思うぜ。その片思い歴マウント出されちゃあ誰もあんたに勝てやしねぇからよ。」
無論であるが、元就が名前と前世では面識があったこと、更には元就が名前に対して500年も続く片思いをしていることは彼女には伝えてはいない。それもそのはず。例え事実だとしても、そんなことを告げれば、彼女を困惑させるのは必至。最悪の場合、心証も悪くなり、巡り巡った繋がりも途絶えてしまう。元就もそれだけは何としてでも避けたいことであった。名前が知らなければ、他の者が知るはずもなく、このことについて知る者は同じ前世からの付き合いがある元親ただ一人であった。
「名前があの時、伊達や武田の様な騎乗がしたいなどとふざけたことをしたばかりに。」
「最期の言葉は「我が炎、消えること無し!れっつぱーりー!」だったらしいな。」
「落馬など阿保な死に方さえしなければ、未来永劫、我のものであったものの。」
「その未来永劫ロジックの根拠は知らんが、ひでぇ言い方だな。本当に好きなのかよ。」
「何を申すか!好いているに決まっておろうが!」
「あ、はい。」
「二度と我の愛を疑うでないぞ!」
「すんません。」
元就のことをよく知る元親からすれば、嘗ての姿と今の言動とはあまりにもチグハグしている。しかし、元就は本気も本気、真剣そのものなのである。そもそも、毛利元就という男は元来、何事にも妥協をせず、我を貫き通す頑固者ではあったのだが。それが良いか悪いのかはさておき、名前のことと言い、謎の宗教のことと言い、愛とはつくづく人を狂わせるものであると元親は時代を越えて痛感した。
友人ではないが、ただの知人とも言い難く、前世ではそれはもう色々あったが、ある種、友人以上の奇妙な縁を元親は元就には感じていた。国と命の取り合いをしていたかつての仇敵をこのまま放置することもできるが、やはりこの長曾我部という男、損をする性格をしていて、それに自覚があるのかないのか、盛大に大きな溜息を吐いた。
「あのよ、毛利。あんたがどんだけ名前のことを好いているのか、俺はよぉく知ってるし、大事に思っているのかも知ってる。だがよ、本当に好きなら、あいつの幸せを見守ってやってもいいんじゃねぇのか。」
元就は決して良い人間ではない。それは今も昔も変わらない。それと同じくして、名前への惜しみなく注がれる気持ちだけは嘘偽りなく、変わらないものの一つであった。元就が名前を幸せにできるのであれば、元親もそれを見守るつもりではあったが、決して、その役目が元就でなくともいいとも思っている。名前が伊達や武田の騎乗を真似ようとしたのが原因で馬から落ちて、命を落としたことは勿論、元親も知っていた。あのような、この上なく無様な死に様は元就が望まぬことではあったが、誰よりも彼女自身が一番望んでいなかったことであろう。仇敵である元就の所に居た人間にしては名前と気が合っていた元親からすれば、理由が理由ではあるが、その経緯も含め、あまりにも不憫な死に方をした名前には現世で今度こそ幸せになることが一番だと願っている。名前が元就を選ぶのであれば、それを受け入れるつもりでいたし、他の男を選ぶのもまた然り。そもそも元親の言うことに耳を傾けるとは思えないが、このままでは死人を出しかねない。そして、今の発言で、火に油を注いだとしたら最初に死ぬのは元親である。絶対に元就なら自分の手で幸せにすると主張するだろうが、名前を想うのであれば、もしかしたら、もしかしなくとも、もしかするかもしれないが、望みは薄いだろう。睨みを利かせ、叱責の一つや二つや十や百を浴びせられることに構えていたが、当の元就は意外も意外、先ほどの殺意はどこへやら、いつものごとく能面を貼り付けたような無表情に戻っていた。もしかしたら、もしかしなくとも、もしかするかもしれないことが起こったのかと、元親は愛の力は偉大だと思っていると、突然、徐に席から腰を上げる元就。
「お、おい。どこ行くんだよ毛利。」
元親の声が届いているのかいないのか定かではないが、そのまま何も言わずにすたすたと歩いていく元就の行く先は名前と男がいる教室の入り口。教室から出て行くわけでもなく、元就の足は二人の所で歩みを止める。談笑していた二人もその存在に気付くと、揃って元就の方を見た。男は自分達に近付いてきた人物が元就だと気付くと身を強張らせていた。
「毛利君、どうかしたの?あ、入口で話すと邪魔だよね。ごめん、今すぐ退くから。」
他でもない愛する名前が話しかけているのにも関わらず、元就はそれに応じることはなく、静かに佇み、ただただじっと彼女を見詰め続けていた。他者であれば、その鋭い切れ長の目によって忽ちに射竦められてしまうところであるが、元就が築き上げた信頼の賜物か、それとも彼女の生来の胆力によるものなのか、名前は一切怯むことはない。寧ろ、何も言わずにただこちらを見詰める、いつもとは明らかに様子が異なる元就に何かあったのではないかと心配になるくらいだった。
「どうしたの毛利君?もしかして、体調が悪いの?だったら―」
名前の労りの言葉はそれ以上、紡がれることはなかった。人を気遣い、憂う顔にそっと手が添えられ、影が重なる。元就と名前の距離が友人でも況してやクラスメイトのものでもなくなった瞬間、教室中に激震が走り、響動めきに包まれる。そんな中、名前にしか眼中がない元就は至って平然とした様子なのに対し、彼女の方はと言うと何が起こったのか、まだ頭が追い付いていないのだろう、驚いた表情のまま固まっていた。
「好きだ、名前。幾星霜が過ぎようとも、そなたを忘れたことなど片時もない。そなたなき空虚な日々はもう要らぬ。我が想い、今こそ報いてはくれまいか。」
まさかの公開告白に教室はより一層、騒々しさを増す。これも元就の策略の内なのであろうか。否、名前のことを本当に慮るのであれば、このような公衆の面前で大々的な告白などしなかったであろう。となれば、恐らく、この告白は予定外の事態であるのだろうが。告白した本人は涼しげな顔をしているが、この後、予期せぬ出来事の連続に心が置いていかれ、茫然自失のまま顔を真っ赤にする彼女と交際に至るという目算があってこんな青春クライシスを起こしているのだろうか。前世から相手の裏をかく奇策を用いることに長けた智将であることを身をもって幾度となく思い知らされてきた元親ですら、元就の予期せぬ行動に呆気を取られて、思わず片手で顔を覆い、天を仰ぐのであった。
君の幸せを願う
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但し、自分の手によって。そして、自分も幸せになる。就サンのそういう描写の話は初めてだと思います。多分。
MANA3/250901
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