毛利元就
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お昼休みを他クラスの友達と過ごしていた私は休みの終わりを告げる予鈴の五分前に自分の教室へと戻ろうとしていた。休み時間とは概して騒がしくなるものではあるが、進行方向の先がそれを抜きにしても一際、喧騒を極めていて、群がる人集りはその大元が自分の教室にあることを周知させていた。野次馬になるつもりは毛頭ないものの、お昼休みが終わるので教室に戻らなければならないが、教室の出入り口を塞がれてしまってはそれは叶わない。どうしたものかと困っていたら、一人の生徒が先生を呼んでくると人込みから抜け出して行ったのを見て穏やかではないのを感じ取る。我が教室に何が起きているのかわからないが、元親がまた喧嘩でもしているのかと考えていると、ふいに後ろから声がかかる。
「よお、名前。」
「あれ?元親だ。」
「元親ですけど。」
振り返ると、私の頭の中で喧嘩をしていた元親が立っていた。となると、教室で何が起こっているのか、いよいよ皆目見当もつかない。
「何なんだよ、この人集りはよぉ。」
「私も今さっき来たところだからわからない。てっきり、元親がまた喧嘩してるかと思った。」
「おいおい、俺だってそんなしょっちゅう喧嘩してるわけじゃねぇし、教室なんて関係ないやつを巻き込むようなところでしたりしねぇよ。」
「嘘つけ。この間、政宗と購買で売ってる最後の焼きそばパンで争ってたでしょうに。」
「あれは喧嘩とはいわねぇんだよ。それに先に俺が目ぇつけてたのをあいつが横から掻っ攫おうとしたんだ。俺は悪くねぇ。」
ガラが悪い男二人が辺り構わず、ぎゃあぎゃあと喚き散らしているのがどれだけ迷惑なのかわからないのか。それが焼きそばパン一つが原因だと言うのだから本当に度し難い。迷惑をかけている人達と焼きそばパンに謝れ。
「元親じゃないとしたら、何なんだろうね。」
「名前の中で騒ぎの原因って俺以外にないのかよ。」
教室から少し離れたところで様子を見ていた私達だったが、じっとしているのは性に合わない元親は人集りの中へとずかずか入っていく。割り込みこそはしなかったが、私も元親に続くようにして教室へと近付いた。
「おい!何やってんだ毛利!」
突然、元親が政宗と焼きそばパンで争っていた時のように声を張り上げたのもそうだが、大声と共に出て来たその名前にも驚かされた。この騒ぎの原因が毛利君かもしれないという驚きと疑念と好奇心が人と人の隙間の向こう側を覗かせた。一瞬ではあるが、そこには倒れている男子に蹴りを入れている毛利君の姿があり、普段の彼からはとても想像がつかない目を疑う光景にぎょっとさせられる。さらに、それを止めようと近付いた元親の顔面を毛利君が殴ったものだから周りから悲鳴と叫換が上がり、私は開いた口が塞がらなかった。そこでようやく先生がやって来て、事態を収拾させた。教室に入った先生の第一声は「何をしてるんだ長曾我部!」だった。今回ばかりは元親は悪くはないが、日頃の行いは大事なのだと改めて思い知る。それから毛利君と彼に暴行を受けたであろう男子二人とついでに元親は先生に連れて行かれてしまった。当事者達が居なくなった後もその場は騒然としていたが、先生の一声で集まっていた生徒達は各々の教室へと散っていき、私のクラスは散乱した机や椅子、教科書や筆記用具などを片付けてから、授業を始めた。その後、6時間目になっても、ホームルームになっても毛利君も男子二人も元親も戻って来ることはなかった。
次の日。教室には元親と湿布や絆創膏を施された男子二人の姿はあったが、毛利君の姿はなかった。どうやら謹慎処分を通告されたとか。噂によるとお昼休みに男子達が話していると毛利君がいきなり殴りかかって来たらしい。目撃者は多かったのでそれは紛うことなき事実なのだが、毛利君が二人に危害を加えた理由は全くわからないそうだ。当の本人達でさえ心当たりがないとのことだが、一方的に毛利君から不当な暴行を受けたことになるにも関わらず、彼を非難することはなかった。それにより、生徒達の間で様々な憶測が飛び交ったが、結局のところ、その答えを知る者は誰も居ない。暴力沙汰を起こした張本人である毛利君ただ一人を除いて。
—————
今日は短縮授業のおかげで学校がいつもより早く終わった。帰りに元親とコンビニによって今日から発売されるアイスを買う予定だったが、生徒指導の先生に元親が呼び止められる。元親には固有スキル・日頃の行いの悪さがあるので別段、驚くことはない。何だったらまたお前かと先生に同情するくらいだ。元親にはちょっと待ってくれと言われたが、先生には長くなるかもしれないからさっさと見捨てた方がいいと言われたので、先生が言うなら仕方がないと私は先に帰ることにした。新作のアイスが私を待っている。元親なんかいつでも逢えるけど、新作アイスは今だけなんだ。さらば元親。日頃の行いを悔い改めたらまた逢おう。断腸の思いでコンビニに行き、元親を犠牲に無事、新作アイスを手に入れることができた。新作のアイスは私の好きな味だったので2個も買ってしまった。帰ったら早速、食べようと心を躍らせながら軽い足取りでコンビニから出たら謹慎真っ最中の毛利君が居たので心底、吃驚した。しかも、ばっちり目も合ってしまう。暴力沙汰を起こして謹慎中のクラスメイトとの予期せぬエンカウントに、山中で熊に出会したかのように身動きが取れなくなってしまう。相手の様子を窺えば、毛利君は毛利君で目を見開いて私のことを見ていた。何で。向こうは向こうで私のことを熊か何かだと思っているのだろうか。不本意ではあるが、それならそれで、この場からゆっくり立ち去ってくれればいいのだが、何故だかその気配は一切ない。本当に何で。こんな時、どうすればいいのかわからなくなった私は鞄の中からさっき買ったばかりの新作アイスの一つを恐る恐る毛利君の目の前に差し出す。
「た、食べる?」
こんなの絶対おかしい。奇行以外の何ものでもないだろう。私が思ってるんだから毛利君もそう思っているだろうに。このまま頭のおかしいやつがクラスメイトに居るのだと素通りしてくれれば私が傷付くだけで済む。このいつ終わるかもしれない心臓に悪い膠着状態が続くくらいであれば、一時的な痛みなど耐え忍んでみせよう。謎の覚悟を決めた時、持っていたアイスに手が延ばされる。
「食べる。」
あ、食べるんだ。
—————
どうしてこうなってしまったのか。私は今、毛利君とコンビニの近くにある公園のベンチに座って新作のアイスを食べている。毛利君の家がここから近いのか遠いのか知らないが、遠い場合はアイスが溶けてしまうので、今すぐ食べる必要があるからして、この状況は私が作り出したとも言える。しかし、毛利君には私からのアイスを断ることもできたはずだ。どうしてこうなってしまったのか。毛利君とはクラスメイトではあるが、友人とまで言える関係ではない。同じクラスメイトの元親を通じて、挨拶やちょっとした会話をするくらいだ。架け橋である元親が居ない今、私達にもたらされるものはそう、沈黙である。じゃあ、こうなってしまったのは元親のせいではないか。あいつがさっさと更生せずにいつまでも焼きそばパン一つで諍いを起こすようなやつだからこんなことになってしまったんだ。生徒指導の先生には多少手荒くなってもよいので、ギリギリ法に抵触しない範疇のやり方で真っ当な人間に戻してやってほしい。あんなに楽しみにしていたアイスなのに味がしない。毛利君にはちゃんとこのアイスの味がしているのだろうか。
「…毛利君、アイス美味しい?」
「ああ。」
「それ今日発売されたアイスなんだ。」
「そうか。」
わかってはいたが話が続かない。まだ返事があるだけマシかもしれないが。
「いつも学校でしか逢わないからさ、毛利君の私服ってめちゃくちゃ新鮮なんだけど、どこかに行ってたの?」
「本屋に行っておった。」
「何か買った?」
「いや。時間潰しに寄っただけだからな。」
「そうなんだ。」
「ああ。」
クラスメイトに暴力振るって謹慎中なんだから時間なんてめちゃくちゃあるよね!なんて口が裂けても言えない。気が置けない友達ならともかく、私と毛利君はそんな関係ではないから。またしても、話が途切れてしまい、居心地は悪くなる一方だ。いや、消極的にばかり考えてはならない。逆に捉えるのだ、これは毛利君と仲良くなるチャンスなのだと。私は思い切って踏み込んで気になることを聞くことにした。
「…何で毛利君はクラスの男子を殴ったの?」
さきほどまで私との会話ではすぐに返事をしていた毛利君が初めて押し黙る。やらかした。いくら気になっているとは言え、流石に踏み込み過ぎた。そう思っても零れてしまった水は盆には返らない。口から飛び出した言葉も戻らない。他人のセンシティブな部分に触れてしまって、どんなに痛烈に非難されようと自業自得だろう。最悪、あの時、殴られた男子達のように私も。未だに返答がない毛利君の方へとゆっくりと視線を向けると意外にも彼は顔色一つ変えずに食べているアイスを見つめていた。元々、感情を表に出さない人なのは知っているので、無表情で怒っている可能性もなくはないのだが。
「気にかかるか?」
顔色も変わらなければ、声色も相変わらず抑揚のないもので、これといった変化はなかった。気になるかと聞かれればそれは気になるだろう。寧ろ、気にならない人が居るのだろうか。頭が良くて成績は優秀で態度や目つきこそ冷たいが先生方の頭痛の種が眼帯をつけて歩いているような元親と違って問題を起こしたことなどない華奢なあの毛利君が人を殴ったりなんかすれば誰だって気になるだろう。さきほどの会話の返事の早さと異なり、今回はワンクションが置かれる。つまり、それは話しにくい、または話したくないということだ。他人が嫌がるのを無理強いすることはしたくはない。
「気を悪くしたのならごめん。聞かなかったことにしてほしい。」
「…いや、この話をして気分を害するのならば、それは我ではなく、そなたの方だ。」
俄かに出て来た人物、私こと苗字名前の登場に私自身が唖然とさせられる。何故ここで私の名前が出て来るのか、何故毛利君が問題を起こした理由を聞いて私が気分を悪くする可能性があるのか。私の名前が出て来たのをきっかけに疑問が次々と浮かんで来る。もはや、毛利君が殴った理由よりも、この話に私がどう関係あるのかが気になって仕方がなく、不愉快になるかもしれないデメリットよりも知的好奇心の方が勝っていた。
「…毛利君さえ差し支えなければ理由を聞きたいんだけど。」
とは言え、いくら気になったとしても勿論、毛利君の気持ちを最優先にすべきだ。彼が話すことに支障がないと判断するならば、私は全容を知りたい。私の意向を確認した毛利君は小さく息を吐いて、一拍置いてから話を始める。あの時、起こった彼しか知らないであろう真相の全てを。
「あの昼休み、我は自分の席で読書をしていた。周囲の声はやかましいことこの上なかったが、本を読むのに集中できないほどではなかった。その中で一際、大声で話しておったのが件の男達だ。話しておった内容というのが好きな有名人が誰かというものだった。取るに足らぬものだと気にも留めなかったが、奴等の口から出し抜けに出て来たのがそなたの名前だった。そこから耳を傾ければ、話は自分たちのクラスの中であれば誰と交際をしたいか下世話なものとなっていた。それだけに留まらず、詳細は省くが経験のありやなしやを談じ始める始末。それを耳にした瞬間、考えるよりも先に我は読んでいた本を閉じ、席を立ち、奴等の方へと近付き、一人の胸倉を掴んで殴ってやった。それを制止しようとしたもう一人の男も同様に殴った。後はそなたも知っての通り。そこに愚かにも長曾我部の奴が介入して来おったのでついでに殴ってやった。彼奴は常日頃から気に食わなかったゆえ、清々したわ。」
以上だ、と毛利君の話は終了する。ノンストップで言葉を連ねた口にアイスが一口消えていく。話は本当に終わったのだと肌身に感じた。前もって毛利君が気を害すると言っていたことは理解できた。人の知らない所でそんなことをあれこれ好き勝手に言われているのは確かに気がいいものではないだろう。しかし、それ以上に腑に落ちないことがあった。結局のところ、そんなことは絶対にしないが、男子達に好き放題言われた私が怒りに任せて彼等に暴力を振るうなら整合性がとれるものの、私ではなく毛利君が彼等を殴ったという事情とは一体、どこにあったのか。その疑問は彼が咀嚼するアイスのようには消えてなくならなかった。
「…えっと…今の話でさ、私ならともかく、毛利君が殴る必要ってあった?」
「あのような不埒な輩に惚れた女が下劣な目で見られていることに腹が立った。」
思いがけないワードを思いがけない人物が口にするものだから自分の耳を疑うことを禁じ得なかった。惚れた女?惚れた女とは?文脈の流れから言ってもその対象は私になる気がするのだが信じ難いにもほどがある。抑々、惚れた女が誰なのかさておき、毛利君に人を愛する心を持つことができたのか。あの一切の生きとし生けるものを捨て駒と吐き捨てる毛利君が。聞き間違いの可能性あるが、あまりにも聞き返しづらい。私がそうこう考え倦ねているのもお構いなく、毛利君は話を続けた。
「此度の件で奴等が我を責めることができないのは確証はないにしても思い当たる節があるからであろうな。口は災いの元だと。我が全てを白日の下に曝すことを恐れていたであろうが、元よりそんなことをするつもりは毛頭なかったがな。そのようなことをすれば、そなたを巻き込み、それこそあらぬ噂が流布されかねぬ。普段からの素行もあり、謹慎だけで済んだが、今となっては己の行動を悔いておる。奴等を殴ったことではない。大衆の面前で問題を起こし、処分を受けてしまったことにより、そなたと逢う時間を削がれてしまったことだ。冷静さを欠いていなければ奴等を懲らしめる手段などいくらでも考えついたというのに感情に流されるまま身を任せたのは実に我らしくなかった。」
アイスを食べ終えた毛利君は立ち上がり、すぐ近くにあったゴミ箱へゴミを捨てると、私の方へ向き直る。コンビニで鉢合わせて以来、毛利君と久々に目が合う。色々と吐露した後だというのにその表情は相変わらず無であったが、一方の私は一体、どんな顔をしているのだろうか。
「馳走になった。今のでそなたの好みは知れた。謹慎が解けた際、次は我が菓子を振る舞おう。」
「あ、ありがとう。」
「我こそよき一時に感謝する。先も申した通り、我はそなたに惚れておる。今だけにあらず、またそなたと二人だけの時間を過ごしたい。」
「………。」
「して、返事は?」
「あ、え…はい。」
私からの返事を確認すると毛利君は小さく頷くと、「では、また学校で。」と去って行った。現況についていけず、理解が追いつかない私を取り残したまま。アイスは今の私の思考のように溶けてしまった。そんな頭で、しばらく思い耽っていた私がとった行動はアイスを買い直すことだった。
彼が問題を起こした理由
MANA3/241008
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