覚醒メカニズム
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
意識が徐々にはっきりとしていく。水に溺れ、酸素を奪われる様な息苦しい感覚が深い淵にある私を無理矢理に引き摺り上げようとしている。磨りガラスの様にぼやけた意識と視界が鮮明なものとなる。私が目にしたのは男の端正な顔の大写しであった。唇には温かく柔らかな感触。先程まで揺蕩っていた思考が鋭く回転し、キスをされている事実を瞬時に理解した。驚いた私は両手で相手の両肩を押すが距離は生まれない。それ所か、私が意識を取り戻したのを確認した男は私の顔を手で抑えてから、呼吸をしようと開けられた口に舌を捩込む。舌を絡ませられ、歯をなぞられ、舌を吸われ、勝手気ままに口の中を掻き回される。その行為が、その行為によって生じる微かでありながらも漏れる息や唾液の混ざり合う酷く嫌らしい音が恥ずかしくて仕方がない。私の抵抗や意思など意に介さない男は尚も施しを続けた。口端から生暖かい唾液が伝っていくのを感じた所で男は満足したのか漸くずっと重なり合っていた唇が離れていく。やっと解放された口で呼吸をする私を見て男は爽やかに微笑む。とても執拗な口づけをしようとは思えない爽やかな笑顔であったが残念ながら同一人物だ。
「おはよう、名前。」
「…好い加減にして下さい、半兵衛さん。」
何の事だい、だなんて何とも憎たらしい態度である。だらしなく垂れた涎を服の裾で拭いながら私はじと目で睨んだ。それでも半兵衛さんに悪びれる様子は微塵もない。
「毎回、毎回変な起こし方するのを止めて下さい。私を殺すつもりですか?」
「まさか。僕は殺意などではなく愛情を持って君を優しく起こしているよ。」
殺意がなくとも人は死ぬと言うのに。殺意だろうが愛情だろうがどちらにしても質が悪い事には変わりはない。それに朝からあんな起こされ方をされたのではこちらの身が持たない。私はどちらかと言えば朝は弱い方かもしれないが、セットした時刻に眠る脳に対して容赦なく目覚ましが鳴り響けば、ちゃんと起きる事は出来る。しかし、この人は態々、起きる時間の数分前にやって来ては私を窒息死させようとしているのだ。ご丁寧に目覚ましのスイッチを消して。
「半兵衛さん。起こして頂けるのはありがたいですが、今度から起こすのなら普通に起こしてくれませんか。それが無理なら放っておいて下さい。私、一人でも起きられますんで。」
今日と言う今日ははっきり言ってやらないといけない。必要とあらば、誓約書を書かせるなり、罰則を与えるなり、半兵衛さんが私の苦しみを理解するまで大袈裟と思われ様がそこまでする覚悟だ。
「君は目覚ましが鳴る前に目を覚ますと言う経験をした事があるかい?」
突然にして受け答えとならない返事が来て声に出ずとも顔から怪訝が滲み出ている事であろう。だが、この人と過ごし、私の蓄積した記憶から察するに、達者なその口でべらべらと詭弁を並べ立てて、私を唆そうとしている。聞きたくはないが逃げようにも逃げる道がなく聞くしか選択肢がない。目覚ましが鳴る前に目を覚ますと言う相手の質問については半兵衛さんが起こす様になった前になら経験があるが迂闊に答えて墓穴を掘る可能性があるので敢えて何も答えない。
「人間と言う体は良く出来ていてね。目覚ましが鳴る前に目が覚める人間の体は目覚まし時計を拒絶しているんだ。アラームがストレスの元となり、体の働きを損なわすばかりか、徐々に起きる行為の妨げになる。」
まだ着地点が見えない話を私は黙って聞いていた。半兵衛さんは話を続ける。
「その突然の目覚めを避けようとする為に体はある方法をとるんだ。夜の間に睡眠と目覚めのサイクルを調節するPERタンパク質がストレスホルモンを増加させる事により、体が目覚まし時計より先に目覚め始め、目覚めの過程が邪魔される事がなくなるんだ。」
小難しいワードが飛び出て何を言ってるかは今一良くは理解出来ないが、何が言いたいのかを理解した。理解してしまった。眉を顰める私に半兵衛さんはより一層に笑みを深める。
「つまりは君の体は朝の僕の行為を拒んではいないと言う事だ。」
何となく予想していた事ではあったが正直、呆れた。人体の不思議についての仕組みには思わず感嘆の声を漏らしそうになる程に納得せざるを得なかったが、それとこれとは話は別だ。恰も自分を正当化しようとしているが、やはり詭弁は詭弁。そんな話で私がはい、そうですかと頷くと思っているのか。
「何を言ってるんですか。毎度毎度窒息での目覚めだなんて命の危険しか感じません。半兵衛さんが何と言おうと私の意思は変わりません。」
「では、試してみようか。君が僕のキスなしでもちゃんと起きられるのかどうか。」
起きられるに決まっている。そんな言葉は喉まで出かかって溶けてなくなった。私の中で小さな不安が芽吹く。半兵衛さんのせいで久しく目覚ましの音を聞いていない。起きれるか?いや、起きれるはずだ。以前はちゃんと起きれていたんだ。なのに何なんだこの不安は。駄目だ。ここでこの人を調子づかせてはいけない。はっきり言うんだ。私は一人で起きれるんだって。
「まあ、一日だろうと僕の方が我慢出来ないだろうから、明日も僕が起こしてあげるから安心してよ。」
再び呆れた私は絶句した。自分から試してみようとか提案したのに何だそれは。何故提案した。そして何を安心しろと言うのか。これからも呼吸困難に陥れるから安心しろと言う事か成る程ふざけるな。しかし、ここまで来ると嫌な物は嫌だが、言うだけ無駄でただ私が疲れるだけだ。学習しない相手に対して私が学習した。
恐らく、明日も明後日もそれから先も私は窒息させられる。将来的に窒息死させられるかもしれない。私はメルヘンの中での女性にはなれない様で、貴重な息を漏らした。
覚醒メカニズム
(息が詰まる愛。)
MANA3*140516