情動アングル
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偶に今日の様な抜き差しならない日があるだ。何の意味もなく、自分でも訳が解らず、無性に苛立つ日が。何が悪いでもなく、誰が悪い訳でもない。言うなれば、勝手に機嫌を損ねている自分が悪いのだ。そして悪循環。捌け口がないどろどろとした感情は内側で澱んでぐるぐると渦巻いて、私の精神を蝕んでいく。目に見えるものが、耳に聴こえてくるものが、肌で感じる空気が、全てが不愉快な要因となる。それでも、私の中に理性と言うストッパーが辛うじて残されていたのだ。ちょっとした事で癇癪を起こしてしまう前に、誰かを傷付けてしまう前に、誰にも関わらない様、極力、一人になった。一人になろうとしたのだ。誰かを傷付けてしまえば、その後に残るのは罪悪感だけだから。なのに。
「………何か用ですか?」
機嫌が悪いからと言って、授業を疎かにする訳にはいかない。授業が終わればそそくさと教室から抜け出し、次の授業までの休憩時間を屋上に続く階段で一人で過ごす。本当は屋上に行きたい所だが生憎、当然の如く閉鎖されている。それでもここなら人気もないので一人になるには申し分ない場所であった。後、二時間。午後の授業を終えれば帰れたのだ。それなのに長いお昼休みにやはり階段で過ごす私の目の前に突如として現れた人物に対して、刺々しい態度を隠し切れない。
「君こそ、休み時間の度に姿を消すかと思えばこんな所で何をしているんだい。」
思わずしそうになった舌打ちを心中で鳴らす。説明するのも億劫だ。そもそも、何故、説明しなくてはいけないのだ。説明した所でどうにか出来るはずもないのに。そうして、また私の中でどうしようもない苛立ちが募っていく。
「半兵衛さんには関係ないですよ。」
これ以上関わらないでくれと言葉にせずとも今の私の雰囲気から察する事が出来るだろう。鈍感なら兎も角、頭の良いこの人にそれが出来ないとは言わせない。それなのに相手は去ろうともせず、何を考えているのか知らないが、不用意に私に接して来る。それが更に私を苛立たせる要因とも知らずに。
「やけに不機嫌だね。何かあったのかい?」
ほら、気付いているじゃないか。なのに何で関わろうとするんだ。嫌がらせのつもりか?この人の事だ、それは有り得る。不毛だ。いや、確実に支障が来す。向こうが立ち去らないならば私が立ち去るまで。すっと階段から腰を上がると何も言わず、相手の横を通り抜けようとした。しかし、腕を捕まれてしまい、逃げたくても逃げられなくなってしまう。何なんだ。何なんだ一体。
「何処へ行くんだい。まだ話は―――」
「うるさいッ!」
感情を抑制出来ず、掴まれた腕を払い、相手を拒絶した。しかし、珍しく目を見開いて驚いている半兵衛さんの表情を見て後悔の念は直ぐに押し寄せて来た。こうならない様に人を避けて一人で居たと言うのに。誰かを傷付けない為にも。自分を傷付けない為にも。それでも内側のどろどろとした感情は消えようとはせず膨張する。自分の感情を自分で制御出来ずに、何もしてない人間を邪険にし、どうにかしたいと思っても、それでもどうにも出来ずに、もどかしくて、悔しくて、情けなくて、泣きそうになる。動く気力も失せてしまい、俯いて、その場にまた座り込んでしまう。
「…もう、私の事はほっといて下さい。」
全部、自業自得なのに、それを理解しているのに、絞り出た声が泣くのを耐えるかの様に震えていたのがとても耳障りで惨めだった。馬鹿みたいだ。これ以上相手にも不快な思いをさせたくなく、こんな醜い自分を見てほしくもなかった。こんな私なんて放っておけば良いのに、早く立ち去れば良いのに、半兵衛さんは一向にこの場から離れようとはしなかった。
「…何故、そんなに虫の居所が悪いのかは知らないし、そこまで突き放される様な態度をされる覚えもないけど、」
ずっと立ちっぱなしだった半兵衛さんが私の隣へと腰を下ろす。どうやら一徹して引き下がる気は更々ない様だ。私は小さくさせていた体を更に竦めさせる。
「僕は今の君をこのまま放っておくつもりはないよ。」
「………何で。不機嫌なの、わかってるのに。」
「僕は名前と居たいだけだよ。例え、不機嫌だったとしてもね。」
「…………八つ当たりするかもしれないですよ。さっきみたいに。」
「構わない。それが僕が君の隣に居ても良い理由になるのならね。それに君の気が少しでも晴れると言うのであれば尚の事だよ。」
「…………。」
「何も話したくないなら話さなくて良い。話したいのなら話せば良いから。」
怒鳴ったって良いくらいなのに、半兵衛さんの口調は何処まで柔らかく、優しかった。怒鳴る所なんて想像出来ないけれど、今の半兵衛さんも何だかいつもとは違って、それが妙に擽ったくて、思わず、頬が緩む。
「馬鹿じゃないですか。本当。」
ぞんざいな物言いは変わらないものの私のぐちゃぐちゃだった心がほんの少しだけ和らいでいた。そのほんの少しが私にとってどれ程の大きなものか。その得難いものを私はそっと静かに噛み締めていた。ありがとう。今は言えそうになさそうなそんな感謝の一言を心の中で呟く。
「名前。」
「…何ですか。」
「頭、撫でて良いかい?」
「……勝手にどうぞ。」
「うん。そうする。」
頭を撫でる優しい手つき。その手の温もりに胸と目の奥がじんわりと熱くなり、また私は泣きそうになった。
情動アングル
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理由はないけど兎に角、苛々して、そのせいで誰にも迷惑を掛けたくないから人を避けて一人になろうとするけどそんな主人公を気にかける半兵衛サンに宥めて頂く話。
MANA3*130513