擬似非人間の末路
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この世界に訪れて思い知った。痛感せざるを得なかった。生きる為に強くなければならない事を。その為に力が必要不可欠な事を。だから、私は今まで手にした事のない、そして死ぬまでそうあっていくのであろう信じていた過去の自分と決別し、人殺しの道具を手にした。生きる為に、生きて、あの人の役に立てる様にと。そう固く誓ったのだ。
帯刀していた刀を抜いて眼前に立ち塞がる相手に一太刀浴びせる。斬り捨てた人間が糸が切れた人形の様に地面へと崩れ落ていくのを構う事なく次の相手を討つ。ただ只管機械的にその繰り返し。あの人の障壁となるものは私が悉く薙ぎ払う。ただ無心に、余計な考えは邪魔になるだけ。枷になるだけのものなら不要だ。考えない。考えてはならない。今はただ前へと突き進むのみ。
粗方、敵は淘汰し、この様子だと豊臣の勝利は自明。後は私が見下ろす、情けなく地面に尻餅をつき戦意喪失した男をどうするか。まあ、それも愚問にもならないわかりきった事なのだが。腰を抜かした男の目はまるで私を化け物だとでも言いたげで同じ人間だと認めたくなさそうにその瞳は揺らぐ。化け物か。悪くはない。寧ろその方が良いのかもしれない。だとしたら私は今よりもきっと、もっと強く冷たく非情になれるだろうから。私は徐に鞘に収めていた刀を抜く。そうすると男は自分の目前へと迫る恐怖に耐え兼ねて悲鳴を上げる。
「た、頼む!殺さないでくれ!見逃してくれ!」
男は震える声で化け物の私に必死に命乞いをして来た。何処までも見苦しく、情けない。この男に一人の武士としての誇りと言うものがないのだろうか。それでも国に仕える一人の武士と言えようか。私とて、私じゃなくとも誰しもがむざむざと死にたくはないだろう。気概や力量やらをかなぐり捨てて卑近な言い方をしてしまえば私と男は同じである。誰かの下に仕え、理由は人それぞれと言えど、やはり生きる故に戦っているのだ。だが、私はこの男の様に弱くなどはない。それにここは戦場だ。情けなど要らざるもの、命乞いなど何の意味も為しはしない。弱さを罪だとまでは言ったりしない。しかし、それでは何一つ全うする事など敵わないのだ。それを男も死の間際にして嫌と言う程に理解しているであろう。手にした刀をゆっくりと頭の上へ振り翳す。釣られて、私から目を離そうとしない男の視線も上の方へと向かい、その瞳は先程よりも激しくゆらゆらと揺れる。
さあっと吹き抜ける風が土と血の匂いを攫って来る。鼻がひん曲がり噎せ返りそうになるその匂いは私の中の何かを包み込む様に煽動した。
突然にしてのしかかる重圧。手に持つ人の血を吸う刀が、命と言うものが、重い。私は何故か、自分でもわからないままに刀を下ろした。男を殺すのではなく、ただ単に下ろしただけ。今の私は完全に無防備な状態となっていた。
その時の私は愚か以外の何者でもなかった。気が緩んだ私の隙を突いて、男は刀を握り締め、ぎらついた目で殺意を持って襲い掛かって来た。命を握る者と握られた者、私と男の立場は一気に形勢逆転した。攻撃を防ごうにも体が思う様に動かない。私は死ぬのか。こんな所で。飛沫上がる見慣れた赤い赤い無情な血の色。しかし、体に痛みは全く伝わって来ない。飛び散る血は私ではなく男の体から流れたもの。小さく呻き声を漏らして男は地面に倒れ込む。倒れた男の背後から現れた鞭状に撓う関節剣を元の剣の状態へと戻す血塗れの人物に目を見開き、息を呑む。
「やれやれ。危ない所だったね、名前。」
「……半兵衛さん。」
何たる失態だろうか。敵を殺し損ねてしまった上にその敵に寝首を掻かれそうになり挙げ句、この人の手を煩わせてしまうとは。己の不甲斐なさを悔いり胸が詰まる。半兵衛さんの顔を真面に見る事が出来ず、唇を噛み締めながら私は頭を下へと垂らす。
「…すみません。役に立つ所か足手まといてなってしまいました。」
「そう卑下するのは止したまえ。君は良く頑張っているよ名前。何より君が無事で良かった。」
いっその事、仕置きをするなり叱り付けるなりしてくれれば良いのに。この人の事だから敢えてこんな言い方をするのかもしれないが。実質、現に私は阻喪している。その効果は覿面と言う事だ。何とも不甲斐ない。これではかなぐり捨てずとも地面に冷たく横たわるあの男と何ら変わりない。先程の行いは人であるなら適切で実に道徳的だったかもしれないが、付き従うとしては不合格だ。それでは駄目だ。私は強くなくてはならない。この人の役に立つ為にも。今更、もうただの人間には成り下がりたくない。死ぬのは恐ろしい。しかし、何より最も恐ろしいのはこの人に、半兵衛さんに捨て石程度の利用価値もないと認識されて切り捨てられる事が怖いのだ。どうか刀を奪わないでほしい。牙を抜いた私など無能以下の何者でもないのだから。だが、それを判断するのは私自身ではなく、況してや神などと言う誠しやかな存在ではない。私を生かすのも殺すのも、天秤がどちらかに傾けるのはこの人以外に有り得ないのだ。
「君は優しいんだね、名前。」
その優しいと温かい言葉とは裏腹に急激に心臓から全身が冷えていく。はっと見上げた半兵衛さんの陰る表情。何故、あなたがそんな顔をしているのか。嫌な予感が私の心を容赦なく抉る。違う、違う。私は、私は優しくなんかない。
「君は優し過ぎる。」
天秤が傾く音が聞こえた。それが半兵衛さんの出した私への見識だ。優しいとは、この場所では、この世界では、弱さにしか直結しないのだ。即ち、私は、弱い。愕然と絶望する私の体は未だに心臓が脈を打ち続けるがもう私は死んだも同然だった。私は獣でもなく、人間でもない、何者でもない中途半端な出来損ないでしかなかったのだ。
半端者の頬にそっと伸ばされた私より血に塗れた半兵衛さんの手が親指で血を拭う。屈んで私と目線を合わす半兵衛さんの表情は宥め賺す様な柔らかなものであった。
「僕は君が自分を犠牲にしてまで傷付く姿を見たくはないんだ。君に血は似合わない。だからもう誰かを、そして自分自身も殺さなくて良い。君は城で僕の帰りを待っていてはくれないか。」
どうか君は優しい君のままで居てくれ、そう言われて私の中で忘れようとしていた無意味でしかなかったものが堰が切れてしまい、それが目から止め処なく零れ落ちてしまった。
擬似非人間の末路
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恩人である半兵衛サンの為に無慈悲になろうとするけれど心の何処かでは人を殺す事を躊躇い、気付かない内にジレンマに苦しむ主人公を半兵衛サンが解放する話。そして、しれっとプロポーズする半兵衛サンの話。久々の戦える主人公。
MANA3*121005