優し過ぎた二人
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ぐさり。その音を耳にするや否や、胸に走る衝撃に体が少しだけ前へと傾く。視界には息を切らし、ゆらゆらと不規則に揺れる眼は今にも雫が零れ落ちそうなくらいに涙ぐんでいる名前の表情が入った。下に視線を移すとじわりじわりと熱を帯びていく胸に刃物が突き刺さっていた。そこでようやく自分が刺された事、そして刺したのは彼女である事を理解した。その瞬間に今更になって痛覚が働き、徐々に力が抜けていき、ぐらぐら揺れる体は立つ事がままならず、その場で前屈みに跪いてしまう。息を荒げながら焼ける様に熱い胸に手を伸ばし、ぐっと力を込めて一気に抜き去った刃物を適当に投げ捨てる。幸い、急所からは外れ、それほど深く刺さってはいなかったが、手で押さえつけた傷口からは未だ血が流れ出る。早く止血しなければならない。
「……あ…ぁ…ごめ、……ごめん…な、さい……。」
か細く詫びる彼女の震える声がする。見えなくとも彼女が一体どんな表情をしているかなど容易に想像出来た。
彼女は自分の仕出かした事実、その手で人を刺した現実を目の当たりにして、罪の意識に苛まれたのかへたりと腰を抜かす。恐る恐ると真っ赤に染まった両手を見て、わなわなと小刻みに震える体が彼女の動揺を物語る。その顔は想像通り、恐怖や困惑、焦燥、不安、緊張、後悔によって血の気が失せて真っ青になっていた。遂には耐え切れず、瞳からは大粒の涙が零れ落ち、名前は変わらない現実を遮る様にして両手で顔を覆い隠して痛哭した。それでも彼女は声をしゃくり上げながら尚も僕に謝り続ける。僕は胸の痛みに堪えながら呼吸を調えた。
「………君が謝る事は何もないよ、名前。僕を刺したのも…僕が君から自由を奪ったからだろう…?」
僕は愚かしい自分を笑った。そう、僕は彼女から自由を奪った。全ては僕が彼女を、名前を愛してしまったから。その感情を把捉したと同時に僕自身が知らなかった自分に気付いてしまったのだ。如何なる代償を払おうともたった一人の人間が欲しいと渇愛したのだ。自分のものにしたい、彼女の全てを、命さえも支配したい。僕だけのものに。その純粋で生臭い欲念が僕を駆り立てた。彼女が誰の目にも触れられぬ様、僕だけを見てくれる様、彼女を幽閉した。名前が手に入り、同じ酸素を吸い込み、悠久なる時を死ぬまで共有出来る。僕は幸せだった。常軌を逸したその行為が彼女の意に反していたとしても。
その私利私欲が招いた結果がこれだ。僕がどんなに愛していたとしても彼女には狂態にしか思えなかったのだろう。ただ僕は名前を愛しているだけなのに。しかし、ここまで彼女を追い詰めたのは他でもない僕だ。それはまるで絵に描いた様な因果律だった。これが彼女の答えであり、僕への報いなのであろう。それでも名前はこんな僕の為に涙を流す。彼女は優しい。こんな事になっても彼女に憎悪を抱くなどと到底有り得はしない。やはり、僕が名前を愛おしいと想うこの気持ち何ら変わりはしなかった。
「…名前、僕は君を愛しているよ。それは今でも変わらない。これからもずっと…。だから、…だからこそ僕は君を閉じ込めたんだ。だが、君は自由を求めた。だから、枷となる僕を消そうとした。それだけの事なんだ。けれど、僕は…何も後悔などしていない。僕は、君を愛しているから…。君は何も悪くない。」
気に病む事など何もない。君が悲しむ理由も涙を流す必要もありはしないんだ。そう言って僕は名前を抱き締めた。消え入りそうな声で僕の名を呟く彼女の耳元で僕は囁いた。
「ねぇ、名前―
こんな事で本当に僕から逃げられると思っているのかい?」
優し過ぎた二人
(ああ、そうさ。君は何も悪くない。)
(君をちゃんと躾なかった僕が悪いのだから。)
MANA3*111003