誰かに捧ぐラプソディ
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何だか最近、頗る調子が良い。気分は上々だ。こんなに気持ちが晴れやかなのは久々な気がする。今日は何か良い事があるのではないだろうか。そんな事を考えながら今にも鼻歌を歌ってスキップしそうな軽い足取りで廊下を歩いていた。すると突然、直ぐ傍の襖がガラリと開いた。
「ひぃっ!!」
「……何だい、まるで人を化け物のように。」
襖の向こうから姿を現した人物が半兵衛さんだと気付き、吃驚して思わず小さく悲鳴をあげてしまう。私にしてみればうっかり化け物と遭遇したのと相違ない。正直、化け物の方がまだ増しだった思った事は胸の内に秘めておこう。でないと眼前に存在する化け物に八つ裂きにされてしまうからだ。そんな化け物の顔色が心做しかいつにも増して優れておらず、少し窶れている気がした。
「い、いや、そんなつもりは…。それより、何かお疲れのようですけど…。」
「…あぁ…少しばかりやる事があってね。」
半兵衛さんが出て来た部屋の中を見ると大量の本やら巻物やら紙やら何やらが机やその周辺に山の如く積まれていて今にも崩れそうだった。そう言えば、ここ最近半兵衛さんの姿を見ていなかったような。ああ、だから最近、私の気分が良かったのか。成る程と今更納得する。他者からすれば非情と思われるかもしれないがそれは大きな誤解である。何故なら相手が竹中半兵衛と言う人ならざる者だからだ。
「え、何ですか、もしかしてずっとこの部屋に引き籠もっていたんですか?」
「ずっとじゃないさ。凡、五日間―」
「五日間!?何が少しばかりですか!五日間もこんなところで引き籠るなんて!」
「…あまり、傍らで喚き立てないでくれたまえ。頭に響く。」
「ちょ、ちゃんと寝てるんですか!?ご飯は!?」
「そんな暇などはない。」
この人、正気か!?昼夜五日間、同じ空間に一人留まり、碌に何も口にせずにその上、一睡も取らず、ひたすら何かの作業に耽るなんて。病死する前に過労死するつもりか!いくら化け物と言えど無茶をし過ぎである。
「駄目ですよ!ちゃんと食べて寝て下さい!」
「わかったわかった。やるべき事が済めばそうさせてもらうよ。」
適当な相槌を打って私の脇を素通りしようとする半兵衛さんの前に私は両腕を広げ立ち塞がった。それを見て半兵衛さんは明らかに表情を歪ませた。
「何処へ行こうと言うのかね!?」
「口調も顔も可笑しいよ。」
「顔っ…っそんな事どうでも良いですから!ちゃんと食べて寝て下さい!!」
「二度も言わせないでくれ。」
「今、休んで下さい!せめて寝て下さい!」
「諄いね。早々にそこを退くのが賢明だと思うが。」
「半兵衛さんが今すぐ休んでくれるなら退きます!」
「…これが最後だよ、名前。そこを退け。」
「どうしてもここを通りたいと言うならば、この私を倒してからにだだだだだだだだだだだだだだああ゛!!!!!!痛い痛い痛い痛い!!!!割れる割れる割れる!割れるって言うか爆ぜる!頭、爆ぜますよこれ!」
「退けと言っているだろう。」
怖っ!何この人怖っ!!顔色がいつもより悪い分、怖っ!!!!コンディションは芳しくないはずなのにいつも通り、片手で私の顔面を鷲掴みして持ち上げてるよ、有り得ないでしょ。どういう事だ、通常運営じゃないか。通常運営で鬼畜じゃないか。ちょっと、体調が宜しくないと思って強気になった結果がこの様だよ!この人、部屋に籠って筋トレでもしていたのか。秀吉さんに憧れるあまりムキムキなろうと血迷ったのか竹中半兵衛!無駄だ!そんな事をしても君はひょろひょろのもやしのままだ!しかし、そのもやしの握力によって頭が弾けそうになっているのは確か。人が体を張って心配しているのにも関わらず何て頑固なんだ。何て石頭だ。食べ物のもやしとは偉い違いだ。美味しいし栄養もあるし健康に良いのに対して何なんだこのもやしは。まるで鬼畜じゃないか。ただの鬼畜なだけのもやしじゃないか。本当にこのもやし野郎ときたら。そちらがそう頑なになるならば、こちらも我を通そうではないか。
「わ私、間違った事言ってませんからね!そんな困憊した体で何かしようとしても失敗するだけですよ!周りの人にも迷惑をかけるだけです!それでもと言うならどうぞ、私の頭部を潰してお好きにすれば良いですよ!」
「わかった。では、そうする事にしよう。」
え え え え え え え え ! ? ! ? ! ? ! ? ! ?
ちょ、おま、マジかよ!そうする事にしようって!何ですかそれ!何だその全くの予想外な答えは!訳がわからんよ!どうかしてる!甚だ遺憾である!普通、ここで自分の非を認めて解決するパターンじゃないのか!いとも簡単にグッドエンディングへのルートを潰えさせてくれちゃったよこの人!どうしてくれるんだ、完全に詰んだよこれ!私の人生が詰んじゃったよ!そして、今まさに私の頭がぎちぎちめきめきと奇々怪々たる音を奏で、中身がおはこんばんにちはしそうです。
「ぎゃああああ!!!!!!すみません!!!!ごめんなさい!!!!調子に乗って熱り立ってすみませんでしたあああ!!!!存在してすみませんでしたあああ!!!!でも、休んでほしいのは私なりに心配しているから故の本心なので、何卒っ、何卒、お命だけはご勘弁を…!!!!」
さっきまでの威勢は一体何処へやら。見苦しく命乞いをする姿は何とも醜悪な事だろう。いや、しかし、誰だって命は惜しいと思うじゃないか。それに、どうやら何事も頼んでみるもんで、その華奢な見た目とは裏腹に触れたもの全てを壊す事が出来そうな握力を持つ手から私は解放された。宙に浮いていた体は無造作に落とされ、その衝撃よりも未だに圧迫され、余韻が残る頭の方が数倍も痛く、片手で労るようにして抑えた。これで今し方の寸劇で私が身を挺してやった行いは全て水の泡と化したのだ。もういい。勝手にすればいい。半兵衛さんなんてそこら辺で野垂れ死んで人知れず白骨化すれば良いのだ。そんな事より、すみません、私の頭これ変形していませんか。無意識の内に掴んでしまいたくなるような形にトランスフォームしていませんか。ちょっと診てもらえませんか、手遅れになるその前に。
「名前の分際で随分と上手に出るじゃないか。まあ、所詮は虚勢でしかなかったね。」
「っ…うるさいです!もう勝手にして下さい!」
「ああ、勝手にさせてもらうよ。」
そう言って半兵衛さんは蹲う私の手を取って立ち上がらせるとそのまま五日間籠城していた部屋に引き込まれる。重傷を負った私は抵抗もせず、なされるがままだった。さて、私は訳もわからず部屋に連れて来られたのですが、どういうつもりなのだろうか。まさか、自分を手伝えとでも言うのか。やらんぞ。絶対にやらんからな。それに今の私、重体ですから。窮めて深刻な事態ですから。てか、まだ痛いんですけど。解放されてからちょっと経ってますが、一向に回復の兆しがないのですが。時間差でひでぶっ!とかならないですよね。パーンってならないですよねパーンって。血液が巡る都度、容赦なくずきずきと押し寄せる痛みはこれが現実だと思い知らされる。もうこんな現実嫌だ私。こんな残酷過ぎる現実、耐え忍べない。私じゃなくったって嫌だわ、こんなもん。
「そこに正座して。」
この期に及んで説教でも垂れるつもりなのだろうか。それとも本当に手伝わせるつもりなのか。半兵衛さんをじとりと睨みつけ、不貞腐れながらも私は促されるままその場に正座する。すると、半兵衛さんが屈むので、てっきり正面に腰を下ろすと思った私は、相手が自分の太股に頭を乗せて目を瞑って横になったもんだからそれは仰天した。
「なっ!?!?なな何やってるんですか!!」
「少し眠る。」
「こらこらこらこらこら!!!!布団!布団敷きますから!!布団で寝て下さい!!」
「これがいい。」
「良くないですよ!あなたが良くても私が良くないですよ!!」
「君が僕に寝ろと言ったんだろう。」
「いや、言いましたよ!言いましたけどね!?誰も膝枕なんて―」
「おやすみ。」
「ああ!ちょっ、おいこら!!!!おい!おいっ!!!!」
次の瞬間には半兵衛さんは規則正しい寝息を立てていた。早ッ。寝るの早ッ。いくら呼びかけてもうんともすんとも言わず、半兵衛さんは完全に眠りに落ちてしまったらしく、私はえぇぇ…と誰にも届く事もない落胆の声を漏らす。一気に静まり返る部屋。この野郎、私が横になりたいわ。横になって傷を癒したいわ。だが、滅多に拝む事のない半兵衛さんの寝顔を見ていると、痛みが少し増しになった、気がする。そう、気がするだけだ。こうしてまじまじと見ると縁起でもないが、血色の悪い青白く透き通る肌はまるで死人のようだった。しかも、眠っているのだから尚の事そう思えた。念のため、口元に手を差しかけるとちゃんと呼吸はしていたので安心する。そこら辺で野垂れ死んで白骨化すれば良いなんて思ったが私の膝の上でなんて寝覚めが悪いのでやめてほしい。それにしても、この体勢はどうにかならないものか。これ程、ぐっすり寝ているのならこっそり抜け出しても大丈夫だろう。丁度、私の太股の代役になりそうな本が手に届く範囲にあり、私はそれを取ろうとそっと手を伸ばす。
がしっ
「っ!?!?!?」
いきなり、本を取ろうと伸ばした腕を掴まれ、驚いて出そうになった叫び声を何とか飲み込んだ。脈拍が異常な程に速くなる。私の腕を掴んだ手は他でもない半兵衛さんのもので、起きたのかと視線を戻すと寝ていても決して崩れる事がない端正な顔立ちは何も変わらぬままで、未然、半兵衛さんは眠ったままであった。え、何、この人、寝たまま私の腕を掴んだと言うのか。え、何それ。え、怖っ。怖いんですけど。怖っ。誰か!誰か助けて下さい!
「……名前―」
名前を呼ばれ、心臓が一際どきりと高鳴る。今度こそ起きたのではとはらはらしたがそれは取り越し苦労で半兵衛さんの瞼は閉ざされたままだ。
「…ハッ…相変わらず間抜けだね、君は…。」
「………。」
無礼窮まりない寝言に考えるより先に私の手は半兵衛さんの頭を叩いていた。すぐに自分の仕出かした事の重大さにやばいと焦ったが、叩いた方へと頭が揺れただけで半兵衛さんは全く起きる気配がなかった。余程、疲れているのだろう。だから私は日頃の恨み辛みも込めてもう二、三発叩いておいた。
数時間後。起床した半兵衛さんに「名前のくせに生意気だ。」とどうやら夢の中の私が何かやらかしたようなのだが、明らかに私のせいではないという弁明も虚しく、私は半兵衛さんに足払いされて逆エビ固めをされた。一体、私が何をしたと言うんだ。
誰かに捧ぐラプソディ
MANA3*110524