君を愛しているから
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はて、私は今までどうやって息をしてきたのだろうか。ぼんやりと頭の中でそんなことを考えていた。鈍る思考を回転させてもその答えは出ないままで、口からは熱い吐息と喘鳴が漏れる。恐らく、私の体は至極当然に出来ていたことがままならない負担がかかっているのだと思う。自分のことなのに恐らくと曖昧なのは、まるで全身の神経が喪失したかのように感覚がないのだ。苦しみ、痛みを感じ取らない。それは非常に危険なことであることを私は理解していた。段々と視界が霞んでいき、朦朧としていた意識も遠退いていく。いや、自ら手放そうと、虚ろに半分開かれていた眼を完全に閉じて、楽になろうとした。
だが、ぐちりと生々しい音と共に左肩に生じた激痛が無理矢理に私を覚醒させ、声にならない悲鳴を上げる。その痛みは麻痺していた感覚を取り戻させ、鋭敏にさせた。じっとりと滲む汗の不快感。漂う濃厚な赤い匂い。そして、目の前には厭らしく笑みを浮かべる男の顔容。
「―かはっ…。」
「誰も気を失っていいとは言ってないよ、名前。」
呼吸を荒らげ、必死に酸素を肺に送り込めば、噎せ返ってしまう。咳をすれば左肩が軋み、歪な音が立つ。倒れ伏す体に逃がさないように捕捉し覆い被さる男。右手に絡みつき、拘束する男の左手。左肩は男が手にする刀が下まで深く貫通する。今の私には自由は疎か、悶絶さえも許されない、尊厳も権利も存在しなかった。
「…っごほ、…っはぁ………殺すなら、…殺せばいい…。」
「君も強情だね。言っているじゃないか。僕は君が欲しいと。」
「……誰がっ……あなたのような人に………っあああああ!!!!」
突き刺さる刀が緩やかに角度を変えて左肩を抉る。その痛みは酷く耐え難いもので、私はだらしなく、辺りに耳障りな喚き声を散らす。
「自分が置かれている立場を理解していないようだね。僕はお願いをしているわけではないんだ。君が口にする言葉は承諾のみなのだから。」
「……はっ……そんなこと………死んでも…お断り、ですね…。」
虚勢などではない。この男のものになるくらいなら、私は自分の命など惜しくはない。そんな私の片意地な態度に呆れたのか男は失笑を漏らす。可笑しいならいくらでも笑えばいい。それでも私は決してこの男の思い通りにはならない。
「本当に強情だね。いいよ、教育し甲斐がある。しかし、命を軽んじるのは感心しない。」
「……あなたに、教育も、…説教も垂れられる筋合いもない…。」
「これを見てもまだその減らず口を叩けるのかい?」
―どさっ
不意に何かが倒れる音がして、私は訝し気にそちらの方へ顔を向ける。そこで目にしたものに私は愕然と目を見開いた。
「…政宗さんっ!」
意識がないのか、悲痛の呼び掛けにその人は応じず、微動だにせずにただそこに横たわっていた。その光景に私は焦燥、恐怖せずにはいられず、身を捩るが、その拍子に刀が左肩に食い込み、小さく喘ぐ。状況は何も変わらなかった。いや、確実に悪い方へと進んでいた。
「安心したまえ。彼は生きているよ。辛うじてね。」
悪びれることなく、平然と言ってのける男を憤怒と憎悪の眼差しで睨み据える。だが、そんな私を見て、男は然も愉悦に浸り、にやにやと笑っていた。気に食わない。この男の表情、遣り口、存在。何もかもが。気に食わない。
「さて、他でもない君のためだ。そこまで言うなら僕は君に選択肢を与え、君の意思を尊重しよう。僕のものになるか、ならないか。」
どうだい?君にとって命とは重いのかな?そう呟く男に私は先程のようには拒絶を主張出来なかった。ぐうの音も出ず、下唇を噛み締めて男を睨む。
「僕を卑怯だと思うかい、名前。しかし、闇があって光を認識出来るように、世界というのは善人ばかりが存在しているわけではないからこそ成り立つのは事実だ。」
「……そんなの…詭弁でしかない……。」
「そうだね。人により、捉えようによってはそう聞こえる。否定はしないよ。」
「……なんで…こんなことをっ……。」
「何で?わからないのかい?」
男はにたりと笑って答える。
君を愛しているから
(それ以外に何の理由があると言うんだい?)
MANA3*100925