死中に生を求む
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どうしてこうなってしまったのか。僕にはわからなかった。
戦況は混乱を極めるものとなっていた。もうどれだけ殺めたのかわからないほどに敵を斬った。元の色を忘れるほどに地を赤く染めた。命の重み、尊さ。それは自分自身が一番よく理解していた。それでも僕は目の前に立ち塞がる人間の命を容易く奪っていく。ただひたすらに。
恐れてはならない。心を殺せ。非情になれ。残忍であれ。躊躇うな。
理想の為に。夢の為に。
背後に気配を察知し、振り返る勢いで相手を斬ろうとした。しかし、刀を持つ手がぴたりと止まる。僕は眼を見開き、驚愕した。
「………どうして…君が…。」
周りの景色がゆっくりと流れていく。雑音は掻き消され、聞こえるのは自分の声とやけに煩く鳴り響く心臓の音だけだった。
こうも血が似合わない人間が居たとは。見たところ、体に付着したものは傷によった出血ではなくすべて返り血のようだ。腰に携えられた不釣り合いな佩刀。まさか、彼女が人を殺めたと言うのか。疑念が記憶の中の彼女を蝕み、それによって生じる困惑が僕を混沌へ誘った。
切なげな瞳が僕を見据える。何かを伝えたそうに震える唇。願わくば、その口から正当な理由があるのなら聞かせてほしい。ただ、一言、「違う。」と否定の言葉を言ってくれるだけでもいい。今まで僕の隣に居た君は偽りなどではないと。何でもいいから証明してほしかった。
不意に彼女から視線を外せば、彼女の後ろには何人もの自軍の兵が物言わぬ者と成り果てて横たわっていた。
「…半兵衛さん、私…私は……。」
僕は少しだけ眼を閉じた。次に眼を開けた時、冷然たる眼差しと下がっていた刀身の先端を彼女に向けた。
「抜きたまえ。名前。」
一瞬にして彼女の表情が凍りつく。愕然とした彼女は何も言わず、ただゆっくりと首を横に振った。
「何をしてるんだ。さぁ、早く刀を抜くんだ。」
それでも彼女は頑なに抜刀することはなく、首を横に振り続ける。その瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだった。
「抜くんだ!殺らなければ、君が殺られるぞ!名前!」
彼女は完全に戦意喪失していた。刀を抜くこともなく、仕舞いには俯いてしまう。殺すなら殺してくれ、そう言わんばかりに。
「……私には、あなたを斬る理由がありません………。」
蚊の鳴くような声で彼女はそう言った。脆弱だが、気丈であるのは僕の記憶の中に残る彼女であった。それが僕を揺るがす要因となっていた。
「殺す理由はあっても、殺さない理由なんて僕にはないよ。」
恐れてはならない。心を殺せ。非情になれ。残忍であれ。躊躇うな。すべてが崩れる。すべてが崩れた。どうしたらいいのかわからない。自分がどうしたいのかもわからない。本当にどうしてこうなってしまったのか僕にはわからなかった。
嗚呼、これは僕に対する報いなのだろうか。彼女の涙なんて、見たくなかったのに。
死中に生を求む
(どちらかが死んでどちらか生きるのならば僕は。)
MANA3*100803