戦慄く悲劇へ
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今朝。私はとてつもなくナーバスになっていた。自分の教室へ向かう為に廊下を歩きながら、頭を禿げ散らかしそうな勢いで悩みに悩んでいた。その理由は一人の人物に他ならなかった。
竹中半兵衛。
頭脳明晰、容姿端麗。物腰が柔らかく性格も良い。それ故に男女問わず、周りの生徒は勿論、先生方からの信頼も厚い。彼を憧憬や好意の眼差しで見る者は少なくない。痼疾の為に運動神経抜群とは言えないものの、凡人から見れば彼は充分に完璧な優等生そのものである。
あの場面に遭遇するまではそう思っていた。
「おはよう、苗字さん。」
「ぬほおおおおおおおお!!!!!!!!」
「…どうしたんだい?」
「た、たた竹中君…。」
過敏な状態になっていた私は背後からした挨拶の声にも異常なまでの反応をしてしまう。しかも、声をかけた人物がその原因となった本人だったから尚のことであった。
振り向くと普段の通り、すべての悪しきものを浄化すると言われている眩いオーラを放ちながら、同じく神をも魅了すると言われている慈悲深い笑顔を浮かべる竹中君が居た。
「大丈夫かい?体調が優れないなら保健室まで着いて行くよ?」
「いや、うん!大丈夫だから!」
「そう。なら、いいんだけど。」
心配そうな様子で竹中君は尋ねてくる。体調は決して悪くないのだが、そう捉えられるならば、それはあなたのせいだよ、竹中君。なんてことが言える訳もなく、ただ怪しまれないように出来るだけ平常を装って断った。
「あ、そうだ。」
「な、何?」
「さっき、教科担当の先生に授業で使う教材を教室に運んでおいてほしいって頼まれたんだけど。手伝ってくれないかい?」
「あ、あぁ、うん。良いよ。」
私が承諾すると、優しく微笑む竹中君はいつもの竹中君だった。それを見た私は一瞬にしてナーバスな状態から解放された。どうやら全ては私の思い過ごし、杞憂だったようだ。
無駄に等しい肩の荷が下りて、気が楽になった私と竹中君がやって来た場所は教材室。文字通り、授業に用いられる教材が保管されているこの部屋に、ドアの前を幾度と通過した事があっても一度も出入りした事がない。私だけではなく、恐らく生徒の殆どはそうであろう。
ジャラジャラと音を立てながら竹中君がポケットから出したのは先生から渡されたと思われる鍵の束。数本と連なる物の中から一本の鍵を選び、教材室の鍵穴に差し込み回すと、ガチャリと鍵が開く音がする。どうやら、この部屋は普段は施錠されているらしい。まぁ、当然と言えば当然だろう。
開いた扉の向こうには窓から差し込む光がぼんやりと部屋を照らすものの薄暗く、整理されているようなのだが、物が多い為かお世辞にも綺麗とは言えない。しかし、あまり見慣れない光景だからか気分が高揚とした。
この空間に初めて足を踏み入れた私には何が何処にあるかなんてことは勿論わからない。それ以前に何を取りに来たのかを知らない。
「私は何をすればいいの?」
「そうだね。あの棚にチョークの箱があるから取ってくれるかい?」
私が尋ねて、竹中君が指示を促しながら真っ直ぐ指差す先にあるのはガラス戸と引き違い戸が付いているロッカー。わかったと言って私はチョークの箱を探し始める。
「悪いね、手伝わせてしまって。」
「ううん、気にしないで!」
上のガラス戸を開けてチョークの箱を探す。手前の方には見当たらず、奥の方にあるのかと物を退かしていく。
「そういえばさ。」
「何?」
「……いや、やっぱり止めておくよ。」
「ぬえぇえ!?」
そんな不完全燃焼な言い方をされると気になる。私じゃなくったって誰だって気になる。
「そういう風に言われたら気になるんですけど!」
「はは、だよねぇ。」
確信犯か!返って来たのはとても軽いトーンで、笑言なあたり確信犯に違いない。痼というのは取り除かれない限りずっと気になるもの。きっと私は眠れぬ夜を過ごすこととなるだろう。それは嫌だ。と言うか、竹中君と私はただのクラスメイトの関係でしかないので、何か喋らないと気まずい沈黙が訪れる可能性がある。それも兼ねて、私は些細な話題にも食いつく。そして、私の安らかな眠りの為にも。
「ねぇ、何て言おうとしたの?」
「ん~…じゃあ、言うけどさ。」
一度、噤んだわりにはすんなりと教えてくれるようだ。何を焦らす理由があったのかなんて考えたりはしなかった。それにしても、チョークの箱らしき物が見付からない。
「苗字さんさ、」
「うん。」
「見たよね?」
背筋が凍りつき、心臓が大きく鼓動を打った。耳元で囁く、その聞き覚えのないあまりにも冷たい声と左右から伸びてきた腕に反射的に振り返るとそこには竹中君が居た。人間、その気になれば瞬間移動が出来るのか。いや、違う、そんなことではない。え、見たとは一体何のことであろうか。
「え、あの、昨日やってた特番のこと?」
「はは、惚けるつもりなんだ。」
惚けるというのもどういうことなのであろうか。私は何が何だかわからず、質問には答えられてはいるが頭の中が真っ白になっていた。まるで催眠術にでもかかっているかの状態に陥る。目の前に居る人物が姿形こそ竹中君であるのに私の知ってる竹中君ではない違和感に少なからず焦燥と恐怖が滲む。この感覚に私はデジャヴを起こしていた。
「端的に言おう。君は昨日の放課後、僕が他校生と一緒に居る所を見たね?」
ぼんやりとした暗闇に一筋の光が射す。しかし、それは決して希望の光などではない。
暫く、ぽかんとしていた私だったが徐々に全身から血の気が引いていく。同時に忘却の彼方に消え失せたはずの記憶に新しい鮮明な映像が走馬灯のごとく脳裏に駆け巡る。様々なことが明確になった途端、現在、自分の置かれている立場は酷く危ういものだということも理解した。
「み、見てないよ!うん!何も見てません!」
「うん。でも僕は君の姿を見たから。それに僕と目が合ってたよね。完全に。」
「へ!?!?え、いや、その、あ!そう!だってあの人達は竹中君の友達だよね?」
「苗字さんは面白いことを言うね。君は僕が友人をボコボコにした挙げ句、お金を巻き上げるような、そんな冷酷無慈悲な人間見えるんだ。」
「え!いや!あの!その!?あぁ、えぇえ!あはは!」
私は何を笑ってるんだ。お前はこのままだと間違いなくボコボコにされてしまうぞ。白を切ろうとも、仮説を立てようとも、弁解する度に墓穴を掘る始末。次の言葉も現状を打破出来る考えも全くと言って良いほど思い付かない。否、思い付いた所で勝てる気がしなかった。
何を言う訳でもなく、竹中君はただ黙って薄ら笑いを浮かべ、冷ややかな眼差しで私を見詰め続ける。それは何を意味するのでしょうか。一体、私にどうしろと言うのでしょうか。いや、何となくわかっている。竹中君は優等生だ。しかし、それが仮面を付けた偽りのものだと私に知られてしまったのだ。相当の痛手に違いない。出る杭は早めに打つ、そういうことなのだろう。
「わ、私、誰かに喋ったり、ししないよ!」
「うん。そんなことをしたら僕は苗字さんに制裁を下さないといけないからね。」
せ、制裁!?それはつまり昨日の他校生の人達みたいにボコボコにするってことなんですね!?見た限り、あれは最寄りの病院にお世話になるレベルのものでしたからね!須らく御免蒙りたいものだ。
「まぁ、君が喋った所で誰も信じないからどうと言うことではないけどね。」
それもそうだ。告げ口した所で明日から私が嘘吐き呼ばわりされるのは火を見るより明らかだ。それなら私など捨て置けば良いものの、態々、私に構う必要など何処にあるのだろうか。しかし、この感じはもしかすると私はボコボコにされずに済むのでは。
「けれど、ただでは帰さない。」
どうと言うことではないのにただでは帰してくれないらしい。甚だしい矛盾を口走る竹中君は、一体私をどうしたいのだろうか。わからないです。竹中君という人間がわからないです。私の身の安否と命運と共に。
「……僕はツナサンドと牛乳を頼んだはずなんだけどね。」
「………すみません。」
「何でフランスパンと豆乳なんだい?」
「ツナサンドも牛乳もなかったので…代わりに……はい。」
「コンビニにも行ったのかい?」
「ちょ…ちょっと先生に呼ばれて…時間がなくってですね…。」
「そんなの知らないよ。」
お昼休みに竹中君と私は屋上に居た。屋上は生徒が出入り出来ないようにしっかりと鍵がかかっているはずなのだが、何故だか、竹中君はその屋上へ通じる扉の鍵を持っていた。よくよく見ると教材室を開ける時に使った鍵の束だったのだが、それは先生から預かったはずではなかったのか。いや、それは私の憶測に過ぎないものだったのだが。まさかとは思うが、この人、盗んだんじゃないのか。
鍵の件は今は置いておこう。最優先事項は何故私が竹中君にパシられてるのかである。
「いや、でもぐはぁっ!!」
「言い訳なんて聞きたくないよ。」
非力な私に何の躊躇いもなく、横腹に蹴りを繰り出す彼は優等生の欠片もない。
「だって先生がぐばはぁあっ!!!!」
「しつこいよ。」
さっき買ってきたフランスパンを何の躊躇いもなく、私の脳天にクリーンヒットさせる彼は本当に同じ人間なのかを疑ってしまう。前々からフランスパンで殴られたら痛いのか、なんて思っていたが、まさかこんな形でその謎が解明されるとは思わなかった。こんなことならフランスパンで殴られたら痛いかどうかなんて知りたくなかった。フランスパンは美味しい凶器だ。
「まぁ、良いよ。お腹も減ってなかったからね。」
何 だ と … ! ? ! ?
私の労力と横腹と頭の痛みは何だったと言うんだ!とんだ草臥れ儲けではないか!そもそも、立場が逆なのではないのか。普通、こういうのは弱みを握った私が脅迫するものなのでは。いや、私はそんなこと決してしないが。
幸か不幸か予鈴が鳴り響く。因みに私はまだ昼食を摂っていない。このまま午後の授業を受けるのはあまりにも過酷だ。
「次はこんなヘマはしないでね、名前。」
次 が あ る の か 。
てか、然り気なく苗字から名前で呼ばれているのですが、しかも呼び捨て。そして気が付けば私は竹中君に対して敬語になっていました。
「いや、だからヘマって言うか先生ぐばはぁああっ!!!!!!」
そうだ。明日から登校拒否になろう。そうしよう。
もう、いっそのこと先生に暴力事件の件についてチクろうか。あ、それは駄目だ、ボコボコにされてしまう。くそぅ。何でこんなことになってしまったんだ。なんて理不尽な現実なんだ。竹中君は実は不良で、私はそれを知ってしまって、それでパシられてって本当に訳がわからない。あの人は私を下僕にしたいが為に教材室へ誘き出したのか。そう言えば、結局、チョークの箱とかなかったし。在りもしないチョークの箱で人生を棒に振るだなんて彼の有名なノストラダムスでも予言出来なかったでしょうよ。誰が架空のチョークの箱が人生のターニングポイントだと思おうか。私は初めから彼の術中に嵌まっていたのだ。第一、竹中君がドン・キホーテの駐車場で喧嘩してたのが悪いと思う。安さの殿堂の駐車場で喧嘩をしてはいけない。いや、何処だろうが喧嘩はしてはいけないし、誰かをボコボコにして良い訳ではない。てか、もうあんな奴は竹中と呼び捨てで十分だ。竹中この野郎だ。そうだ、全部あいつが悪いんだ!私は悪くない!下僕になる必要なんてないんだ!こうなったら復讐だ!明日から登校拒否してる間に筋トレをしまくって強くなってやるんだ!何か秘奥義も習得しよう!見える、見えるぞ私の明るい未来が!ふふふ、見ていろ竹中め!
「懺悔の時間だ!喰らえ!秘奥義エターナルファンタジアボンバー!!!!」
ハッとして私は伏せていた体を起こす。気付くとその場に居る全員の視線が私に注がれている。ただいま五時間目の古文の真っ最中であった。
「どうした、苗字。先生が今日のお前の放課後を懺悔の時間にしてやろうか。」
「え!?へっ!?!?!いや、はい、あの、すすみません!だから私の放課後を懺悔の時間にしないで下さい!」
どうやら私は心身の疲労困憊によって居眠りをしていたようだ。いつもの私は授業中に居眠りをするような奴ではないのに。罪悪感と羞恥心に顔色は青くなったり赤くなったりしているだろう。毛穴という毛穴から滲み出る汗の量が半端じゃない。至って平々凡々な生活を送っていた私が何故こんな目に遭わないといけないんだ。これも全部―
「先生。苗字さんは今朝から体調が優れないみたいなんです。今から保健室へ連れて行ってもいいですか?」
右隣りの席の奴のせいである。
「それで、エターナル…ああ、すまない。僕はどうでもいいことは一々覚えていられないんだ。悪いけどもう一度言ってくれないかい?」
「エターナルファンタジアボンバーです。すみません。」
「へぇ、ちょっとどんなものかやってみせてよ。」
「いや、その…まだ習得してないんで。はい。」
「で、習得したら僕に喰らわせると。」
「そんな滅相もない!!!!」
「うん。でも竹中この野郎とか言ってたけど。」
「あ!くそっ!寝てる時の私め!」
「嘘だよ。鎌をかけただけさ。」
「あ!くそっ!今の私めぐへぇっ!!!!」
今朝から体調が優れないのはお前のせいだと思いながら、教室から連れ出されて階段の踊り場でコブラツイストをかけられてるこの一時は私にとって懺悔の時間に他ならない。この人、本当に病気持ちなのか。こんなことなら先生の懺悔の時間の方が良かったに決まってる。苦痛のあまり声が出ず、助けを求めることが出来ない。誰か!誰か私の心の叫びを聞いて!私はここに居るよ!見回りの先生助けて!校長先生でもいい!偶に授業の様子を見に来る校長先生でもいいから助けて!
結局、見回りの先生にも校長先生にも誰にもレスキューされないまま、さっきとは違って深い眠りに就く寸前で私は解放されて床に倒れた。本気で保健室に連れて行って下さい。
「さあ、名前。君にはこれから僕に付き合ってもらうよ。」
「は、はぁ?」
「パチンコに行きたいんだ。エヴァの新台が今日から稼動するんだよ。」
「未成年が何を言ってるのかわかってるのか!」
「大丈夫だよ、先生には早退すると言ったから。」
「いや、そういう問題じゃない!そういう問題もあったけどそういう問題じゃない!」
「名前は折角の僕からの誘いを断ると言うんだね。ああ、そうか。君はパチンコよりドン・キホーテに行きたいんだね。」
「行きましょうか、パチンコへ。」
「良いのかい?悪いね。」
そう思うのなら私を竹中半兵衛という呪縛から今すぐ解き放ってほしい。これも今日までの辛抱なんだ。耐えろ!耐えるんだ私!今日が終われば明日から登校拒否すれば良いんだから!本当は良くはないけど!
「君が何か目論んでいるのはわかっているから一言言わしてもらうけど、僕は君の家の住所を知ってるから。ああ、それから念の為に君のメールアドレスを教えてもらおうか。代わりに僕のも教えてあげるよ。僕のアドレスは貴重だからね。有り難く思いたまえ。」
嗚呼、私の平和な日常が…!
戦慄く悲劇へ
(勝ったらお菓子くらいはあげるよ。)
(お菓子はいらないんで帰って良―)
(駄目。)
MANA3*100724