禍福パントマイム
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「お誕生日、おめでとうございます」
言われた事を理解するのに多少、時間がかかった。ああ、そうか。言われてみれば今日は僕が生まれた日である。ここ数年、この世に生を受けた事を有り難く思う、若しくは嫌悪したと言う記憶はない。一日、一日を何も考えず生きてきた訳ではないのだが、それ程に僕にとっては自分が出生した日など取るに足らない矮小なものでしかないのだ。
「何か欲しい物ありますか?」
僕は恐らく、沈黙の異名も形無しな程に怪訝の表情をしているのだろう。それもこれも、今、目前に居る名前と言う人間の所為であるのだ。彼女たった一人に僕の全ては大きく掻き乱される。
出逢った当時は周りの俗物とそう変わりないと思っていたのに、いつの間にか僕の中で彼女は、まるで一度手をつければ体に異常を来すと知りながらも二度と手離せない毒薬の様な存在になっていた。
「…無いんですか?欲しい物?」
問いに返事をせず無言だった僕に、名前は再度、質問を繰り返す。
「…欲しい物、ね……」
「あ、高い物とか止めて下さいよ。お金ないんで」
僕も一人の人間だ。欲だってある。
だが、その心はきっと醜く歪んでいる。
「…あるよ」
静かに名前の傍へと近寄ると、その白い頬へ、そっと滑らす様にして右手を添える。
「……半兵衛さん……?」
「僕の欲しい物はね…」
この心を満たすのは君にしか出来ない事。いや、この心が満ちる事なんてないだろう。貪欲な思いは更なる貪欲を生み出して、最後には君自身を貪り尽くすであろう。
例えそれが、名前の命を奪うとしても。
でも、
僕は自分自身に嘲笑した。
徐に、名前の頬から添えていた手を離す。
「僕が欲しい物は名前の全財産を叩いたって買えやしないよ」
「わ、わかってますよ!だから、私の出来る範囲の物でですね、」
「はいはい。気持ちだけ受け取っておくよ」
そう言うと僕は名前の頭をあやす様に撫でる。それが気に食わないのか、名前は喚き声を上げながら抗議していたが、それを僕は微笑ましく眺めていた。しかし、それも彼女を拗ねさせる要因にしかならなかった。
刹那、激しい哀愁に襲われる。果たして、僕は今日と言う日に君に逢えた事を感謝すべきなのか、満たされない事を憎むべきなのか。
季節の涼しい筈の風が酷く冷たく感じた。
禍福パントマイム
(嗚呼、人間とは何とも患わしい。)
090911*MANA3