虚妄センチメンタリズム
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戦場へと赴こうとする僕の歩みは後ろから掴む手によって阻まれた。
振り向くと僕の腕を掴んだのは名前だった。髪を乱し、息を切らせ、酷く血相を変えたその様は尋常ではなく、普段の彼女からは想像出来ないものであった。
僕は驚きのあまりに目を見開いたまま無言で名前を見詰める。
「きょ、今日は…止めに、しませんか?」
笑っているつもりなのだろうか。声は震え、表情は強張っている。こんな名前を今までに見たことがなかった。それに彼女が僕の歩みを妨げることもなかった。
一体、何が彼女を急き立ててると言うのだろうか。
「だ、大丈夫ですよ!わざわざ半兵衛さんが戦場に行かなくても!きっと…きっと、皆さん、半兵衛さんの作戦通りにやってくれますから!それに……それに……」
いや、僕は薄々気付いていた。名前がどうしてこんなにも取り乱し、取り繕おうと、ぎこちなく笑う顔が今にも泣きだしそうな訳を。
「僕はこの戦で死ぬんだろう?」
その言葉とは裏腹に、開いた口からは自分でも不思議な位、沈着な声色だった。それは名前から上辺だけの笑顔を取り去って、驚愕と不安と恐怖のみを残す。名前から言葉は返って来ない。沈黙、即ちそれは肯定を意味するものであった。
「人為的に構築された世界では最初から全てが定まっている。変則などない。僕の死も所詮は予め用意された筋書きの一つ、そうなんだろう?」
沈黙は依然のまま。名前は何かを言おうとしたが音とならなかった思想は喉の奥へと飲み込まれた。口に出さずとも彼女の心中は全て顔ばせに表れていた。
しかし、僕からすればそんなものはただの杞憂に過ぎなかった。
「僕はその話を信じてはいないよ」
冷ややかに吐いた言葉は決して正確なものではなかったかもしれない。表情には更に憂いが深まり、高まった感情が噴出した様に名前は叫ぶ。
「どうして!どうしてなんですか!?」
「君は唐突に自分が生きていた世界が人によって造られた紛い物だと言われて信じ、受け入れる事が出来るのかい?」
「でも!」
「これは全て僕の意志だ。例え君であろうとそれを否定はさせない」
僕が強い口調で言うと名前はそれ以上は何も言えなくなった。しかし、それは得心を意味するものではない事は僕に向けられていた憂愁の瞳が伏せられる仕草を見て察せられる。ずっと僕の腕を掴み離さなかった手は徐々に力が抜けていき、ずるりと落ちていく。涙を堪えているのか、名前の体が小刻みに震える。
伝えたい事はある。この腕で抱き締めたいとも思う。拳を握り締め、自分を抑えるのは重々、承知していたからだ。気休めでしかないのだと。
「こんな所で僕は死なないよ」
踵を返し、本心と共に名前に背を向ける。
彼女の異説を容認することは僕自身を否認することになるのだ。しかし、もし彼女が異説に対する証拠として彼女自身を提示していたならば、否定し続けた僕でも恐らくは押し黙っていただろう。
それでも僕は前へ進むだろう。僕が僕である為に。
矛盾でぐちゃぐちゃになった視界。けれど、己の欲望だけは忌々しいほど明確に視えている。
信じていないのではない。認められないのではない。
信じてたくはないのだ。認めたくないのだ。
僕は僕を否定するものを否定する。
「好きだよ、名前」
消え入りそうな呟きを吐くと、背後から微かな嗚咽が聞こえたが僕は振り返らず、前へと進んだ。
僕の為に涙を流す彼女を宥めるのは今ではない。
虚妄センチメンタリズム
(例え虚構だとしても、悲しい事には変わりはない。)
090818*MANA3