哀愁モノローグ
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小高い丘、青々とした草が一面に広がる以外、清々しいほどに何もない侘しいこの場所に僕と彼女は居た。
「やぁ、久し振りだね、名前。元気にしてたかい?」
彼女と逢うのは一ヶ月前以来である。いつもなら時間を割いてはこうやって、屡々逢いに来ていた。それが僕の日課と化していた。だが、ここの所、戦続きで彼女の元へ足を運ぶゆとりを作ることが出来なかった。一ヶ月振りに逢う彼女はいつもと変わらずこの場所で僕を待っていてくれた。
「すまないね。暫く逢いに来ることが出来なくて。寂しくはなかったかい?」
途端、僕は伏し目になる。
「いや、寂しかったのは僕の方かな。」
苦々しく、そして自嘲気味に笑いながら僕は言った。
「名前。君が居ないのは寂しいよ。凄く。」
僕は彼女と過ごした日々を染み染みと懐かしみながら語り始めた。
「覚えているかい?君がこの世界にやって来て、僕と初めて出逢った頃のことを。あの時の君は突然、自分の身に降り懸かった予想外の境遇にただひたすら狼狽していた。まぁ、そうなるのも無理はなかっただろう。僕も最初は信じられなかったさ。まさか、この世界とは異なる別の世界が存在して、その別の世界からやって来ただなんて。その後の君の神経の図太さにも驚かされたよ。あれだけ途方に暮れて困惑していた人間がこの世界に慣れるのも時間の問題だったのだから。実に呑気なものだと呆れたよ。元居た世界でどんな風に生きて来たかは知らないけれど、そうやって馬鹿みたいにのうのうと気楽に振る舞えられたのも君を最初に見付けたのが僕であったからということを忘れないでほしい。普通なら恩人である僕に媚び諂うところが、君は僕に対しては常に怯えていたね。それだけはずっと変わらなかったのは一体どういうことなのか教えてほしいものだよ。だから、僕はこの世の道理というものをわからせる為に君を躾として縄で体を縛って吊るし上げたり、池に落として上がってこれないように棒で押しつけたり、丸腰の君を戦場の最前線に置き去りにしたり、眠った君を木に縛りつけて夜を明かさせたり、君が馬に乗った状態で後ろから嚇かして驚いた馬が疾走して、そのまま丸一日帰って来れなくしたり、楽しみにとっておいた菓子を代わりに食べてあげたり、まぁ、色々あったけど、それもすべては君の為だというのにその厚意を無下にするかの如く、君の態度は全くと言って良いほど変わらなかった。寧ろ、以前より君は僕に対して怯えるようになっていて、まるで同じ人間とは思えないと訴えているかの眼で僕を見ていたね。挙げ句の果てには僕に復讐だなんて筋違いも甚だしいことをするとは君はどこまで愚かなんだろう。まったく。信じられないよ。露にも思っていなかったことだ。この僕がまさか飼い犬に手を噛まれることとなるとは。それで君は僕を庭に作った落とし穴に嵌めようとしたけれど逆に君がその落とし穴に嵌められたんだったね。その後、深い穴の底で君は泣きながら必死に土下座をしていたけど、これも君の為だと思って僕はその上から土を被せて埋めてあげようとした。…ふっ、その時の君ときたら今思い出してもあまりの滑稽さに笑ってしまうよ。…………そうだね。君はどう思っていたかは知らないけど、僕は君と一緒に居られた、取るに足らない瞬間でさえ楽しいと思っていた。掛け替えのないものだったと思っていたよ。今更白状するけど、僕は初めて逢った時から君に惹かれていたのかもしれない。」
色褪せることなく、鮮明に、そして精彩に、眼を閉じれば瞼の裏に広がり、手を伸ばせば掴めるような迫真な彼女との思い出の光景が息を吹き返す。
しかし、眼を開くとあの頃とは違う現実。その違いに僕は虚無感を感じずにはいられなかった。
「“逢いたい”…と言ったら、きっと君は困るんだろうね…。」
突如、背後からザアっと吹いた風が僕の髪と外套、辺りの草を揺らした。
「ねぇ、名前…どうして死んでしまったんだい。」
彼女からの返事はない。目の前にあるのは物言わぬ彼女の墓。屈んで墓石を手でなぞるようにして触る。名前はもう居ない。わかっている。この場所に来る度に痛いほどそれを実感してしまう。しかし、彼女を一人にする訳にはいかないのだ。孤独というものはこの世で一番恐ろしい苦しみである。その苦しみに彼女が耐えられるはずもない。いや、偽善を言うのは止そう。ここに来る理由も例外なく斯く言う僕もそうであるのだから。
「もうすぐだ。もうすぐで豊臣は天下を統べることが出来る。」
僕は墓石から手を離してゆっくりと立ち上がった。
「君はここで僕の夢が実現するのを見ていてくれ。」
明日もまた来るから、そう言って彼女に背を向けて歩き出した。どうか、今は安らかに眠ってくれと祈りながら。
哀愁モノローグ
(いつか君と眠りにつくその日まで。)
MANA3*100821