踏み込むは未知なる領域
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彼女と居ると自然と笑みが溢れ、気分が高揚とした。
それとは反対に、彼女が僕とは違う別の誰かと一緒に居るところを目にしただけで無性に腹が立った。
名前という一人の人間の存在によって、僕の心は激しく変動した。
そして、最近になって僕は気付いた。
僕は名前が好きなんだと。
今まで、無意味且つ不必要であり、到底理解出来ないと思っていた情感に僕は陥ってしまったのだ。
誰かに特別な感情を抱いていると気付いただけでも自分で自分を賞賛したいところなのに、前例がない事態にはっきり言ってどうすれば良いのか全く解らなかった。誰かに意見を求めようと考えた時にとある人物が脳裏に浮上したが、すぐにその残像は打ち消した。彼に頼るくらいなら死んだ方が増しだ。
それにしても困ったものだ。一体、僕はどうすれば良いんだ。
「あ、半兵衛さん!」
顎に手を当て、城の敷地内を徘徊しながら悩んでいると、後方から名前を呼ばれ、僕はらしくもなく肩を跳ねさせた。それは僕の名を呼ぶ声が、今まさに悩みの根源となる人物のものであったからだ。
振り向くと、視界に映る人物はやはり名前だった。しかも、あろうことか笑顔で手を振りながらこちらへ向かって来るではないか。
嗚呼!なんて愛らしいんだ!いや、違う!そうじゃない!これは緊急事態だ!以前なら気兼ねなく対応出来たけれど、自分の気持ちに気付いたばかりで、まだ問題は何も解決していないのに、僕は一体どうすれば良いんだ!こうしてる間にも彼女はこちらへ近付いて来る!ああ!この際、現状を収拾出来るなら、あの甲斐性なしの慶次君でも構わない!いや、駄目だ!どう考えても無理だ!それでは間に合わない!くそ!これだから慶次君は!存在するだけ酸素の無駄だ!今すぐ消え失せればいい!
「半兵衛さーん!どうしたんですか?」
未然、解決の端緒が見出だせない。それでも名前は接近しつつある。反応がなく、だんまりとする僕を気にかけてくれる姿に熱情が迸り、動悸は激しさを増し、混乱を極めた結果。
「寄るなああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ボゴォオ!!!!
「バモスッ!!!!!!!」
や っ て し ま っ た 。
咄嗟に好きな子の右頬に全力で拳を抉り込むように打ってしまった。弁明しようとした時にはすでに名前は動かなくなってしまった。いや、辛うじて生きてはいたのだが。誤解を招く言い方をしてしまったが、そう予兆せざるおえないくらいに彼女は微動だにしなかったのだ。今は薬師によって治療中だろう。僕は自室に戻って独り、自責の念に駆られていた。押し寄せる怒涛の後悔に頭を抱え、沈み込む。今日は仏滅だ。そうに違いない。これもあれも慶次君のせいだ。今すぐこの世から消滅すればいい。存在するだけで草木が枯れる。
部屋に篭ったところで何も変わりはしない。時間の無駄だ。何とかしなければと考えた末に僕は机に紙を広げ、筆をとった。今、謝りに言ったところで、また先程の僕の二の舞になりそうだと踏み、書状を書くことにした。これなら彼女を傷つける心配もなく、ついでに自分の思いも告げられるので一石二鳥だ。流石は僕である。
最初に名前へと書く。いつかこの名前の上に僕と同じ姓がつくと思うと自然と顔が若気た。謝罪の文面はさておき、好意を伝えるのにどう書けば良いだろうか。それを考えたら急に自分の気持ちを言葉にするのが困難に感じてきた。
僕は君が好きだ。これでは陳腐である。それに好きというよりは愛している。だが、それでも僕の気持ちを伝え切れてはいない。君を見ると胸がどきどきする。僕は乙女か!僕を馬鹿にするな!君を見るとむらむらする。僕は変態か!いや、名前を見てむらむらするのは否定はしないが、そんなことを書けば僕が軽蔑されるのは必至だ!何か、こう、心が魅了するようなものはないものか……。
僕は軍師でありながらある策略に陥れられてしまった。僕は軍師失格だ。どうかこの僕に教えて欲しい。
君の攻略法を。
……これはなかなか良いんじゃないだろうか!逆に君を攻め落とすして良いかい?というのも良いんじゃないか!僕は君という恋の病にかかってしまいました。うん、これも良い!何だかわからないが急に冴えてきた気がするぞ!
僕は君にめろきゅんです。
こ れ だ !!
天啓を得たように突然閃いた言葉をそのまま紙に書いたものの、いきなり出だしがこれではまずいと思い僕は紙をくしゃくしゃに丸めようとした。
「半兵衛さん。居ますか?」
驚きのあまり声が出なかった。障子に写るのは一つの人影。間違いなく名前だ。
「…すみません。失礼します。」
間を置いて、遠慮がちに障子を開けた隙間から覗き込むようにして顔を出す名前と目が合う。
「あ、なんだ、居たんですね。」
僕の存在を確認すると彼女は部屋に足を踏み入れた。先程のことが嘘のように笑顔で気丈に振る舞う様はいじらしいが、処置が施された右頬は何とも痛ましいものである。
「秀吉さんが呼んでましたよ。」
「…あ、…ああ…わかった…。」
謝らなければ。今なら出来る気がする。落ち着け、落ち着くんだ。冷静に、沈着になれ。そうすれば同じ過ちは二度と繰り返さない。手に汗を握り締めて、固唾を呑み、意を決して言葉を発そうする。
「次の戦の作戦でも考えてたんですか?」
声がさっきより近くなったと思い、現実に引き戻されてみれば、彼女が僕の側まで移動していて机の方に視線を注いでいたので、声に出したりはしなかったが、内心では口から心臓が飛び出そうになるくらいの勢いで激しく狼狽えた。
何故なら、机の上にはあの紙があったからだ。
「こ、ここれは…その…な何でもないんだ!」
「でも、私の名前が書いてありましたよ?」
「何だと!?」
「な、何ですか、その返しは!?それに対して何だとですよ!」
しまった。実に迂闊であった。突然の彼女の訪問に気を取られ、紙のことをすっかり忘れていた。その上、名前まで見られてしまっている。状況は芳しくはない。
「…いや、本当になんでもないんだ。」
「えー、絶対に私の名前がありましたよ。気になるじゃないですか。」
上手い言い訳も思いつかず、平然を取り繕おうとする作り笑顔が今にも剥落しそうだった。
いつもなら、こうも頑固ではないのに、どうしてこの時に限って!くそ、大好きだ!
「本当になんでもないなら見ても大丈夫でしょう?」
「あ、ちょっ、こら!」
半ば強引に名前が机の紙へと手を伸ばす。まさか彼女が強行手段に出るとは思わず、油断していた僕はあっさりと紙を奪われてしまう。
「…あ、ほら、“名前へ”って書いてあるじゃないですか。……僕は君にめ――。」
「人の嫌がることをするなあああああああああ!!!!!!!!!!!!」
ゴズンンン!!!!!!!!
「モレンドッ!!!!!!!!」
ま た 、 や っ て し ま っ た 。
咄嗟に好きな子の脳天に全力で踵落としを喰らわせてしまった。気付いた時にはその場に名前は居なかった。変わりに彼女の立っていた所にまるであの世へ通ずるような穴がぽっかり開いていた。僕の踵落としによって名前は床下という名の奈落に沈んだ。一日にして二度も好きな子に暴行を加えてしまった。今日は仏滅且つ厄日だ。絶対そうだ。これもあれもそれも慶次君のせいだ。世界中の体も態度も大きくて猿を引き連れた傾いて遊び呆けている不埒な前田慶次は絶滅すればいい。
夕餉時。白米が盛られた碗と箸を持って、無気力にげんなりと暗い空気を淀ませながら明後日の方向を見ていた。僕はもうお仕舞いだ。夢とかもうどうでもいい。知らん。知ったこっちゃない。
「食べないんですか?」
いつもとは明らかに様子がおかしい僕を気にかけてか、右隣に座り食事をする名前が言葉をかけた。そんな彼女は頭に包帯をぐるぐると巻き、安定保持に首から垂らした布で左腕を吊って、その首には見たこともない名もなき固形物でがちがちに固定されている。誰がどう見ても横になっていた方が良い極めて重症な状態であるのに反し、彼女は普通に食事を摂取していた。なんて強かなことだろうか。しかし、今の僕には、最早、彼女に好意を寄せることは疎か、親しくする権利などない。そう思うと、更に気が滅入った。
「…もしかして、さっきのこと気にしてます?」
図星を指され少しだけぎくりとしたが、そうなんだ、と言えるはずもなく、ひたすら僕は黙り込む。
「気にしなくて良いんですよ!そもそも、あれは私が悪いんですし!元気出して下さいよ!」
彼女は仏の化身なのだろうか。あまりにも慈悲深いその言葉にゆっくりと右隣を向くと怪我だらけで微笑む名前の背後に僕は神々しいまでの光を見た。彼女は間違いなく女神だ。
そんな僕の女神の口元に一粒の米粒が。
「……名前―。」
米粒を取ろうと手を伸ばすが宙にぴたりと静止した。僕が米粒を取ったとして、その米粒は一体どうすれば良いのだろうか。それを僕が食べれば間接的に接吻したことになるのでは。僕としては申し分ない境遇ではあるが、彼女からすれば恋仲でもないのになんて破廉恥なやつなんだと幻滅されるのではないか。彼女に食べさせるのは?いや、それも美味しいものだが同じであろう。もう、口で伝えるしか…………駄目だ。この不自然に差し出した手はどうする。手を伸ばしておきながら口で伝えれば彼女は僕が触れることを拒絶するほど自分のことが嫌いなのかと誤解してしまうかもしれない。あああ!!!!僕はどうすれば良いんだ!!!!!!!
高速に頭を回転させても答えは出て来ない。すでに僕の頭は今にもはち切れそうだった。
否、はち切れた。
「口元に米粒をつけるなんて行儀が悪い!!!!!!!!!!!!」
「ゴメスッ!!!!!!!!」
終 わ っ た 。
咄嗟に好きな子の両目に全力で手刀を減り込ませてしまった。激痛とともに一瞬にして視界を奪われた名前は右手で両目を押さえて涙を流しながら喚き立てている。米粒は手刀の勢いで僕の明るい未来と一緒に何処かへと飛んでいったようだ。今度こそ本当に僕はお仕舞いだ。これもあれもそれも慶次君のせいだ。落馬して首を骨折して野垂れ死ねばいい。
絶望に浸る僕の口元に優しく触れる感覚。それは紛れもなく名前の指で、接したかと思えばすぐに離れる。
「半兵衛さんもご飯粒ついてましたよ。」
枯れ果てぬ涙を流しながらも笑顔の名前はとった米粒を躊躇なく口に入れた。
この歳になって僕は興奮して血を出した。
踏み込むは未知なる領域
(は、半兵衛さん!?)
(ひ、秀吉さん!半兵衛さんが!)
(吐血、ではないな。鼻血だな。)
(鼻血!?!?何故、鼻血を!)
(嗚呼、やっぱり僕は君を愛してる!)
MANA3*100318