紙切れ容量不足
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苗字名前様
貴女の姿を見る度、貴女の声を聞く度、貴女が笑う度、燃え盛る様な激しい感情が迸り支配する。貴女の何気ない仕種の一つ一つが狂おしい。それらが全て自分のものであれば良いと何度願った事だろうか。貴女との出逢いはまさに運命だったと信じて止まない。その時からずっと、心は貴女のものなのです。貴女が存在しない世界など考えられない。貴女が他の誰かのものになるなど堪えられない。貴女に関して、どうしようもなく貪欲な人間になってしまうのです。自分は醜い生き物だ。自分が思っている以上に。浅ましいと思われるかもしれない。しかし、嘘は吐きたくはない。日に日に募る想いを一人で抱えるのは甚く切なく苦しい。出来る事ならこの苦痛から手を差し延べ、救ってほしい。この世のチープな言葉では貴女への想いを表す事はとても難解であり到底、出来はしない。それでも、こんな方法でしか気持ちを伝えられなかった事をどうか許してほしい。
愛しています。誰よりも何よりも。
「所謂、ラブレターを頂きました。」
そう、ラブレターを貰った。携帯やパソコンが普及するこのご時世で手書きのラブレターである。因みに私にとって人生初のラブレターであり、同時に人生初の告白を受けた事になる。今朝、登校して下駄箱で手紙を見付けた時、悪戯じゃないかと思わず周囲をきょろきょろと見渡したが、こちらの様子を窺う人影は何処にも見当たらなかった。下駄箱にラブレターなんて漫画や小説などのフィクションではベタベタな展開ではあるが、私が知る限り実際に体験談を聞いた事はない。先ず、私の周りには居ないと思う。その場で手紙は読まず、教室へ行き自分の席に座り、誰かの悪戯だと言う疑いを拭えぬままこっそりと封を切り、中の紙を読めば、まるで外国人が書いたポエムの如く、何とも情熱的な文章が綴られているではないか。世の中、こんなロマンチックな類を毛嫌い人が居るかもしれないが個人的にはアリだ。大アリだ。寧ろ、大好物だ。手書きの手紙なのも非常に嬉しい。確かに利便性はメールには劣るが、メールにはない良さが手紙にはある。読み終わった後、やはり悪戯ではないと断言は出来なかったが、平行してもしかしてガチレターなのではないかと言う仮説が私の中で浮上する。だが、この情熱ポエマーは余程のうっかり屋さんなのか手紙には差出人が記載なかった。これも悪戯だと疑ってしまう要因の一つなのだが、何にせよこれでは悪戯なのか本気なのか真偽の確かめようがない。前者なら兎も角、本気なら無下にする真似は出来ない。
こんな時、恋愛経験などほぼ皆無に等く、どうして良いのかわからなかった私はとある人物に相談する事にした。
私の前の席に座るその人物は通路側に体を向け足を組みながら、読んでいた本から視線を外し、いつもと変わらない冷めた目でこちらを見ながら放った開口一番の一言に早速私は相談した事を後悔する羽目となった。
「嘘を吐くならもっと増しな嘘を吐きたまえ。面白くもなければ真実味もない。」
「う、嘘じゃないし!受けとか狙ってないですから!それに最後、何気に失礼ですよ!!」
ほら!と物的証拠である例のラブレターを相談相手の竹中君の目の前に突き付ける。それを見た竹中君の表情にはめぼしい変化は見受けられず、信じたのか信じてないのか判断が出来ない。しかし、何を思ったのかラブレターへと手を伸ばそうとするので咄嗟にラブレターを持った手を引っ込める。
「ちょっ、何するんですか!」
「何って、そのラブレターとやらの中身を読ませてくれるんじゃないのかい?」
「プライバシーと言う言葉を知らないんですか、あなた。」
差出人からすれば第三者にラブレターを読まれるなど羞恥プレイ以外の何物でもない。内容が内容だから。それに貰った側としても他人に読まれるのは恥ずかしい。私が手紙の中身を見せるつもりではないとわかったらしく竹中君は執拗に手紙の内容について追求しようとはしなかった。
「それで、差出人は誰なんだい?」
「………それを聞いてどうするんですか。」
「決まっているだろう。気は確かかどうか聞きに行く。正気だと言うなら血祭りに上げる。」
「何故だ!何ですかそれ!怖ッ!!決まっているって決まっていないですよ!この手紙の差出人が一体あなたに何をしたと言うのですか!常識のように言わないで下さい!」
名前が書かれていないのは困ったものだが書かれていたら一体この手紙の差出人はどうなっていたのやら。もしもの事があったのなら断じて私は悪くはないが罪悪感に苛まれずにはいられなかっただろう。
「それで、誰からなんだい?」
「あー…それが…名前が書かれてなくて…。」
「ハッ、決まりだね。君は何処の馬の骨だか知れない奴に嘲弄されているんだよ。」
「いや、決まりじゃないですよ!勝手に決め付けないで下さい!」
確かに悪戯かもしれないがそれだけ確定するのはあまりにも粗慢ではないか。それにしても竹中君の人を馬鹿にした笑い方が腹立たしい事この上ない。そんな性格をしていたら近い将来、何らかの事件に巻き込まれる事になるだろう。被害者として。
「考えてもみたまえ。手紙で名前を書き忘れられたら誰だって困る。況してやラブレターだ。本当に君の事が好きなのなら果たしてそんなケアレスミスを犯すだろうか。僕なら手紙を出す前に内容を確認するね。」
私は絶句する。完全に論破された。何と言う称賛に値する説得力であろうか。流石は竹中君だ。先程まで差出人を血祭りに上げるなどと野蛮な発言をした人とは思えないが残念ながら同一人物である。本当に残念だ。しかし、しかしだ。それでも万が一の場合があるではないのだろうか。
「で、でも、もしかしてもしかするとって事もあるのでは…。」
「……成る程。悪戯かも知れないとは思いつつ、手紙を貰って満更でもないと言う訳か。」
「満更でもないと言うか、…向こうが本気だったらそれを無視して蔑ろにするのは……後ろめたいものが…。」
「まあ、どちらにせよ、名前がわからないからにはどうしようもないんだ。向こうが君からの返事が来ない事に耐え兼ねて行動を起こすのを待つしかない。」
血祭りに上げるを除き、竹中君の意見は正しく仰る通りであった。彼に相談したのを数秒も経たぬ内に後悔したが、今では良かったと思う。あれ、本当に良かったのだろうか。根本的な事は何もわからないままで、相手の動きを待つとの結論に至るならば相談の必要はあったのか。それなら相談するまでもなかったのでは。ああ、もう良いや。これ以上、考えるのは止そう。時間の無駄だったとは思いたくない。
「返事はどうするんだい?」
「へ?」
「返事だよ、手紙の返事。」
「返事って…差出人が誰かもわからないのに返事の仕様がないじゃないですか。」
「おや。つまり、君は好意を寄せられるのは嬉しいとは言え、好きになるかならないか相手の容姿次第と、そう言う事なんだね。」
「いや、そう言う事じゃないですよ。そんな事誰も言ってないじゃないですか。人聞きの悪い事言わないで下さい。」
何なんだ、この人は。そんなに私を最低な人間に仕立て上げたいのか。心配しなくともそんな事を企てるあなたは既に最低な人間ですよ。おめでとう。そもそも返事なんて竹中君に取ってはどうでも良い事なのでは。興味本位か。興味本位でそんな事を聞いているのか。そして、興味本位で私を最低な人間にしようとしているのか。成る程。最低だ。
「竹中君には関係ないとは思いますが。」
「折角、相談に乗って上げたと言うのに君は随分と冷たい事を平気で言うんだね、名前。」
何故、返事については断念してくれないのだ。第一、あなたは悪戯だと思っていたんじゃないのか。故に私が手紙に対する返事がどうのこうのなど気にかける必要など全く、これっぽっちもないはずだ。しかし、そう言われると下手に拒む事は出来ず、返答に詰まる。くそっ、人の弱みに付け込むなんて。やはり、竹中君に相談するべきではなかった。もう絶対に竹中君に相談しない。絶対にな!
「返事は、…その、考えてないです。」
「だろうね。相手は知人かもしれないし全く接点がない赤の他人かもしれない。年齢だってわからなければ容貌もわからない。男か女さえ判断出来ない。」
「女の人ではないと思いますが。」
「絶対に?」
「いや…多分。」
「率直に言おう。この手紙はただの悪戯だ。変に期待して傷付くのは他でもない、名前、君なんだ。僕は君の為を思って忠告してあげているのだよ。」
そのあまりにも意外な言葉に感慨深くさせられた私は不覚にも泣きそうになった。まさか心配されていたとは。あの竹中君が。私を。過去の経験から培った独断と偏見により他人を気遣える、生きていくのに必要なスキルが竹中君には欠落しているものだと先入観を抱いて来た私だが。人で無しとは悪魔の皮を被った悪魔である竹中君の為にある言葉だとその傍若無人な振る舞いを見る度に思っていたが、何だかんだでやはり彼も人の子なのだと実感した。
「それに君がラブレターなんて貰うはずがないからね。」
おい竹中てめぇ、ぶっ飛ばしてやろうか。感動からのいつもの嫌味な発言にかちんと来て、向きになった私は勇ましくも竹中君に捲し立て、食い下がる。
「何言ってるんですか!てか、現に貰ってますし!ラブレター貰ってますし!そうやって笑ってられるのも今だけですよ!近い内に私が手紙の差出人と付き合う事になっても後で吠え面かかないで下さいね!」
自分でも大それた発言をしたと思った。差出人がどんな人なのかはわからない。しかし、あんなに情熱的な文章を書ける人だ。きっと知的で黒髪サラサラストレートヘアの眼鏡をかけた人に違いない。物腰柔らかな態度で常に敬語で喋って誰とでも隔たりなく接する事が出来る清爽な笑顔が印象的な優しい好青年だろう。裕福な家庭で育ち、素敵なご両親と犬を一匹飼っているんだ。ゴールデンレトリーバーを飼っているんだゴールデンレトリーバー。休日はクラシックの音楽をBGMに優雅に紅茶を飲みながら読書をするんだ。そうだ!そうに決まっている!異論は認めない!
「へぇー、では君は得体の知れない誰かと交際する、そう言う事なのだね?」
「向こうがまだ私を好きであれば。」
「………ほぉ、言ったね?」
竹中君は手に持っていた本を仕舞うと私の机に頬杖をついて不気味なくらい爽やかな笑顔でこう言った。
「そのラブレターを書いたのは僕だ。」
は ?
一瞬、頭が真っ白になり思考が停止した。彼は何をほざいているのだろうか。ラブレターを書いたのは自分だって?片腹痛い。片腹痛いわ、竹中君。私の中の想像する人物像とあなたとでは天と地程の差があるよ。世界も次元も生物学的カテゴライズも違うのだよ。竹中君のプロフィールを詳しくは知らないが、私が知る限り眼鏡しか合ってないじゃないか眼鏡しか。誰とでも隔たりなく接する事が出来るようになってゴールデンレトリーバーを飼ってから人間になって出直して来い!
「………嘘を吐くな。」
「嘘じゃない。」
「証拠でもあるのか。」
「貴女の何気ない仕種一つ一つが狂おしい。」
悪い事なんてしていないのに隠していたそれが公になってしまったように誰かに心臓を鷲掴まれた気分に陥った。暫し、目を見開いて呆然として私だったが私の反応を見て薄笑いを浮かべる竹中君をきつく睨んだ。
「………読んだのか?」
「はははっ、まさか。そんな機会が僕にいつあったと言うんだい?それに手紙は一度開封すれば跡が残るタイプの封筒だ。君が読む前に僕が読んだとしても跡が残り、君以外に誰かが先に手紙を読んだのは一目瞭然となってしまう。だが、そんな痕跡は何処にもない。最後に、僕はその手紙の文字と寸分の狂いなく同じ文字が書ける。それが何を意味するか。僕がその手紙の差出人だと言う何よりの証明だ。」
まるで竹中君はフィクションの中の探偵の如く饒舌に理屈を並べ立てた。私からすれば探偵より犯人の方が適役だ。適役と言うかもう犯人だ。犯人なんです、この人。そんな犯人に又しても私は論破されてしまった。例えば、と考えようとしても筆跡について言われてしまったら反論の仕様がない。正にぐうの音も出なくなってしまった。
「ああ、もしかしてまだ悪戯だとか思っているのかい?安心したまえ、僕は至って真面目だ。名前、君もそれを望んでいたのだろう?君はこうとも言った。向こうがまだ自分の事を好きなのであれば交際すると。うん、そうだね、付き合おうか。」
「何でだよ!!!!」
「僕は今でも君を愛している。誰よりも、何よりも。それとも君は前言を撤回するつもりかい?君が好きなら付き合うと言ったから僕はそれを真摯に受け止めて真実を打ち明けたと言うのに君はそんな僕の気持ちを非情にも踏み躙ると言う訳か。酷いねぇ。僕だって一人の人間なんだ。況してや好きな子にそんな事をされて傷付かないとでも思っているのかい?もし君が今、僕を振ったのなら間違いなくトラウマになって立ち直るのは不可能だろうね。」
ねぇねぇ、竹中君。そう言うのを世間一般では何て言うのか教えてやろうか。脅迫って言うんだよ。傷付くとかこんな時に限って人間面すんなよお前。そう言いつつも、ニヤニヤと厭らしく笑ってるではないか。君、さっきから笑顔が絶えてないじゃないか。何が可笑しい、引っ叩くぞ。私の方が常日頃から傷付いてるわ、心身共にな。もう既に私がトラウマを植え付けられてるわ。言ってしまえ私。竹中君なんて嫌いだ!トラウマにでも何にでもなってしまえ!と言ってしまえ。
それなのに先程から竹中君の目を直視出来ないのは何故だろうか。顔が火照り、心臓が煩いのは何故だろうか。ただ一言言えば良いだけの返答を渋り、俯いて顔を隠し、やはり、竹中君に相談するべきてはなかったと私は後悔した。紙切れ容量不足
(も、もう少し私に優しくしてくれるなら考えます!)
(僕が君に優しくしなかった事があるかい?)
(いや、数え切れない程ありますけど。優しくされた記憶がないんですけど。)
(それはそうと、今のは肯定の意味と捉えて良いのかな。)
(ま、待て!待って下さい!)
(待たないし、待てない。)
―――――
5月23日はラブレターの日と言う事で。ラブレターは夜に書いた方が情熱的に書けるそうです。半兵衛サンが書いた手紙は朝か昼の短時間で書いていたら良いと思います。気持ちが籠もっているのかいないのか。
MANA3*110523