過度の糖分摂取は劇物となる
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「だああああああああああああ!!!!!!!!」
腹の底から出た大絶叫は周囲に多大なる迷惑をかける程、辺りに木霊すものであったが、それはほんの些細な事でしかない。今の私にとって重要なのは直面した光景が信じ難い絶望のどん底に叩き落とすものに相違なかったからだ。
「は、ははははは半兵衛さん!!!!!!あなたが食べてるそれはまさか!!!!」
「ああ、これかい。先程、甘味が食べたいと思っていた時に戸棚の奥にあったのを丁度見付けてね。」
「それ私が昨日、買った羊羹なんですけど!!!!」
半兵衛さんがさも当然と言わんばかりに食していた羊羹は私が数ヶ月前から狙っていた羊羹なのだがそんじょそこらの羊羹ではない。一日五棹限定の死ぬまでには一度で良いから味わってみたいと巷で噂のまさに幻の羊羹なのである。それを私は昨日、幻を現実のものとしたのだ!そう、その幻と謳われる羊羹を長い時間をかけて、様々な労力を費やし、ようやく手に入れる事が出来たのだ!すぐに食べるのは勿体ないと思い、誰かに食べられるのを懸念して自室の戸棚に念の為と私の名前まで書いて隠しておいたのに!それなのに!それなのにこの人って奴あぁああ!!!!
「その羊羹は私が苦労して昨日やっと手に入れたものなんですよ!!!!それにその羊羹は私の部屋の戸棚に置いてあったはずなんですけど!!!!」
「そうだね、君の戸棚から頂戴した。」
「名前も書いてあったはずなんですけど!!!!」
「そんな策で軍師である僕を出し抜けると思ったら大間違いだよ。」
大 間 違 い は お 前 だ よ 、 お 前 た だ 一 人 だ よ こ の 野 郎 が ! ! ! ! ! ! ! !
腹が立つ!!!!怒りが!収まらないッ!憎悪が、永劫に、輪廻するうううううう!!!!何この怒り!!!!嘗てない空前絶後のこの怒りは何なんだ!!!!!!あまりの怒りに理性を燃やし尽くして自分を見失ってしまいそうだ!!!!!!!!狂気と憎悪に取り憑かれて今なら例え刺し違えても目の前の咎人を虐殺出来そうな勢いだ。しかし、そんな事をした所で私の羊羹は帰って来るのか。否、羊羹は帰って来ないのだ。もう、羊羹は……。途端、襲い掛かる果てしなく漠然と広がる虚無感。私は力無く、がくりとその場で四つん這いに崩れ落ちた。失ったものの尊さに畳の上に涙が零れ落ちた。
「そんなにこの羊羹が食べたかったのかい?」
今更改めて聞くまでもないだろうが!そんなに聞きたいのなら答えはイエスだよ!!!!イエス一択だよ!!!!そもそも食べたいから買ったに決まってるだろうが!食べたくないなら最初から買わねえよ!天才軍師と謳われるくせにそんな事もわからんのか!阿呆か!阿呆の極みか!この阿呆軍師が!
「食べたかったに、決まってるじゃないですかッ…。」
畳についた手が自然に拳を作った。やはり、こいつだけは許せねえ!一発殴らないと気が済まねえ!でも一発殴った所で気が済まねえ!最早、消沈したはずの激しい怒りが純粋な殺意に変わった私の気持ちを察しているのか否か、羊羹を見詰めた詰まらなそうな半兵衛さんの表情が怪しいものへと変化する。
「そうだね。まだ余ってるし、あげない事もないよ?」
「いや、余った羊羹返せよ!食べた分も何らかの形で返して下さいよ!何で主導権が半兵衛さんにあるんですか!」
「おや、そんな態度をとって良いのかい?君にとってこの羊羹は喉から手が出る程欲しかったものだと思ったのだが。」
逐一、半兵衛さんの態度と言動が私の神経を逆撫でる。私の買った羊羹なのにこんな事を言うのも何なのだが、あの羊羹、毒入りだったら良いのにとか思い始めた。若しくは賞味期限が切れていれば良い。寧ろ、毒入りな上で賞味期限が切れていろ。でも、私が買った羊羹なのだ。私が買った、…私の…私の…羊羹……。あ、何か目から出そう。枯れ果てたはずの何かが。
「僕が今からする事に六十秒耐えたら、この羊羹は君にあげるよ。ただし、君が耐え切れず音を上げて降参した場合は羊羹の事は諦めるんだね。」
あげるあげない、諦める諦めない以前にその羊羹は私のなんだと言いたいが、どうやらこの人には常識が通じない様だ。それに正直、羊羹は食べたい。食べたいが相手が提示する条件は余りにも理不尽で危険極まりない。
「耐えるって何にですか。暴力ですか、暴力なんですね。グッバイ羊羹。」
「安心しなよ。君に痛い事は一切しない。」
「…本当ですか?」
「ああ。」
「秀吉さんに誓えますか?」
「ああ、誓おう。」
「よし!それならやりましょう!」
半兵衛さんから暴力を取ってしまえば、ただの頭の良い病人だ!十割方私の恐れる半兵衛さんではなくなる!恐れるものは何もない!もう何も怖くない!約束された勝利に余裕の笑みを浮かべる私。無力同然の半兵衛さんは徐に首や手首を回したりと準備体操の様な行動を取る。高が六十秒の制限時間で力で物を言わせられない今の貴様に何が出来る!
「覚悟は出来たかい、名前。」
「私はいつだって良いですよ!」
「それじゃあ…。」
武力行使しないとは言え、今までの経験からして半兵衛さんが近付く事に抵抗があり、無意識に身構えてしまう。口角を少し吊り上げ、口元に不敵な笑みを浮かべる半兵衛さんにぞくりと背筋に悪寒が走る。素早く、さっと半兵衛さんが間合いを詰めたのに気付いた時にはあっという間に畳の上に組み敷かれていた。
「なっ!?」
暴力はなしだったんじゃないんですか!と抗議の声を出す前に脇腹を弄られてはそうはいかなくなる。
「ちょ、ちょっま!あはっ!!!!いひひひひひ!!!!にしししっ、はあ!はははうへへっ!!!!」
むずむずとじれったい感覚に遠慮なしに笑いながら悶絶する。半兵衛さんは確かに私に暴力は振るってなどいない。しかし、現在進行形で行っているこの擽ると言う行為は私にとってはある意味暴力とまではいかないがそれなりの拷問には違いないのだ。油断していた。全くもって油断していた。まさか半兵衛さんが擽る攻撃なんてそんな幼稚な事をしてくるとは。
「いひっひひひひ!!!!は、はん半べぇ、あひゃ!!!!はん、べえっさん!はあ、や、め……ッ!!!!」
やばかった!思わず降参する所だった!危ない危ない!ああ、こんな事を耐えねばならないのか。六十秒も。いや、こんなもの、いつも与えられている苦痛と比べるとどうと言う事ではない!思い出せ、今まで受けて来た数々の不条理な痛みを!無慈悲な凌辱を!あの首を吊った方が増しだと考えるに至ってしまう程の地獄の日々を!この程度、耐えられる!笑い疲れて息も続かず、笑い過ぎたせいなのか酸素が不足しているせいなのか目には涙が溜まっていた。そんな私を見て半兵衛さんは始終無言だが、その心情はにやりと笑う表情に全て表れていた。くそっ、物凄く楽しそうだなこの人。
急に私の体を這う指がぴたりと動かなくなる。あれ、六十秒にはまだ早い気がするのだが。荒い呼吸を調えながら不思議に思っていると半兵衛さんが私の耳元に顔を寄せて来たかと思えば。
ぐちゅり
「ひぃっ!?!?」
耳の中で感じる水の音と生暖かな柔らかさ。まさか、舐められてる!?!?耳の中を舐められてるのか!?!?!?私が愕然と当惑してる間にも私の耳は半兵衛さんの舌によって蹂躙されていく。耳に伝わる舌の触感と舌が動く度に直接響き渡る水音、それ以前にこの未曾有の行為自体が私の五感を麻痺させようとしていた。手持ち無沙汰な両手は先程とは異なる動きで私の首筋や鎖骨を這い回る。あれ、私何でこんな事してるんだっけ。
「はあ、う…半兵衛、さん…。」
名前を呼んでも半兵衛さんは何も答えてはくれない。耳の中を掻き回していた舌が今度は首筋をゆっくり這う。時折、熱い吐息がかかってこそばゆく、ぴくりと反応して変な声が出てしまう。慌てて咄嗟に両手で自分の口を塞いだが、直ぐ様、その両手は半兵衛さんに掴まれて畳に縫い付けられてしまう。尚も続けられる行為に色々と限界だった私は下唇を噛み締めるのみ。
首筋から熱が引くと同時に半兵衛さんと視線が重なる。真っ直ぐに私を見詰める半兵衛さんの表情はどことなく切なげで紫色の瞳に吸い込まれそうになる。
「名前。」
半兵衛さんの顔がだんだんと近付いて来る。このままだとどうなる。どうなるんだ。そこで私は目が覚めた様にはっとした。
「やめ、止めろこの変態がああ!!!!!!」
内に秘めたるポテンシャルを発揮して半兵衛さんを押し退けると即座に相手と距離をとって安全を確保する。はあはあと息を荒げて相手を威嚇する様に睨む私に対して半兵衛さんは別段、いつもとさして変わりない様子で私を見て、勝ち誇った様に笑っていた。
「惜しかったね、名前。後、三秒耐えていれば君の勝ちだったものの。残念ながらこの羊羹は僕のものだ。」
「もうそんなもんどうでも良いわ!残念なのはお前の方だよこの馬鹿たれが!」
「どうしたんだい、名前。顔が赤いよ。」
「ッ!!!!阿呆!ぼけ!おたんこなすのすっとこどっこい!半兵衛さんなんて羊羹食べたせいで全身にありとあらゆる異常を来せば良いんだ!!!!戦場に赴く度に落馬しろ!!!!そして、禿げろ!須らく毛根が死滅して禿げてしまえ!阿呆!!!!」
底が知れる啖呵を切って、私はその場から逃げ出した。今度からお菓子は買ったら直ぐに食べようと心に誓いながら。
過度の糖分摂取は
劇物となる
(何て甘ったるい毒なのだろうか。)
―――――
2のホンダムストーリーで半兵衛サンにこしょこしょされる家康が羨ましかったのを思い出しました。
MANA3*120418