ハライソは消えない
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※消えるハライソの半兵衛サン視点です。
僕は軍師としては世に通ずる程に優秀である自負している。しかし、人としては周囲から唾棄される最低な人間だ。軍師と言うものは、人を、自分さえも欺かなくてはならない。寧ろ忌み嫌われている方が功名と言えよう。生憎、名を馳せたいなどと、そんな瑣末な願望を僕は持ち合わせてはいないが。それだけの為に動いているならばそこまでの人間。底は知れている。つまりは先述の通り、僕は人に好かれる様な善人でない。そう思っていた。
「半兵衛さんが好きです。」
取り分け驚きはしなかった。それは上辺だけの言葉だと解釈したからだ。言い寄って来る容姿と言葉を飾り立てる蒙昧な人間はごまんと見て来たがその全ては仮面を被った、僕の表面しか見てはいない。皮肉なものだ。一見、素朴そうな彼女も他と同じ下卑た輩だと最初こそ蔑視したが後にそれは誤断であった事を僕は知る。見た目や、況してや肩書きではなく僕自身を好きだと言った名前の言葉は上辺だけの偽りではなかったのだ。彼女は純粋に僕に好意を寄せ、それ故に僕の最低な部分を知る事もない。結局は彼女も僕の表面しか見えていないのだ。ただ名前は今までの人間とは明らかに異なるのは確かな事実。僕はその純粋さに貪婪なまでに興味を掻き立てられた。
名前と僕は正反対の場所に立っていた。まるで白と黒、光と陰の様な相反する関係。彼女は何も知らない子供の様に初々しくいじらしい。笑いかけたり、頭を撫でたり、そんな他愛ない事で彼女の表情は移ろい、慌ただしく一挙一動した。あの小さな唇を口吸えば、それだけで死んでしまうのではないのだろうか。そんな無垢な名前を僕は傷付けてやりたいと思った。それはただ暴力を振るうではなく心理的に大きな衝撃を蒙らせたいのだ。肉体よりも精神への外傷は甚大な痛みを与え癒えない爪痕を残す。彼女の事だ。ほんの些細な事でも彼女の心は脆く崩れてしまうのだろう。しかし、それでは何の面白味もない。もっと悍ましく醜悪で死ぬまで記憶からこびりついて拭い去れない様な苦痛を味わってほしい。だから―――――
「名前。君は今でも僕の事が好きかい?」
見る見る内に頬を紅潮させ目を泳がせた後、はにかみながらこくりと頭を縦に振ると彼女はそのまま俯いてしまう。いつまで経ってもその純真な心や仕種は変わらなかった。そうでなくてはこちらとしても困る。じわじわとゆっくりと体に毒が巡る様に嬲るのも悪くなかったかもしれないが。その考えは改めた。無論、それは根本的な意味合いではない。
彼女の体をそっと抱き締めて、額にかかる前髪を掻き上げて口付けを落とす。言葉も出ない程に取り乱す姿を見て、改めて名前は純粋であると思うと同時に、やはり何としても汚してやりたいと心の底から思ったのだ。彼女が汚れる瞬間、表情がもう直ぐ見れるのかと思うとぞくぞくと身震いをしてしまいそうになるが僕はそれを必死に我慢した。しかし、耐え切れなかった感情が口元に少しだけ滲み出てしまったかもしれない。悟られぬ前にと名前から離れて僕の全貌が彼女に見える位置へと距離をとる。
「名前。君に見てもらいたいものがあるんだ。」
彼女は怪訝そうにしていたが、全くもって疑う素振りなどはなかった。彼女は黙って今はまだその曇りなき両の眼で僕の事を見詰めている。そう、それで良い。最後に、僕は笑ってみせる。取り繕った仮面を被っていない本当の僕の姿を。でも名前は顔を赤らめるだけでそれは何なのか、何を意味するのかわかっていない様子だった。問題はない。そして、僕は腰に佩刀していた凛刀を素早く抜いて己の体に突き刺す。痛みと共に流れ出る赤い赤い血。霞む意識と飛び散る血に邪魔をされ、彼女の顔が直ぐには見えなかったが、刹那、僕は確かにこの目に映した。初めて見る、当惑、恐怖、悲哀、疑念、焦燥、不安、様々な感情や思いが押し寄せ、犇めき合い、絶望に歪む最初で最後の名前の顔容を。声に出さなくとも聞こえて来る。『どうして…。』残念だがそれに答える事は出来ない。僕は君に呪いの様な頽唐な光景を見せ付けて死んでいくのだから。けれど、君の事細かな今の心情を僕も知れないのでこれでお相子だ。ゆっくりと暗闇に支配されて消えていく世界。終わりを迎えようとする僕の瞳は最後まで良い意味で期待を裏切る表情を見せてくれた彼女の姿を見届けた。これだけの為に命を懸けた僕を君は狂っていると思うだろうか。しかし、この一瞬は今までもこれからも味わえはしないであろうと言っても過言ではない程、実に甘美なものだった。命を懸けるまでと考えれば今更ながらだが、僕は名前を愛していたのかもしれない。だが、もう遅い。この肉体と魂はこれで腐敗し朽ちていく。だが、名前がこの世界で生きる限り、僕は彼女の心の中で生き続けるのであろう。例え、美しく、綺麗なものでなくとも、それが汚れた僕が純粋に望んだ事なのだから。
嗚呼、名前。もう伝える術はないけれど、僕は君を愛していたよ。せめて、僕を思い、僕の為に、心を傷付けて悶える程に苦しんで、狂ってくれ。
ハライソは消えない
(だってそんなものは最初から存在しないのだから。)
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消えるハライソの半兵衛サン視点です。実はこちらを先に書いていたのですが、これは主人公視点も必要ではないのかと思い書きました。
MANA3*111208