消えるハライソ
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※ハライソは消えないの主人公視点です。
私は半兵衛さんが好きだ。
何処が好きかと尋ねられたのなら上手く答えるのは難しい。見た目は女性と見紛う程、女性よりも儚く美しくも男としても瀟洒されている。繊細で儚さを助長させる消え入りそうな白い肌。長い睫毛に磨き込まれた水晶の様に輝く魅惑的な菫色の瞳。色素の薄い細く柔らかな髪。すらりと伸びる手足。華奢ながらも無駄がなく程良く筋肉が付いた体つき。その溜息をつく程の麗しい容貌もさる事ながら、思考は凡才の私には理解に遠く及ばないまでに明晰であり、その頭脳を以ってして戦いの中で敵を欺き、翻弄し、豊臣を勝利へと導く。その実力も歴としたもので華麗なる技の数々は全てを薙ぎ払い、敵も味方も魅了する。そこまでの才能に恵まれているにも関わらず決して自分の力を過信せず、自惚れたりなどしない。物腰柔らかな態度であり正しく非の打ち所がない。だから、私がはっきりとあの人の何処が好きとは答えられない。気が付いた時には既に私の心は竹中半兵衛と言う人間の虜となってしまっていたのだから。
いつだったか、私は自分の想いを告げてしまった。「半兵衛さんが好きです。」と。見返りは一切望んでなどいない。これからもあの人を見詰められればそれで満足だ。あの人が幸せならば私も幸せなのだ。ただそれだけで良い。あの人の重荷になるのは嫌だったから。すると半兵衛さんは優しい笑みを浮かべて言ったのだ。「ありがとう。」私は半兵衛さんのこの耳を心地好く痺れさせる甘い声、そして何よりもこの微笑みが堪らなく好きだ。嗚呼、私は本当にこの人が好きなのだと改めて思い知った。他には何も要らない。この人の為なら命さえも惜しくないとまで考えた。私には半兵衛さんが全てなのだ。
想いを告げた頃からだろうか。私に対する半兵衛さんの態度が以前にも増して優しくなったと感じ始めたのは。最初は気のせいかと思ったがそうではなかった。周りの人達比べても明らかにあの人から贔屓をされていた。その事実に少なからず私は浮かれていた。浮かれずにはいられなかった。まるで夢の様な日々を私は過ごす。だからと言ってあの人が私と同じ想いであるとは思ったりはしなかった。そうであれば良いと思った事がないと言えば嘘になる。しかし、それを望むのはあまりにも浅はかで烏滸がましい。どんなに優しくとも、半兵衛さんは誰かを愛したりしないとはわかっている。それにあの人は時折、私を見ているはずなのに別の所を見ているのだ。その先に何があるのかは私にはわからなかった。近くに居ても意識は私には届かない遠くて踏み込めない場所に向けられていた。その時の半兵衛さんが私の知る半兵衛さんではない別の誰かの様で、それがとても恐いのだ。結局の所、私はあの人の何も知らないのではないのかと。その些細な疑念は本当に私があの人の事を好きであるかと言う不安を掻き立てる。それでも私の想いはそう易々と払拭出来るものでもなく潰えたりはしなかった。半兵衛さんの目に映り、言葉を交え、触れられ、笑いかけられたり、単純に一緒に居られるそれだけで私の胸がどきどきするのは偽りではなく紛れもない確かな事。その都度に込み上げる至福を噛み締める。今の私の立場は既に身の丈に余るもの。もう一度言う。私は今のままで十二分に幸せだ。
二人で部屋に居る時。半兵衛さんは私に言った。「名前。君は今でも僕が好きかい?」突然の問いに一瞬、私は動揺を隠せなかった。何故、出し抜けにと思ったがそんな考えは取るに足らない事であり、その質問も愚問でしかない。私は顔が赤くなるのを感じながら黙って首を縦に振った。恐らく、生涯でこの人以外を好きになるのは有り得ないだろう。私の反応を見た反応半兵衛さんはくすりと笑う。不意に手が伸びて来たかと思えば、視界が半兵衛さんの顔しか見えなくなると同時に全身が温もりに包まれて掻き上げられた前髪の下に隠れていた額に温かく柔らかな感触が。それはほんの僅かの出来事で何が起きたのか理解出来ずに呆然と立ち竦む。温かな感覚が全身と額から離れていき、暫くして漸く理解に至る。半兵衛さんが、あの半兵衛さんが私を抱き締めて額に口付けたと。思いもよらぬ事態に私は今までにないくらいに混乱し盛大に血を滾らせながら慌てふためく。これは本当に夢なのではないかと素直に願ってもない現実を受け入れられず疑ってしまう程に。
この上ない幸福と驚きは言葉にならず、尚も熱は収まらず、狼狽する私を余所にその様子を半兵衛さんは楽しんでいるかの様にくすくすと笑みを漏らし、私から距離をとった。丁度、半兵衛さんの頭から爪先まで体全体が視野に入る程の距離。「名前。君に見てもらいたいものがあるんだ。」見てもらいたいもの。果たしてそれは一体何なのか、皆目見当もつかなかった。まだ微かに熱る体と頭に、ただ半兵衛さんの姿を見詰め、何も言わず推移を見守った。すると、半兵衛さんは私を慈しむ様に目を細めて口角を吊り上げ、にたりとほくそ笑む。あまり見慣れないその妖艶なる相貌はさっきよりも私の体に熱を迸らせた。
次の瞬間。金属が擦れる研ぎ澄まされた独特な音が耳に入ったかと思えば、景色はあっという間に真っ赤に染まる。飛沫をあげる水音。鼻を刺激する生臭い匂い。上と下がひっくり返る様な錯覚。歪に捩じ曲がり姿を豹変させる世界に吐き気を催す。塗り替えられる情景に何もかもが形を保てずに音を立てて崩れていくのを見守る私の体温がさっきとは打って変わり、急激に冷めていくのだけは辛うじて感じる。変わり果てた世界で目の前で沈んでいく愛しいその人は自らの体を自らの武器で貫いていた。貫いた場所からは眩暈を引き起こす程の大量の血が止め処なくどくどくと溢れ出している。あんなに白かった半兵衛さんがこんなにも赤い。消え入りそうな白い体でも、巡る血の色は私と同じ生きている証であって、でもそれは知りたい事でもない悲しいだけのもの。血溜まりが広がる畳に、倒れ伏す半兵衛さんの表情は苦しそうでもなく、至極、愉悦に浸るもので、それはとても幸せそうに見えたが私には意を解す事は到底出来なかった。いや、出来るはずもない。ただ恐ろしく、悍ましく、何よりも悲しかった。半兵衛さんがどんなに幸せそうであってもこればかりは私は幸せだなんて言えはしない。今、心に渦巻き思う事はただ一つだけ。『どうして…。』だがしかし、それは永遠にわかる事はないだろう。答えの代わりにあるものは笑みを浮かべながら血塗れになっている愛しい人の亡骸のみ。思えば、最後に私に見せた見慣れぬ妖笑は、偶に垣間見たあの雰囲気と同じであった。これが半兵衛さんの言う見せたいものだったのか。けれど、ただ一つ。この人は私が思っていた様な人間ではなく、きっと、恐らくは、この人にとって私とは特別でも何でもなかったのだ。いや寧ろ、私はあの人に憎まれていたのかもしれない。今までが本当に夢の様な一時であったが、それは現実で、願わくば今が悪い夢であるならばと、私は心の底から思った。そう思うのは、悲しいと涙が流れるのは、やはり、私は半兵衛さんが好きだからであって。私は夢の様な現実に絶望した。
消えるハライソ
(あなたが死んでしまった世界を一体何と呼べば良い。)
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某漫画パロの中の人繋がりで。因みに漫画は読んだ事はないです。
MANA3*111207