誰か人殺しの私に裁きを
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「もうすぐ彼がやって来る。名前、君は逃げるんだ」
あなたは私の為にと言ってくれたのかもしれないが、私にとってそれは酷く悲しいものでしかなかった。
「…嫌です」
「君も見ただろう?彼は狂っている」
狂っている―。
そう、あの人は狂っているかもしれない。
でも、私を逃がして、あなたはどうするのですか?
私を逃がす行為は、あなたではこの現実をどうする事も出来ないと意味しているのでしょう?
見捨てろと言うのですか?
見殺しにしろと言うのですか?
あなたを愛する私に。
「半兵衛さん…半兵衛さんはどうするんですか…」
「他に方法がないんだ。解ってくれ」
「嫌ですよ!だってそんな―」
「彼に君を捕られたくないんだ!」
一喝され、私は下唇を噛み締め、口を噤む。
「……名前…頼む。僕の言う事を聞いてくれ……」
あなたの辛そうな表情を見るのも、あなたを残し逃げる事も、目に写り、耳で聞いている全てのものが悲痛な現実でしかないと痛感しながら、私は茫然と佇んでいた。
「!っぐ……」
突然、小さな呻き声を上げ、半兵衛さんはその場で膝を着いた。
「っ半兵衛さん!」
俯き、苦しそうに肩で息をする半兵衛さん。
何か私に喋っているみたいだが、良く聞き取れない。
踞る半兵衛さんに考えるよりも先に私は手を伸ばす。
がしっ
次の瞬間。手首は強い力で掴まれ、同時に心臓が大きく跳ねる。
半兵衛さんは俯いていた顔をゆっくりと上げ、
笑った。
「やぁ、名前。久し振りだね」
身体中に戦慄が駆け抜けた。
反射的に離れようとしたが、掴まれた手首に更に力が込められ、私は顔を歪ませた。
「酷いなぁ。折角逢えたのにそれはないだろう?」
掴んだ手首を強引に引っ張り、素早い動きで私の体を引き寄せて腰に手を回し、後ろから密着される体勢になる。
手首を掴む手の力は緩まる事はなく、骨を折られてしまうのではないかと思った。
「った…い、離して…」
「ふふ…やはり良いね、その表情。そそられる」
後ろからは愉しそうな妖しい笑い声が聞こえた。
「僕も頑張ってボクを抑えようとしていたけど…それも時間の問題だったみたいだね」
「……して…」
「ん?」
「返して!半兵衛さんを返して!」
感情的な叫びの後に虚しい静寂が辺りを漂う。
熱くなった眼から零れ落ちそうだった涙を必死に堪える。弱さを見せれば、この人が喜ぶだけなのだから。
「ふ、ふふ…はは、あはははははは!」
壊れた様な笑い声が静寂を裂いた。
何故、この人が笑っているのかが解らない。いや、私にはこの人が理解出来ない。
一頻り笑い終えた後、吸い込んだ息と共に吐かれた声は随分と落ち着いたものだった。
「返せ?本気でそんな事を言ってるのかい、名前?」
腰に回していた手で私の顎を掴み、顔を無理矢理後ろに振り向かせる。その人は妖しげな笑顔を浮かべていた。
「君はボクを竹中半兵衛と言う人間に潜在するもう一つの人格だとでも思っているようだけど、そうじゃない。寧ろ今のボクが本当の竹中半兵衛だと言っても過言ではない」
「違うっ!」
「違わない。ボクは理性に捕らわれない本能、言わば欲望。外見が同じであれば本質も同じ。違いは、やるか、やらないか、それだけだよ」
信じない。信じたくない。けれども、心は大きく揺るぎ、激しく動揺する。
あの人の手で触れないで。
あの人の眼で見ないで。
あの人の声で話さないで。
そんな事を言わないで下さいよ、
半兵衛さん…―。
「ねぇ…どうしてボクが生まれたと思う?」
視界が霞む。意識が朦朧とする。そんな状態でも、耳にあなたの声が入って来た。
「ボクが生まれた原因。それはね、名前…―」
君なんだよ
欲しい 名前が欲しい
欲しい
泣かせて 鳴かせて 啼かせて
滅茶苦茶にしてやりたい 壊したい
僕の手で 汚してやりたい
その欲望こそが、このボクなんだよ。
だからね、名前。君が悲しむ事なんてないんだよ。
ボクも、そして僕も、喜んでいるのだから。
「ああ…この前の痕が消えてる。また付けないとね」
首筋を舌で舐められても、一切抗わなかった。
受け入れよう。有りの侭のあなたを。
私は、あなたを、半兵衛さんを愛しているから…―。
張り詰めていたか細い糸が切れ、涙が私の輪郭をなぞった。
誰か人殺しの私に裁きを
(私の零れた弱さを見て、あなたは嬉しそうに嗤う。)
MANA3*080830