闇に這う
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陽が山々の間に消えていき、空が茜色に染まる。
城から出て来る際に帰ってくると約束した時刻はとうに過ぎている。しかし、約束を破る結果となった理由、この予想しえなかった問題を一体どうするべきか。
私は既に心配はされているとは思うが、これ以上途方に暮れてても心配をかけるだけなので、文字通り、悩みの種を抱えたまま帰路を辿った。
決して自分は悪い事はしてない。疚しい気持ちだってない。だけど、城門を前にして足を忍び、人気を気にしている姿はさぞかしい怪しいのであろう。
私はゆっくりと門の中へと一歩を踏み出した。
「お帰り」
心臓が止まるかと思った。いや、一瞬止まったに違いない。
ぎこちなく頭を横に向けると、そこには門に凭れ腕を組み、静かな怒気を放つ軍師の姿があった。
「た、…ただいま……」
預けていた壁から体を離し足早に近付いて来る。
「一体何をしてたんだ!!約束した時間は過ぎている!!僕がどれだけ心配したと思っているんだ!!」
「すす、すいません…」
静かな怒りは激しいものへと一変し、溜まっていたものが一気に爆発した様に私は責め立てられた。わかっていた事だが、どんなに心構えをしていても、いざこの時を向かえるとやはり体は縮こまり怯えながら耐えるしかないのだ。
途端、激しく私を叱りつけていた半兵衛さんの怒声が止む。
不思議に思った私は恐くて直視出来なかった半兵衛さんの顔を見ると疑う様に細めた目で私を見ていた。
「何を隠している」
心臓が大きく跳ねる。
「…何も」
「後ろに隠しているものを出すんだ」
「だから何も」
「にゃぁ」
背後から聞こえた鳴き声に私は苦笑いした。半兵衛さんの表情は変わらず、私を見ていた。
「今すぐ捨てて来るんだ」
「い、嫌です」
「じゃあ僕が捨てる」
半兵衛さんの手が伸びてくる。
「何をしている」
声をした方を向くと秀吉さんがこちらに歩いて来る姿が見えた。
「名前、随分と帰りが遅かったな。心配したぞ」
「すいません…」
半兵衛さんの様に怒鳴られはしなかったが、心配そうな秀吉さんの声に私は項垂れた。
「何かあったのか」
「あ、…実は……」
私は後ろに隠していたものをゆっくりと前に出した。
「猫か」
「野良みたいなんですけど…着いて来ちゃって…」
辿々しくも正直に話す。秀吉さんはちゃんと話を聞いてくれる。半兵衛さんに正直に話せば「捨てろ」と言われるとわかっていた。今も私の腕の中にいる猫を蔑んだ目で見ている。
「……面倒は見れるのだな?」
「は、はい!!」
「秀吉!?」
飼っても良い意味で捉えられる問いに私は大きく返事をした。拒む理由はわからないが、未だに納得のいかなさそうな半兵衛さんだけど、秀吉さんの許しを得たからにはこれ以上口を挟む事はなかった。
何も知らず能天気に手を舐めてくる猫の顎を私は撫でてやった。
微かな物音が深い眠りに就いていた私の目を覚まさせた。上体を起こし周りを見渡す。だが真夜中の月明かりさえもない、しかも寝起きの私の視界は暗闇が広がるだけで何も見えなかった。
不意に寝る前と比べ掛け布団が軽い事に気付く。手探りで布団の上を左右に叩く。一緒に寝ていた猫の姿がない。物音の正体は猫の仕業だろうか。そう思いたいが不安と恐怖は消えてはくれない。
電気があれば、なんて考えるだけ無駄だ。私は暗闇の中、手探りに猫の行方を捜す。
その時、何かが手を舐めた感触が伝わった。
それに強張っていた体は和らぎ、私は安心した。それを撫でようと手を伸ばすがそこには何もなかった。不思議に思った私は身を屈め、手を舐めたそれが居るであろう所に近付く。
すると、今度は手ではなく、唇から舌の生々しい感触が伝わり一瞬驚いた私は舐められた口を手で押さえる。
「…そこに居るの……?」
相手からは勿論返事なんてある筈がないのに闇に向かって問い掛ける。
異常に速く脈打つ心臓を落ち着かせながら布団に潜り込んだ私は再び眠りに就いた。
朝。
庭先でしゃがみ込んでいる小さな背中を見付けた。僕は足音を立てず忍ぶ様にしてその背後に近寄る。しゃがみ込んでいる人物の足下の地面は周りの地面と土の色が違い、さっき掘って、再び埋めたと推測出来る。
肩が小刻みに震え、小さく嗚咽を漏らすのが聞こえる。
その様子を暫く見てから僕は名前を呼んだ。
「名前」
震える肩が止まる。腕を目元にやり、拭う仕草を見せた後、鼻を一回啜った。
「……どうしたんだい、こんな所でしゃがみ込んだりして」
少しの沈黙の後に、鼻を啜る音を立てながら、名前はゆっくりと話始めた。
「……朝、…起きたら………猫が居なくて……」
「うん」
「………それで、…捜して………っ……」
さっき拭ったものがまた溢れ出してきたのか、徐々に涙声になっていく。それでも僕は狼狽する事なく、至って冷静に話を聞く。
「……さが…っして…………それ、で…………そっ…とに……居、て……寝てる、…とっ思って………側…寄った…ら…っ…」
僕は限界に近い名前を後ろから優しく抱き締めた。
「我慢しなくても良い」
「…っう……」
「泣いても良いんだよ。気が済むまで」
振り返った名前の目は赤くなって、頬は涙で濡れていた。噛み締めていた下唇を離した瞬間、僕の肩に顔を埋め、大声を上げて泣いた。
そんな名前の頭を髪を梳く様にして撫でる。
嗚呼…
何て良い声で鳴くんだろう。
ごめんね。泣くと知ってたよ。でも、罪悪感なんてない。それに君の泣き顔も、泣き声も、見たいと思ったし聴きたいとも思った。
君はただ僕に愛されて、飼われていれば良いんだ。
抱き締めている故に、悲しみで流す名前の涙を舌で拭う事が出来ない事を口惜しいと思いながら、僕は死骸が埋まる地面を眺めた。
闇に這う
(人間だって舐めるんだよ?)
MANA3*080704