数秒の別離に嘆く
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ふらつく足で駆けずり回りながらも捜し続け、辿り着いたその場所で見たあまりにも無惨な光景に思わず息を飲み、全身から血の気が引いていくのがわかった。
「半兵衛さん!」
私は駆け寄った。瓦礫に半身が埋もれた半兵衛さんの元へと。
「半兵衛さん!?半兵衛さん!」
閉じられていた紫の瞳がうっすらと開かれ、虚ろげに私を見る。
「…やぁ……名前……」
名前を呼ぶその声は痛々しい程に渇れていて、まるで別人の様に感じた。しかし眼前に横たわる人は間違いなく私が捜していた人で、それこそ別の誰かであれば良かったなだと身勝手な考えが過る。
「い、今助けますからっ」
「…良いんだ……名前……もう、良いんだ…」
「何で…何でそんな事言うんですか?…諦めるなんて、らしくないですよ!」
「……無いんだよ…下の感覚が……」
その言葉に、体は一瞬にして凍り付き動けなくなった。
だって、だってあなたは笑っているじゃないか。それはまだ可能性があるのだと、そう言う事じゃないのか。
だからこそそれが、逆に危険な状態であるのだなんて私は思わなかった。思えば、それは私の中でこの人を殺してしまう事になるから。
「…今……こうして……喋れるのも、…この状態だからなんだ、皮肉な事にね……」
助けようとすれば直ぐにでも死に繋がる。可笑しな話ではないか。こんな矛盾が存在して良いのか。どうしようもない焦りと苛立ちが私を襲った。
直ぐ側で天井や壁が崩れた。けれど私は逃げようと、動こうとしなかった。動けなかった。動こうと思わなかった。どうすれば良いのかわからなかった。どうにかしたい気持ちだけが先走って、思うだけでは何も成せないと知っているのに。
「……この城も…もう、長くは持たない…。…名前、…君は……逃げるんだ…」
無力を悟った人間はこんな時に在りもしない存在に祈るのだろう。
私は祈ったりはしない。それは結局、何もしてないのと同じだから。不確かな存在に縋れば、今目の前にある確かな命を救えると言うのか。そうだとすれば、幾らでも祈ろうではないか。だが、そうしないのはそれが愚行な事であるからだ。
だからと言って、私に何が出来る。救えるのか?この人を。
私も無力で愚かな人間である事に変わりはない。
「あなたを残して逃げるなんて、出来ません」
半兵衛さんの虚ろな瞳が私を写す。
「………死ぬよ…?」
「構いません。あなたとなら、本望です」
「…………」
気付けば、周りは炎に包まれていた。でも、どうでも良かった。そんな事。救いたかった筈が、逆に救われたかの様な解放感に私は満たされた。
「……名前………すまない…」
私は返事の代わりに黙って首を横に振った。
「……手を、……握ってくれる…かい…?」
「…はい」
私は力無く自分の胸に置かれた半兵衛さんの手握る。半兵衛さんも私の手を微弱ではあるが握り返してくれようとしているのがわかった。それをとても愛しく感じる。
「………不謹慎にも……君が…今、僕の傍らに居る事を…喜んでいるよ……」
穏やかな表情で話す半兵衛さんを私は見詰めた。
「………秀吉には………悪い事を…してしまった…」
「秀吉さんなら大丈夫ですよ。きっと、天下を取ってくれます」
「………そうだ、ね……」
全てが崩れ落ち、破壊されて行く中、それに従う訳でもなく、逆らう訳でもなく、私達は今を過ごす。その瞬間が幸せであり、切なかった。
「……名前………」
「はい…」
「………もう少し……近くに…来て、くれないか………」
今のこの状態でも大分、寄り添っている。私は上半身を半兵衛さんの方へ屈める。
半兵衛さんは手を握っていないもう片方の手で私の後頭部を引き寄せた。
唇に触れたそれは心臓が止まったと錯覚するくらい、冷たかった。
「………ずっと…前から……君と…こうしたいと思って…いた…………」
身を引くと、半兵衛さんは目を閉じていた。眠っているかのように見えるその顔は悲しくも綺麗に見えた。
「………………半兵衛さん…?……」
ただ、静かに眠る半兵衛さんが私の小さな呼び声に応える事はなかった。
「……っ………………」
温い涙を溢しても、冷たい頬は冷たいままで。一人ではないのに、激しい孤独感に嗚咽を漏らす私は眠るその人の体を強く抱き締めた。
数秒の別離に嘆く
(腕の中で眠るあなたがこんなにも遠い。)
MANA3*080615