絶叫は崩壊の音に消える
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燃え盛る赤い炎。それは非情にも何もかもを焼き付くし、灰へと化してゆく。その脅威を前にしては人は無力だ。逃げる以外に為す術はなんてない。
炎上する城の中を必死で駆け抜ける。視界は真っ赤な火が縁取って私の手を強く引く半兵衛さんの背中が写っていた。
半兵衛さんは身体中に痛々しい傷を負っていた。生々しい血の感触が繋いだ手から直に伝わる。走っているせいもあるが、痛い程に心臓が激しく鼓動する。
「半兵衛さん、血が…」
「そんな事はどうでも良い!兎に角今は走るんだ!」
強い口調で、しかし苦しそうな声に私はそれ以上何も言えなかった。ただ、意識しない様にするなんて出来なかった。
「くっ、ここも駄目か…」
立ち止まった私達の前方には既に火の手が回っていた。一刻も早く城から脱出したいのに、容赦なく襲い掛かる炎がそれを許さない。
「っこっちだ!」
再び、私は半兵衛さんに手を引かれ走り出した。
遠くでどこかが崩れる音がした。
この城の耐えられる限度、全壊するのも時間の問題の様だ。今、その城のどこを走っているのかなんて、もう私にはわからなかった。
「半兵衛だあ!沈黙の半兵衛が居るぞ!」
「奴は負傷してるぞ!討ち取れ!」
城に奇襲を仕掛けた敵軍の兵が目の前に立ちはだかった。まさか、こんな時に。
「ちっ、邪魔だ!」
鞘から抜いた関節剣で素早く敵を斬り倒す。だが直後、半兵衛さんは口を手で押さえ咳き込みながら床に膝を付いてしまう。
「半兵衛さん!?」
思わず私もしゃがみ込み、半兵衛さんの顔を覗いた。
「はぁっ…はぁ……っ……崩壊寸前の城に敵が居たと言うことは…近くに出口があるかもしれない」
仮面の上からでもわかる苦痛な表情。虚ろな紫の瞳に私の体は震えた。
「名前、逃げるんだ」
強く握り締められていた手の力が緩む。
離れそうになった手を私は決して離さなかった。
「私一人が逃げるなんて嫌です!お願いですから諦めないで下さい、半兵衛さん!」
お願いしますから、この手を離したりしないで下さい。
「…名前……」
半兵衛さんはゆっくりと立ち上がり、繋いだ手に力を込めた。
「走るよ」
「っ…はい」
敵が来た方へ私達は走り出す。
その先に出口があると信じて。
熱い。
息苦しい。
意識が朦朧として歪む視界。
だけど、握り締められた手の感覚だけははっきりとしていた。
もし、この手を離すとすればそれは二人で生きてここから抜け出したその時だけだ。
角を曲がったその先に微かな光が見えた。
「半兵衛さん!」
「あぁ、急ごう!」
出口に向かって、最後の力を振り絞り走った。
後、少し。後もう少しでこの地獄から抜け出せるのだ。
そう思った、その時。
バキッ バキッバキバキ
目の前の希望が潰える事を予感させる絶望の音が聞こえた。
出口の上の天井が今にも崩れ落ちそうになっている。いや、崩れる。全力で走っているけれど、このままでは間に合わない。
そして、無情にも天井が崩れ落ちてゆく。
もう駄目だ。
「名前」
前へ引っ張られた体は抱え上げられ、次の瞬間には宙に投げ出される。
全身にまとわりついていた灼熱が消え、炎の中で崩落する瓦礫の奥に消えていく半兵衛さんの微笑みが見えた。
「幸せにおなり」
絶叫は崩壊の音に消える
(幸せにはなれません。今手離してしまったから。)
MANA3*080608