白黒の平面的な極彩世界よ
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ここの廊下はこんなにも長かっただろうか。走りはしなかったが急ぎ足に進み、忙しない足音を立てる。
一つの部屋の前に着くと乱暴に襖を開けた。部屋は暗く、ゆらゆらと揺れている一本の蝋燭だけが唯一の灯りだった。そこには薬師と布団に横たわる名前の姿が在った。その信じ難い光景に、思わず息を飲んだ。
僕は布団が敷かれた部屋の中央へ近寄った。
「容態は?」
「命に別状はありません。ただ、……」
言葉を濁し、先を言おうとしない薬師に微かに苛立ちを感じた。これ以上心臓に悪い事をするのは止めて欲しい。
「っ何なんだ、早く言いたまえ」
痺れを切らした僕はきつい口調で薬師に問い詰めた。それに怯む様子もない薬師の重苦しい雰囲気は変わらない。
「実は…―」
薬師はそっと僕に耳打ちして話した。
「…っ……それは…本当なのかい…?…」
「はい」
聞かされた事実に思わず手で眼を覆う。それで今の現状が変わる訳でもないのに。
「……あの…」
か細い呼び声に反応する。どうやら名前が起きたようだ。僕は薬師に下がるように言い、自分は名前の側に座った。
名前はゆっくりと、身を起こした。
「名前、無理に起きてはいけないよ」
「………その声は…半兵衛さんですか?…」
「……あぁ、僕だよ」
伏し目がちに僕は答えた。
「……すいません、半兵衛さん。灯りをつけてもらえますか?」
「…………」
灯りなど、僕がこの部屋に来る前から付いている。小さな蝋燭の灯りは、今も懸命に己を主張するかの如く、揺らめいている。
こんな可笑しな質問をされるのも無理はない。
名前の頭と、そして眼には白い包帯が巻かれているのだから。
巻かれた包帯の白とは真逆に、今名前に見えているのは真っ暗な闇であろう。いや、見えていないからこそ、暗闇であるのだ。
しかし、感覚が麻痺している為なのか、包帯を巻かれているのに気付いていない。だから、部屋に灯りが付いていないと勘違いをしている。
まさか、こんな事になるとは思わなかった。
秀吉と僕が戦に出ている隙に、城は奇襲を受けていた。城には名前も残っていた。僕達が城に帰した時には、残した兵士達の活躍により、奇襲を掛けた敵は既に撤退していた。その為、城や、人には大きな損害はなかった。
名前を除いては。
運悪く敵に見つかってしまい、容赦なく刀を向けられたのだ。襲われている所を兵士に救われた名前は何とか命だけは助かった。
だが、無事では済まなかった。
「名前」
そっと、両手で名前の頬を包み、親指が包帯が巻かれた両眼に触れた。
親指から伝わる違和感。
その感じたくはなかった違和感に、身体中に衝撃が走ると共に腹の底から感情が込み上げて来た。
左の眼球の感触がないのだ。
心が軋み、悲鳴を上げた。僕の中で、今までに感じた事のない罪悪感と悲しみが渦巻く。
名前は左眼を失った。名前を守れなかった。僕のせいだ。僕はなんて無力なんだ。そう悔やんでも失った左眼は返っては来ない。解っていても悔やまずにはいられなかった。右眼は有るが、薬師が最悪の場合、失明の可能性が有ると言っていた。
もしかしたら、これから名前は、今までの様に生きられないかもしれない。当たり前の日常を奪われ、笑顔までも失うかもしれない。死にたいと願ってしまうかもしれない。
僕を見失ってしまうかもしれない。
僕には名前が見えるのに、名前には僕が見えないのだ。
「…半兵衛さん……どうかしましたか?」
この事を名前に告げなければならない。それが僕には辛かったが、それ以上に名前は辛いのだ。
僕は蝋燭の灯りを消した。仄かに明るかった部屋は、瞬く間に闇に支配される。
「名前。僕が今から話す事を聞いて欲しい」
「…………」
例え、君がこの残酷な現実に絶望して全てを拒んだとしても、
「……君は―」
僕は側にいるから。
本日は晴天。雲一つない、澄みきった青い大空を見上げる。清々しいまでに青く、晴れ渡る空。悲しみを連想させる色が、頭上で果てしなく広がっていても、気落ちする事はない。戦のない、一時の安息を僕は有意義に過ごしていた。
「半兵衛さん!」
僕の事を大声で呼びながら、走る名前の姿が視界に入った。
「名前、走ると危ないよ」
「あ、すいません」
途端、走るのを止めて、緩かな歩調で近付く名前。ずっと、走り回って僕を捜していたのか、少し呼吸が乱れている。
「お昼御飯が出来てますよ」
「あぁ。もうそんな時間か」
そんなに時間が経っていたなんて気付かなかった。今日は何故だか時間が流れるのが早く感じる。
「半兵衛さん?どうかしましたか?」
不思議そうに名前の右眼が、僕を覗き込んだ。左眼には未だに白い包帯が巻かれている。初めは、似合わなかった包帯も、今となっては悲しい程に馴染んでしまった。その白を見ては、時々僕の心は軋む。
「いや、何でもないよ」
「じゃあ、早く行きましょうよ!秀吉さんも待ってますよ。私かなり、お腹減ってますから」
「名前は食いしん坊だね」
「否定はしません」
「早く、早く」と手を引っ張り、急かす名前の笑顔と混じる白を見て、僕は苦笑した。
白黒の平面的な極彩世界よ
(半兵衛さん、今日は空が綺麗ですね!)
(…あぁ、そうだね)
君の目に見える全てのものが、誰よりも色鮮やかに写る様に祈るよ。
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MANA3*080513