冷たい牢獄を愛だと戒める
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狭く、仄暗い空間。窓が無い為に陽の光が届く筈もなく、薄いオレンジ色の灯りだけがこの場所を照らした。ここに隔離されてから今日で三週間経った。
する事なんて決まっている。ベッドに横になり眠るか、壁を眺めるか。唯一の娯楽は本を読む事。ストレスが溜まっていないと言えば嘘になる。だが、僕がここに居る事には意味があるのだ。
遠くから扉が開閉された音がした。そして響き渡る足音は、段々と大きくなり、確実にこちらへ向かっている。
「よぉ、元気か」
鉄格子の外側に立つ隻眼の男。
「やぁ、政宗君。頼んでいた本を持って来てくれたのかい?」
「No」
「そうかい」
「二日前に本はやった筈だぞ。三十冊位」
「もう全部読んだよ」
「お前、いっつも読むの速過ぎなんだよ」
「時間だけはあるんでね」
溜め息を吐く政宗君。彼が居るからこそ、僕は本を読める。文句は言わない。
「彼女は―」
「Ah?」
「名前は来ないのかい?」
名前とは僕をここに監禁した張本人だ。だけど、僕が彼女を恨むなんて事は有り得なかった。
何故なら僕は名前を愛しているから。この監禁行為は彼女なりの愛情表現なのだ。それを僕は快く受け入れた。彼女の想いを嬉しく、愛しく思う。
ただ、監禁されてから彼女とは逢っていない。外に出られない僕から逢いに行く事は出来ない。
だから、僕は待っている。
名前が僕に逢いに来てくれる事を。
「何度も言わせんな。名前は来ねぇ」
「来るさ。僕は彼女を信じているからね」
「……あいつと逢えなくなって……三週間か?」
「正確には、二十二日と十四時間三十六分八秒だよ」
つまり、監禁が始まってから、僕は名前と逢ってない。
「僕と名前は愛し合っているんだ。僕がここに在る事がその証だよ」
そう思うから、それが事実だからこそ、僕は待つ事が出来るのだ。この名前の愛の中で。
「………来ねぇよ。名前は…」
「…くくッ……政宗君…君は何も解ってない……何も……」
「…………」
「…っふ……ふふふふふ……はははは……」
二日前にも訪れたが、竹中の様子は相変わらずだ。あの独房で来る筈もない、愛する女を待ち続けている。奴は自分がやった事を忘れてしまったのだろうか。
「政宗様」
俺の名前を呼んだのは、ここの看守の制服を身に包んだ小十郎。こいつにかかれば、どんな犯罪者も大人しくなり言う事を聞く。竹中は別だがな。
「竹中の様子は」
「Constant(変わんねぇ)。二日前の本はもう読み終わってるし、今でも名前を待っている」
「そうですか」と伏し目がちに呟いく、小十郎の心情は恐らく俺と同じであろう。
竹中半兵衛は現在、独房に拘束されている囚人だ。罪状は殺人。事件の被害者は一人の女。竹中の恋人であった。事件当時の事が記憶から抜け落ちてしまったのか、竹中は自分が恋人に監禁されたと思い込み、更に、既に亡くなっている恋人が逢いに来る筈もないのにずっと待ち続けている。
そんな奴を世間は「正気ではない」と口を揃えて言っている。俺も最初はそう思っていた。今は違う。
時節、奴の眼が悲哀を帯びるのを目にしてしまっては。
冷たい牢獄を愛と戒める
竹中が陽の光を目にする事はなかった。
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MANA3*080511