刹那に失った心の行方
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ただいま、五時間目の体育が始まりました。男女共に今日はグラウンドで、男子はサッカー、女子はドッヂボールをやる。体調の優れない私はグラウンドに降りる為の階段に座り、見学。
皆の楽しそうな様子を見て、体を動かす事が嫌いではない私は溜め息をついた。
サッカーをやってる男子の方では、政宗と元親がはしゃいでいた。
「お前が俺に勝てると思ってんのか?」
「当たりめぇだろーが!」
「Ha!上等じゃねぇか。それじゃあこれに勝ったら名前は俺のHoneyだと認めて諦めろよ!」
「馬鹿かテメェ!名前は蜂蜜じゃねぇんだよ!笑わせんな!」
「馬鹿はお前だ」
勝手に話を進めないでほしい。全く勝手な奴等だ。サッカーは個人戦ではないんだ。そもそも君達、ゼッケンが同じ色じゃないか。同じチームなのに争うってどう言う事だ。多く点を入れた方が勝ちとかあるだろうけど協力したまえよ。
あー今日も平和だなと空を見上げたら、青い空より先に目に写ったのはにんまり笑う音楽教師の顔だった。
「どわっ!!吃驚したあー!」
「やぁ、名前君。こんにちわ」
「名前で呼ばないで下さいって言ってるじゃないですか」
「君と僕の仲じゃないか」
「ただの生徒と教師ですよ」
音楽教師の竹中先生。柔らかい物腰なのだが、授業では厳しい。顔は良いので女子からはかなり人気があるようだけど多少、性格に問題はある、と思う。因みに女子の私は、この先生が苦手だ。
「見学?」
「そうですよ」
「ふーん。生理なのかい?」
「校長室に今すぐ辞表を出しに行って下さい」
竹中先生はちょくちょくセクハラをして来る変態だ。ド変態野郎だ。何故だかこの人に気に入られてしまった様なのだが、私にだけセクハラをするようだ。学校は楽しいのだが、この人が居ると思うと心底、早く卒業したいと思う。
「先生、授業は?」
「今日のこの時間はどこのクラスも僕の担当ではないんでね」
「それでもやる事はあるでしょう?」
「そうだね。よいしょ」
竹中先生は隣にナチュラルに座る。
「ちょっとちょっと。仕事は良いんですか?」
「良いんだよ」
良くないですよ。私としては何処かに行って欲しかった。職員室だろうが、教員用の男子トイレだろうが、自宅だろうが、校長室に辞表を出しに行くだろうが、何処でも良いんで。欲を言うならば後者を希望します。
「何でここに居るんですか」
「この時間は君のクラスが体育だと思ってね。少し様子を見ようと思ったんだよ」
「へぇー」
「まぁ、本当は名前君の体操着姿が見たかったんだけどね」
「本当の事を言ってくれてありがとうございます。先生には失望しました」
失望と言ってもこの人に何か期待してた訳ではない。強いて言うならば、校長室に辞表を出しに行って来れる事だろうか。
元親が格好良くシュートを決める。感心していたら政宗の怒鳴り声が聞こえた。どうやら、自分のチームのゴールにシュートしたらしい。それは私だって怒る。制裁を下したくなる。奴は本当に残念な奴だ。
「名前君、この前の授業でアルトリコーダーを忘れて帰っただろう?」
「え、本当ですか?」
「僕が預かっているから、放課後に音楽室まで取りに来ると良いよ」
「えー何か変な事してないですよね?」
「ついでに資料を整理するのを手伝ってもらうから、そのつもりで」
「何で無視するんですか?私のアルトリコーダーは無事なんでしょうね?」
私の不注意で大事なアルトリコーダーが人質ならぬ物質になってしまった。しかも、悲しい事に無傷ではない可能性がある。既に頭の中でアルトリコーダーは何円だっただろうと新しいアルトリコーダーの事を考えていた。残酷な選択だが私だって辛いのだ。
今度は政宗がシュートを決めた様なのだが、わからないのはどうして蹴ったのがボールではなく元親なのか。少し目を離した間に一体何があったのだろうか。
「女子が騒いでましたよ。先生が格好良いー、って。人気者ですね」
「その人気者の僕に想われている君はどう思ってるのかな?」
「新品のアルトリコーダーを寄越して欲しいと思ってます」
「それは、遠回しにデートの誘いと受け取って良いのかい?」
「よくもまぁ迷いもせずにそんな所に辿り着けましたね。どうやって考えればそこに辿り着いちゃったんですか。遠回しにも程がありますよ」
何て都合の良い思考回路をお持ちなのだろう。アルトリコーダーを奪い返した暁には、その頭を私の気が済むまでアルトリコーダーで殴ってあげようと思った。
そうと呼ぶには疑わしいのだが、今日の男子の体育はサッカーなので敢えてサッカーと言うが、サッカーをしていた男子に異変が起こっている。そんなの最初から起こっているようなものなのだが。あの眼帯コンビがボールをぶつけ合っている。何故奴等がドッヂボールをしているのか。それは今日女子がやる種目なのに。
不毛な戦いに先に痺れを切らしたのは元親の方だった。受け止めたボールを無慈悲にも思いっきり地面に叩き付け、政宗に接近したと思ったらいきなり殴りかかった。それを合図に二人の乱闘が始まった。奴等のやってる事はサッカーを冒涜してる以外の何物でもない。
「前の授業で聞かれてたじゃないですか」
「何をだい?」
「竹中先生は何歳ですか?って。はぐらかしてましたけど」
「気になる?」
「まぁ…そう、ですね」
言われてみれば気になる事ではある。パッと見、20代だとは思う。30代前半と言われても少しは驚くが、そうですかと頷くだろう。誰かが19歳もありと言っていたがそれはない。断じて、ない。
「何歳だと思う?」
「…40代ですか?」
「…………」
「え、40代なんですか?」
「違うよ。失礼な事を言うね」
「それを先生に言われた私はもうおしまいです」
40代だなんて冗談に決まってるではないか。先生が黙った時は吃驚したけど。
「教えてあげようか」
「はい」
「じゃあ、耳貸して」
「嫌です」
「早いね。教えてほしくないのかい?」
「教えてほしいですけど耳打ちされるのは嫌です」
「意外に照れ屋なんだね。名前君は」
「違います。本気で嫌なんです」
あぁ、嫌だ。手がアルトリコーダーを求め出している。この際、アルトリコーダーじゃなくても良いんで鈍器を。誰か私のこの手に鈍器を。
てか、何で私は普通にこの人と喋っているんだ。
「まぁ、良いよ。名前君には特別に教えてあげるよ」
何か知らないけど教えて頂けるらしい。私は黙って先生の次の言葉を待つ。
「君と結婚しても問題がない年齢だよ」
「ふざけるな、このセクハラロリコン教師が」
問題大有りだ。山積みだ。そもそも私が認めない。この人が教師だと言う事も認めない。もう存在を認めない。
「ふざけてなんかいないよ」
「そうですか。じゃあ今すぐ校長室に辞表を出しに行って下さいよ」
「あぁ、良いよ」
立ち上がろうとするのを見て驚いた私は思わず先生の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと何処行くんですか!?」
「何処って、辞表を出しに行くんだよ。校長室に。君が言ったんじゃないか」
「冗談でしょう先生?」
「冗談?」
立ち上がろうとしてたのを私が腕を掴んだせいで中腰になっていた先生はもう一度階段に腰を下ろした。
「冗談だと思ってるのかい?」
「だだって、冗談ですよ、ね?」
「本気だよ」
「…………」
「…………」
「わた、私の為に無職になるつもりですか?」
「仕事なんて直ぐに見つけるさ」
「…え、えー…本気……なんですか?」
「なんなら―」
証明してみせようか?
先生の顔が近付いて来る。
私は動けなかった。今、されようとしている事が何となくわかっている筈なのに。
覚悟を決めて目を瞑ろうとした―
その時。
先生がスッと身を引く。
次の瞬間、目の前を何かが高速に過ぎ去った。
過ぎ去った何かの方を見ると、校舎の壁に当たり、脱力して転がるサッカーボールがあった。
「Hey!!竹中あ!!!!テメェ、俺のHoneyに何しようとしやがった!!」
「お前、先公のくせにそんな事許されると思ってんのか、こらあ!!!!」
眼帯二人がこちらを見て叫んでいる。どうやら、奴等がボールを蹴ったらしい。当たらなかったから良かったけど、先生は兎も角、私の顔に当たってたらどうするつもりだったんだ。
先生は溜め息を一つついてから立ち上がり、未だギャアギャアと喚き叫ぶ眼帯達に向かって叫び返す。
「煩いよ!サッカーもまともに出来ない伊達君!長曾我部君!」
それは言えている。
「っるせぇ!そう言うお前はサッカー出来んのかよ!」
「そうだぜ!このCarzy teacherが!」
奴等はサッカーが出来ない事を否定しなかった。清々しいまでに素直だ。そして哀れだ。奴等も相当のクレイジーだ。クレイジー眼帯'sだ。
やれやれと、呆れている竹中先生は、踵を返してボールを拾いに行った。ボールを拾った先生はグラウンドに体を向けるとゆっくり、ボールを足下に落とす。
ドゴォオッ
見た目、文科系の先生の足で蹴られた豪速球は、遠く離れたサッカーゴールにシュートされた。それを見た私と眼帯とサッカーをしていた男子は絶句。
唖然としている私の耳にドッヂボールをしていた筈の女子の方から聞こえる黄色い歓声より大きな音のチャイムが聞こえて来た。
「じゃあ、僕は職員室に戻るよ。それと、やはり校長室には行かないよ。名前君にはちゃんと卒業してほしいからね」
「放課後、ちゃんとリコーダーを取りに来るんだよ」と言い残し、竹中先生は校舎の中に消えて行った。
私はその場で俯いて頭を抱えるのだった。
刹那に失った心の行方
あの一瞬だけなんだ。今はちゃんと心は私のものだ。
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MANA3*080419