時として鋭く痛く冷たい
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一歩進めば、悲鳴が生まれ、また一歩進めば、悲鳴が消える。
目の前の光景が赤くなるに比例し、体も赤く染まる。次の瞬間には赤が更に赤く、濃厚に、黒を増していった。
思わず僕は失笑した。
雑兵風情が本気でこの僕を討ち取れるとでも思っているのか。何て哀れで愚かなのだろうか。高が…そう、高々こんな低俗な輩に…―。
休むことがなかった歩をぴたりと止め、血振りした凛刀を鞘に収める。静寂になったこの場に何処からともなく吹く風がやけに冷たく、頬に突き刺さる。
「……名前。」
呟いた名前の人物は足元に血塗れで無造作に横たわる。僕は跪き、冷たい床から彼女を抱き起こす。乱れた髪を払えば、薄く開かれた瞳からは光が消え失せ、頬は赤味が薄れ青白く、半ば開かれた口の端からは血が首筋までなぞる様に伝い落ち、虚ろな表情をしていた。抱き起こす拍子に腕がだらりと垂れ下がり、その手から、かたんと音を立てて滑り落ちたものは見覚えのある脇差であった。満身創痍の彼女の夥しく血が広がる胸の傷が致命傷なのだろう。
「…馬鹿だね君は。僕はそんな下らない事の為に君にそれを渡した訳ではないのだよ。」
双眸を手で上から下へと撫で瞼を下ろす。そのまま冷たい頬に手を添え、親指で口元の血を拭う。既に血が乾き始めいて綺麗には取り去れず、少しだけこびりついたまま残ってしまった。こうして見ているだけだとただ、眠っているだけにしか見えない。やがて何事もなかったかの様に目を覚ましてくれるんじゃないかと、そう思ってしまう。
「ねぇ、何故今まで僕がどんな時でも何の役にも立たない君を傍に置いておこうとしたか、わかるかい?」
寒そうに青く変色した唇は震えもせず、何も言葉を紡ごうとはしない。彼女の望みかは判断し兼ねる上、真実は永遠に闇の中だが、彼女が選んだ結果はこれだ。僕は名前を守る為に刀を渡した。名前は僕を守る為に刀を使った。それが僕が望んだ事、僕の為だと斟酌したと言うならば、彼女はどうしようもない愚か者だ。それ程までに彼女にとって僕は頼りない男だったのだろうか。いや、僕も本当に命を懸けて守るのなら刀なんて渡すべきではなかったのだ。沈黙する彼女に押し寄せる後悔に苛まれ、どれだけ嘆こうとも、もう名前は帰っては来ない。僕は、名前を救えなかった。
「理解するに及ばないだろう。まさか僕が君を―――」
例え生きていたとしても彼女はこの質問に答える事は出来なかっただろう。それに不公平ではないか。僕だけが心中を明かして彼女だけは何も言わないだなんて。だから今はその答えを教えるのは止めておこう。遅かれ早かれ何れ訪れる。僕が名前の元へ行くその時まで。
首と同じく、膝裏に腕を回してゆっくりと名前を持ち上げる。気のせいか彼女の体が以前より軽く感じ、それが腕の中で眠る彼女がもうこの世には存在しない、受け入れたくない現実を嫌と言う程痛烈に思い知らせ、より一層僕の胸を抉った。
「帰ろうか名前。ここは少し寒い。」
やはり名前は何も答えなし、笑わない。ふと名前が最後に笑ったのはいつだっただろうと巡る記憶で彼女は今でも生きていて、その無邪気でいじらしい嫣然たる笑顔が彼女が眠る今をじわりと滲ませた。
時として鋭く痛く冷たい
(触れて伝わる冷たさにその記憶は余りにも温か過ぎた。)
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人質にされかけた主人公が半兵衛サンに迷惑を掛ける位なら死んだ方が増しと半兵衛サンから護身用に貰っていた刀で自害して遅れて助けに来た半兵衛サンがそれを知って何をしとるか!となる話。
MANA3*111123