世界から僕を消してくれ
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一目見ただけで皆がその双眸を見張らせ、中には唖然として口をぽかんと開ける者も居る。前以て、容易に目に浮かべられた想定内のリアクションに心中、やっぱりと思いながら私は至って平然といつもの朝の挨拶をするのであった。
「おはよう。」
「ちょっ、名前ちゃん!?どうしちゃったのその髪!?」
「あー、うざかったんで切りました。」
「えええ!?!?」
昨日まで長く伸ばしていた髪を切った。思いっ切り、バッサリと切って髪型はロングからショートへと様変わりした。髪を切るだけ、たったそれだけで印象はがらりと変わって来るのだろう。不思議な気分だ。そんな簡単な事で鏡に映った自分が別の人間になった様にも思えてしまうのだから。
「何で!?何で何で!?!?どうして!?勿体ない!髪は女の命なんだよ!?」
「だから、うざかったんだって。イメチェンだよイメチェン。」
「Ha!猿は何もわかっちゃいないな。女が髪を切る理由なんて一つしかないだろ。つまりそれはBroken heartだ。」
何もわかっちゃいないのはお前だよ、この気狂い眼帯が。年がら年中頭の中がパーリーな政宗を白い目で見る。得意げそうな表情をするその端正な顔が私の神経を逆撫でる。八つ裂きにしてやりたい。
「ふられたんなら俺が慰めてやるぜHoney?」
「違う意味でお前をブロークンハートしてやろうか?え、こら?」
「しっかし、また随分と切ったもんだな。」
両手を頭の後ろで組んだ元親がじろじろと私の頭を見ながら言った。確かに自分でもばっさりいったもんだと思う。今の髪の長さは身近な知り合いで言うとかすがちゃん位の長さだ。勿論、あの長い鬢はなしで。結構短いのではないだろうか。ここまで切ったのはいつ以来、いやここまで切ったのは初めてかもしれない。なので、もしかしたら今のこの髪型は私には似合わないかもしれない不安は残っていた。
「え、変かな?」
「いやぁ、そん―」
「そんな事はない。」
元親の言葉を遮り、私の不安を一蹴してくれたのは毛利君だった。教室に入り挨拶をした時、いつも通り毛利君は本を読み耽っていて一度は髪を切った私を一瞥してくれた様だけど、その視線は再び本へと戻っていたので、てっきり、興味なんて全くなかったと思っていたから今の一言には意表を突かれた。
「本当、毛利君?」
「おい、毛利てめぇ―」
「ああ。しかし―」
読んでいた本を閉じ、机の上に置くと手で梳く様にして私の髪に触れたが短くなった髪から毛利君の手はすぐに擦り抜けていく。その手で今度は頭を優しく撫でながら言った。
「我としては前の方が名前らしく、好ましかった。」
真顔で至って平然と言ってのける毛利君にたじたじになり、顔に熱が集中するのがわかる。あれ、毛利君ってそんなキャラだったっけ。それとも天然なのか。政宗なら兎も角、毛利君にそんな風に言われると私だって照れてしまう。そう、政宗ではなく毛利君だからだ。
「じゃ、じゃあまた伸ばせたら伸ばすよ。」
「会話に割り込んだ挙げ句、俺が言おうとした台詞取るとはあ、どう言う了見だよ毛利!」
「何だ、そこに居ったのか長曾我部。」
「最初から居ましたけど!?」
それは日常的なものだ。髪を切って驚かれたのも最初だけ。私自身が慣れないのも今だけ。日が経てば順応していき、この髪型も慣れる様になりそれが当たり前となっていくのだろう。いつもとは違う、だけどいつも通りの光景に気が少し楽になり、私の顔は自然と綻んだ。
「髪、切ったんだね。」
騒然とした空間の中でもその声は凛として透き通っていた。昼休みの廊下。向こうから歩いて来た相手に素通りを決め込み、何事もなく擦れ違った直後、ほっとしたのも束の間、向こうが不意を突く様にして声をかけて来たので少しだけ心臓が跳ねた。振り向けば声の主が私を見ながら柔らかに微笑み、佇んでいた。
「見ての通りですよ。」
「折角、綺麗な髪だったのに。」
「切りたかったから切ったまでです。」
「素気ないね。」
「いつも通りですが。」
やれやれと言わんばかりに竹中君は肩を透かす。困惑するだけ、疲れるだけと感じるなら話し掛けなければ良いのに。竹中君とはただの同級生だ。そう、ただの同級生。恋人でもなければ友達でもない。クラスだって違えば委員会が同じ訳でもないし、況してや家が近所と言う事でもない。私はそこら辺に転がっている石塊の様な何処にでも居る極々普通の何の取り柄も面白味もない人間だ。それに対して竹中君は頭が良くて成績優秀、見た目も良くて、何をやらせてもそつなく熟し、人望も厚い。正に優等生を絵に描いた様な完璧な人間だった。私とは住む世界が違った。けど、だからと言ってコンプレックスを抱いたり、私が持っていない才能を嫉んだり、疎ましいなどとそんな風に考えた事は一度もない。逆に憧憬の眼差しも注いだ事もないのだが。ただ純粋に竹中半兵衛と言う人間は凄いと思った。ただ凄いと、それだけ。だって彼と私は全くの赤の他人なのだから。
「いや、何。露骨にアピールをして来たものだから少し驚いてね。」
「何の事ですか。」
「君のその長くて綺麗な髪が好きだ、そう言った次の日にその髪をいとも簡単にばっさりと切ってしまうだなんて。僕の一言が君が髪を切る原因となってしまったのなら気が咎めるのだよ。」
「自惚れているんですか?」
「それは自惚れもするさ。少なからず、君は僕を意識していると言う事だからね。」
一体その大胆不敵な自信は何処から湧いて来るのだろうか。竹中君は賢い。馬鹿ではないのだ。ここまで顕在化していて気付かないはずがない。いや、絶対に気付いているのだろう。なのに、どうして。ただでさえ自分以外の人間が何を考えているのかを察するのは難しいのにこの人の場合は他を凌駕し他の誰よりも理解するに遠い存在だった。彼は私とは違う。私は彼とは違う。その懸隔は遥かに大きなものなのだ。竹中君は変わらず微笑みながら言葉を続けた。
「けどね、名前。確かに僕は君の長くて美しい繊細な髪が好きだったよ。だから君がその髪を切ってしまったのはとても残念に思う。でも、それだけで気が変わってしまう程、僕の気持ちは軽いものでもないんだ。僕が好きなのは苗字名前と言う人間そのものなのだから。」
嗚呼、
私にはやっぱりこの人がわからない。
「僕はそろそろ行くよ。呼び止めて悪かったね。」
その髪型も良く似合っているよ、そう言い残し竹中君は行ってしまった。その場で立ち尽くす私は制服のスカートの裾をぎゅっと握り締める。何で、どうして、私なんかを。私とあなたとでは違い過ぎるのだ。釣り合いなど天秤にかけるまでもない。なのに、何故あの人は私を好きだなんて言うのか。私の様な平凡な人間を。相応しい訳がないじゃないか。だから私は切りたくもない髪を切ったのに。単純な事だが効果はあると思った。髪を切り落とし、鏡に映る見慣れない自分の姿が何だか滑稽であった。違和感しかそこにはなかったのだ。だが、それは私が先程までの私とは違うと認識出来た。髪を捨てたと同時に私は竹中君の好意を捨てたのだ。これで竹中君も私に愛想を尽かすに違いない、そう思った。しかし、実際にはその思惑は現実とはならず、全部は無意味に終わってしまった。ただ私が髪を粗末に切っただけ。馬鹿らしい。私は何て馬鹿なのだろう。これでは何の為に、私は。でも、本当に馬鹿なのはこんな私の事を好きだと言う竹中君に違いない。
世界から僕を消してくれ
(どうすれば私を嫌いになってくれますか?)
MANA3*111022