飼い犬に首輪を
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※惨劇に散る紙吹雪の後日談です。
それは、あまりにも早過ぎる再会だった。
飼い犬に首輪を
「こんにちは、お嬢さん」
「………こんにちは…」
「奇遇だね。まさかここで卿と逢えるとは。隣に座っても良いかね?」
「…どうぞ……」
思わず挨拶もして普通に会話をしているが内心、平常ではない。何故、この人がここに居る。何故、隣に座る。いや、何処に居ようがその人の勝手かもしれないが。それに隣に座るのは私が「どうぞ」と言ってしまったからだろう。
「今日は彼と一緒ではないのだね」
「一緒だったんですけど、…何と言うのか……はぐれてしまったみたいで……」
「そうか。無闇に動き回って捜すより、ここで茶を啜って待っている。利口な考えだな」
「…はぁ……」
誉められているようにも聞こえるが逆に貶されてるようにも聞こえてしまう、おじさんの言葉。
半兵衛さんとはぐれてしまった私。この辺りの事を知らない自分が宛てもなく動くよりは近くにあった、今居る茶屋でじっとしてた方が良いと思い、団子と一緒に注文したお茶を飲んで、突然起こった予想外の事態での平和を堪能していた。
何か意味が含まれたものだったのかわからないが言われて良く考えたら私は無神経な事をしているんじゃないかと考える。
やはり半兵衛さんを捜しに行くべきかと悩んでいると、私が決断するより先におじさんは話かけてきた。
「卿は何用があって町に来たのかね」
「買い物に来たんですよ、半兵衛さんに誘われて」
「うわぁ!凄い賑わってますね!」
「名前。あまりはしゃぐんじゃない」
「わ!あれ!あれ綺麗!何て言うんですか半兵衛さん?」
「名前、僕の言う事を聞くんだ」
「あっ!あそこで何かやってますよ!見に行きましょうよ!」
「僕達は買い物しに来たんだ。他の事に費やす時間はない」
「良いじゃないですか!ね?少し見ましょうよ!」
「駄目だ。さぁ、行くよ」
「えぇ!!見ましょうよ!お願いしますよ半兵衛さん!半兵衛さんってば!」
「我が儘、言うんじゃありません!」
「吃驚しました。いえ、怒られた事にじゃないんです。調子に乗ってた私が悪いんです。町に出て買い物するなんて機会がなかったものですから。でも、まさか半兵衛さんがあんな…お母さんみたいな叱り方するとは思わなかったんで…」
「己を説教してくれる人間が近くに居てくれるのは良い事だ。今回彼の場合、少々感情的になってしまったようだがね」
「はい」
「それで、何処に行くつもりだったのかな?」
「えー呉服屋…って言うんですか?着物を買いに来たんです」
「…凄い量の着物ですね」
「この国で一番の店だからね。品揃えも布の質も申し分ない」
「ほ、本当に良いんですか?」
「大会で頑張ってくれたからね。僕からの気持ちさ。好きな物を選ぶと良いよ」
「あ、ありがとうございます。でも、これだけあると決めるまで長くなりますよ」
「そうだね…僕も見てみるとするか」
「助かります。あー参考までに言うと私の好きな色は」
「あれなんかどうだい?」
「半兵衛さんが選んだ物は白装束でした。確かに真っ白で綺麗でした。あれを純白って言うんでしょうね。でも、私には半兵衛さんからの殺人予告にしか捉えられなかったです」
「白装束は何も骸だけが着る物ではない。卿は悲観的になり過ぎてはいないか?」
「…そうでしょうか。そうだと良いんですけど」
「それで。大層、大事そうにしているそれはその白装束なのかね?」
「あ、これは違います。結局その後、半兵衛さんが違う着物を選んでくれました。とても綺麗な着物で、最初に白装束を勧めた人が選んだ物とは思えない位、本当に綺麗で。私に似合うかどうか…」
「彼が卿の為に選んでくれたのだろう?その着物はきっと卿に似合う筈だ。それとも、彼を信じられないのかね?」
「そ、そんな事は…ないですけど、……いや、どうかな……」
「その後なのだね。彼とはぐれてしまったのは」
「あ、はい。そうなんです」
「あああの、ありがとうございました!」
「いいえ、どういたしまして」
「大事にします!」
「そうしてくれ」
「本当に!ありがとうございました!」
「うん。ちょっと煩い。黙らせてあげようか?」
「…………」
「さて、用も済んだし。帰ろうか」
「あ、じゃあ競争しませんか?来た時にあった橋の所まで」
「……また突然に言うね」
「まぁ、良いじゃないですか。よーい、どん!」
「あっ、こら、名前」
「ははは!どうしたんですか半兵衛さん?私、勝っちゃいますよー」
「振り向いたら半兵衛さんは居ませんでした。おかしいはずですよ。絶対、半兵衛さんの方が速いはずなのに。私、負ける気満々でしたから余計に。半兵衛さんが神隠しにあったのかと思いました」
「はははははっ。いや実に愉快な話だ」
「…笑い事じゃないですよ」
他人からすればとんだ喜劇だろう。まぁ笑い事じゃないと言いながら慌てず騒がず、呑気にお茶を飲む私も私だが。
事の経緯を説明し終わった私は喉を潤そうと湯飲みに口を付け、お茶を飲もうとした。
「ところで…」
「はい?」
「卿はこの時代…いや、この世界の人間ではないね?」
「ブッバッ!!!!」
思わずお茶を吹いてしまった。汚い。いや、そんな事より何だこの人は!何なんだこの人は!何故、その事を知っている!?兎に角、言い訳をしなければ!
「え、あの、そのっ」
「隠さずとも良い。何も危害を加えるつもりはない。安心しなさい」
「は……はぁ……」
どうだか。私はこのおじさんの事を全く知らない。今思えば名前も知らないではないか。何をやってるんだ私。殺されたいのか。拐われたいのか。否、殺されたくはない。拐われたくもない。警戒はすべきだろう。
「…何でわかったんですか?」
「おや、それは可笑しな事を聞く。卿は群れた獣の中に一羽だけ放たれた白兎を見付けられないと言うのかね?」
「…あの……」
「ははっ。すまないね。少々意地が悪い言い方になってしまった」
「…………」
「匂いだよ」
「え?匂います?」
「まぁ、匂いとは自分では気が付き難いものだ」
匂い?臭いのか私は。お風呂には入っている。臭くはない、はず。どう言う事だろう。この人の言ってる事がわからない。誰か違う人と話しているのか。自分の世界を持っているのか。ちゃんと私にわかるように話して頂きたい。現実に戻って来てほしい。
「しかし、彼は他人である、ましてや得体の知れない人間を良く受け入れたね」
「そうですね」
私にとって今あなた以上に得体の知れない人は居ませんけどね。
「可笑しいとは思わないか?」
「は?」
「利用されている…そうは思わないかと聞いている。」
「…………」
「今までは何もなかった。だが、これからはどうかな?それとも、もう卿からは必要性が見い出せぬとして捨てられるかも知れぬ。そして現に卿は一人、途方に暮れている」
「…………」
「それでも卿は彼を待つのかね?」
「………私は」
「…………」
「信じてます」
「ほう。理由は?」
「……私の為に選んでくれたからです。着物を」
「…………」
「…………」
「ふっ、そうだな。そう言えばそうだったね」
半兵衛さんがあの時に何故、あんな顔をしたのかわかった気がした。この人は恐ろしいおじさんだ。笑顔でえげつない事を言う。そうか、成る程、匂いか。この人から半兵衛さんと似たような匂いがする。私を恐怖に貶めるサディストの匂いだ。ただ、同じではない。似ているのだ。
「もし彼が来なかったら私の処に来ると良い」
「いや、何か恐いんで止めときます」
「素直で宜しい。しかし残念だ」
残念と言いつつ顔が笑ってますけど。何が面白い。最悪、私が野宿するかもしれないと想像して笑っているんですか。何て人だ!あなたも不幸の道連れにしてやろうか!
「どうやら、飼い主が迎えに来たみたいだ、お嬢さん」
「へ?」
「名前!」
「あ、半兵衛さん」
神隠しにあって消えてしまった半兵衛さんがこっちに向かってやって来る。
良かった!本当に良かった!私もこの人も野宿をせずに済んで…!
「……何故あなたがここに」
おー嫌な顔をしてらっしゃいますね半兵衛さん。わかるよ、わかりますよそのお気持ち。しかし残念ながらこの人とあなたは同種でした。同族人種でしたよ鬼畜と言うね。
「お嬢さんが一人心細そうにしていたものでね。捨てられたのかと思って私が拾おうとしたのだよ」
ちょっ、何を言うんだこの人は。この美味しい団子をその口いっぱいに敷き詰めてやろうか!と思った。
そして、ちょっとした沈黙が続いた。おじさんの発言に半兵衛さんが何か言い返すと思えばそうでもなく。すいません、私は帰りたいです。帰らせて下さい。
「…名前、帰るよ」
「は、はい」
一瞬、心が読まれたのかと思う、タイミングが良過ぎる発言とともに手を引っ張って強引に私を立ち上がらせ、歩かせる半兵衛さん。そんなに無理矢理じゃなくても私は帰る気満々ですよ。えぇ。
「待ちたまえ、豊臣の儚き軍師殿」
何か言いたい事があるのか、おじさんに呼び止められた半兵衛さんは振り向きこそなかったが、帰る歩みを止めた。
「犬にも意思がある。紐をくくり付けただけではいつかその紐を噛み千切り、犬は逃げて行く」
「…………」
「覚えておくと良い」
「……行こうか」
半兵衛さんと私は家路を辿った。
どうゆう意味なのかわからないがあのおじさんは最後の最後でやらかしてくれた。
半兵衛さんがとっても不機嫌だ。
「半兵衛さんっ、ちょっと歩くの早いです。手を離してくれないと、ちょっ痛っ!…ほら、私今躓いたじゃないですか!」
「…………」
半兵衛さんは私の手を強く掴んだまま、足早に歩く。お陰様で私は三回は躓いてます。何とか転けてはいません。でも、躓きまくってます。いつか転んで出血する未来もそう遠くはないでしょう。
「半兵衛さん。ちょっと手、痛いから離して下さい」
「…………」
「痛っ。ちょっ何で急に…」
急に歩くのを止めたもんだから私の顔面は半兵衛さんの背中に激突した。鼻が痛い。
「名前」
「えっ、はい?」
「顎。少し上げてくれ」
「…え、何故?」
「良いから!」
「ぐもっ!!」
有無を言わさず私の顎を持ち上げた半兵衛さん。やるならもう少しソフトにお願いします。てか何ですか一体。もしかして私の顎は今危機的状況なのだろうか。
半兵衛さんは頭を私の首の所に埋めた。
「ちょっと!何ですか、っ!!ぃッ!?」
全く行動の意味が理解出来ない。でも今の半兵衛さんは不機嫌なので抗わない方が良い。半兵衛さんの為にも。私の身の安全の為にも。
例え、首筋を吸われる奇妙な行為をされていても、だ。
「…………」
「っ…半兵衛さん何を、ぐばっ!」
奇妙な半兵衛さんの行為が終わったと思い顎を下げ問い詰めようとしたら、私の顎は再度、ハードに持ち上げられ、再度、首筋は別の場所を吸われる始めた。
初めての感覚に私はどうしたら良いのか。答えは見付からなかった。決して、癒される訳ではないこの行為が早く終わればと。そう思った。
結局、四ヶ所…ぐらいだろうか。四ヶ所を吸い終わって気は収まったのか、ようやく半兵衛さんは顔を上げてくれる。顔は不機嫌ではないが上機嫌でもない。
「半兵衛さん、何で」
「僕は僕のやり方がある」
「へ?」
質問なんて受け付けないらしく、半兵衛さんは話し続ける。
「君が逃げる事は許さない。この手も離しはしない」
「さっきからずっと握ってますもんね」
「悪いけど、君がどう思おうが関係ない。僕から離れず、側に居ればそれで良い。わかったね?」
「…………」
「返事は?」
「い゛だだだだだだ!!!!はい!はい、わかりました!わかりましたから手の握力をお緩め下さい!」
「よし。良い子だね」
な、何て事だ!手が、手に力が入らない!手が死んでしまった!畜生!あんな握力がこの人のどこにあると言うんだ!
「帰ろうか、名前。秀吉が待ってる」
いつものように半兵衛さんは笑った。機嫌は治ったみたいだ。私の手を犠牲に。後、首と顎。半兵衛さんの機嫌を治すには何て尊く、それでいて多くの犠牲なのだろう。
「良く似合ってるよ。その首輪」
「首輪?」
「何でもないよ」
さっきとは違い優しく手を引っ張って穏やかな歩調の半兵衛さんに胸を撫で下ろしつつ、首輪とは何だと、私は自分では見えない赤い印が付いた首を擦った。
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MANA3*080401
それは、あまりにも早過ぎる再会だった。
飼い犬に首輪を
「こんにちは、お嬢さん」
「………こんにちは…」
「奇遇だね。まさかここで卿と逢えるとは。隣に座っても良いかね?」
「…どうぞ……」
思わず挨拶もして普通に会話をしているが内心、平常ではない。何故、この人がここに居る。何故、隣に座る。いや、何処に居ようがその人の勝手かもしれないが。それに隣に座るのは私が「どうぞ」と言ってしまったからだろう。
「今日は彼と一緒ではないのだね」
「一緒だったんですけど、…何と言うのか……はぐれてしまったみたいで……」
「そうか。無闇に動き回って捜すより、ここで茶を啜って待っている。利口な考えだな」
「…はぁ……」
誉められているようにも聞こえるが逆に貶されてるようにも聞こえてしまう、おじさんの言葉。
半兵衛さんとはぐれてしまった私。この辺りの事を知らない自分が宛てもなく動くよりは近くにあった、今居る茶屋でじっとしてた方が良いと思い、団子と一緒に注文したお茶を飲んで、突然起こった予想外の事態での平和を堪能していた。
何か意味が含まれたものだったのかわからないが言われて良く考えたら私は無神経な事をしているんじゃないかと考える。
やはり半兵衛さんを捜しに行くべきかと悩んでいると、私が決断するより先におじさんは話かけてきた。
「卿は何用があって町に来たのかね」
「買い物に来たんですよ、半兵衛さんに誘われて」
「うわぁ!凄い賑わってますね!」
「名前。あまりはしゃぐんじゃない」
「わ!あれ!あれ綺麗!何て言うんですか半兵衛さん?」
「名前、僕の言う事を聞くんだ」
「あっ!あそこで何かやってますよ!見に行きましょうよ!」
「僕達は買い物しに来たんだ。他の事に費やす時間はない」
「良いじゃないですか!ね?少し見ましょうよ!」
「駄目だ。さぁ、行くよ」
「えぇ!!見ましょうよ!お願いしますよ半兵衛さん!半兵衛さんってば!」
「我が儘、言うんじゃありません!」
「吃驚しました。いえ、怒られた事にじゃないんです。調子に乗ってた私が悪いんです。町に出て買い物するなんて機会がなかったものですから。でも、まさか半兵衛さんがあんな…お母さんみたいな叱り方するとは思わなかったんで…」
「己を説教してくれる人間が近くに居てくれるのは良い事だ。今回彼の場合、少々感情的になってしまったようだがね」
「はい」
「それで、何処に行くつもりだったのかな?」
「えー呉服屋…って言うんですか?着物を買いに来たんです」
「…凄い量の着物ですね」
「この国で一番の店だからね。品揃えも布の質も申し分ない」
「ほ、本当に良いんですか?」
「大会で頑張ってくれたからね。僕からの気持ちさ。好きな物を選ぶと良いよ」
「あ、ありがとうございます。でも、これだけあると決めるまで長くなりますよ」
「そうだね…僕も見てみるとするか」
「助かります。あー参考までに言うと私の好きな色は」
「あれなんかどうだい?」
「半兵衛さんが選んだ物は白装束でした。確かに真っ白で綺麗でした。あれを純白って言うんでしょうね。でも、私には半兵衛さんからの殺人予告にしか捉えられなかったです」
「白装束は何も骸だけが着る物ではない。卿は悲観的になり過ぎてはいないか?」
「…そうでしょうか。そうだと良いんですけど」
「それで。大層、大事そうにしているそれはその白装束なのかね?」
「あ、これは違います。結局その後、半兵衛さんが違う着物を選んでくれました。とても綺麗な着物で、最初に白装束を勧めた人が選んだ物とは思えない位、本当に綺麗で。私に似合うかどうか…」
「彼が卿の為に選んでくれたのだろう?その着物はきっと卿に似合う筈だ。それとも、彼を信じられないのかね?」
「そ、そんな事は…ないですけど、……いや、どうかな……」
「その後なのだね。彼とはぐれてしまったのは」
「あ、はい。そうなんです」
「あああの、ありがとうございました!」
「いいえ、どういたしまして」
「大事にします!」
「そうしてくれ」
「本当に!ありがとうございました!」
「うん。ちょっと煩い。黙らせてあげようか?」
「…………」
「さて、用も済んだし。帰ろうか」
「あ、じゃあ競争しませんか?来た時にあった橋の所まで」
「……また突然に言うね」
「まぁ、良いじゃないですか。よーい、どん!」
「あっ、こら、名前」
「ははは!どうしたんですか半兵衛さん?私、勝っちゃいますよー」
「振り向いたら半兵衛さんは居ませんでした。おかしいはずですよ。絶対、半兵衛さんの方が速いはずなのに。私、負ける気満々でしたから余計に。半兵衛さんが神隠しにあったのかと思いました」
「はははははっ。いや実に愉快な話だ」
「…笑い事じゃないですよ」
他人からすればとんだ喜劇だろう。まぁ笑い事じゃないと言いながら慌てず騒がず、呑気にお茶を飲む私も私だが。
事の経緯を説明し終わった私は喉を潤そうと湯飲みに口を付け、お茶を飲もうとした。
「ところで…」
「はい?」
「卿はこの時代…いや、この世界の人間ではないね?」
「ブッバッ!!!!」
思わずお茶を吹いてしまった。汚い。いや、そんな事より何だこの人は!何なんだこの人は!何故、その事を知っている!?兎に角、言い訳をしなければ!
「え、あの、そのっ」
「隠さずとも良い。何も危害を加えるつもりはない。安心しなさい」
「は……はぁ……」
どうだか。私はこのおじさんの事を全く知らない。今思えば名前も知らないではないか。何をやってるんだ私。殺されたいのか。拐われたいのか。否、殺されたくはない。拐われたくもない。警戒はすべきだろう。
「…何でわかったんですか?」
「おや、それは可笑しな事を聞く。卿は群れた獣の中に一羽だけ放たれた白兎を見付けられないと言うのかね?」
「…あの……」
「ははっ。すまないね。少々意地が悪い言い方になってしまった」
「…………」
「匂いだよ」
「え?匂います?」
「まぁ、匂いとは自分では気が付き難いものだ」
匂い?臭いのか私は。お風呂には入っている。臭くはない、はず。どう言う事だろう。この人の言ってる事がわからない。誰か違う人と話しているのか。自分の世界を持っているのか。ちゃんと私にわかるように話して頂きたい。現実に戻って来てほしい。
「しかし、彼は他人である、ましてや得体の知れない人間を良く受け入れたね」
「そうですね」
私にとって今あなた以上に得体の知れない人は居ませんけどね。
「可笑しいとは思わないか?」
「は?」
「利用されている…そうは思わないかと聞いている。」
「…………」
「今までは何もなかった。だが、これからはどうかな?それとも、もう卿からは必要性が見い出せぬとして捨てられるかも知れぬ。そして現に卿は一人、途方に暮れている」
「…………」
「それでも卿は彼を待つのかね?」
「………私は」
「…………」
「信じてます」
「ほう。理由は?」
「……私の為に選んでくれたからです。着物を」
「…………」
「…………」
「ふっ、そうだな。そう言えばそうだったね」
半兵衛さんがあの時に何故、あんな顔をしたのかわかった気がした。この人は恐ろしいおじさんだ。笑顔でえげつない事を言う。そうか、成る程、匂いか。この人から半兵衛さんと似たような匂いがする。私を恐怖に貶めるサディストの匂いだ。ただ、同じではない。似ているのだ。
「もし彼が来なかったら私の処に来ると良い」
「いや、何か恐いんで止めときます」
「素直で宜しい。しかし残念だ」
残念と言いつつ顔が笑ってますけど。何が面白い。最悪、私が野宿するかもしれないと想像して笑っているんですか。何て人だ!あなたも不幸の道連れにしてやろうか!
「どうやら、飼い主が迎えに来たみたいだ、お嬢さん」
「へ?」
「名前!」
「あ、半兵衛さん」
神隠しにあって消えてしまった半兵衛さんがこっちに向かってやって来る。
良かった!本当に良かった!私もこの人も野宿をせずに済んで…!
「……何故あなたがここに」
おー嫌な顔をしてらっしゃいますね半兵衛さん。わかるよ、わかりますよそのお気持ち。しかし残念ながらこの人とあなたは同種でした。同族人種でしたよ鬼畜と言うね。
「お嬢さんが一人心細そうにしていたものでね。捨てられたのかと思って私が拾おうとしたのだよ」
ちょっ、何を言うんだこの人は。この美味しい団子をその口いっぱいに敷き詰めてやろうか!と思った。
そして、ちょっとした沈黙が続いた。おじさんの発言に半兵衛さんが何か言い返すと思えばそうでもなく。すいません、私は帰りたいです。帰らせて下さい。
「…名前、帰るよ」
「は、はい」
一瞬、心が読まれたのかと思う、タイミングが良過ぎる発言とともに手を引っ張って強引に私を立ち上がらせ、歩かせる半兵衛さん。そんなに無理矢理じゃなくても私は帰る気満々ですよ。えぇ。
「待ちたまえ、豊臣の儚き軍師殿」
何か言いたい事があるのか、おじさんに呼び止められた半兵衛さんは振り向きこそなかったが、帰る歩みを止めた。
「犬にも意思がある。紐をくくり付けただけではいつかその紐を噛み千切り、犬は逃げて行く」
「…………」
「覚えておくと良い」
「……行こうか」
半兵衛さんと私は家路を辿った。
どうゆう意味なのかわからないがあのおじさんは最後の最後でやらかしてくれた。
半兵衛さんがとっても不機嫌だ。
「半兵衛さんっ、ちょっと歩くの早いです。手を離してくれないと、ちょっ痛っ!…ほら、私今躓いたじゃないですか!」
「…………」
半兵衛さんは私の手を強く掴んだまま、足早に歩く。お陰様で私は三回は躓いてます。何とか転けてはいません。でも、躓きまくってます。いつか転んで出血する未来もそう遠くはないでしょう。
「半兵衛さん。ちょっと手、痛いから離して下さい」
「…………」
「痛っ。ちょっ何で急に…」
急に歩くのを止めたもんだから私の顔面は半兵衛さんの背中に激突した。鼻が痛い。
「名前」
「えっ、はい?」
「顎。少し上げてくれ」
「…え、何故?」
「良いから!」
「ぐもっ!!」
有無を言わさず私の顎を持ち上げた半兵衛さん。やるならもう少しソフトにお願いします。てか何ですか一体。もしかして私の顎は今危機的状況なのだろうか。
半兵衛さんは頭を私の首の所に埋めた。
「ちょっと!何ですか、っ!!ぃッ!?」
全く行動の意味が理解出来ない。でも今の半兵衛さんは不機嫌なので抗わない方が良い。半兵衛さんの為にも。私の身の安全の為にも。
例え、首筋を吸われる奇妙な行為をされていても、だ。
「…………」
「っ…半兵衛さん何を、ぐばっ!」
奇妙な半兵衛さんの行為が終わったと思い顎を下げ問い詰めようとしたら、私の顎は再度、ハードに持ち上げられ、再度、首筋は別の場所を吸われる始めた。
初めての感覚に私はどうしたら良いのか。答えは見付からなかった。決して、癒される訳ではないこの行為が早く終わればと。そう思った。
結局、四ヶ所…ぐらいだろうか。四ヶ所を吸い終わって気は収まったのか、ようやく半兵衛さんは顔を上げてくれる。顔は不機嫌ではないが上機嫌でもない。
「半兵衛さん、何で」
「僕は僕のやり方がある」
「へ?」
質問なんて受け付けないらしく、半兵衛さんは話し続ける。
「君が逃げる事は許さない。この手も離しはしない」
「さっきからずっと握ってますもんね」
「悪いけど、君がどう思おうが関係ない。僕から離れず、側に居ればそれで良い。わかったね?」
「…………」
「返事は?」
「い゛だだだだだだ!!!!はい!はい、わかりました!わかりましたから手の握力をお緩め下さい!」
「よし。良い子だね」
な、何て事だ!手が、手に力が入らない!手が死んでしまった!畜生!あんな握力がこの人のどこにあると言うんだ!
「帰ろうか、名前。秀吉が待ってる」
いつものように半兵衛さんは笑った。機嫌は治ったみたいだ。私の手を犠牲に。後、首と顎。半兵衛さんの機嫌を治すには何て尊く、それでいて多くの犠牲なのだろう。
「良く似合ってるよ。その首輪」
「首輪?」
「何でもないよ」
さっきとは違い優しく手を引っ張って穏やかな歩調の半兵衛さんに胸を撫で下ろしつつ、首輪とは何だと、私は自分では見えない赤い印が付いた首を擦った。
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MANA3*080401