雨降る卒業式
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卒業式前日。
今年、無事に本校を卒業する僕達三年生は、明日の卒業式に向けて予行練習をしていた。体育館の入口には三年一組を先頭に、延べ227名の卒業生が整列して、その場で待機している。
体育館からはマイクを通して、誰かが話をしているのが微かに聞こえる。僕達の入場は、その前座の話が終わってから。
数名の二年生は在校生として参加。ご苦労な事だ。残りの一年生、二年生は今日は休み。僕達は予行練習が終わり次第、帰宅できるので、みんな早く終わらせたいと思っているだろう。僕もそうだ。
何だか今日はとても憂鬱だ。何故だろう。天気が悪いからだろうか。見上げた空は鈍色に染まり、今にも雨が降りだしそうだ。天気予報では明日は一日中雨だと言っていた。何てタイミングが悪いのだろう。そう思うと更に気が滅入った。
他の生徒は、先生に注意されるのを用心してこそこそと話している。まったく緊張感がない生徒達の中、僕の隣に並ぶ女子の顔がとても暗いのが目につく。名前さんだ。
僕と名前さんは、さして仲良しではない。ただのクラスメイト。
けれど、僕より憂鬱そうにしている彼女を見て、何となく……そう、何となく話しかけてみた。
「元気ないね?名前さん」
「…ああ…竹中君…」
話しかけた相手が僕だと意外だったのか、名前さんは少し驚いた顔をした。ただのクラスメイトなのだ、無理もないだろうけど。
「どうしたんだい?気分でも悪いのかい?」
「や、ううん……ちょっとね。明日で終わりだと思うと…何か、ね……」
ああ、そう言う事か。何て事ない。良く思うであろう事だ。みんなそう思ってる。僕みたいな例外も居るだろうけど。それだけであんなに暗い顔をしていたのかと、冷淡な事を思ってしまう。彼女がそう思ってると予想出来なかったわけでもないのに。自分から話しかけておいて、なんて酷い奴だろう。
「そうだね。けれども仕方がないよ。こんな日は来る。この先も必ずね」
「てっきり慰めてくれるのかと思ったのに、竹中君はサディスティッカーだね」
名前さんからサディストと言われた。否定はしないけどね。さっきとはまるで別人みたいに、明るく笑ってみせ、彼女とは普段、こんな感じなのかと勝手に思った。少し喋ったくらいでは本質まではわからないから。
「友達と逢えなくなるのが寂しいかい?」
「そんな事はない。学校以外でも逢おうと思えば逢えるしね」
「これから先の事を考えると、不安で堪らない?」
「不安ってか…ん~不安っちゃあ不安だけどね、そりゃ」
彼女の本音を言い当てようと、僕は問い質し続ける。が、なかなか核心には触れない。何となく話しかけたはずが、枠に当てはまる答えを導き出そうと、少し躍起になってるのか。僕らしくもない。
いつもなら難なくこなせる事に手間取ってるみたいで実にもどかしい。
「この三年間でちゃんと成長出来なかったんだよ」
「は?」
「あれだよ、面倒臭いんだよ、きっと」
何だそれは。返ってきた答えはあまりにも抽象的過ぎる。僕が求める答え、納得出来る答えではない。認められなかった。
素直に認めれば良いものの、変な所で僕は頑固だ。
「竹中君って良く居なくなったりするね?どっか悪いの?」
唐突に関係ない話をし出した名前さん。良く居なくなったりって。良く早退や欠席してると言う事なのだろうが。僕が放浪癖があるみたいな言い方は止めてほしい。言っておくが僕は不良ではないのだから。
確かに僕は病気を患っている。名前さんは悪気はないのだろうが、はっきり言ってあまりしたくない話だ。
「まぁ、ね」
思わず顔を背けて歯切れの悪い返事をしてしまった。
「肌白いもんね」
「関係ないと思うけど」
「竹中君、美人なのに」
ああ、もう勘弁してほしい。
「死なないでね?」
「死なないよ」
保証なんてどこにもないけどね。人はいつか死ぬんだ。違いはそれが早いか遅いか。それだけだ。
「でも美人薄命って言うし」
「…それは皮肉かい?」
「いや、ごめん!そうじゃないよ!気に障ったならごめん!」
感情が顔と態度に出てしまっただろうか。必死に謝って、とても申し訳なさそうにしている名前さんを見て、不躾にも面白いと思った。
彼女の言う通り僕はサディストだろう。確かに『美人薄命』なんて言われて、良い気はしなかったけどね。
僕は、優しく「良いよ。許してあげるから、そんなに必死に謝らないで」と言ってあげた。すると、それを聞いて名前さんは安心したみたいで、笑顔で「ありがとう」と言った。もう少し焦らしてから許すべきだったかな?
「天気悪いね。物凄い灰色だし。明日、降るのかな?」
「予報では一日中降るって言ってたよ。」
「えぇー嫌だなぁ。なんか去年の三年生の卒業式にも降ってた気がするな」
「そうだったかい?」
「うん。卒業式の日は雨って印象がある。何か。てか卒業式当日より前の日の方が気分が暗くなるのは何でだろう?」
「僕はそうでもないけどね。当日も」
「竹中君は、冷めてますね」
「僕もそう思うよ」
本当に彼女は、唐突に話題を切り出す。それに僕も良く対応できると感心した。
前座が終わったのだろう、体育館から「卒業生、入場」と言う声が聞こえた。やれやれ、やっとか。
「なんで」
そう、僕は知りたかったんだ
「さよならの練習をしないといけないんだろう」
何故、彼女は誰よりも憂鬱そうで、
何故、今日の曇り空より、彼女の表情はとても暗いのか
「…名前さん、君は―」
「はい、じゃあ入場しますよー。着いてきて下さーい」
担任の教師に、言葉を遮られ、僕は彼女に聞きそびれてしまった。
今は仕方ない。明日の本番でまたこうして並んで体育館に入場するまでに聞く機会はあるだろう。とりあえず今は、体育館へ入場すべく、前へ進んだ。
卒業式当日。
予報は残念ながら的中して今日の天気は雨。全く当たらなくて良いものの。降り頻るような雨ではなかったが、小雨でもない。実に鬱陶しい。昨日よりも僕は憂鬱になっていた。
教室に着いてから名前さんを探したが、何処にも居なかった。他の教室に行ってるか、トイレなのか。一先ず、僕は自分の席に座り、頬杖を付いて、何をするわけでもなく、じっと時間が過ぎるのを待つ事にした。
名前さんとは並んだ時にでもまた話せるし、その時にでも昨日、聞きそびれた事を聞けば良い。僕はそう考えていた。
「はい、皆さん廊下に並んで整列して準備して下さい」
卒業式の最終準備に時間がかかったのか、いつも来る時間に比較して随分と遅れて教室にやって来た担任の教師。やって来たやいなや、整列しろと催促する。僕は席から立ち上がり、廊下に出た。
昨日と同じだ。体育館からマイクを通して聞こえる話、本番にも関わらず、緊張感のない周りの卒業生。違う事と言えば、今日の天気が雨である事。
僕の隣に彼女の姿がないと言う事。
さっき僕は聞いてしまった。何処からか聞こえてきた生徒の会話を。
「職員室で先生が」
「今朝、交通事故で」
「死んだんだって」
「子供を助けようと」
「かわいそうだね」
「名前さん」
今朝、教師達がその事を知らせなかったのは、僕達への配慮なのか。一部の生徒を除き、他の生徒には全く知られてない。何の影響もなく、卒業式は滞りなく、行われる。僕はそれに言い様のない苛立ちを感じた。
名前さんは非運だと嘆くだろうか。彼女の終焉。もはや、知る術もない。あの表情のわけも。でも僕は思ったんだ。
全てなんだ。あの瞬間、君を取り巻く、全てがその表情の要因なのだろう?名前さん。
僕らしからぬ、実に抽象的な結論。あの時の彼女の答えは間違ってはいない。ただ、自分でも良くわかってないから、言葉に表し難かったのだろう。
彼女がいない今、やはり真実などありはしないのだけど。
でも、もう良いんだ、そんな事。どうだって。ただ、もう一度、彼女と他愛ない話をしたい。そう思った。
涙を流さない僕の代わりに、空からは雨が泣いてるように降っていた。
雨降る卒業式
彼女にさよならの練習なんていらなかった。
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MANA3*080322