竹中半兵衛
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授業が終わり、使用していた教科書とノートの背丈を机の上で均等に揃える。さて、次の授業が何だったかと考えていたら、私を呼ぶ声に意識を引き上げられると傍らに半兵衛さんが立っていた。
「どうしたんですか?」
「さっきの授業で先生が次の授業までに辞書を用意しておくようにと言われただろう。」
確かに先生が授業中に言っていた。次の授業で辞書を使うから持ってない人は購入しておくようにと。しかし、それは私とって関係があることでもあるが、逆に関係がないこととも言えるので気に留める必要がないのである。なので、何故、半兵衛さんが辞書について私に話しかけて来たのか見当がつかない。
「そうですね。」
「僕は次の休みに辞書を買いに行くつもりなんだけれども君も一緒にどうだい?」
まさかの誘いに少し驚きつつも、ふと浮かんだ二つの疑問のうちの一つを投げかける。
「半兵衛さんって辞書持ってないんですか?」
「辞書は持っているよ。丁度、新しい辞書を買おうかと思っていたところだからいい機会だと思ってね。」
辞書って新しく買うことがあるんですか。破れたり、汚れたりしたならば買い替えることはあるだろうけど、今の半兵衛さんの口振りから察するに破損などの理由で買い替える訳ではなさそうだ。だとしたら一体何のために。いや、いくら考えても詮なきことだ。頭の良い人の考えは凡人に理解できるはずがないのだ。例えそれが我々凡人の目には奇行に映ったとしても。特にそれが天才と名高い竹中半兵衛という奇人なら尚のことである。
「名前。今、何か失礼なことを考えてないかい?」
「そんなことはないです。」
「それよりも君の方が辞書を買う必要があるだろう」
「いえ、私、辞書持ってますんで。」
何を隠そう、私は辞書を持っている。最後に使ったのがいつだったか覚えていないほどには使ってはいないのだが持っているのは事実。故に辞書を購入する必要はない。辞書について気に留めることがなかったのはそれが理由だ。なのに半兵衛さんは私が辞書を買う前提で話をしている。それがもう一つの疑問である。
「辞書を持っている?」
「持ってますよ」
「君がかい?」
「どういう意味ですか。」
私が辞書を持っているということが余程、驚愕の事実だったのか、信じられないと言わんばかりに目を丸くする半兵衛さん。口と態度に出ている分、半兵衛さんの方が余程失礼である。
「何故、君が辞書を持っているんだい?」
「何故、半兵衛さんは私が辞書を持ってないと思ってるんですかね?」
「僕にはわからないよ、名前。君が辞書を持っている理由が。」
「あなたは人を馬鹿にし続けないと死ぬ病気にかかっているんですか。持ってますよ辞書くらい!小学生の時に買ったやつを!」
小学校の授業の時にも辞書が必要で、学校が用意して購入したものを私は持っている。例えそれが数年前の辞書であろうが小学生の時に買った辞書であろうが辞書は辞書。先生が条件を出したり、指定をしていない限りは次の授業で使う辞書として何ら問題はないはずだ。なので、全く非がない私に侮蔑と憐憫の眼差しを注ぐのは即時、止めていただきたい。親の仇ならいざ知らず、クラスメイトの女子に向けるものではない。
「君のその辞書に成長という二文字は載っているのかい?今すぐ小学生の辞書と君自身をアップデートすることをお薦めするよ。」
「誰が小学生だ!とにかく!私は辞書を持ってますので購入する必要はありませんから!」
「最近、スタバで新作が出たそうだね。よければ僕がご馳走してあげようか?」
「集合する場所と時間はどうしましょうか。」
そんな訳で次の休みは半兵衛さんと辞書を購入するもとい、スタバの新作を奢ってもらうことになりました。他人のお金で飲むスタバは最高である。余談ではあるのだが、家に帰って辞書を探したのだが、どこにも見当たらなかったので母に尋ねたところ、ずっと前に掃除をした際、私が要らないと言ったらしく捨てたとのこと。それ本当に私でしたかね、お母さん。全然、覚えてないんですけど。しかし、ないものはないので半兵衛さんに事情を包み隠さず話したら鼻で笑われた。大事な辞書を失った人にその態度はいかがなものかと思う。どうやら半兵衛さんが今まで持っていた辞書には仁徳という言葉がなかったみたいなので新しい辞書では仁徳が載っているものを購入していただきたい。
———
約束の日。基本的に何をするのにも私は10分前行動を心掛けている。それに相手は何と言ってもあの半兵衛さんだ。遅刻をしようものならどんな仁徳なき嫌味を執拗に言われたものかわかったものではない。勿論、この日も私は10分前には集合場所付近に到着していた。そう、集合場所付近に。人を待つには目印もあって打って付けの待ち合わせスポットだった。人が多くても半兵衛さんのあの特徴的な白い髪ならすぐに見付けられると考えていた。実際、先に待ち合わせ場所に到着していた半兵衛さんらしき人の姿は見付けられた。その半兵衛さんらしき人を私は50mほど離れた建物の角から観察しているのが現状である。約束している当人が来ているのだから、さっさと合流すればいいのだが、予想外の事態に二の足を踏んでいた。仮にあの半兵衛さんらしき人物をXだと呼称しよう。そのXは遠目から見てもわかるのだが、どこかのモデルが居るのかと思ったくらいにめちゃくちゃお洒落なのだ。それがどこかのモデルならよかったのだが、クラスメイトの男子、しかも、今日待ち合わせをしている人物かもしれないのだから動揺が隠せない。半兵衛さんの私服について特に何も考えていなかったのだが、今、想像するならばユニクロみたいなシンプルな服装がしっくり来る。襟が付いたシャツにカーディガンとかめっちゃ着てそう。同じシャツと同じカーディガンを数着持っていてそれを永遠にサイクルしてそう。勿論、それはそれでお洒落なのだが、それとは別のベクトルの洗練さを醸し出した服装をされていた。性格に難ありだが、半兵衛さんは顔がいいし、スタイルもいい。元々の素材がすでにいいのだからユニクロだろうがしまむらだろうが、大体の服を着こなすことが可能だろう。ただでさえ、学生とは思えない雰囲気であるのにあんなモデルを生業にしている人みたいな服装をされたら堪ったものではない。何が堪ったものではないかというと、今から私があのXの隣に並ばなければならないということだ。いや、並べられない。並べられるものか。何であの人、あんなばっちりお洒落してるんですか。困る。非常に困る。今一度、自分の今日の服装を確認する。別に変ではない。変ではないけれど、あれの隣に並ぶ自信も度胸も勇気も覚悟もない。この状況において、私に残された微かな希望はXが半兵衛さんではないということ。付近にはX以外に白い髪の人間は見当たらないが、一縷の望みに縋って、半兵衛さんに電話をかけてみることにした。どうかXが半兵衛さんではなく、本人はまだ待ち合わせ場所に来ていませんように。そして、普段から人としてどうかしている半兵衛さんが今日の約束をすっぽかすクズでありますように。更なるクズを目指すんだ!クズを越えるクズとなれ!今ならそれを許す!スマホを耳に当てながらXの様子を見守っていると相手はスマホらしきものを取り出して、電話にでる仕草を見せた。あ、やば。Xは間違いなく半兵衛さんだ。終わった。
《もしもし》
「あ、もしもし、私ですけど」
《知ってるよ。僕はもう着いてるけど名前は今、どこに居るんだい?》
思わず相手から見えないようにサッと体を隠す。一縷の望みすら消え失せ、だらだらと嫌な汗を流す私に残された選択肢はほぼ皆無に等しい。ここは急用が出来たと嘘をつく他ないだろう。相手が落ちるところまで落ちないというならば私が悪になるしかあるまい。半兵衛さんが悪いんですよ!半兵衛さんが遅刻もせずにちゃんと時間を守るお洒落なクズだから私が代わりにその上を行くクズになるんですからね!全部あなたのせいなんですからね!
「あのぉ、実はですね…―」
「《なんだ、来ているじゃないか。》」
スマホの受話口とは別にすぐ傍で聞こえて来た声に心臓が止まる。驚きのあまり反射的に声の方へと顔を向けると電話の向こう側の相手が居るもんだから言葉を失う。呆然自失とする私を他所に通話を終了させたスマホをジャケットのポケットにしまう半兵衛さんは普段通りに振る舞っている。しかし、そのお召しになられているものは普段とは一変していた。遠くから観察していた時にはわからなかったが、片側の髪を後ろに流しているので、これがいつもと雰囲気ががらりと異なる一番の要因となっていた。眼鏡もいつもかけているものとは違うタイプっぽいし、テンプルにはグラスコ―ドが垂れ下がっている。え、この人、本当に私と同い年なんですか?留年してません?留年したパリコレモデルなんですか?寧ろ、同じ人間なんですか?
「どうかしたのかい?」
異変を感じ取ったのか半兵衛さんが少し下から覗き込むようにして私の様子を窺う。半兵衛さんの顔が良い。生きているのが申し訳なるくらいに。謎の罪悪感を抱かされて、本能的に視線を逸らす。
「ああ、いえ、ちょっと。半兵衛さんが、いつもと違った雰囲気だったもので。かっこよくて、驚いてしまいました。」
これが私の率直な感想である。いや、本当に何でこんなバッチリ好印象を狙って来てるんですかね。新型の迷惑行為ですよ。あなたの隣に並ばされる神に愛されなかった者の気持ちを考えたことがあるのか。しばし、半兵衛さんの反応がないため、再び視線を戻してみれば、至極、満足そうな表情をされていた。何で。
「…何か嬉しそうですね。」
「そうだね。今日の目的が達成されたからかな。」
「え、まだ辞書を買いに行ってないですよ。」
「ああ、じゃあ、本屋に行こうか。」
「…あの半兵衛さん、ちょっとした提案なんですけど、ソーシャルディスタンスで10mくらい離れて歩きませんか?」
「僕がいつもと雰囲気が違うから緊張しているのかい?」
「ちょ、近ッ!近いですよ半兵衛さん!」
「折角、名前のためにお洒落をしたのだからちゃんと見てよ。」
こんな公衆の面前で私が心肺停止状態になってしまったらどうするんですか!犯人はあなたになってしまうんですよ!これはお互いのための提案だというのに、この人は自分が犯罪者になることを厭わないとでもいうのか。何だったら私はスタバの新作を買うお金だけもらって解散したっていいんですよ。しかし、半兵衛さんは私の心中など意に介さず、全くソーシャルディスタンスを保とうとはしてくれない。さらに、本屋で辞書を買った後、何故か気になっていた映画を観て、何故か気になっていたスイーツのお店に行った後、最後の最後でスタバを奢ってもらいました。スケジュールとは果たして。でも、映画は面白かったし、スイーツもスタバの新作も美味しかったです。
後日、学校に行った際、休日の私達の姿を見た生徒が居たらしく、友達からデートをしていたのかと尋ねられる羽目になろうとは。
「半兵衛さん!この間の休日に私達がデートしていて、実は付き合っているのではないかと事実無根の噂が流れているのですが!半兵衛さんが否定すればみんな信じるんですから否定して下さいよ!このままだと半兵衛さんだって困るでしょう!何で何も言わないんですか!黙るなよ!答えは沈黙やめろ!おい、何にこにこ笑ってんだ!何が面白い!」
解釈を委ねる
MANA3/240911
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