河野瑞稀
夢小説設定
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事の始まりは、昨日のこと。本当に、ただの偶然だった。家に帰る道すがら、橋元組の連中が鉄坂の店で悪さをしているのを見掛けた。サクッとボコした後に奴らの通信端末をくすねたのは、本当にただの気まぐれだ。見た目が普通の端末とは違って少し奇妙だったし、もしかしたら今後の橋元組の動向が筒抜けになって、鉄坂を守る役に立つかもしれないと思ったからだ。帰ってから調べると、その端末は旧式でありながら、驚くほど高度な暗号化が施されていた。何故、こんな旧式にそんなものがと疑問に思っていると、端末からノイズが走り、少しだけ体が緊張で強張った。
《……おい。………、そっちの潜入は…どうなっている…―》
端末から聞こえてきた男の声。恐らくは橋元組、もしくは奴等の息がかかった人間。だとすれば、潜入とは一体どういうことだ。奴等が水面下で何か企んでいるのか。この鉄坂に危機が迫っているのであれば、見過ごすわけにはいかないと、私は極限まで聴覚を集中させた。
《……ああ。…ヨーカイの動向は、…報告する。…橋元の……反する動きがあれば、俺が……手を回す。………》
聞き覚えがある声に心臓が跳ね上る。ノイズが酷いが、その声はミズキの声によく似ていた。ミズキは私達、ヨーカイのメンバーの一人だ。まさかとは思うが、彼は橋元組の人間で、潜入のために送り込まれてきた内通者、とでも言うのか。いやいやいやいや、待て待て待て待て。落ち着け、落ち着くんだ私。ただ声が似ているだけだし、ノイズのせいで音声はあまりにも不鮮明。そう結論付けるにはあまりにも早計だ。それにミズキはヨーカイの大切な仲間だ。裏切るなんて万が一にも有り得ない。
《…報告は怠るなよ、ミズキ……》
《…ああ、…わかってる……》
通信はそこでぶつりと切れた。静まり返った深夜の自室。カチ、カチ、と時計の針が時を刻む音だけが響く。私は、限界まで息を吸い込んだ。そして、夜の静寂を切り裂くように、魂の底からの絶望を吐き出した。
「ミズキやないかい!!」
そんなことがあり、私は気が気ではなく、到底心穏やかでは居られなかった。ヨーカイのアジトでは、いつも通りメンバーたちが集まって雑談に花を咲かせていた。その中には勿論、ミズキの姿もあった。私が彼の人生を左右するスーパーウルトラハイパーアルティメットトップシークレットを握ったとも知らず、当の本人は実に涼しい顔で仲間たちと談笑している。もしも、ミズキがスパイであることが事実なら今すぐにでもキリコ達に教えるべきだ。だが、それは私が盗聴しただけであって、決定的な証拠は何もない。橋元組にミズキという名の声が激似の別人が存在する奇跡的な確率だってゼロではないのだ。私がこの目で見定めなければならない。事と次第によっては、ヨーカイのみんなの命、ひいては鉄坂の、日本の未来がかかっているのだから!
「…おい。おい、名前、聞いてんのか」
「うぇ!?は、はい!」
ひっそりと日本を平和へと導く英雄になる決意をしていると、いつの間にか、向こうで仲間と話していたはずのミズキが私の腰掛けるソファのすぐ目の前まで接近していた。色々とびっくりしすぎて上擦った声を出してしまう私を、ミズキは不思議そうな表情で見下ろしている。
「あ、うん…聞いてた聞いてた。ちょっとぐらいの絶望も長い目で見れば極上のスパイスを味わえるって話だよね」
「そんな高尚な話してないだろ。お前の顔色が悪いって言ってんだよ。…熱でもあるんじゃないか?」
そう言いながら、ミズキはその長身を屈ませて目の前で膝をつき、私の額にそっと大きな手を当ててきた。実際に体に熱が籠っているのか、ひんやりとした手のひらが心地いい。駄目だ、騙されるな!目の前の男は私達のことを裏切っている悪逆非道の限りを尽くす橋元組のスパイだ!いや、違うかもしれないけど!違うかもしれないけど、まだ白黒はっきりしたわけではない!はっきりしたわけではないが、めちゃくちゃ心配そうな顔で私を見ている。演技なのかこれは!?ただ、顔は良い!スパイかそうじゃないかはわからんが、顔が良い!これだけは間違いない!スパイかもしれないのに何でこんなに顔が良いのか!腹が立つ!
「熱はないな。でも、お前、さっきから挙動が不審すぎるぞ。何か悩みでもあるなら、俺に言ってみろ。…仲間だろ」
誰のせいで悩んでいると思っているんだと喉元まで出かかったその台詞を、グッと飲み込んだ自分を全力で褒めちぎりたい。「ミズキって、ぶっちゃけ橋元組から送り込まれたスパイなの?」なんて、口が裂けても聞けるはずがないのだ。だけど、私を見つめるまっすぐな瞳も、落ち着いた声も、裏切り者のそれとは到底思えなかった。もしこれが演技だとしたら、彼は今すぐハリウッドに行ってオスカー像を狙うべきだ。
「大丈夫。ごめんね。ただ、ほら、世界平和とか…橋元組が明日、全員一斉にぎっくり腰にならないかな、とか考えてただけだから」
「どんな呪いだよ。そうだ、これやるから元気出せよ」
目の前に差し出して来たのは一本のシリアルバー。ミズキは事あるごとに私にお菓子をくれて、私もそれを喜んで受け取って食べていた。以前の私なら、餌付けされる動物みたいに大喜びで受け取って、美味しいと頬張っていただろうに。彼が裏切り者かもしれないなんて、一ミリも疑っていなかったあの頃なら。
「…ミズキ」
「何?」
「あんまりこんなこと言いたくはないんだけど…」
「何だよ、改まって。遠慮しないで言ってみろって」
「これ、毒とか入ってないよね」
「入ってるわけねえだろ!ふざけんなよコラ!」
その後も、私はミズキの動向を注視し続けた。何せ、鉄坂の未来は私の双肩にかかっている。これは神様が私に課した崇高な使命なのだ。しかし、観察すればするほど、ミズキの行動には何ひとつとして不審な点が見当たらない。あれ以来、あの通信端末からも新たな音声が流れてくることもなかった。あの日、通信端末から聞いた会話が嘘みたいで、もはや、ミズキがスパイであること疑っていた時間、そして、自分自身が馬鹿らしく思えてくる始末だった。そもそも、あの通信自体がヨーカイに裏切り者がいると思わせて内部分裂を誘う、橋元組の高度な罠だったのではないか。今となってはその可能性のほうが、よほど濃厚に思えた。
そうして、ミズキへの警戒が薄れつつあった、ある日のこと。私達は橋元組の武器庫を襲撃し、破壊する任務に就いた。極秘ルートで仕入れた情報によれば、武器庫は無人。他の任務との兼ね合いもあり、武器庫襲撃の任務は私とミズキの二人で実行することになった。潜入は拍子抜けするほど簡単に成功した。あとはここにある武器をすべて破壊し、脱出する。それだけのはずだった。カチリ、と不穏な音が響いた直後、暗闇だった武器庫が一瞬で昼間のように照らされた。突然の強烈な光に、私は思わず顔を背けて手をかざす。
「おやおや。まさか、こんなところにこそこそと鼠が忍び込んでいたとはな」
無人と思われた武器庫に、どこからともなく現れた数十人の橋元組の構成員。私達は完全に包囲されていた。情報とは異なる絶体絶命の状況。まさか、情報が嘘だったのか、あるいはどこかで漏れていたのか、こいつらは最初からここで待ち伏せしていたのか。一体、どうして、何故。疑問が渦巻く脳内で、せっかく消えかけていたあの最悪な仮説が、猛烈な勢いで蘇生を始める。もし、情報が漏れていたのだとしたら。私は隣に立つ、ミズキを見た。マスクを着け、笠を深く被った彼の顔とその心が窺い知れない。それが、私の中での息を吹き返した疑念をより色濃くさせた。
「……ミズキ…」
私の微かな呼びかけに彼は何も答えない。想像を超える絶望的で、最悪で、胸糞悪い状況に息を呑み、嫌な汗が首筋を伝う。構成員は数十人。全員を倒すことは不可能だが、この場から脱出するだけなら可能だった。だが、それはミズキが味方だという大前提があってこそだ。ミズキがこの状況を作り出した張本人であれば、私はここを脱出することは不可能だし、生きて帰ることは諦めた方がいいだろう。一番、最悪なのは私が生かされたまま捕虜にされること。ここを脱出できないとなると、できるだけこの場にいる連中を道連れにして、捕まるその前に潔く自害する。私はゆっくりと呼吸を沈め、静かに覚悟を決めた。
「捕まえろ。仲間についての情報を洗いざらい吐かせる。生け捕りできるなら、手足の一本切り落としても構わない」
奴等は本気だ。本気で私の手足を切ってでも捕まえるつもりだ。だが、こちらも捕まるつもりは毛頭ない。私は奥歯を噛み締め、武器を握る手に力を込める。
「…あ?」
言葉ではない。それは飢えた獣の唸り声に酷似していた。空気が、一瞬で凍りつく。包囲していた数十人の橋元組の構成員たちが、その圧倒的な威圧感に気圧されて思わず半歩身を引くのがわかった。隣にいる私でさえ、彼の放つ尋常ではない殺気に背筋が粟立つ。
「お前ら、今…何て言うた?」
ドスの利いた、地を這うような声。私は喉を鳴らして息を呑み、隣に立つミズキを見上げた。深々と被った笠の影から、僅かに覗く彼の瞳。そこには、普段の軽薄さや私をからかうような優しさは微塵もなかった。あるのは、ただただ獲物を屠るためだけの、底冷えのする圧倒的な殺意。
「誰が、誰に手ェ出すって?」
彼の凄まじい剣幕に橋元組どころか私まで気圧され、完全に腰が引けてしまう。正直、怖い。めちゃくちゃに怖い。本能が逃げろと警報を鳴らしている。
「俺の目の前で、こいつに指一本でも触れてみろ。二度と五体満足で歩けんようにしてやる。その薄汚いツラ、原形留めんなるまでぶちくらすぞ、こらぁ!!」
「え、あ、あのミズキさん?」
鼓膜を震わせるほどの怒号。感情が高ぶりすぎたせいか、彼の口から激しい出身の方言が飛び出す。その凄まじい気迫に、包囲していた男たちの一人が、恐怖を誤魔化すように悲鳴交じりの声を荒らげた。
「ひ、怯むな!数はこちらが圧倒的に有利だ!やれっ!」
男の悲鳴に近い叫びを合図に、十数人の構成員が一斉に武器を構えて飛びかかってきた。 だが、その瞬間にはもう、ミズキの姿は私の隣から消えていた。直後、鼓膜を突き刺すような男の悲鳴と、肉が潰れ骨が軋む鈍い音が武器庫に響き渡った。
「おいおいおい、さっきの威勢はどこ行ったんや、あぁ!?」
武器を構え直す暇さえ与えられない。ミズキの拳が、肘が、膝が、人間が曲がってはいけない方向への関節技が、容赦なく男達の体を破壊していく。恐怖に駆られて銃を乱射する構成員に対し、ミズキは最小限の動きで弾道をかわすと、一瞬で間合いを詰めてその腕をへし折った。悲鳴と共に銃が床に落ちる。間髪入れずに放たれた掌底が男の顎を撃ち抜き、男は白目を剥いてその場に倒れた。
最後の一人を殴り倒し、ようやく動きを止めたミズキが、ゆっくりとこちらを振り返った。その顔には返り血が飛び散っており、笠の隙間から覗く瞳はまだ爛々と怒りの炎を燃え上がらせている。
「……おい、名前」
低く掠れた声で名前を呼ばれ、私の肩がビクッと跳ね上がる。
「は、はいいっ!ごめんなさい!殺さないで!」
「何言ってんだ。ケガはないか?どっか痛むところは?」
そう言いながら一歩、こちらに近づいてくるミズキ。その足元で、倒れていた構成員の手がピクッと痙攣するように動いた。ミズキは一切視線を落とすことなく、その手を容赦なく踏みつける。グシャリ、と鈍い音がして、男が短い悲鳴を上げて完全に事切れたように気絶した。ミズキはそれを気にする風でもなく、ただじっと私を見つめている。
「だ、大丈夫です! 無傷! どこも痛くないです! むしろ健康そのものです!」
これ以上この狂犬を刺激してはいけないと、私は軍隊の新人ばりに背筋を直立不動に伸ばして返事をした。するとミズキは、ふっと憑き物が落ちたように大きく息を吐き出し、いつものように笠の縁を指先でくいっと持ち上げた。
「…そ。なら良かった。お前が神妙な顔して、自害でもしそうな覚悟決めるのを見た時は、肝が冷えたぞ」
肝が冷えたのは私の方です、心の中でそう叫ぶものの、声には出せない。もし、ミズキが本当に私の敵に回っていた場合。今この床に転がってピクリとも動かなくなっているのは私だったかもしれないのだ。そう考えただけで、恐怖の余韻で身震いが止まらなかった。
「ほら、帰るぞ。こんな不潔なところ、長居する場所じゃねえし」
「そ、そうだね……」
私達は保管されていた武器を大方ぶち壊してから、あの凄惨な現場を後にした。静まり返った夜の鉄坂を、二人で並んで歩く。周囲には人影もなく、私達の足音だけがアスファルトに寂しく響いていた。ミズキの顔や服についた返り血は、近くの井戸水でざっと洗い流したが、私の記憶に染み付いた恐怖は、しばらく消えそうにない。絶対に今日の夢にフル画質で出てくる。夢の中で阿修羅と化したミズキが世界を滅ぼす厄災となり、私は毎晩うなされて寝不足になるに違いないのだ。さっきまでのミズキの狂犬めいた暴れっぷりが頭から離れず、私はどうしても、いつもより歩幅一つ分だけ距離を空けて歩いてしまう。そんな私の微妙な変化を察したのか、ミズキが歩調を緩め、笠の隙間からニヤニヤとした視線を送ってきた。
「おい、名前。さっきから何て顔して歩いてんだ。俺の顔にまだ血でもついてる?」
「い、いや!全然!綺麗に落ちてます!男前です!」
「ふーん、なら良し。…じゃなくて、お前さ、さっきから俺のこと警戒しすぎだろ。傷つくわー」
大袈裟に肩をすくめて見せるミズキ。その態度からは、さっきの圧倒的な殺意など微塵も感じられない。いつもの、私の知る、ちょっと意地悪で頼れる仲間のミズキだ。そこで私は、ふと思った。やっぱり、あの通信端末の声は気のせいだったのだ。あんなに私のために怒って、橋元組を完膚なきまでにボコボコにしたミズキが、スパイなわけがない。でも、もし、万が一、それが私の淡い願望に過ぎないのだとしたら。
「……ねえ、ミズキ」
「ん?」
「ミズキってさ…私に、っていうか、みんなに何か秘密にしてることってある?」
歩きながら、努めて何でもない風を装って聞いてみる。ミズキは一瞬だけ足を止め、それからまた何事もなかったように歩き出した。
「秘密? そりゃあるだろ。人に言えんことの一つや二つ、誰だってある。お前にだってあるだろ?」
「それは、まあ……あるけど」
「だろ? 人の過去をいちいち詮索しないのが、俺たちの暗黙の了解じゃん」
さらりと言ってのけるミズキの横顔を見る。その表情からは何も読み取れない。やっぱり、彼には彼なりの誰にも言えない何かがあるのだろうか。それが橋元組に関することなのか、あるいは全く別のことなのか。私がそれ以上何も言えずに黙り込んでしまうと、ミズキはふっと小さく息を吐き、私の前に回り込んで歩みを止めさせた。
「……何だよ、そんなに気になる? 俺の秘密」
覗き込んでくる切れ長の瞳が、街灯の光を反射して怪しく光る。急に縮まった距離に、さっきの恐怖とは違う、心臓が跳ね上がるような緊張感が走った。ゴクリ、と唾を飲み込んで、私は言葉を失ったまま小さく頷く。そんな私を見て、ミズキの口元が意地悪そうに吊り上がった。
「しょうがねえな。じゃあ、名前にだけ、俺の特大の秘密、教えてやるよ」
声を潜め、耳元に顔を近づけてくる。ドスの利いた声ではない。低く、鼓膜を甘く揺らすような声。もしかして、本当にスパイであることを告白されるのではないか。だとしたら私はどうすれば─。緊張のあまり、全身の毛穴が開くような感覚に陥りながら、私はじっと息を潜めて次の言葉を待った。
「俺、お前のことが好いとうとよ」
「……へ?」
特有のイントネーションで紡がれたそれは、拍子抜けするほど飾りがなく、一切の迷いもなく真っ直ぐだった。
「ずーっと前から、お前のことばっかり目で追ってた。さっきお前が覚悟決めたような顔した時も、他の奴に触られそうになった時も、腹が立って頭がおかしくなりそうだった。これが、俺の秘密。わかった?」
耳元から顔を離したミズキは、すっきりと晴れやかな、それでいて酷く熱を帯びた瞳で私を見つめていた。一瞬、頭の理解が追いつかなかった。スパイの話だと思って極限まで緊張していたのに、まさかこんな爆弾を真正面から放り込まれるなんて。じわじわと顔が熱くなっていくのが分かる。絶対に今、私は顔を真っ赤にしている。
「な、ななな、何言ってるの!?からかわないで!」
爆発しそうな羞恥心に耐えかねて、私はミズキの胸を両手で力任せに突き放そうとした。しかし、鍛え上げられた彼の体はびくともしない。
「あはは!わりぃわりぃ。そんなに慌てんなよ。お前さ、反応がイチイチ素直すぎてマジでからかい甲斐あるわ」
私の真っ赤な顔を見て、ミズキは本当に楽しそうに、満足げな声を上げて笑った。さっきまでの重苦しい空気は完全に吹き飛び、いつもの彼らしい、どこか意地悪な空気が場を支配する。
「でも、嘘じゃないから。まあ、信じるか信じないかは、お前次第だけどな」
そう言って、ミズキは私の頭を大きな手でくしゃくしゃと撫でると、また先を歩き始めた。
「ほら、置いてくぞ。夜道は冷えるから、さっさと帰るぞ」
楽しげに歩く彼の背中を追いかけながら、私は爆発しそうなほど熱い頬を両手で押さえた。スパイがどうのこうの言う以前に、私の心臓をこれだけノンストップで脈打たせる目の前の男はあまりにも危険すぎるし、タチが悪い最凶の危険人物だ。
「…はあー…心臓に悪い一日だった…」
一時は死を覚悟する局面にあった私だが、ミズキの活躍により、無事に家に辿り着き、お風呂に入った後、ようやくベッドへとダイブした。仲間の裏切り疑惑、橋元組の奇襲、阿修羅と化したミズキのぶち切れ無双。精神的にも肉体的にもキャパシティを超えた疲労がドッと押し寄せていた。しかし、何はともあれ、ミズキが私達を裏切っていなくて、本当に良かった。あの凄まじい怒りと、私を守ろうとしてくれた必死な姿。あれが演技なわけがない。あれで彼が裏切り者だと言うのであれば、今すぐアカデミー主演男優賞を進呈して、眩い脚光を浴びる中で「スイッチが入ったばい」と受賞スピーチをさせるべきである。張り詰めていた緊張の糸が解け、心地よい眠気に瞼を閉じようとした、その瞬間だった。デスクの上に放り出していた、あの忌々しい橋元組の通信端末から、またしても不快なノイズが走り始めた。微睡んでいた意識が秒で覚醒し、驚いてベッドから飛び起きる。恐る恐る端末へと歩み寄った。ノイズの向こうから聞こえてきたのは、焦りを含んだ男の声。そして、聞き馴染みのある、ついさっき耳元で甘く囁いてきたはずのあの声だった。
《──ザ……ザザッ……おい…ミズキ、聞こえているか…》
《……ああ…聞こえてる…何、こんな夜遅くに…》
《武器庫の一件はどういうことだ!現地にいた組員が全員、病院送りになったと報告が入っている!》
《あー…いや、悪かったとは思ってる。でも、あの状況で手加減をして、俺の身元が割れたら計画がすべて白紙に戻る。そっちの損失の方が大きいだろ》
《だとしてもやりすぎだ!加減というものを知らんのか!》
《そもそも、あそこで待ち伏せされてるとか俺、聞いてないんだけど?状況も掴めず、こっちの身の安全も保障されてないなら、派手に暴れるしか手はなかった。文句があるなら情報を精査してから回してくれないと》
《…チッ、次からは気を付けろよ、ミズキ》
《はいはい、了解。じゃあな》
通信はそこでぶつりと切れた。静まり返った深夜の自室。カチ、カチ、と時計の針が時を刻む音だけが響く。私はゆっくりと、深呼吸をした。一度。二度。そして、ふっと、乾いた笑いが口から漏れる。私は手元にある通信端末を、渾身の力でフローリングの床へと叩きつけた。
「やっぱりスパイやないかい!!」
仲間の河童が裏切り者かもしれない
MANA3/260605
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