来世に乞うご期待
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待ちに待った放課後。こんなに放課後が待ち遠しかったことはない。かつてない。ホームルームが終わると同時に帰宅しようとしたが、忽ちに猿飛君、伊達君、長曾我部君、元就君のチームスピリチュアルに包囲されてしまった。嫌な予感がしたが、私の歓迎会という名の絶望の宴を催すとのこと。その歓迎会に参加した私は心の底から笑えてますか。私は咄嗟に引っ越して来たばかりなのでしばらくは家の事情により早く帰らないといけないと半分本当、半分嘘の弁明により窮地を脱した。この言い訳で長くて一カ月、短く見積もっても一週間の時間は稼げるだろう。その間に家族を説得して、転校の手続きを済ませなければならない。善は急げと帰路につくために校門を目指していたところ、肩に竹刀袋をかけて禍々しいオーラを放ちながら腕を組んで仁王立ちしている鋭利な銀髪の人物を遠目から確認した。道場破りだ。初めて見た。着ている制服がうちのものだし、そもそもここは道場ではなく学校というのはほんの些細なことだし、どうでもいい。今は一刻も早く、家に帰らなければならないと、足早に校門を抜けようとした時だった。
「おい!貴様ァ!!」
耳を劈く大声に心臓が飛び跳ね、足が止まる。反射的に声の方へ顔を向けると、さきほどの道場破りが物凄い剣幕でこちらを見ていた。怖い。あまりの怖さで足が竦む私の元へ彼はずんずんと接近し、力任せに両手で胸倉を掴まれる。怖すぎるあまり卒倒必至である。
「名前!突然、姿を見せたかと思えば今までどこにいた!!」
「ど、どこに?え、ずっと、校内にいましたけど…。」
「違う!輪廻の如く、この世に再び生を授かったのであれば、何故影を残したままで姿を現さなかった!秀吉様と半兵衛様、そして私の前に!」
「何を言っているのかわからない上に誰がいっぱいコレクションなんですけど!」
警察24時とかで酔っ払いが威嚇するような大声で意味不明なことを口走る映像を見たことがあるが、画面越しではなく実際にそれが自分の身に降りかかるとなるとめっちゃ怖い。怖過ぎて今までの思い出が走馬灯のように浮かんでは消えていく。きっと、警察は来ないだろうし、最悪、明日のニュースで取り沙汰されそうだし、その場合、被害者である私はそのニュースを目にすることはできないだろう。よく見ると相手の目は人殺しのように血走っているし、そのくせ顔色は死人のように悪い。ただでさえ怖いのにこの蛇足オプション。地獄の使者と呼んでも差し支えないだろう。もしかしたら体調が芳しくないかもしれないので、私も家に帰りたいことだし、お互いのためにも目の前の地獄の使者には一度、地獄に帰って横になって寝ることをおすすめしたい。
「わ、私これから家族との約束があるので、早く帰らないといけないのですが…。」
「家族との約束だと?私との約束の方が先だ!」
「や、約束?私とあなたは初対面だと思うのですが、一体いつの約束でしょうか?」
「450年前だ!」
「450年前!?」
昨日した約束だってたまに忘れたりするのに450年前の約束って!そもそもなんだ450年前って!なんだその常識外れの馬鹿みたいな数字は!どっから湧いて出た!私はまだ10代の学生だぞ!450年前て!そこでふと頭に過ぎるのはスピリチュアルという存在である。この地獄の使者、恐らくチームスピリチュアルのメンバーの一人だ。スピリチュアルから逃れた先のスピリチュアルに神はいないことを確信する。ここの学校の入学条件に転生経験が必須なのだろうか。お父さん、お母さん。なんでそんな学校に娘を転入させたのですか。あなた達の娘はライトノベルの主人公ではないのですよ。
「貴様がどんなに嘯こうとも約束は守ってもらわねば、こちらは憤懣やるかたない。」
掴まれていた胸倉を解放され、苦しかった呼吸が少しは楽になるかと思ったが、そんなことはなかった。私の息苦しさの原因となる人物は背負っていた竹刀袋から竹刀を二本取り出すとそのうちの一本を私の方へと投げ捨てた。それが一体何を意味するのかわからず呆けていると、相手がギリギリと歯軋りを始める。
「何をしている!さっさと竹刀を拾え!」
「うぇ!あ、はい!」
相手の高圧的な態度に気圧された私は慌てて足元の竹刀を拾い上げる。深く考えもせず、言われるがままに竹刀を手にするも、この後に何が起こるのか理解するには聊か冷静さを欠いていた。
「さあ、名前。勝負しろ。私から一本でも取ったならば貴様の勝ちだ。私との約束を今こそ果たせ!」
「え、勝負ってもしかしてこの竹刀で打ち合うかんじですか?」
「それ以外に何がある。」
「ええええ!!無理!無理無理無理!じゃんけん!じゃんけんにしよう!」
「じゃんけんだと!?ふざけるな!」
「ふざけているのはそっちでしょうが!」
道場破りの対象は道場ではなくまさかの私だった。道場破りではなく私破りであった。何故、名前も知らない人間と訳もわからずに打ち合わねばならないのか。450年前の約束だか何だか知らないが、こんなの普通におかしい。放課後の校門前で親しくもない初対面の男女が竹刀片手に勝負だなんて異様にもほどがある。この異様さに誰か止めに入ったり、先生を呼んできたりしてくれないのかと周囲を見回すが、まるで私達の姿が見えていないかのように誰も騒ぎ立てたりしない様子だった。どうして!?困惑する私の耳に「何だ?また石田か?」「また石田がキレ散らかしてるよ。」「今日は徳川じゃないんだな。」という生徒達の声が入って来た。この男、これが初犯じゃないだと!?日常茶飯事でこんなことをしているのか!周りも周りで生活に根差した一部と言わんばかりに素通りしていく。この学校では放課後の校門前で剣道部でもない生徒が竹刀でしばきあうことを認める校則でもあるのか!こんなんほぼ事件だぞ!この異様さがこの男の、いや、この学校の普通であって私が異端者だとでもいうのか。ここの学校の教育方針は一体どうなっているんだ!認められない!こんなの間違っている!早めに色々と見直しをしなければ、この学校から死人が出るぞ!今日出るぞ!
「そもそも、私、約束どころかあなたのことも覚えてないんですよ!」
「覚えてないだと?」
「はい!まったく!」
「ならば、なおのこと私と刃を交えろ!そして、直ちにすべて思い出せ!」
「まったく気遣わない!」
「私と貴様とは互いを忖度しあうような間柄ではない!」
「今こそ初めて忖度すべき時だと思う!」
「約束を違えたとなれば、それは裏切りに他ならない。私は裏切りを許さない。故に貴様が裏切ることを許しはしない。私は貴様が裏切ったとは信じない。そうなればこそ私と勝負しろ!拒否は認めない!」
振り下ろされた竹刀の先が真っ直ぐ私に突き付けられる。
「私が貴様を裏切りに身を落とさせはしない!絶対に!それだけは、断じて認可しない!」
それはあまりにも理不尽で不可解で苛烈で恐ろしくて不気味で容赦がなく、それでいて酷く痛々しく悲しみが満ちていた。あの鋭く研ぎ澄まされた眼光は激情に燃える一方で悲哀に揺れているようにも見えた。そんな矛盾を孕んだ視線を注がれ、私は混乱した。
そして、何かが切れた。
「うるせえ!!さっきから好き勝手なことばっかり言って!そんなにしばいてほしいならやってやるわい!」
今朝から続く、異常事態の数々に私のストレスは限界寸前だった。転校初日というハンデも抱えながらここまで耐え抜いた自分を褒めてあげたいが、突如現れた放課後の道場破りのせいでストレスの限界を迎えた。リミットブレイク状態となり、今なら目の前の相手を一撃で葬れる気概をもつほどのある意味無敵となった私は手にした竹刀を強く握り締め、大きく降りかぶりながら相手の脳天に会心の一撃を入れるつもりで駆け出す。だが、振り下ろした竹刀はあっさりと避けられ、伸ばされた脚に引っ掛けられた私はその場で無様に転倒する。一瞬、何が起こったのかわからず、己が大衆の面前で醜態を晒しているというのに、すぐに起き上がることができなかった。剣道のルールってよく知らないけれど、相手の足を引っ掛けていいんですか。私、そんなの見たことないんですけど。武道の精神に反していませんか。ゆっくり上体を起こして後ろを見てみれば、先程とはまた異なる侮蔑の目で私を見下していた。今の自分があまりにも惨め過ぎて思わず笑いが込み上げてきて、鼻から息を漏らしつつ、徐に立ち上がると制服や膝についた砂や砂利などの汚れを手で払う。
「ふっ…なかなかやりますね。今日はこれぐらいにしておいてあげま、ぶへッ!!」
空気を切り裂くような鮮烈な音が鳴り響くと同時に脳天にしたたかな衝撃が走る。あろうことか戦意を喪失した惨めな私に留めと言わんばかりに頭上へと竹刀を振り下ろして来た道場破り。痛過ぎる。身も心もすべて。
「っ…な、何するんですか!痛ッ!?あいた!ちょ!やめ!痛い!」
勝負はついたも同然なのに心身共にダメージを負っている無抵抗の女子を相手は容赦なく竹刀で打ち続けることをやめない。本能的に頭を庇うように両腕で防御の構えをとるが、防具もなく防御力ゼロの現在の装備では痛みからは逃れようがない。この勝負って相手が死ぬまで終わらないタイプのやつだったのか。まずい、殺される!
「ちょ、待っ!痛ッ、痛い!やめ、やめて!やめろって言ってんだろ!」
「戯言を抜かすな!これで私との約束を遂行したとは言わせんぞ!」
「第1回全国暴虐非道選手権の勝負ならあなたの優勝じゃい!」
「忠誠心を貫き通したかつての貴様ならばここまで脆弱ではなかった!己の実力を私に証明してみせろ、名前!」
「はあ!?忠誠心?なんですかそれ!」
このご時世に忠誠心など時代錯誤にもほどがある。そんな言葉が使われるのはフィクションの中か闇の組織だけだろう。私は光のノンフィクション女子高生だ。しかし、第1回全国暴虐非道選手権チャンピオンのせいで闇落ちも辞さない所存である。間もなくダークサイドに落ちる寸前の私だったが、それよりも先に竹刀の攻撃がぴたりと静まった。不思議に思った私は一方的に攻撃していた相手の様子を窺うと何故だか微かな動揺を滲ませる唖然とした面持ちで硬直していた。何が何だかわらかないが、千載一遇のチャンスと踏んだ私は転倒の拍子で手放した竹刀を再び手に取り、相手の頭にバシンと竹刀独特の澄んだ音を響かせ、約束された勝利の一撃を決めた。勝った!私の勝ちだ!
「はっ…ははは…ふはははは!どうですか!一本取りましたよ!私の勝ちです!ざまあみさらせ!はははははッばぶぼおお゛!!」
勝利の喜びに心が満ち、思わず声を上げる私の笑顔に拳が抉り込む。ルール無用の無差別パンチに体の軸がずれ、気が遠くなっていくのを感じた。剣道って相手をグーパンでKOしていいんですか。ローカルルールですか。いや、流石に駄目でしょう。武道の精神以前に人の道に反しているでしょうが。何が一本取ったら私の勝ちなものか。話が違うではないか。最初から最後まで支離滅裂である。そして、そのまま私の意識は闇へと深く沈んだ。
MANA3/241213