来世に乞うご期待
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その後、猿飛君は普通に友達として私と接してくれた。おかげで朝の出来事や不安はすっかり私の中から消え去っていた。そう、2時間目の授業が終わるまでは—。
「Hey!久し振りじゃねえかHoney!逢いたかったぜ!」
「おうよ!今の今まで一体どこに居たってんだよ!」
私は眼帯をした二人に完全に包囲されていた。猿飛君も個性的だが、この眼帯二人組はそれを上回る個性の持ち主のようだ。私の周りで個性が群がっている。群がり過ぎである。人生でこんなにも個性に群がられるのはどれほどの確率なのだろうか。少しいい感じに散ってはくれないだろうか。個性的なのが共通点なものの猿飛君と比較して、このダブル眼帯はあまりにも柄が悪いため、私は完全に体を丸めて萎縮してしまっていた。
「だから言ったでしょ旦那達!名前ちゃんは前世の記憶を持ってないんだってば!」
その話はもうしないって言ったじゃない猿飛君!折角、忘れかけていたのに!もしかして、元々、猿飛君はそういう不思議系なキャラであったのだろうか。だとしても、そんな話が通じる相手には到底、思えないのだが。
「いや、そんなんありえねぇだろ。」
「That's right!お前のことだけ忘れられてんだよ!残念だったな猿飛!」
「ひどい!」
通じている。この眼帯ズもスピリチュアルな類を信じる側だったとは。人は見掛けによらないものだが、私を巻き込むのだけはやめていただきたい。
「なあ、名前!俺のこと覚えてんだろ?長曾我部元親!よく俺の船に乗っては一緒に釣りしてただろ?」
そんな厳つい名前の知り合いは知らない。それが見るからに不良の眼帯であるなら尚のことだ。
「覚えてるかHoney!前世では俺がお前のDarlingだったんだぜ?」
100%知らん。例え前世が本当のことだったとしても絶対に思い出すなよ私。永遠に思い出すな。さもなくば、お前はグローバル眼帯ダーリンのハニーにされてしまうのだから。あまりにも治安が悪過ぎる受け入れがたい目の前の現実に私は瞼を固く閉ざし、ぐっと下唇を嚙み締めた。
「本当に勘弁してよ、お二人さん!俺だって辛いんだってば!」
「お前はそれで良いのかよ猿飛!」
「仕方ないっしょ!俺達と違って名前ちゃんには前の記憶がないんだから!無理に思い出させようとしたって可哀想じゃない!俺は、今の名前ちゃんと新しい関係を築いて青春するって決めたの!」
「Ha!俺はあきらめねえぞ!今までの名前との思い出をなかったことにしろってか?答えはNoだ。そんなの俺が絶対に許さねえ。」
目だけは合わせないようにと下を向いていた顔は顎を掴まれて強引に上げさせられる。自ずと私を見つめる片目と視線が重なる。横柄な言動と違わずギラギラと獲物を狙う眼光を研ぎ澄ませながらもどこまでも純粋でまっすぐで綺麗な瞳をしていた。
「どんなことをしてでも思い出させる。」
相手の瞳から逸らせずにいた私の視界を翳りが差す。すると顎を掴む手の感覚が消え、その理由は第三者によって払いのけられたからだとすぐに理解した。
「伊達よぉ。アンタの気持ちは俺にもわかんぜ。でも、やり方が気に食わねぇ。」
そう啖呵を切ると、もう一人の眼帯の人は私に向き直り、快活に話し始めた。
「なあ、覚えてねぇか。俺が初めて釣りに誘った日のことをよ。あん時、俺はでけぇ鮫を釣ったんだけどよ。」
「鮫を…。」
「おうよ!名前は一匹も釣れやしなかったってぇのに俺がそれを釣った時、お前はまるで自分が釣り上げたかのように喜んでくれてよ。そんで、新しいカラクリを披露するたびにやたらめったら褒めてくれただろ。俺はそれがすげぇ嬉しかったぜ。」
思い出に浸りながら語る彼のエピソードは困惑で満たされた私の頭の中には何一つとしてその情景は浮かんでは来ない。何より鮫を釣り上げた嘘か本当かわからない話のインパクトがあまりにも強過ぎる。強過ぎて他の話が入って来ない。相手は何かを期待する眼差しを向けているが、私はその期待には応えられないのだろう。
「鮫ってゲームか何かの話?」
悪意のない一言が居た堪れない空気を更に重くさせた。鮫を釣り上げたという彼は笑ったまま固まってしまい、もう一人の眼帯の人は厳しい顔つきになって、柄の悪さがより一層に増していた。しばらく、静観していた猿飛君はこうなることをわかっていたのか、やれやれといった様子で肩を竦めた。本当に居た堪れない。
「はは…マジかよ。」
「Shit.」
「え、じゃあ、本当に鮫釣ったんだ。凄いね。」
「名前ちゃん。もうやめなさい。」
出逢った時とのあまりの変わりように配慮した言葉をと気を遣ったつもりなのだが猿飛君にやんわりと制止されてしまった。栄養が不足した植物のように項垂れる二人を前にして私は再び口を閉ざすことにした。
「くそっ!他の野郎はみんな覚えてんのに何で名前だけは例外なんだよ!」
「あれだけ竹中にViolenceな扱いを受けていれば、記憶の一つや二つ抜け落ちるのかもしれねーな。」
「竹中の野郎とはもう逢ったのか?」
「いんや。俺と旦那達だけ。まあ、時間の問題だろうけど。」
ここでも名前が出て来た謎の人物、竹中さん。まだ見ぬ人ではあるものの、察するにまだ知らぬ危険を齎す人らしい。是が非でも逢いたくない。どうにかしてエンカウントするのを避けたいところだが、すでにカウントダウンは始まっているようだ。誰かそのカウントダウンを止めてくれ。
「よっしゃ!今から海行こうぜ海!」
「噓でしょ!?今から!?」
「あたぼうよ!今じゃなけりゃ、いつ行くってんだよ!」
「少なくとも今じゃないと思うよ。」
「海よりMy homeに来ないかHoney!今なら小十郎も居るだろうからきっと喜ぶぜ!」
「何で帰ろうとしてんの!?俺達は学生で今日は平日のまだ午前中なんですよ、お二人さん!そこんとこわかってる?」
「俺はアンタの家に行きたかないんだが。」
「何でお前も来ようとしてんだよ、ふざけんな!」
「ふざけんてんのはそっちだろうが!何でテメェは名前と二人きりになろうとしてんだよ!」
「Ha!そんな野暮なことを聞くなよ!どんなことをしてでも思い出させるって言っただろ?そんなの―」
そこで私の聴覚は奪われた。完全な無音。私の両耳を猿飛君が両手で抑えつけたせいだ。その素早さたるや、まるで忍びのごとく。一体、何を言ったのか知らないが、もうすぐ3時間目の授業が始まるというのに眼帯コンビが取っ組み合いを始めた。私は再びゆっくりと目を閉ざした。
MANA3/240907