来世に乞うご期待
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突然だが、家庭の事情で引っ越しをすることになった。引っ越し先は今住んでいる場所よりも随分と遠く離れているため、転校も余儀なくされた。生まれ育った土地と共に過ごした友人との別れは悲しかったものの、その悲しみに浸る暇もなく、環境は目紛るしく変化していく。そうすると悲しみを消し去るように次に私を襲ったのは不安である。新たな環境、知らない景色、初めて行く学校、これから上手くやっていけるかどうか、考えれば考えるほど先行きが憂鬱で塗り潰されていく。そんな私を他所にその時は否応なしに訪れる。そして、自己紹介。
「苗字名前です。よろしくお願いします。」
転校初日。可もなく不可もなく、良くも悪くもない普通の自己紹介。それでもクラスには歓迎の拍手が響き渡り、一先ず、第一関門を突破できたことに胸を撫で下ろす。もう少しアピールをすべきだったかもしれないが、妙な発言をしてしまい、印象が悪くなるのだけは避けたい。私は飽くまで平穏な学校生活を送りたいだけなのである。それに何より緊張で言葉はあまり出てこない。
「はい。苗字さんは引っ越して来て、色々わからないことがあるだろうから、困っていたら助けてあげるように。じゃあ、苗字さんの席は―」
ガタンと大きな音に私に集まっていた視線は一斉にそちらに注がれると赤茶色をした髪の男子が驚いた表情をして前のめりに立ち上がっていた。音の原因は立ち上がった勢いで倒れた椅子なのであろう。ただでさえ目立ちそうな髪色だが、この状況が更に彼を目立たせていた。
「どうした猿飛。トイレか?」
「あ、いや…何でもないです。」
静かだった教室が笑い包まれる。転校生である私はそれに同調することができず、その光景を呆けて見ていることしかできなかったが、笑いの中心に居る当人もどこか取り残されているような様子でそれが不思議で仕方がなかった。
「じゃあ、苗字さん。今、突っ立っている猿飛の後ろの席が空いているから、そこに座ってくれないか。」
先生に促されて私は指定された席へと向かう。未だに佇立したままの彼の横を通る際にちらりと見てみればめちゃくちゃ目が合ってしまった。ガン見されてた。何で。何でガン見してるのなんて聞けるはずもなく私は着席した。それに釣られるようにずっと立っていた彼もようやく席に腰を下ろした。
—————
「ねえ、苗字名前ちゃんだよね?」
ホームルームが終わるや否や、前の席の男子が振り返って話しかけて来た。さきほどの一件があり、私も気になっていたもののこんなにも早く話かけられるとは思っておらず、驚いて体が硬直したが何とか口は動かせることができた。
「…そうだけど。」
名前ならさっき自己紹介をしたばかりなのだが。もしかして、もう忘れたのかと思うと少し傷付くが確認のされ方が何かひっかかる。前後の席なので距離が近く、彼の顔がよく見えるが、やはり見覚えはない。
「俺だよ俺!猿飛佐助!いやあ、それにしても懐かしいなあ!またこうして逢えるだなんて感激だよ!」
この反応。やはり私と猿飛君は顔見知りなのだろうか。はたまた、誰かと人違いをしているのか。少々、罪悪感を抱くものの私は思い切って感慨深そうに話す彼に質問を投げかける。
「えっと…どこかで逢いましたっけ?」
「…ああ、最後に逢った時の話?あれはそうだな…戦国時代だから―」
「は?」
突拍子もないワードに私は呆気にとられてしまう。それに釣られて猿飛君の話もぴたりと止んだ。話の腰を折って悪いが、私は再び質問をする。
「戦国時代ってどこかの場所か何かってこと?」
「戦国時代は戦国時代だよ。」
「は?」
「え?」
またしても話が止まってしまい、それと同時に妙な空気が漂い始める。何かが明らかにおかしい。それは私だけでなく、猿飛君も少なからず感じているだろう。そして、猿飛君には初対面なのに申し訳ないが、着実に不信感を募らせつつある。これ以上、話を続けるのは私の平穏な学校生活を脅かされるかもしれない、そう思いつつも、心のもやもやを晴らしたい気持ちが私に三度の質問をさせる。
「猿飛君は何の話をしているの?」
「何って前世の話だけど。」
「は!?」
「え!?」
突然のスピリチュアルに私の脳内で流れ始める世にも奇妙なBGM。『前世』という思いも寄らないワードは私を混乱させるには十分なものだった。しかし、頭の片隅ではこのままだと私は猿飛君に壺を買わされるかもしれないと冷静に考えていた。駄目だ、やはりどう考えても冷静ではない。このままでは脅かされてしまう!私の平穏な学校生活が!
「猿飛君は前世を信じるタイプなんだね。」
「信じるも何も事実なんだけど。」
「なるほどなるほど。壺は買わないよ。」
「何の話!?売らないけど!」
「水も買わないよ。」
「売らないってば!」
どうだか。口では何とも言えるのだ。私は騙されないぞ。私が信じるものは私が決める。そして、それは猿飛君の信じるものではない。疑いの眼差しで見ていると猿飛君はあたふたと焦り始める。
「はいはい!わかったわかった!もうこれ以上は言わないよ!言わないからそんな目で俺を見るのはお願いだからやめて!折角、逢えたのに名前ちゃんに不審者扱いされたら堪ったもんじゃないからね!」
その点に関してはすでに手遅れかもしれないよ猿飛君。残念ながらね。この様子だと壺や水を押し売りするつもりはないようだ。今の所は。少し安心したのも束の間、ふと猿飛君が浮かべた切なそうな表情に何故だか心が僅かに痛んだが、それが気のせいだと思わせるように次の瞬間に彼は明るく笑ってみせた。
「ちょっと変な感じになっちゃたけど改めまして。俺は猿飛佐助。ま、これも何かの縁だし、仲良くしてやってよ。あ!俺様が友達第1号ってことでいいよね?」
友好の証とばかりに差し出された手を暫し見詰めてから私はその手を握った。
「よろしく猿飛君。」
「困ったことがあったら何でも相談してね!こう見えても俺様尽くすタイプだからさ!」
そう言って猿飛君の手を握る力が強くなった気がした。一時はどうなるかと思ったが、転校初日から友達ができたことは純粋に嬉しかった。
「あ、竹中の旦那にはもう逢った?」
「たけなか?」
「その様子だとまだ逢ってないんだね。あの人には気を付けた方がいいよ。」
何それ不穏。
MANA3/240903
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