ED3-1 Normal Ending
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名前を呼ばれた彼女は顔のみをゆっくりとこちらに向けた。久し振りに見た漆黒の瞳は以前では想像もつかないほどに酷く冷淡なものに変貌していたが、その眼の奥底では憂いを秘めていることを僕は見抜く。僕の体は恐怖などではなく歓喜に打ち震えている。
伝えたいことがある。君を傷つけてしまったことを謝りたい。僕には君しかいない。もう離れたりしないでくれ。もう何処にも行かないでくれ。これからも僕の傍に居てほしい。それから、それから、僕は君を、君を-―。
止め処なく溢れ出す想いとは裏腹に上手く言葉が紡げない自分が何とも歯痒い。すると突然、彼女は僕から目を背けるとこの場から立ち去ろうとした。
「っ待ってくれ!」
思わず走り出してまた僕の前から消えようとする彼女の手首を力強く掴む。それは彼女には痛いと感じてしまうほど掴んだ手に力を込めてしまったかもしれない。けれど、そうでなければ、次こそ、もう二度と彼女とは逢えない、そんな気がしたのだ。
「…名前…僕は……―」
「気付いたんでしょう。私が瑕疵だということに。」
ずっと聞きたかった彼女の声は嗄れて今にも咽びそうな何とも悲しいものであった。
「私も最初は知らなかったし信じられなかった。でも、意図したことではないとは言え、私はあなたの友達を消し、あなたまでもを欺いた。そんな自分が恐ろしくて堪らない。許せないんです。これ以上、あなたと居ることは出来ない。」
「どうして。僕は君を咎めたりなんかはしない。君は何も知らなかったんだ。」
「っこのままだと私はあなたまで消してしまう!それだけは、それだけは絶対にっ、だから―」
「僕が望むならずっと傍に居てくれると!そう言ったのは君じゃないか!」
声を荒らげ叱責する僕にゆっくりと向けた彼女の表情は唇を噛み締めて、眉を垂れ下げ、見ている方が胸を締め付けられるくらいに悲しいものだった。そんな彼女をそっと引き寄せ、すべてを包み込むように出来るだけ優しく抱き締めた。
「名前。君を傷つけてしまったことを本当にすまないと思っている。君を失って僕は改めて思い知ったよ。君が居ない日々を僕は断腸の思いで過ごしていた。やはり、僕には君しか居ないんだ。一緒に居ない方が良いと言うのが僕の為なら傍に居てくれ。それでも僕の下から去ろうと言うのなら、僕は君を追い続けるまでだ。どれだけ拒もうが僕は君を逃がしやしない。例えそこが光の届かない闇の中でも僕は君を見つけるよ。」
「…半兵衛…さん……。」
僕はやっと名前に想いを伝えることが出来た。そして、腕の中に閉じ込めた彼女の温もりを感じながら、その確かな幸せを噛み締めていた。
「……あなたは、…いつだって私の欲する言葉ばかりを囁いてくれる。そう、今だって…。」
そう呟いて頭を上げた彼女は儚く、とても悲しそうに笑っていた。
「でもそれは、あなたが瑕疵によって毒されている何よりの証拠なんです。」
突然、名前自身の色彩が淡々しくなり、周りの景色に融け込むように消え始める。
その悲愴で残酷な光景に驚愕した僕は彼女を消すまいと力任せに抱き締めようとするも、腕は虚しく空を切り、彼女に触れることが出来なかった。名前を呼ぼうとしても、言葉が声にならない。困惑する僕とは対照的に彼女は絶やさず笑っていた。
「半兵衛さん。私はあなたのおかげで十分に幸せです。そう、もう十分なんです。だから、あなたを私という桎梏から解放します。」
名前!
「今まで、ありがとうございます。」
名前っ…!
「さようなら。」
遠退く意識の中で僕が最後に目にしたのは今まで見てきた中でも最も愛おしい笑顔と初めて見たその頬を伝い零れ落ちる悲しい涙だった。
「半兵衛。」
名前を呼ばれて僕はゆっくりと眼を開けた。微風が頬を撫ぜ、髪をさらさらと揺らす。隣には気遣うようにこちらを見遣る友の姿があった。
「……秀吉。」
「どうかしたのか。」
背丈の高い友を見上げていた顔を下に向けて僕は伏し目がちに足元を見ながら未だ僅かに朦朧とする頭で先程までのことを思い出そうとした。
「何だろう。何だか、長い夢を見ていた気がするんだ。…長い、…幸せだったような、…悲しい夢を。」
「ふっ、お前らしからぬ不明瞭な表現だな。」
「……そうだね。でも、これは夢じゃない。」
「ああ。そうだ。」
城の頂上から見下ろすとそこには盛大に鬨の声を上げ、列をなす豊臣軍の兵士の姿。豊臣は天下を、この日の本を統べた。秀吉と僕は己が夢を果たしたのだ。
そう、僕は悲願の夢を実現させた。それなのに、心は実感や達成感、充実感などは一切なく、僕の心を満たすのは喜びではなく果てしない虚無であった。中心に穴がぽっかりと空いて欠落したような感覚だった。
僕は大切な何かを忘れている気がした。それが何かを思い出そうとした。何度も、何度も、何度も。だが、結局、僕は思い出せなかった。そんな自分に訳もわからず腹が立った。唯一記憶に残っているのはたった一つの名前のみ。
「……名前―。」
それが誰の名前なのか、何処で知ったのかもわからない。頭にこびりついて離れないその名前を呟いても返事などは返っては来なかった。
ただ、その名前を呼んだ途端、胸の奥が熱くなり、どうしようもない苦痛が伴い、僕は無性に悲しくなった。
出来ることなら
次は陽の下を飛び回る
蝶のように
MANA3*100905