生じる破綻
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空一面は鈍色の雲で覆い尽くされている。だが、この胸騒ぎはそれだけが原因ではない。城の外から聞こえてくるのは刀と刀が交じり合う音や人の雄叫び、轟く爆音。今、この城はとある軍に攻められていた。
「黒みを帯びた金色に蔦の紋……間違いない。松永久秀だ。」
「松永…久秀…。」
兼ねてから噂は聞いている。あの象徴となる色と同じ黒い噂を。
松永久秀。悪名高き武将と恐れられているその人物は己の欲望に忠実に生き、欲しい物は如何なる手段を使っても手に入れる。例えそれが人の命を奪うとしても。本能のままに略奪の限りを尽くし、忠義や理想といった人間的な思想や信条は一切持たない。松永久秀という人間は紛れもなく純粋なる悪だ。
そんな人間が何故この場所にやって来たのか。私は招かれざる黒い軍勢を訝しい表情で見詰めずにはいられなかった。
「大丈夫だ。君が心配することは何もないよ。」
私の心情を察して安心させる為なのか半兵衛さんは私にそう笑いかける。それでも、不安は拭い切れなかったが、これ以上は心配をかけまいと私は口を固く閉ざした。
「松永久秀の狙いが何なのかはわからない。しかし、少なくともそれは殺戮ではないのは確かさ。」
半兵衛さんは組んでいた腕を解いて、寄り掛からせていた体を壁から離すと、同じく壁に立てかけておいた凛刀を佩刀した。
「僕もそろそろ行くとするよ。名前。君はここに残っていてくれ。良いね。」
そう告げると、優しい笑顔が一変し、半兵衛さんは極めて真剣で厳めしい、一人の武人の面持ちになる。遠ざかる背中に胸のざわめきは収まるどころか、より一層、私を支配するかのようにざわざわと騒ぎ立てていた。
「…っ半兵衛さん!」
私の張り上げた呼び声に半兵衛さんはぴたりと歩みを止めた。たった一度叫んだだけで呼吸が乱れ、忙しなく全身に血を巡らす脈は私から平静を奪っていく。行かないで。そう言ってしまえばこの人はこのままここに留まってくれるだろうか。脳裏にちらつく己の嫌気が差す浅薄を必死に振り払おうとする。私は一体何を考えているんだ。わかり切っているではないか。それはこの人を困らせる枷にしかならないというのに。喉に突っかかった言葉が円滑に口から出て来ない。本音と共に固唾を呑む。私がこの人に出来ることは―。
「気をつけて下さいね。」
ゆっくりと振り返った半兵衛さんは私を見て柔らかに微笑んだ。
「ああ。ありがとう。」
そう言い残して、半兵衛さんは部屋から出て行った。私があの人の為に出来ることなど果たしてあるのだろうか。部屋に独り残された今の私にはひたすら無事を祈るばかりであった。
再び視線を外に移すと空は先程よりも暗雲が立ち込め、黒さを増していた。
目の前の敵を易々と薙ぎ払うと刀を鞘に収め、周囲を見渡す。戦況はこちらの優勢。残りの敵も数えられるほどとなっていた。しかし、喜ぶべき状況にも関わらず僕の中では違和感と疑問が渦巻いていた。
その時、一人の兵士が足早に近付き片膝を地につけた。
「半兵衛様。」
「見付かったか?」
「いえ。松永軍総大将、松永久秀殿の姿は何処にも見当たりません。」
「…そうか。」
僕は手を口元に当て考えた。城一つ攻め落とすには敵軍の兵士の数があまりにも少な過ぎる。かと言って、一人一人の力が強い訳でもない。そして何より総大将である松永久秀が戦場の何処にも居ない。一体何処に。これは何かしらの戦略なのか、将又、他に裏があるのか。
その時、とある仮説が頭の中で浮上し、はっとする僕の顔の輪郭に冷たい汗が伝った。
「…まさか…!」
どさっ
突然、部屋の外から人一人が倒れる音と微かな呻き声にびくりと肩を震わせる。部屋を出入り出来る唯一の襖を不審に見詰めていると、一歩、また一歩と足音が響き、それは次第に大きくなっていく。得体の知れない何かに私の中で恐怖心が芽生える。やがて、足音は部屋の前で止んだ。どくどくと心臓の鼓動が煩い。意を決し、私は声を搾り出す。
「……半兵衛、さん…?」
暫くすると、すっと襖が開かれる。そこから現れた人物に私は愕然とさせられた。
「……あなた……誰………。」
目の前に現れた見知らぬ人物は薄ら笑いを浮かべながら口を開いた。
「初めてまして、お嬢さん。」
生じる破綻
MANA3*100831