コウイに感謝せよ
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「我は世界諜報機関本部征服計略執行部、通称世界征服部部長、毛利元就だ」
「部長。用事があるので帰宅して良いでしょうか?」
「用事とは何だ」
「バイトです」
無言で席から立ち上がり、書類棚から一冊のファイルを取り出し元の席に戻った毛利先輩。長く細い指で捲られるファイルはどこかの頁で止まり、開かれる。そこに書かれた事を目に通すと先輩は部屋にある電話を手にした。
「婆裟羅学園世界征服部の毛利だ。そこの店で雇っている苗字は現時刻を以てしてバイトを辞める」
「ちょおおおおおおおおいっ!!!!!!」
予想外の展開に「ちょっと」と「おい」が融合を遂げた絶叫を上げ、物凄い勢いで先輩から受話器を奪い耳に当てる。
「もしもし店長!?すいません、うちの先輩が悪質なイタ電を―」
ツー ツー ツー
「…ってあれ?店長ぉ!店長ぉ!もしもし店長おおお!!!!」
受話器からは店長の声の変わりに通話が切れた事を意味する無機質な音が聞こえた。
事態が飲み込めない私が目にしたのは、電話のフックスイッチを押さえる毛利先輩の指。
「ちょおおおおおおおおいっ!!!!!!」
フックスイッチを押した先輩は悪びれる様子もなく、涼し気な表情をしている。
「喜べ。これで貴様は晴れて自由の身だ」
「私の自由を返せ!」
「どうだ。縛られるものがなくなった気分は」
「それを聞いて今の私の口から『最悪』以外の答えが聞けると思ってるのか!?」
確かに自由になれたと言えば自由になれたのだろう。だが、最近始めて、まだ一回しか働いてないバイトを辞めさせられ、それを自由と呼ぶのは間違ってる。仮初めの自由だ。もうただバイトを辞めただけだ。
私も吃驚だが店長も吃驚だろう。やる気のない若者に呆れているか、一日目に自分が何かしたかと不安になっているかのどちらかの筈だ。
例え一日目に何かあったとしても、私はもう少し頑張れる人間ですよ。
「何故、バイトをする」
「一人暮らしをしているからですよ」
「親からの仕送りはないのか」
「ありますけど。生活費くらいは自分でどうにかしようとバイトをしたのに、部長のせいで私がホームレスになるのも時間の問題です」
目の前の人間の将来が絶望的にも関わらず、毛利先輩の顔色は変わる事はない。一人の人生を弄んでおいてなんて人なんだ!同じ人間とは思えない!同じ人間じゃない!
「案ずるな。そなたが段ボールコレクターになる心配はない」
「何ですか、段ボールコレクターって。何ちょっとホームレスの事を格好良く言い換えてるんですか」
「この学園の学生寮に住むと良い。既に手配はしてある」
「手配って…そんな勝手な事を校長先生が許す訳ないでしょう」
学生寮があるのは知っていた。入りたいとも思っていた。だが、学生寮に住むより学園から近いマンションに住んだ方が経済的だった為、私は学生寮を諦めたのだ。
「征服部の者は優遇されておる。学生寮に住む為の費用は一切不要だ」
それはあなたがこの学園を統べる人物の弱味を握り脅しているからでしょう。今居るこの部屋。世界征服部の部室らしいが。部室がこんなに広くて良いのか。部室に電話線が繋がっていて良いのか。高級そうなソファーがあって良いのか、部長の座る椅子が校長先生が座るみたいな椅子で良いのか。これもこの学園が一人の生徒によって征服されている証拠なのか。
「いや、でも…」
「何を躊躇う。学園は我の支配下にある。この学園だけではない。そなたが思っている以上に征服の規模は拡大されておるのだ。さっきの店長も例外ではない」
店長おおおおおおおおお!!!!!!店長が既に征服されてたとは!店長も何か弱味を握られているのか!?ってか、たかが部活に何だこれは!!怖ッ!!!!部活でやる事ではない!部活じゃなくてもやる事ではないけれども!
「まぁ、良い。これを受け取れ」
差し出されたのは鍵。鍵に付けられたプレートには『学生寮』の文字と恐らく部屋番号であろう数字が書かれている。
「ちょっ、私、まだ学生寮に住むとは」
「荷物は運び終えている。住んでいたマンションとも話は着いておるしな」
「私の自由を返せ!」
初めから私に選択権などないではないか!知ってはいたが何て勝手な人だ。でも実際は学生寮に住めて嬉しい気持ちも少なからずはある。しかし、裏では校長先生が泣いてると思うと心が痛む。
「どうだ。我の様な男は早々に居ないであろう」
「そうですね」
「ふっ。何なら我に惚れても良」
「ぶぇっくしょん!え、すいません。何か言いました?」
コウイに感謝せよ
(目の前には毛利先輩の項垂れる姿が在った。)
MANA3*080601