自ら傲慢の水底に溺れた男
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突如として現れた非常識な死人に大切な母の形見である指輪を奪われてしまう。その後も奪還を試みるものの、未然、指輪は私の元には返って来てはいない。取り返すまでの間の代用品にと見栄も値も張った指輪は誰も予想出来ない衝撃のドラマティックな展開によりもう一人の常識ある死人のものとなってしまった。形見の指輪は別だが、代用品の指輪の方は今更返せとは言い出し難い。と言うよりも最早、諦めていると言った方が適切だろうか。たった一度だけ指輪を返してはくれまいかと切り出した事があるのだが、「これは我とそなたとを結ぶ契りの証。そなたの言い分とてそれだけは聞く事は出来ぬ。」と命の恩人であるその人が言うのであれば何も言えまい。契りを交わした覚えは一切ないがそれ以上は追及しなかった。しかし、もう一人の非常識な方は別だ。お前だけは許さない。やはり、長年肌身離さず身につけ或いは持ち歩いていた指輪がない現状は私にとって違和感しか与えなかった。今一度、指輪を取り返すまでの代用品の指輪を買いに行く為に私は外へ繰り出そうとするのであった。家を出る時に非常識な死人こと半兵衛さんが「何処へ行くんだい名前。まさか浮気かい?僕の様な理想の夫が在りながら性懲りもなくまた君は浮気をすると言うのかい?それともそんなに僕のお仕置きを受けたいのかな?良いだろう、今夜は声が枯れるまで存分に嬲ってあげよう!覚悟したまえ!」とほざきやがるので私のジャブ、ストレートからのコンボと背後から歩み寄っていた常識な死人こと元就さんのミドルキックによる連携技によって半兵衛さんは倒れ伏せて沈黙した。そのまま悠久なる眠りに就くが良い。その後、元就さんが私の両手を握り締めながら「気を付けて参れ。何かあったらすぐ我に連絡しろ。」とお見送りされながら家を後にした。
大きな河川の上に架かる風が吹き抜ける大きな橋。私はその橋の丁度真ん中辺りで欄干の上に腕を乗せて体を寄り掛からせながら先程買った指輪を人差し指と親指で摘んでぼんやりと眺めていた。
今回買ったのは安いビーズの指輪。前回お金をかけ過ぎてしまった指輪は私の物とはならず他人のものになってしまった。あんな事件が日常茶飯事で引っ切りなしにしょっちゅう起こるはずないとはわかってはいるのだが、心のどこかではまたあの時の様になってしまうのではないかと恐れをなした、その結果がこれだ。それに高い物など自分の身の丈に合っていない。私にも代用品としてもこれくらいがお似合いなのだ。そんな事を考えながら思わず私は深い溜め息を漏らす。
眺めていた指輪を徐に指へと嵌めようとしたその時。突如、悪戯に強い風が吹き抜けていく。その拍子に私の指からぽろりと滑り落ちた指輪は澱みなく滔々と川が流れる下へ下へと―――――
「ああああああ!!!!ちょっま、うぇッ!?!?」
無情にも私の元から離れて落ちゆく指輪に向けて必死に手を伸ばせば、体を乗り出し過ぎたせいか、地面から足が宙に浮き、ずるりと欄干から私の体は引き摺られる様にして気付けば安全が保証されない境界線の向こう側へ。私は指輪と共に重力へ抗う事がなく橋の下に急降下する。
「ぬわあああああああああああ!!!!!!!」
高々安物の指輪一つで私は死ぬと言うのか。最早、ここまで来ると私は呪われているのではないのか。いや、死しても尚変態の死体に執拗に纏わり付かれるなど私は間違いなく呪われているに違いない。一度、この世に授かった命を粗末にした報いがこれか。私が死んだら半兵衛さんと元就さんはどうするのだろうか。まあ、半兵衛さんはどうでもいいか。思い出が走馬灯の様に駆け巡る中、何故か一番最初に出て来たのは半兵衛さんだった。何故だ。解せぬ。何でお前が出て来るんだ。何か腹が立って来た。
そんな私の意識も思考も怒りも含めた感情も全て水の中へと飲み込まれ沈んでいった。
ここはどこだ。あの世なのだろうか。だが、肌に感じる空気、周りに漂う匂い、遠くから響く忙しなく騒がしい近代的な音。それらはまるで私が生きていた現世の様であった。閉ざされていた瞼をゆっくりと開ける。ぼやける視界が徐々にクリアなものへと変わっていく。すると、完全にはっきりとした視界に写ったのはあまりにも近過ぎる見知らぬ男の顔であった。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!」
「Ouch!」
衝動的に男を押し退けた私は仰向けに横たわっていた体を起こし、後退り相手との距離をとる。誰だこの人!何であんなに顔を近付けてたし!そして、何故全身が哀れな程にすぶ濡れなんだ!疑惑と怪しさしか漂わない男は私が押した拍子に思いの外に力が強かったのか体が倒れた様で顔を少し歪めながらも、服についた汚れをある程度、手で払うと座りながら立てた肩膝に片腕を乗せてふてぶてしい体勢でこちらを見て不適に笑う。何笑ってんだこの野郎が!
「Good morning girl.Kissはまだしてないのに少し目覚めるのが早過ぎやしないか?」
「キッ!?!?!?な、な何なんですかあなた!」
「そうだな…あんたのprinceってところ、だな。」
「何言ってるんですか!ふざけないで下さい!」
「やれやれ。そんなに目くじら立てたら折角のcuteな顔が台なしだぜ?」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
口を開けば男は殊更に怪しかった。良く見れば顔容は整っていて格好良いのかもしれないが、眼帯で会話の合間合間に英単語を挟み水も滴る何ちゃらと言わんばかりに全身が濡れていて、あまつさえ気絶していた初対面の人間にキスまでしようとしていたとは。いつまでも警戒心を解かずにきつく睨めつける私を見てキャラが無駄に濃い男は小さな溜息を吐きながら肩を透かす。何なんだそのリアクションは。人を馬鹿にするのも大概にしろよ。
「あんたが橋から川に落ちた所を俺が助けた、と言ったら?」
男の言葉に私は目を丸くした。何もかも思い出した。そうだ、私は落ちる指輪を必死になって掴もうとして、指輪と一緒にそのまま橋から川に落ちて。今更になって気付いたが自分の全身も男と同じく水浸しではないか。今、私達が居る場所もあの橋の下の河川敷。どうやらあれは夢ではなかったらしい。そうなれば、心の底から沸々と沸き上がって来るのは罪悪感。私の態度は打って変わり、慌てて土下座をしながら男の人に謝罪する。
「すみません!!!!私の不注意により見ず知らずのあなたに多大なるご迷惑をかけてしまい大変申し訳ありません!!!!!!一体何とお詫び申し上げれば良いのか、兎に角本当にすみません!!!!!!」
こんな事で許されるとは思えないし私の気も済まないが、居ても立ってもいられず捲し立てて全身全霊で自分の非礼を詫びる。そんな姿が余程滑稽だったのか男はくつくつと喉で笑っていた。笑うが良い!それで少しでも償いとなるのならば愚かな私を笑うが良い!
「All right.素直な奴は嫌いじゃないぜ。顔上げな。」
恐る恐る、ゆっくりと顔を上げようとすれば、肩膝についた腕とは逆に地面に伸びた手、左手薬指に嵌まる指輪の光に気付き、愕然とすると同時に嫌な予感にぞくりと身震いを起こす。
「そ、それ!指輪!!!!」
「Ah?これ、あんたのか?」
えええええ!?!?!?嘘だろ畜生!また!?またなの!?また死体なんですか!?!?またアンデッドなんですか!?!?この街一体どうなってんだよアンブレラ社でもあるのか!これもうちょっと意味わからんわ!もう本当に勘弁して下さい笑えないです。左手の甲を頭上に翳しまじまじと自分の左手に嵌められたビーズの指輪を見詰める男の姿をまじまじと観察し始めた。左手、右手、露出されている所にはこれと言って異常はない。すると、胴体か足か。いや、そもそもこの人が死人だと決まった訳ではない。だが、逆に死人だと否定する根拠もない。今までのたった二度ではあるが常軌を逸した衝撃的な経験が疑念を払ってはくれない。「あなたは死んでますか?」と聞けるはずもなく、服を脱いでくれとも言えるはずもない。果たしてどうするべきか。短時間で悩みに悩んだ結果、さっさと指輪を回収してこれ以上、この男と関わらない事にした。厄介事はもう懲り懲りだ。
「その、指輪を返して頂けたら、なんて…。」
「………いや、これはあんたからの謝礼の一つって事で俺が貰っておく。文句はねえだろ?」
「はあ、まあ。」
どうせ、安物の指輪だ。そんな物が謝礼と言えるのならいくらでもくれてやりますとも。どうやら、ビーズの指輪を買ったあの時の私の選択肢は間違っていなかった様だ。それにしてもファンシーなビーズの指輪は男には不釣り合いでシルバーアクセサリーの方が断絶似合うと思うのだが今は一刻も早くこの場から立ち去りたいので口には出さない。
「本当にありがとうございます。この御恩は一生忘れはしません。では。」
「Wait a minute.」
そそくさとこの場を去ろうとする私の心中を知ってか知らずか男に手首を捕まれ逃走失敗。ぎこちなく振り返ると男が厭らしく笑っていた。
「な、何でしょうか…。」
「命の恩人に対して随分と薄情じゃないか?」
仰る通り。仰る通りでぐうの音も出ない。代わりに舌打ちしてしまいそうになる所を何とか耐える。だが、顔に貼り付けた様な引き攣った笑顔までは隠し通せなかった。確かに命を助けてもらった者がとる態度ではない。しかし、こちらにも人にはおいそれと話せない事情と言うものが色々とあるんだ。色々とな。早く、私を解放してくれ。
「すみません、あの、私ちょっと用事がありまして…。」
「こんな出会い、そうすんなりとあるもんじゃねえ。俺は今感じてるぜ?運命ってやつをな。」
何 言 っ て ん だ こ の 眼 帯 。
運命だと?囀るな。やっぱりこの人は何か危ないぞ。第一印象からどうもきな臭いとは思ってはいたが改めてやばいなこの人。相当やばい。何か似た様な感じの死人が私の近くにも居るな。世界は狭いな。悪い意味で。私が感じるのは運命ではない、危険のみである。その危険に焦燥しながら考え倦ねていると掴まれていた腕をぐいっと引っ張られた。そのまま男の胸へとダイブする事となり即座に離れようとしたが体を強く抱き締める腕から抜け出せない。
「ちょ、何するんですか!離して下さい!」
「そう照れんなって。」
「だ、誰かああ!!誰か助けて下さい!変態!変態がここに居ます!お巡りさーん!!!!」
「威勢の良いkittyだな。だが少し大人しくしてくれないか。折角のmoodが台なしだろ。」
言うや否や男は再び無駄に整った上品端な顔を近付けて来た。相手は命の恩人。然れど、そのあまりにも放埒な行いを自分の身に危険が迫るにも関わらずこのまま黙って等閑にするはずもなく咄嗟に私は考えるよりも先に体が動いてしまっていたのだった。
「己が罪を悔い改めろッ!!!!喰らえ、約束された勝利の右ストレートおお!!!!」
助けに来ない警察に代わって私直々に男に正義を執行し、粛正と言う名のグーパンチを相手の顔面にお見舞いしてやった。日本の優秀な社会秩序維持機関に代わってお仕置きしてやった。変態なのは罪なんです。それを男も身を以ってして思い知った事であろう。
ごとん
私が男を殴打すれば重みがある何かが落ちる音。そして、ごろりごろりと平坦な地面を穏やかに転がり続ける。その丸いものは一体何か。全体的に茶色の毛が生えていてその隙間から垣間見る肌色。そう、それはまるで、人の頭部の様であった。しかし、そんな事は有り得ない。有り得るはずないではないか。日常生活の中で生首がこんにちは今日も良い天気ですねと言わんばかりに平然と転がっているそんな狂気の沙汰があって良い訳がない、そんな日常など私は認めない断じて認めない。私は眼前の光景を拒絶する。この男も含めて拒絶する。そうだ、有り得るはずがないんだ。視界にちらつく生首の様なものも、無駄に整った顔が首ごと消え去った男の姿も。程なくして転がるのを止めて静止したそれと目が合う。
「Oh…holy shit….」
自ら傲慢の水底に溺れた男
(河川敷に悲鳴が木霊した。)
MANA3*120925