眠らぬ死者のタスク
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「僕に一つ提案がある。」
「成る程、却下しよう。」
「まだ何も話してもいないのだけど。」
半兵衛さんの考える事など碌な事ではないのだ。あの人の口から出るのは呪詛と言う災いである。奴のペースに乗せられて後手に回ってはならない。出る杭は早目に打たねばなるまい。死体なら死体らしく死体に口なしの諺に違わずその口を閉ざして頂きたいものだ。永遠に。だが、半兵衛さんが「聞くだけで良いから!」と何か必死なのでとりあえず聞くだけ聞いてみる事にした。内容によっては台所から包丁を持って来なければならない。
「この家での役割を分担しないかい?」
「役割?」
「そう。名前だけに家事を任せっきりなのはあまりにも心苦しい。僕達が外に行けない以上、買い物するのだって一苦労だ。況してや君はまだ学生。少しでも負担を減らす為にも予め役割を決めておくのが良いと思うんだ。下手に僕達が手伝いをするのは返って君の気を遣わせてしまうだろうからね。」
半兵衛さんの言う提案は私の予想とは裏腹に意外や意外、真面なものであった。意表を突かれ一瞬、呆然とさせられる。何だかんだで私の事を考えてくれてると思うとそれは素直に嬉しい事だ。どうやら包丁は必要なさそうだ。
「そうですね。確かにそうしてもらうと助かりますが。元就さんはどう思いますか?」
斜め向かいの席に座る元就さんに話を振ってみる。腕を組んだ元就さんが自分の隣に座る半兵衛さんをちらりと一瞥してからゆっくりと双眸の瞼を閉じた。
「名前が賛同するのであれば我もそうしよう。」
「決まりだ。」
「じゃあ、どうしますか?担当を決めるよりもローテーションで行きますか?名前と役割が書いた円の表でも作って一日毎にずらしていくとか。」
「それも良いけれど洗濯は僕にやらせてくれないか。」
指を絡ませて組んだ両手を机に置きながら半兵衛さんは自ら進んで名乗りを上げて洗濯と言う役職に立候補した。本人がやりたいと意欲的になっているのなら私はそれに口を出す必要も否定する動機もなく、ぱぱっと決めてしまえば良いのだが、形式的と言うか、会話の流れと言うか、何となく、ただ何となく、取るに足らない事ではあるが理由が気になった私は半兵衛さんに尋ねた。
「何で洗濯なんですか?」
「学校に行く平日に洗濯をやるのは流石にきついだろう。本当は買い物も僕がやりたい所だがそれが敵わない以上、次に重労働であろう洗濯を君にやらせる訳にはいかないからね。」
「半兵衛さん…!」
感動して思わず胸の前で手を組む私。半兵衛さんがまるで半兵衛さんではないじゃないか!!!!私は半兵衛さんの事を誤解していた様だ。そう、変態で下劣で賎しく気持ち悪くて異常で変質的で頭が可笑しい気が狂れた死んでも治らない病的な度し難い飽くなきド変態オブド変態だと思っていた。これが本来の姿であって今までは変態の精霊か質の悪い何かが取り憑いていたに違いない。そうに決まっている。
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて半兵衛さんには洗濯を―――」
「待て。」
任せると言おうとしたのを遮ったのは元就さんだった。閉ざされていた瞼が開かれ、その両目はまるで何かを見透かした様にじろりと半兵衛さんを見遣る。
「竹中。貴様本当にそれが洗濯を撰んだ動機か?」
一体それはどう言う事なのか。私には元就さんが半兵衛さんを疑る様に聞こえた。
「何を言っているんだい。当たり前じゃないか。他に何の理由があると言うんだい。」
「そうだな。例えば洗濯をやるとするならば名前の衣類、下着を盗むのは造作もないだろう。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「ふっ、そんな事があるはずないだろう。」
「何だ今の間は。ふざけておるのか。」
何だ今の否定に至るまでの長い沈黙は。まるでコントの様ではないか。振りではないか振り。あれ。何か可笑しくなって来ていないかこれ。いつものお決まりのパターンに入ってしまうんじゃないかこれ。半兵衛さんを信じたい、いや、どちらかと言えば頼む!そうであってくれ!と心中、両の掌を擦り付けて南無南無南無南無…と祈祷する私は半兵衛さんの擁護に回る。
「元就さん。半兵衛さんも私の為と言ってくれてますし、そんなに疑ってかかるのも悪いですよ。」
「この変態の後ろのポケットにそなたの下着が入っていてもか?」
「 本 当 な の か こ の ド 変 態 が 。 」
「言い掛かりは止してくれないか、元就君。」
「では、そのポケットから食み出ている布は何だ。」
「ちょっと、立てよこの野郎。」
「何を言ってるんだい。これはハンカチだよ。」
「それでお前の何の汚れが取れると言うんだ。ハンカチごときでお前の汚れが払拭出来るとでも思っているのか!良いから立て!立つんだ!!」
痺れを切らした私が椅子から立ち上がり半兵衛さんを立たせ様とするとそれをさせまいと半兵衛さんが私の体を抱き竦めて動き封じる。じたばたと暴れ、脇腹集中的にを殴り続けたがびくともしない辺り効果はない様だ。
「ああ!名前は本当に可愛いなあ!そんなに僕に抱き締められたかったのかい?仕方がないなあ!」
「仕方ないのはお前の頭の方だよ!さっさと離せ!!そして下着を返せ!」
頭にハアハアと生暖かい吐息がかかり、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。気持ちが悪い。生気を吸い取られてる気分だ。
「そこまでだ変態。これが何なのか説明してもらおうか。」
元就さんの声に反応して拘束する半兵衛さんの腕の力が弱まった隙にそこから抜け出すと、元就さんが手に持っていた良く見知ったそれは紛れもなく私の下着であった。
「あああ!!!!それ私の!」
「元就君、僕は君と言う人間の人格を疑ってしまうよ。」
「貴様にだけは言われたくなかったな。」
考える必要もなく元就さんの手にある下着は半兵衛さんのスキニーパンツのポケットに入っていたものだろう。それに激昂した私は犯人の胸倉を勢い良く掴んで問い詰める。下着が出て来た以上、奴ももう言い逃れは出来ないだろう。遂に年貢の納め時だ。この罪は土に還ってもらう事によって償ってもらおう。
「半兵衛さん。物的証拠が出て来ましたが何か辞世の句なり何なりあるのなら最期に聞いてあげますけど。」
「名前。君は大きな誤解をしている。」
「何ですかそれは。」
「僕は洗濯の役割を担わなくとも君の下着なら容易く入手出来る。ただ、洗濯を担当する事によって洗ってない君の下――――」
私は台所に行って持ち出して来た包丁を握り締めて、竹中半兵衛と言う変態の脳天に突き刺して黙らせた。こうしてまた私の手が汚れてしまった。これで最後であってくれと願わずには居られない。こいつはこうやって静かに眠るのが仕事で構わんだろう。どうか二度と目覚めません様に。目覚めるな。死んでおけ。奴にはそうやって孤独に腐り果てていくのがお似合いだ。
「えーっと…元就さん。」
「何だ。」
「下着を返してもらっても宜しいでしょうか?」
「!?!?す、すすすすすすすすまぬ!!!!」
たった三文字の言葉を吃りに吃らせ、顔を真っ赤にしながら下着を返す元就さんはいつもの元就さんからは見られない反応で何だか可愛く思えたがそこまで狼狽しなくても良いのではなかろうか。この純粋さが少しでも半兵衛さんにあれば。いや、考えるのは止めておこう。半兵衛さんは過去の人なんだから。もうあの人の事は忘れよう。あれは凄惨で嫌な事件だった。
翌日。あれ以来セクハラをして来なくなった半兵衛さん。その面では静かになったとは言えば言えよう。だが―――
「名前。話を聞いてくれ。」
「どちら様ですか。」
「僕が悪かったよ。何でもするから機嫌を直してくれないか。」
「何でもするのなら地底に帰還して黙ってそのまま残りの体も骨となり腐り果てて下さい。それがあなたの唯一の役目です。」
家に居る間、四六時中ずっとこんな感じだ。話を聞いて、悪かった、許してくれと子供が悪戯で冷蔵庫などに貼って中々剥がれなくなってしまったシールや一晩放置したお弁当箱にこびりついたカピカピの米粒並にしつこく粘着に付き纏われている。セクハラはしないのは良いのだが、これはこれで鬱陶しい事この上ない。シールが綺麗に剥がれない以上に苛々する。いつまでこんな状態が続くのか。いつまで私はカピカピの米粒に付き纏われなければいけないのか。そう思っていたら、いきなり後ろから抱き着かれて私はぎょっとした。
「ちょ、半兵衛さんっ!」
「良いからそのまま黙って聞いてくれ。」
その声は先程にも増して切羽詰まったものであったが、明らかに先程までとは違った。何故だかわからないがそれは私の抵抗する気力を根刮ぎ削いでしまった。私を包む腕も心做しかいつもとは違って厭らしさは微塵にも感じられない。普段とのギャップに拍子抜けしてしまったからかもしれない。ただ、その後に続く言葉を私はじっと待っていた。
「元就君がここに来てからと言うもの、僕は余裕がないのだよ。君は僕だけのものなのに。君を疑っている訳ではないのだけれど、嫌なんだ。君が誰かに笑いかけたり、触れられたり、それこそ僕以外の衆目に君の姿を晒すだけでも気が狂いそうなんだ。」
私は半兵衛さんのものになった覚えはないのだが、ここは空気を読んで黙っておく事にしよう。
「彼が君を手伝うようになってからと言うもの名前との時間を奪われていくのを黙って見過ごすなんて事は僕には到底考えられなかったよ。だから今回、僕は役割を分担しようと提言した。君と元就君を一緒に居るのを見たくない、彼を君の隣に並べさせたくなかったから。無論、君の負担を減らすと言うのも嘘ではない。みっともなく嫉妬を剥き出しにしてこの様だ。だが、それだけ君を手離したくないと僕も必死なんだよ。」
「じゃあ、洗濯を選んだのも私の下着を盗むとかそんな下衆な真似をやらかす為ではなかったんですね。」
「でも僕がここまで醜く堕落するのも全ては君を愛しているからだとわかってくれ。」
「おい、何で無視するんだ。愛してるからって下着を盗んでも良いのか。あなた醜く堕落するのを何気に私に責任転嫁してないか。」
「僕は君を愛せないと死んでしまう。」
「いや、死んでるじゃねぇか。既にぽっくり逝ってるじゃねぇか。気付いていないなら教えて差し上げますがもうあなた死んでるんですよ。」
「名前。君を愛せないのは僕にとって死ぬ事よりも辛く苦しい耐え難い事なんだ。ただ、これからもずっと、君を愛する事を許してほしい。」
私は何も言わなかった。はいともいいえとも言わず。私は考えていた。以前から、そう、半兵衛さんと出逢った時から芽生えていた疑問だ。ほんの些細なものであった蟠りは日を重ねる毎に深く大きくなっていき、いつの間にか等閑には出来ない存在にまでなっていた。今の半兵衛さんの台詞は、その疑問を掻き出す切っ掛けとなった。
「どうして、どうして半兵衛さんは私が好きだと言うんですか。」
自惚れていると思われるかもしれないがそうではない。だって、そうじゃないか。私と半兵衛さんが出逢ったのは偶然。半兵衛さんの存在と同じくして不合理なもの。それは一体どんな確率、いや果たして数字や言葉で導き出せる事であろうか。邂逅して間もない私をこの人は好きだと言った。単なる一目惚れにしてはこの人はあまりにも私に執着している様に思える。ここまで来ると一目惚れの一言ではとてもじゃないが私の疑念は晴れないし納得出来ない。半兵衛さんは切な気な表情からまるで泣きじゃくる子供を宥めるかの様に微笑みかける。
「いつかその時が来たら教えてあげるよ。」
「答えになってないです。」
「そうだね、名前からキスをしてくれたら教えてあげても良いよ。」
「何故そうなった、ふざけんな。」
半兵衛さんはいつもの調子に戻った様に見えた。蟠りは完全とは言えなくとも少しだけ解消されたのか、心が少しだけ軽く感じる。相手はあの半兵衛さんなのに、しかもはぐらかしているだけの空言かもしれないと言うのに。私は心の何処かでこの人を信じているとでも言うのだろうか。しかし、私はいつもの調子で本気に怒る気にはなれず。微笑む半兵衛さんの表情は私にはやはり少しだけ、切なく憂いを帯びて映った。
「じゃあ、唾液を交換するのはどうだい?」
「お前、言い方変えただけと思ったら、さっきより悪化して生々しくなってるじゃないか!!!!どうだいって?それで私がイエスとでも言うと思ったのかこの痴れ者が!ひたすらに気持ち悪いわくたばれ変態!」
耐え切れず私は半兵衛さんを殴った。本当に何なんだこの人。早く地獄に堕ちれば良いのに。そう思う、私の心からは未だに蟠りと先程の半兵衛さんのあの表情が消えなかった。
眠らぬ死者のタスク
(眠ってしまっては僕は君を愛せないじゃないか。)
MANA3*111203