生と死のトライアングル
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人にとって家とは安らぎであり憩いの場所であり、帰る場所である。そんな家の玄関先で私は立ち往生していた。家の中へと繋がるドアは目と鼻の先。にも関わらず私はそのドアを開く事を躊躇った。こんな状況、小学生の時に門限を破るまで友達と遊んでしまった時以来だ。早く家に入ってゆっくりと休みたい気持ちとは裏腹に何ともじれったい。てか、ここ私の家じゃないか!私の家だし!何を躊躇する必要があると言うんだ!半ば開き直った私は一抹の不安は拭えないものの思い切って玄関をドアを開けた。
「ただい―――」
「待っていたよ名前。よくも夫であるこの僕を蔑ろにしたね。やはり君には今一度、主導権を握るのは誰であるかを思い知らせないといけないようだね。さあ今夜は寝かせないよ!覚悟したまえ!!」
バタン
私は思わずドアを閉めた。ドアを開けたらそこには蝶マスクを付けて手中に収まる弛んだ鞭を左右に引っ張ってビシビシと乾いた音を震わせながら怪しく笑って見せる変態がいたからだ。どうか今見た光景は幻覚である事を願いたい。あの変態の存在もろとも幻覚であります様に。更に願わくば最近の身の回りで起こった怪奇現象の数々が全て長い長い悪夢であります様に。夢なら早く覚めてくれ。しかし、その切なる願いは内側からドアが開かれた事によって見事に打ち砕かれる。
「何故閉めるんだい名前!?」
「鏡で今の自分の姿を見て来て下さい。」
「折角、僕が君の為に手厚い出迎えをしてあげたと言うのに。」
「私の為と言うのなら出迎えはしないで下さい。」
「ふっ、照れている君も可愛いよ。」
「消え失せろ。」
俄に半兵衛さんの表情が険しくなったかと思えばどうやら私の後ろに居た毛利さんの存在に気が付いた様だ。しまった。半兵衛さんに事の経緯を冷静且つ丁重にきちんと話せる様に考えていた説明が皮肉にも半兵衛さんが言う手厚い出迎えのせいで全て弾け飛んでしまった。
「名前、君の後ろに立っているその男は誰だい?」
「貴様こそ誰だこの恥知らずの変態が。」
「初対面の相手に対して随分と失礼な物言いだね。」
「いや、半兵衛さん実は―――」
「名前、僕の様な完璧な夫が居るにも関わらず浮気かい?」
「あなたが完璧な夫ではないのは確かですからまずは話を聞いて下さい。」
「浮気、そうか浮気なんだね!?!?僕は君を信じていたのに君は僕をそうも容易く裏切ると言うんだね!?!?」
「私はあなたを裏切っていません。裏切るなんて言える程の仲になった覚えもありません。兎に角落ち着いて下さい。」
「いや、僕が甘かったんだ…君を愛するあまりに優しくし過ぎた僕に過失があったんだ…僕とした事がッ…!」
「話を聞けって言っているだろう、ガスコンロで火葬しやろうか。」
「今回ばかりは君が泣いて懇願しようが僕は許さない。欲が疼き続ける限り僕は君の全てを貪るよ。さあ!今すぐ一緒にベッドルームへまで来てもらおうか!」
半兵衛さんがあまりにも人の話を聞かないのでその場でドラゴンスクリューをして黙らせました。それから玄関先では人目に付き易く、私の家に変態が出入りしているなどと根も葉も無い、と言いたいが悲しい真実に他ならぬ噂が流れてしまうのを未然に防ぐ為に家の中に入ってリビングでそのまま永遠に眠っていれば良いものの目を覚ましてしまった半兵衛さんに今度こそ事情を話す事が出来ました。
「成る程、そんな事があったんだね。まあ、僕は最初から君を信じていたよ。」
「嘘吐けコラァ。傷が癒えぬ内にもう一回ドラゴンスクリューかけてやろうか。」
「でも、君が無事で本当に良かったよ。」
隣に座る半兵衛さんが切なそうに微笑みながら私の頭を撫でた。その表情に私は少しだけ心配をかけてしまった事を申し訳なく思ってしまう。普段からこうだと良いものの。
「さて、と…。」
先程とは一変して真剣な面持ちで半兵衛さんは机を挟んで向かい側に座る毛利さんを見据えた。
「元就君と言ったかな?どうやら君のお陰で最悪の事態は免れた様だ。君が居なければ彼女は今頃どうなって居たかわからなかった。礼を言おう。」
「礼には及ばん。伴侶として当然の事をしたまで。」
空気が一瞬にして険悪なものへと変わり、それが私達の周囲に澱んだ。おいおい、どうしてくれるんですかこの空気。暫しの沈黙。その沈黙を破ったのは眉間に少しだけ皺が寄せた半兵衛さんだった。
「何を言っているんだい。彼女の夫はこの僕だよ。」
「この変態の言葉は事実なのか?」
「いいえ、違います。彼の妄言です。」
「だそうだが。」
「何を言っているんだい名前!君は健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しみの時も愛すると、その身も心も全て僕に捧げ奉仕をすると誓ったじゃないか!!」
「誓ってないし、さっさと指輪返して下さい。」
「指輪なら我も持っている。」
毛利さんは左手の甲をこちらに向けて薬指に輝く指輪を見せ付ける。毛利さんの手は女の私が羨む程に繊細で綺麗だった。それを言うなら半兵衛さんもだが。そんな事を言うと奴はすぐに調子に乗るので絶対に言ってはやらない。
「そんな指輪、僕のものと比べると―」
「あれ結構高かったんですけど。」
「……僕のは何と言っても名前の母親の形見だよ。このアンティークなデザインからして余程の高級品―」
「それお母さんが露店で買った500円の指輪ですけど。」
「 お 義 母 様 … ! 」
衝撃の真実を知り悲しみを堪える様にして両手で拳を作り、机の上に半兵衛さんは顔を伏せた。どうでも良いがここまで落胆する半兵衛さんも珍しい。珍しいから携帯のカメラでその哀れな姿を収めておこう。てか、お義母様とか気安く呼ぶな。張り倒すぞ。
「………問題なのはお金などではない、気持ちだよ。」
「言っている事が支離滅裂だな。」
「言っている本人の頭が既に支離滅裂ですからね。」
「君は名前の命の恩人だ。それは感謝しよう。しかし、所詮は赤の他人だ。」
「「(論点を掏り替えたな。)」」
「ここは僕と名前の愛の巣、言わば二人だけの聖域なんだよ。」
「とんだ汚れた聖域があったもんですね。では宛ら私は自分の家を変態の手によって変態の巣窟と変わり果ててその巣窟に捕われの身となってしまった哀れな犠牲者と言う事ですね。」
「いくら君が彼女の事を愛していようが僕等の愛は何人にも阻む事は出来ないのだよ。」
「そうまで申すなら、当人に見定めてもらうとするか。名前が伴侶として相応に値する相手が果たしてどちらなのか。」
「ふっ、そんなもの聞くまでもないよ。そうだよね名前?」
「え、まあ、そりゃあ勿論聞くまでもなく毛利さんですけど。」
毛利さんは当然と言わんばかりの至極、満悦した表情を浮かべながらほくそ笑む。それに反して半兵衛さんが部屋の隅で膝を抱え出してしまった。こんなに面白い程明白に落ち込む半兵衛さんはとても珍しい。面白いので連写して携帯のカメラに収めておこう。このまま放置していても良いのだが後々に今以上に面倒臭い事になり兼ねないので面倒臭いがぶつぶつと呪詛の様に呟く地底人に嫌々、声をかけておく事にする。地底人の時点でじめじめしているのにこれ以上じめじめされたら堪ったものではない。
「半兵衛さん、(鬱陶しいんで)そう落ち込まないで下さい。選べと言われてどちらかと言えば(天と地程の差で)毛利さんを選んだまでです。それに何だかんだで(不本意ですが)あなたは私の恩人に変わりありません。こんな事で私はあなたを(本当は追い出したいですが)追い出したりはしませんから(爆発しろ)。」
「名前…やはり君は素直ではないものの心の底から僕を愛してくれているのだね!」
あ、うざいな。うざいなこいつ。本当にうざい。九割方、上辺だけの言葉をかけてやると先程とは打って変わって、萎れていた花が水を得た様に半兵衛さんは元に戻った。何て現金な地底人だろうか。実に扱いやすい。そしてうざい。うざい事、この上ない。うわっ、抱き着くな!じめじめする!
「僕もだよ!僕も君に心底惚れ込んでいるよ!愛してる!愛しているよ名前!!!!さあ、二人の愛を確かめる為に今すぐベッドルームに行こうか!」
「 昇 天 し く さ れ ! ! ! ! 」
煩いのでもう一回ドラゴンスクリューをかけて黙らせました。
生と死のトライアングル
(生きた花嫁が一人、死んだ花婿が二人。)
MANA3*111007